« わたしたちの永遠【劇団ほどよし】161030 | トップページ | 蓮池温泉 極楽ランド【仏団観音びらき】161102 »

2016年10月31日 (月)

独鬼 -hitorioni-【竹村晋太朗 presents 劇団壱劇屋】161031

2016年10月31日 シアトリカル應典院 (75分)

千秋楽公演は、同時刻に映像配信するらしい。
それぐらい、観たいけど満席だから・・・って人の声があがったのだろう。
若干当日券はあるようなことは言われていたが・・・

そんな声があがるのも納得といったレベルの作品であることが、観たらよく分かりました。
珠玉の逸品ぐらいの言葉で記しておけば、ちょうどいいぐらいかな。
殺陣パフォーマンスは、もちろん壱劇屋で、しかも竹村晋太朗さんをメインに据えているのだから圧巻だったことは言うまでもないことでしょう。
ストーリーは切ないですが、優しさに溢れていて、心揺さぶられます。生きること、愛することの喜怒哀楽が真っすぐに伝わり、そこに人間の尊い強さを感じました。
この劇団の役者さん方のまとまりのある統制された動きはもちろん、たくさんのアンサンブルキャストが創り上げる空気、風景は凄まじい舞台の迫力に繋がっています。さらには、ずいぶんと贅沢なことをするなあと思わせるくらいの、小劇場を観劇していて名を知らぬ者はいないだろうってクラスのベテラン役者さん方の安定した貫禄あるお姿も。
見事だったと思います。
とりあえず、宣伝になればと、急ぎブログをアップしておきます。
観ないともったいないことだけは確かです。

<以下、あらすじがネタバレしますので、公演終了まで白字にします。公演は本日、千秋楽。上記したように詳細は知りませんが映像配信あり>

町では歌って踊ってのお祭り。
男も皆の輪の中に入って、笑顔で楽しく踊り出す。
しかし、その異形の姿から、皆は顔を強張らせて、男を拒絶する。
町の人たちは、男を大木の祠に閉じ込めて、鬼だと忌み嫌い、そこから出ることを許さない。
長い年月を経て、鬼はその心を失い、無表情にただ祠の中で時間を過ごす。
そんなある日、一人の女が祠に詣りにやって来る。毎日、毎日、大木に向かって手を合わせて祈る。いつしか、女の横には男がいるようになった。そして、女の手には赤子も。
町が盗賊たちに襲われる。町の人たちが次々に斬りつけられていく。その夫婦は赤子を抱え、祠まで逃げてきた。女が祠を開ける。中にいた鬼に驚くこともなく、赤子を鬼に手渡す。そして、夫婦は盗賊たちの手によって亡き者にされる。
鬼は盗賊たちの前に立ちはだかる。何度も斬りつけられるが、その傷はすぐに癒え、死ぬことはない。鬼は盗賊たちの刀で、その親分を斬る。親分は手にした数珠を掲げながら、呻き声をあげて死ぬ。

鬼と赤子の生活。赤子はすくすく育ち、可愛らしい少女になった。一緒におむすびを頬張る。笑顔を見せる少女。しかし、鬼は無表情。それでも、少女は鬼になつき、楽しそうに毎日を過ごす。
ある日、芋を盗んで追われる少年が祠まで逃げてきた。鬼は無関心。しかし、少女の助けてあげてという声を聞き、追手たちを追い払う。そして、少年も一緒に暮らすようになった。
再び町が盗賊たちに襲われる。
鬼は町の人たちを助けてという少女の声をまた聞き、盗賊たちの前に立ちはだかる。盗賊たちは刀で鬼を何度も斬りつけるが、鬼が死ぬことは無い。
鬼は数々の盗賊を倒し、親分にとどめ。しかし、少女はそれを止める。鬼は少女の意を汲んで、親分の命を助ける。しかし、少年は鬼と少女の見ぬところで、その親分を斬り殺す。
救われた町の人たち。しかし、鬼の姿を見て、町の人たちは石を投げつける。それを止める少女。そして、少女はただ泣き叫ぶ。

少女は成長し、やがて大人の美しい女性となる。少年も凛々しくなり、立派な青年となった。みんなでおむすびを頬張る。
青年は女性にかんざしをプレゼントする。二人の間に恋が芽生える。
ある日、夫婦が助けを求めて洞にやって来る。
鬼は助けに向かう。人を殺めることのない、棍棒を持って。
しかし、それは罠だった。鬼は夫婦とその仲間によって取り囲まれる。鬼は銃で撃たれながら、棍棒で応戦する。女性が助けに入るが、峰討ちされ気を失う。
青年がやって来る。助けにきたかと思いきや、彼の刀は鬼に向けられている。
青年は数珠を手にしている。あの時の盗賊の親分の子供だったのか。
鬼と青年の対決。
鬼は青年を倒す。気を取り戻した女性が、鬼に刀を向けている青年の姿を見る。
女性は青年に別れを告げる。青年は立ち去る。

