« ただ夜、夜と記されて【空の驛舎】160809 | トップページ | 飛んで散れ -sacrifice pundemic judgement-【crashrush】160812 »

2016年8月11日 (木)

トランス【演劇集団よろずや】160811

2016年08月11日 インディペンデントシアター1st (90分)

観終えて、ネットでこの作品を検索してみたが、なるほど、やはり多くの方が、後半、混乱してしまうのだなと。
知らなかったから、ラスト15分ぐらい、たたみかけてくる展開にどうしようかとオロオロ。
離人症という精神疾患を抱える男、その男の治療に携わる精神科の女医、男の介護を真摯にするオカマ。
3人は、高校時代の同級生で偶然に出会うところから話は始まる。
人を愛せない、自分を愛せない、愛しても、一方向で、愛が向けられない。
そんな恋愛、親子愛、友愛、同性愛など、様々な愛情において、満たされない想いをした人が、自分を否定し始め、そこから、自分を許して、認めて生きるために、妄想の世界へと身を委ねてしまった人たちの姿が描かれているようです。
ラストはどう捉えたらいいのか分かりませんが、私は、そんな歪んだ狂気に囚われていても、幸せだと口にする姿がとても悲しく映りました。

3人芝居ですが、実際は、みんな精神疾患みたいな感じで、多重な人格が交錯します。同じ人の姿で、数パターンの役をされているみたいなものでしょうか。
交錯と言っても、本当に関係性があるのか、通じ合った会話が成されている時と、個々が孤独で、いわば独り言を言っているのではないかと思えるようなところも。
そして、結局、3人は誰も真実の姿を明らかにせず、どこかに4人目のこの3人を見ている人がいるのではないかと、描かれない様々な影を映し出していたように感じます。
3人の役者さんは、この劇団の若手と呼ばれる方々らしいですが、表情豊かで、声も通って、大変観やすかった印象が残ります。
そして、役の切り替えのメリハリや、何か潜んでいるという不安感や怖れを抱かせるような感覚が、非常に巧みに醸されていたように思います。

精神科の女医を、一人の男が訪ねてくる。
偶然にも、高校時代の同級生。はしゃぎだす女医に、男は真剣な表情。
離人症かもしれない。自分が自分で無いような気がする。もう一人の自分が自分の中にいる。そして、私は他人であるとそいつは言う。
再診の予約をして、男は病院を出る。
数日後、男はオカマバーでぼったくりにあう。ボコボコにされる男を助けてくれたオカマ。
接客中は気付かなかったが、偶然にも、高校時代の同級生。オカマは、お金を取り返してくれて、一緒に男の自宅まで逃げる。
オカマはしばらく、男の部屋に住むつもりらしい。身の不安を覚える男。
女医が訪ねて来る。再診の予約を男がすっぽかしたから。
女医はオカマを見て、またはしゃぎだす。
何と偶然にも、同級生3人が揃った。
あの皆が最後に屋上で集まった日以来だ。

男が女医の診察を受ける。
オカマとの生活は、身を守りながら、ちょっとドキドキしながらと、たぶん処女みたいな気分で、まあ、何とかやっているようだ。
今はしがない記者となっている男。記者と言っても、無名でコラムを書く程度。
高校時代の思い出話をしながら、カウンセリングが始まる。
女医が学生時代に新興宗教にハマったりしたこととか。
自分が何をしたいのかが分からない。それをもう一人の自分が知っているような気がする。
オカマが迎えに来る。不安定な男の面倒をしっかり見るつもり満々だ。
帰宅して、オカマは晩御飯の買い物に。
戻って来たら、男は天皇陛下になっていた。
どうやら、南北朝時代における、太古からの正当な血筋であると主張する南朝の陛下らしい。オカマは、その風貌、口調から宦官として扱われる。
皇居に行かなくてはいけないと言っている。
オカマは、上手いこと言って、男を女医の下に連れて行く。
男は入院。2日間、眠り続ける。

目覚めても、男は陛下のままだった。
陛下は夢の中で、自分が記事を書く平凡な男になっていたと言う。
オカマは自分は本当は作家になりたかったことを話す。でも、何を書いても、満たされず、やがて、諦める。変われない自分に嫌気がさして、いつしかオカマになったらしい。
女医もやって来る。
疑いの目を向ける男に、オカマと女医は、また、上手いこと言って、男の言うことを否定しないように取り繕う。くだらない男のジョークにも、愛想笑い。カウンセリングも大変だ。
とりあえず、男を、また寝かせる。
女医は不倫している。この病院の医者と。オカマが噂話で聞いたみたいだ。
報われぬ悲しき恋。オカマはその気持ちが一番よく分かる。毒を吐きながらも、女医に寄り添い、気を楽にしてあげる。

