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2016年8月10日 (水)

ただ夜、夜と記されて【空の驛舎】160809

2016年08月09日 ウィングフィールド (90分)

生きるのはしんどい。
外に出れば、妙な競合社会みたいなものの中で、時間に追われ、必死になって自分を見失ってしまいそうになる。心も体も疲弊しきっている。
家にいても、抱えている様々な悩みはあるし、その悩みを包み込んでくれるほど、今の社会は優しくないし、余裕が無い。安らぎは無く、眠れない。
そんな今に馴染めなくなった、一人の女性が空地という、空虚な闇の中に身を置くことで、現実と夢が交錯する曖昧な境界で、自分を見詰め直し、生きる力をもう一度得るまでを描いたような話。
自分は自分でいいんだ。たくさん、過ちも犯すし、社会の役に立っているのかなども分からないけど、そんなこと関係なく、ただ、今を生きていればいい。そのことが、亡くなってしまった人たちの時間をいつまでも消し去らないことになる。そして、それが、みんなが本当の自分の姿でいられる、自然な社会を生み出す。
そんな生きることへの安堵を抱くような、優しい作品でした。

<以下、ぐちゃぐちゃになっていますが、一応、あらすじがネタバレしますので、公演終了まで白字にします。公演は木曜日まで>

今は引きこもって、スクラッチアートの作品をひたすら創り続けている文水。
絵の先生をしている澤田という男が一緒に住み、そんな文水に付き添っているようだ。
学生時代の文水にデッサンを教えた森川は、彼女の優秀さを認めた上で、彼女の現況を危惧する。作品が溜まっているなら、一度、個展を開いてみればいいと澤田にアドバイスする。
澤田と文水の間で、家族の話はほとんどしない。澤田は結婚して、娘もいる。近々、運動会もある。澤田が文水にかまってばかりはいられないことは文水自身も理解している。自然と避けてしまうのは仕方がないことか。
狂人の彼女の介護は大変か。彼女の役に立っている、彼女に自分は必要。そんな自分を確認しているのではないか。森川は厳しい言葉を澤田に投げ掛ける。
深夜、文水は部屋を抜け出して、闇の中、空き地に佇む。
そんな文水に話しかけてくる者たち。人の形が崩れた人もどき。名も無き者たち。いや、そういう名前をつけているのか。世界は長い時間の中で、あらゆるものに名前を与え、その器を拡げている。
澤田が迎えに来る。大丈夫だと言う文水。心配はしていない。ここにいることが分かっているからと答える澤田。
文水は、夜がここに逃げて来ていると言う。そして、続き夢のことを話題にする。そこでは、小学校の時に死んだ幼馴染のレイちゃんが、ちゃんと女子高生にまで成長しているらしい。いじめられていたレイちゃん。その夢の世界では楽しい日々を過ごす。そうじゃないと帳尻が合わない。
興味を持って聞こうとしてくれる澤田に、文水は続き夢の詳しい内容を語り始める。

王様と山羊。王様は裸で虚勢を張っているかのよう。山羊はメーと鳴かない気味悪い生き物。めちゃくちゃだが仕方がない。みんな、文水の想像の産物なのだから。
ギュルギュルと鳴く、否応無しのコンドルの裁判長の下、自分の兄が裁判にかけられている。自分に兄がいたのかは定かでは無い。検察はセーラー服姿のちょっと口の悪いレイちゃん。
兄は、目を覚ませと文水に言ったらしい。重罪に値する。この世界は絶対に壊されたくないと思っているから。
鉄刃の刑。切り刻まれる兄。自分のせいでと目を覆う文水。
顔だけになってしまった兄は神様に会いに行くと言う。何でも決められる人だから。
澤田は何でもありの世界だなと思う。