すっかり貫禄もついた女。鬼と一緒におむすびを頬張る。しかし、鬼にそんな飯をゆっくりと食べている暇はない。
町の人たちを助ける。でも、助けた後、鬼の姿を見ると、皆、怯え逃げ去って行く。
それでも、鬼は町の人たちのため、女の願いを叶えるために戦い続ける。
ある日、男が現れた。一緒に暮らしていて、あの日、別れることになった青年は、今や腕の立つ、貫禄ある男となっていた。
鬼は夢を見る。夫婦に託され、手にしている赤子が盗賊たちの手によって奪われる夢。現実になる気がして、鬼は男の下へと向かう。
男は女を奪おうとしていた。
助けるために鬼は男と対決。仲間たちの手により、囚われの身となる。
男は女に言い寄る。しかし、女はそれを拒絶する。男は女を殴りつけるが、女の気持ちは全く変わらない。何度殴っても、女の足は囚われた鬼の方へと向かおうとする。
男はそんな女の足を刀で刺す。その叫び声を聞き、鬼は囚われを解いて、男と戦う。
鬼は男を許せない。とどめをさそうとするが、女はそれを止める。
男はまたしても去って行った。

足が不自由になり、年老いた女。そんな女を鬼はおぶって、毎日を過ごす。
女は体調も良くないらしく、おむすびもあまり頬張れない。
それでも、昔と変わらない。町の人たちを助けてあげて。その声を聞いて、鬼は助けに向かう。いつしか、その表情には笑顔が戻っている。
ある日、鬼は町の人を助けて、洞に戻る。
そこに女はいなかった。町の人が鬼に声をかけて、連れて行かれる。
そこには女の亡骸があった。
声を押し殺し、涙を流して悲しむ鬼の姿を町の人たちは見守る。
あの日、あの祭りで輪の中から追い出された鬼。今、鬼は皆の輪の中に共に過ごした女と一緒にいる。

男が現れる。
拭えない鬼への憎しみ。
鬼はその男の想いを受け止めるべく、棍棒を手にする。
鬼と男の対決。
少年、青年、大人になった今までの共に過ごした時間の中で、断ち切ることの出来なかった男の憎しみに向かって、鬼は棍棒を振るう。
その姿を、同じく共の時間を過ごした女が見守る。
かんざし。男は女が最後まで身につけていたかんざしから、女がずっと受け止めてくれていた自分の想いをそこに見る。
男はそのかんざしを手に取り、大木に女を刻む。鬼への憎しみを超えて、自分が純粋に抱いた女への想い、一緒に生きていた時間を刻み付け、やがてその生を終える。
大木に残された女。
永遠の時を生きる鬼は、その刻まれた女の姿を見ながら、女と共に生きた、その時間を想い続ける・・・

言葉が無いので、そのシーンから想像しながら作ったあらすじ。
前回公演の猩獣の時もそうでしたし、マイム公演なんかも似た感覚ですが、意外にこういった作品の方が書きやすく、また思い起こしながら書くということがとても楽しい。
こうして思うと、言葉が無いという制限の中で創られているのではなく、それによって、動きや表情から感じることがより膨らんで、より魅せる表現となる一つの手法なのでしょう。
そして、これは簡単なことではなく、それを魅せるための必要な技術をはじめ、真摯に役に込めた想いを表現するという熱意などがある、この劇団ならではの力のようにも感じます。

長い年月の中で心を失い、無となってしまっていた鬼。
それが、ある女の一生を共に過ごす中で、その心を取り戻していくような話でしょうか。
喜怒哀楽の感情。
出会えた喜び、人を傷つけることへの怒り、憎しみに囚われて愛を失う哀しみ、そして生きることの楽しみを、女の一生を通じて、全てその感情を取り戻したような感じで、話が進んでいるように思います。
永遠に生きる鬼は孤独です。それはこれまでも、これからも、もしかしたら、女と過ごしていた時間ですらそうなのかもしれないように感じます。でも、孤立では無くなった。女と過ごした中で取り戻し、また得ることが出来た多くの感情は想いとなって、町の人たちにも伝わり、共に過ごし続けることが出来るのだと思います。
鬼は最後に憎しみに囚われ過ぎて、自分の中にあったはずの純粋に人を愛する感情を失ってしまっていた男の心を戦いの中で取り戻させます。これは、女によって心を取り戻した鬼が、今度は同じように、鬼になってしまった人に心を取り戻させ、真の想いを与えてあげることが出来るようになったからだと思います。
そんな優しい連鎖の中で、通じ合っていく世界がこれからの未来に繰り広げられるなら、鬼の孤独がいつの日か消える時も来るのではないだろうかとも感じます。

|

« わたしたちの永遠【劇団ほどよし】161030 | トップページ | 蓮池温泉 極楽ランド【仏団観音びらき】161102 »