目覚めた陛下は、自衛隊に話をしようと言い出す。
そして、南朝の正当性を世に伝えるために、天皇の下僕である新聞社、出版社に連絡をするようにオカマに伝える。
外に出ようとする男を、オカマが取り押さえようとしていると、男が元に戻る。
女医をすぐに呼ぶ。
男と女医は二人っきりで話をする。
女医は、男にもう一人の男は、記事を書きながら、平凡に生きる男になりたがっていたと嘘をつく。
そんなはずがない。男は再び陛下となる。
男は女医に、あなたは医者では無いことを言及し、自分があなたの傷ついた心の医者になると言う。
女医が反論しても、男は信じない。
皇居に行くと、また暴れ出す。女医が男の名前を必死に叫ぶと、男は再び、自分を取り戻す。
オカマが騒ぎを聞きつけ部屋に入って来る。乱れたベッド、二人は汗まみれで息づかいも荒い。何をしていたのだと、激しく嫉妬を露わにする。

女医は、この件はオカマにしか話していない。
病院に報告したら、間違いなく転院させられ、鉄格子のある部屋で治療を受けることになってしまうから。
しかし、これが本当に良かったのか。オカマは、男の看病により一層努めるようになり、不眠の日が続く。
ある日、男が行方不明に。
女医とオカマは必死に探す。そして、あの頃のように、屋上ではないかと思い立ち、屋上へと向かう。
そこに男はいた。陛下として。
晴れた青空。男は、せっかくなので、ここでみんなで食事をしようと言い出す。
オカマは買い出しに。
男は女医に語り出す。オカマのことを。
あの宦官は私にこだわり過ぎている。少し距離を置くようにしないといけない。私は天皇であり、その立場から、普通の人から、特定の感情を受けるわけにはいかない。常に空の存在でなければいけないと。
オカマが戻って来て、みんなで飲み食い。

オカマは男を退院させようと考えている。
それは、女医への嫉妬から。
男は女医にばかり、自分の弱さをさらけ出し、様々な会話をする。でも、オカマには業務としての言葉しか投げ掛けてくれない。
女医は反対する。医者の立場として、男を今、退院させるのは危険だと。
正常と異常の判断基準は、今の医学では難しい。だから、社会生活が営めるかを基準にして、考えている。男は、先日のように自分を制御できなくなってしまう時がある。だから、まだ、男の退院は無理だと説明する。
オカマは自分がいるから大丈夫だと反論し、そんな明確な基準が無いのに、異常だとここに閉じ込めておくことを非難する。
女医はそんなことは分かっている。でも、答えが分からない。精神医療の世界はそういうものだ。宗教だったら、すぐに答えが出て来る。何かが憑りついているとかにすればいいのだから。
それでも、本当に治したいから何とかしたいと懸命に、必死に頑張っている。
その迫力にオカマは押され、主張を抑える。
女医は自分が妊娠していることを告白する。
相手はもちろん、堕ろすように言っている。そして、別れるつもりなのだろう。
オカマは女医を抱き締め、その辛さに寄り添おうとする。

オカマは陛下と話す。
陛下は妃をめとることにしたと言う。
その妃は女医。彼女は医者じゃないのに、そう思って苦しみの中にいる可哀想な人だから。
そして、オカマに別れを告げる。
作家になればいい。自分の人生を歩めばいい。このまま、一緒にいれば、いつしか、私を憎むようになってしまう。
自分は、人から愛されたことはあるが、人を愛したことが無い。だから、女医を妃に迎えるのは愛では無く、救いなのだと。そして、オカマとの別れもまた、救いたい心からなのだと。
オカマは男の首を絞める。

男は女医に迫る。
自分は天皇を辞める。だから、あなたも医者を辞めればいい。
全ては女医の妄想だ。母との不安定な関係から、宗教に逃げた女医。母を傷つけたのは正当防衛だ。男は医者、女医のお腹の子供は、自分の子供。
女医は、そんな医者を2つの人格に分けて、医者との関係性を失くそうとした。
オカマも患者の一人。彼は、自分に向けられぬ愛に飢えて、愛する者を殺してしまったと思い込んでいる。