空地で佇む文水を、中年男性が見つめている。
男は空地研究会の横山。夢では王様だった人だ。
空地の意味合いを追い求める。平均的な人生。その中で生きる。時間に追われて。ゴールはどこにあるのだろうかとふと思う時がある。そんな空虚な時間を求めて、空き地にやって来るのか。時間を止めようとしているのだろうか。
自分はもう諦めてしまった。そうすると、時間はただ進む一方になった。
分からない。
男は去って行く。帰る場所があるから。
鉄刃の音がする。

レイちゃんと山羊がやって来る。兄も体が生えてきたらしく、五体満足で登場。
鉄刃を止める。そして、神様のところへ皆で行くことになる。
白い道を通って、白い森へ。そこに神様はいる。
冒険の始まり。進む中で、いつの間にか王様も合流し、知らないうちに、白装束の女性も。
白い森に到着。自分たちの中に既に神様がいることに気付く。白装束の女性は神様だった。
文水は、神様に矢継ぎ早に人間の色々を質問する。神様も答えられない。
さらに奥に進めば答えがあるかも。白いキャンバスに扉を描き、その先に足を踏み入れる。
その答えを神様は分かったようだ。真実を知って、神は謎に変わる。名も無きものとなり、消えてしまう。
兄は文水に言葉を投げ掛ける。兄はいないと言う文水。でも、ずっと見ていた。みんな悩みはいっぱいあり、それを抱えて生きている。どうして、自分だけそのことを否定的に見てしまうのか。
答えに窮する文水は、消えようと飛び降りる。

戻って来た文水。落下している間、旅をしているような時間だったみたいだ。
レイちゃんがいる。
文水は記憶を呼び起こしていく。レイちゃんは小学校の時、水難事故で死んだ。違う。その時は助かったのだった。その後、いじめられ続けたレイちゃんは高校の時に飛び降り自殺をした。
レイちゃんは自分のことを語り始める。文水と一緒でずっと楽しかったことを。小学校の時、いじめられていたけど、全然、平気だった。文水がいる、見てくれていると思っていたから。でも、徐々に文水との間に距離が出来た。気付くと、自分は一人になっていた。
屋上に行く。文水がいるのではないか。屋上の柵を超える。文水が来てくれるのではないか。飛び降りる。文水が受け止めてくれるのではないか。
でも、どこにも文水はいなかった。
ごめんなさいと謝る文水に、レイちゃんはずっと一緒にいようと言う。
ここで待っているから、こっちの来て。
目を覚ます文水。
カッターを首にあてる文水。
澤田がやって来て、あたりさわりのない話をした後、個展の話をする。
見ていたはず。どうして、見なかったことにするのか。私を見て。誰よりも一番に見て。
文水は心の叫びを澤田にぶつける。

個展が開かれる。
文水は初日こそ、顔を出すものの、やはり厳しいのか、2日目以降はどこかへ行ってしまった。
森川は、文水の作品に黒の隙間から、様々な色が見えていることを言及する。
澤田は最近の文水の話をする。
それでいい。理性を失くして、暴れまわるのが狂人では無い。狂人は理性だけになってしまっている。謎を謎のままにし、不思議は不思議のままにする。不条理を受け入れてしまう。欲望が顔を出し、自分のことを欲しているのは、作品のように彼女が自分の闇から光を見ているのか、それとも、闇の隙間から彼女に光が射し込んでいるのか。

文水の下に、女性が訪ねて来る。滲み出る敵対心、憎悪を醸しながら。
澤田の妻。
妻は文水を若いだけの頭のおかしい女だと罵る。
文水は、澤田が妻を捨てた理由が分かると言う。弱い澤田を見ず、認めてあげなかったから。
妻は反論する。愛想を尽かしたのは自分の方。私たちには生活がある。その生活するということが生きること。芸術はその余剰でしかない。子供に遅れがある。その中で、必死に頑張って生活しようとしている。
文水は、それは不幸自慢をしているだけだと。
家族写真付きの年賀状。自分たちはこれだけ幸せですアピール。他人が幸せだろうと不幸だろうと私には関係ない。
妻は言う。幸せになりたいとみんな必死になって生きている。それの何が悪いのか。澤田はあなたのことを愛していない。介護するのが楽しいだけ。それで自分を肯定しているだけ。ままごとに過ぎない。そんなのは生きていると言えない。生活をしていないから。
言葉が通じ合わないようだ。
妻は澤田と話をするために、部屋へ向かう。
鉄刃の音がする。
神様がやって来る。
私が殺してしまったのか。
もうお終いだ。カッターを手にして、首にあてる文水。
レイちゃんがやって来て、ついに決心してくれたのかと喜びを露わにする。
そして、レイちゃんは文水に手を差し伸べる。