演劇」カテゴリの記事

コメント

SAISEI様

劇団壱劇屋さんはフライヤーに惹かれて2014年1月に『Lumiere Dungeon』で拝見。これがイマイチと感じたことからSAISEIさんのブログに辿り着いたというのは以前にもコメントさせていただきましたがそれもあって『UNKNOWN HOSPITAL』をthrough。『突撃!ゴールデンチャイナタウン!! ~暗黒霊幻道士VSドラゴンナリタ~』で払拭したものの当時劇団も謳っていたのかな。中身がないことに関する不満はずっと私の中で燻っていました。

『GOLD BANGBANG!!』『Windows5000』『サンプリングデイ』のマッシュアップ三部作は好みのものやそうでないものもあったものの「劇団壱劇屋」の作品であって作品ではないんですよね(脚本が違うという意味で)。劇団壱劇屋のファンであれば楽しめるとは思います(こんなのこともできるんだよ,という意味で)が劇団壱劇屋の真の魅力をまだわかっていない者にとってはそれを知ってから観たい公演とも思いました。

ただ見続けていた理由としてはムーンビームマシン『月雪の娘』での竹村晋太朗さんやfuturismo『珈琲が冷めるまでの戦争』での西分綾香さんの好演,大熊隆太郎さんの身体能力などが印象に残ったことから役者は良い,後は自分に合う作品と出会うことだけ。いつかは合う作品に出会える,という期待感からですかね。

昨年10月の『猩獣 -shoju-』も「メイン・ストリートのならず者season2」のマーシーさんは2015年観劇1位に挙げられていたものの私は私は殺陣も見慣れているしそこまでは思わなかったんですよね。今年の『SQUARE AREA』もSAISEIさんのブログでこの作品が一番かな,と言われて確かにと答えた記憶があるんですが見当たらない。。正直作品が好きかというと好きではなかったんですよ(苦笑) 特にパフォーマンスを売り物にされている劇団ですからドアノブの位置が役者によって位置が変わってる,と思ったのは個人的にはマイナスでしたね。

で、別に劇団壱劇屋さんをディするためにこれを書いてるわけではなく(笑) スゴいことやってる劇団なのはわかってるんですよ。ただメチャメチャ合わないだけ。

『シャドウトラフィック』はパフォーマンスが最高に良かったんですよね。一糸乱れぬ、っていうのはああいうものを言うんじゃないかと思ったり。

実は『シャドウトラフィック』を観た後とと『独鬼 〜hitorioni〜』を観るまでの間に観劇ジャンキーの方数人とお話しする機会がありまして。偶々劇団壱劇屋が合わないと仰る方ばかりだったんですよ(笑) で、根強いファンもおられる劇団なので私が「劇団壱劇屋はパフォーマンス重視でストーリー重視じゃないからでは? 」と言うと意外と納得していただけたみたいで(笑) 自分でも何が合わないのか気づけて良かったのですが(笑)

それがね。『シャドウトラフィック』ではストーリーも悪くはなかった,という印象なんです。理解はできてないのですが巧妙に作ったな,という印象。これはDVDを買いたい。


そして『独鬼 〜hitorioni〜』。いやいや役者さんがとにかく素敵でした。そのことが嬉しくて泣きかけましたね。一番端の見えにくい席でそう感じたのでかなり良いと感じたんだと思います。殺陣もうまく魅えるようにされてましたね(笑) この話はいずれ。

武村さんも個人的には客出しの対応があまり好きでないので応援はしていないですが毎回良い役者さんやなあ、って思います。大熊さんも魅せはりますしね。


そうそう途中でカッコいいなあ,っていう役者さんがおられてどなたかと思ったら行澤さんでした(笑)


「リブラリウスと趣味の記録」のイマイさん(http://librarius-theater.hatenablog.com/entry/2016/10/30/232854)の観劇ブログはご存知ですよね。人によってやっぱり感想違うなって思います(笑)

投稿: KAISEI | 2016年11月23日 (水) 18時11分

>KAISEIさん

壱劇屋に関しては、私は話を楽しみたいというウェイトが高いので、最近、合わないことも多くなりました。
パファーマンスは確かに圧巻ですが、そこからストーリーが浮かび上がるような感じじゃないと厳しいようです。
SQUARE AREAやこの作品は、その点で好みを突いてきたかな。

投稿: SAISEI | 2016年12月29日 (木) 13時19分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/549536/64424233

この記事へのトラックバック一覧です: 独鬼 -hitorioni-【竹村晋太朗 presents 劇団壱劇屋】161031:

« わたしたちの永遠【劇団ほどよし】161030 | トップページ | 蓮池温泉 極楽ランド【仏団観音びらき】161102 »