と、ここまでは定番の医者と患者が実は逆パターン。
そこに、自分に向けられない愛情への執着を、恋愛、親子愛、友情、同性愛みたいな関係を通じて交錯させて、歪んでしまった精神世界を描いているような作品かなと。
ところが、ここからラスト15分ぐらいで、無茶苦茶に。
違う。そう女医が叫び、男こそ、誰かを愛せない、自分も愛せないことから、人格を分離したと言い出す。なるほど、確かに陛下の人格は、その愛せない自分を肯定するキャラだ。
どんでん返しの連続パターンかと納得してたら、今度はオカマが違うと叫び出す。
女医と男こそ、精神疾患であり、医者と患者の関係性を通じて、自分の役割を見出して、自己肯定しようとしてしまっているのだと。
これもまたありかと、もう一回、どんでん返しかと思っていたら、その後も、各人が、自分が真実で、他は妄想だと主張し合う。

真実がどこにあるのか。
想像して、勝手に傷つき、その傷ついた自分が真実だと、想像を現実化してしまう。これが妄想ってやつなのか。
でも、自分で生み出した真実は虚構であり、それに囚われている限り、妄想の世界から、抜け出すことは無い。
それでも、私は幸せですという言葉で話は締められている。
どういう解釈をすればいいのか分からないが、私は、この言葉が、とても寂しく、悲しく聞こえる。そんな閉じた妄想世界の中に逃げ込んででしか、得られなかった幸せ。
あの高校時代に、恐らくは晴れた青空の下で、集まった3人の幸せな気持ちを、もう一度、実現させることは出来なかったのだろうか。
それを二度と実現させなくして、歪んだものとしてしまうくらいに、人が生きる中で、満たされない想いは蓄積し、それが自己否定、やがては、それを無理から肯定するための異常な狂気へと発展してしまうのか。
3人が、互いに手を差し伸べ合っているように見えながら、その手を差し出す本体は、ボロボロに傷ついて、相手に向けられていないし、受け止めることも出来ないくらいに余裕が無くなっている姿が浮き上がり、何かとても憂鬱な、消沈する気持ちになる。
せめて、善意に考えるとするなら、人はそれでも、人と関係性を持つことに執着しているという、一人では生きられず、繋がりが感じられるところぐらいか。

|

« ただ夜、夜と記されて【空の驛舎】160809 | トップページ | 飛んで散れ -sacrifice pundemic judgement-【crashrush】160812 »

演劇」カテゴリの記事

コメント

SAISEI様

演劇集団よろずやさんも初観劇。Yさんが『バイバイ』を激賞されているので11月公演は行こうと思っていたのですが。

若手公演とはいえ良かったです。久しぶりに会話劇〔ですよね?〕でズシッとしたものを観た気がします。内容で面白いと思わされました。鴻上尚史はあまり好きではないんですけどね。今月末に虚構の劇団行きますけど(笑)おもしろかった。

なおかつスタッフの方たちも丁寧で良かった。いや気持ちよく観れた夜でした。

投稿: KAISEI | 2016年8月12日 (金) 18時54分

>KAISEIさん

バイバイは観に行かれるなら、ハンカチ持参ですね。
すざましい迫力に圧倒されるんじゃないかな。

若手なんでしょうが、非常にしっかりされたお三方で。
だいぶ、稽古を積んで、最大の力を発揮されたなあと。
最後、ぐちゃぐちゃになるところを含めて、興味深い作品ですね。
トランスの意味合いを紐解くのが難しいですね。

投稿: SAISEI | 2016年8月13日 (土) 12時15分

SAISEI様

いや~ 今までなんでよろずやさんと縁が無かったのか不思議ですわ。これだけのもの魅せてもらえると本公演が楽しみですね。

今後は優先的に観劇する可能性大です。

最近は、最近なんかなあ? 役者の力量がわかる作品がお気に入りみたいです。

投稿: KAISEI | 2016年8月24日 (水) 23時53分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/549536/64043653

この記事へのトラックバック一覧です: トランス【演劇集団よろずや】160811:

« ただ夜、夜と記されて【空の驛舎】160809 | トップページ | 飛んで散れ -sacrifice pundemic judgement-【crashrush】160812 »