文水は、ひたすら作品を創っている。
森川が訪ねてくる。夢の中では山羊の人。
個展はそれほど人が集まらず。
見せるために作品を創っているのではないからと答える文水。
2日目のことを森川は話す。文水が個展に顔を出さなくなった日。
女子高生がやって来て、ある作品を前に目を真っ赤にして、長い間、見ていた。
彼女は個展を去る時に、日差しの中へと消えていった。彼女の体が軽くなっていたように見えた。
女子高生に届いた。だから、きっとみんなにも、あなたの想いは届く。
あなたは、必要だったんだ。
文水は反論する。
自分勝手な自分。友の声を聞かずに死に至らしめた。澤田を独占的に愛し、その妻を憎む。世界は自分を拒絶している。
違う。自分が世界を拒絶しているだけ。
あなたは、ただ、ここにいればいい。誰かのためになる、役に立つなど関係ない。あなたは、今、生きればいい。
闇の中、文水に話しかけてくる者たち。今、その姿が闇の隙間の光から見えるようだ。

レイちゃんは、一緒に行こうと誘って来る。
文水は、それを拒絶する。まだ、作品を創りたい、生きていたいから。
でも、こっちの世界にもちゃんと遊びに来るつもり。
兄は語る。宇宙の始まり、私たちが何者なのかを。
バラバラが集まり、それが揺れ動く世界を生み出す。私たちもそんなバラバラの粒子が集まって揺れる存在。
私たちの人生は物語。世界はその物語を何回も求めて、時を進める。
大丈夫。私たちは、生きて、その物語を紡いでさえすればいい。

文水は澤田と一緒にいる。
澤田は妻としっかりと話したことを伝える。
レストランで美味しい物を、ベランダに花を、映画に、山に・・・
たくさんしたいことがある。一緒に。
私のことを見て欲しい。寂しいところ、楽しいところを探して欲しい。
今、私は悲しくて、楽しくて・・・

と、残したメモを頼りに話のすじを確認してみましたが、勝手に自分で解釈して書いてしまっているところがあり、あらすじとは言えないと思います。脚本は販売されているようなので、そちらをご参照に。

ゴールに向かって何かをするのが当たり前みたいな、何をするにしても、成果や目的達成を求められる社会。
文水に近づく、空地研究会の中年男性は、そんな社会に囚われてしまっているようです。
中年男性は、おかしいと感じて、空虚な時間を求めようとしても、自分を捕える時間が、それをさせてくれないよう。結果、いつの日か、諦めてしまう。
澤田の妻は、生活することに執着し過ぎて、生きることの意味合いを忘れてしまったかのようです。それは子育ての苦労や、夫との疎遠な関係など、一人で苦しむみたいな環境が引き起こしているのかもしれません。自分の幸せは何なのか。それは生活が楽になることに通じてしまっているようで、例えば、綺麗な空を見て心に沸き立つ幸せみたいなことは、もはや頭に無くなっているかのよう。でも、それぐらいに生活が心の余裕を失くさせているということでしょう。

外に出れば、こんな競合社会みたいなものに晒されて、時間に追われ、何が目的なのか、それも自分が本当に決めたものなのかも定かじゃない目的に向かってひたすら走らされる。心も体も疲弊して、ボロボロ。
と言って、家の中にいたって、余裕の無い生活が待ち構えていて、やはり、時間や現実に追われる。息が詰まり、自分が掴めない幸せ、それも明確な基準など無い幸せってものへの妬みや憎悪を募らせる。安らぎの時が無いのだから、不眠にだってなる。
じゃあ、どこで安らげるのか。
それが空地なのかも知れませんが、空地だって、この作品のように、周囲はマンションだとか、高層ビルだとか、現実を思い起こさせる風景が見えて、とても空虚な時間が過ごせる場所だとは思えません。
そうなると、深夜、闇に包まれて何も見えない空地に佇むしかないのではないか。
文水はそこにいるような感じがします。
そして、文水が創る作品も、きっとそんな、自分が置かれた場所のように闇一色のものとなっているのでしょう。
この作品は、そんな闇の中で身動きが出来なくなってしまっている人が、その闇の外に光があって、射し込んでくることをもう一度信じさせているように思います。
闇から脱出するのではなく、そこにいてもいいから、ただ、その闇の中に埋もれてしまうのではなく、あなたにも光が射し込んできているし、あなたも、隣の闇から見えるかすかな光の存在だと伝えているように感じました。

外に光があると思うには、自分が見られている、想われていることを知ることでしょう。
自分自身も光であることを理解するには、自分自身を肯定しないといけないように思います。
それは、最後の方で森川が語る、自分自身、人間一人一人が、光という素粒子で、互いにバラバラであっても、何らかの力で一つの世界を創り上げて、時が進む中で今があるみたいな感覚と似ているようです。
文水は、自分に向けられている想いを受け止め、トラウマになっているレイちゃんの死と向き合うことで、もう一度、生きる力を得ます。
文水は、この社会に馴染めず、どこか外に放り出されてしまったかのようですが、そんなことはなく、彼女もまたこの社会を創り上げる要素の一人です。過去に友を救えなかった悔いがありますが、それは彼女が自分を否定してしまうことに結びつける必要なありませんし、この社会で役に立たないことを証明するものとはなりません。
やはり、彼女は、この社会、世界、もっと言えば、宇宙で生の要素として大切な存在なのでしょう。
宇宙の歴史、それを紡ぎ続けるたくさんの人の物語の一つといった感じで表現されています。

生きていると時間は進む。死んだら時間は止まる。
当たり前に考えていたこの時間の感覚が、少し違うように感じられます。
生きているからこそ、時間を止めて、その時を楽しめる。懸命に走り、立ち止まった時に馳せる想いに、本当の自分が見えてくるようです。空地は本来、そんな場所のような気がします。
死んだら、その身は時間の流れに委ねるしかなくなる。
生きている者は、死んだ者を考える時に時間を止めているように思います。その止まった時間の中で、死んだ者を、その想像する虚構の世界で生かしてあげる。それが死んだ者をいつまでも、自分の心の中に刻み込んで慈しみ、そして生かすことに繋がっているような感覚です。文水がレイちゃんが死んで別れた後も、ずっと夢の世界で繋がっていて、それはこれからも変わらずそうなのは、文水が生きているからこそ出来ることなのだと思います。
時間に追われ、その急速な流れに、流されるように生きている人は、死んでいるのと同等のようにも思えてきます。
そして、そんな流れに皆が一様に流されてしまうようになると、上記した粒子の理論だと、エントロピーの概念が崩れ、宇宙は崩壊へと向かってしまうのではないかでしょうか。物理の世界はよく知りませんが。
人それぞれが、違う価値観を持って、好き勝手に揺れ動き合う。繋がりは、世界の中で混沌としていたらいいので、別に明確に結合していなくてもいい。想いの力のような見えない漠然とした、でも強固なもので互いに結び合っていたら。
そんな本来、自然な世界が、今、不自然になっているのではないかという警鐘と、その中で、個々が豊かに生きることに目を向けた話だったように感じます。

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