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2016年8月 1日 (月)

ここは洋式トイレです。【HPF高校演劇祭 大阪女学院高等学校】160731

2016年07月31日 ウィングフィールド (35分)

トイレで排泄することは、人間が生きる上で必須なのと同じように、心に溜まる不安や苦しみを流すことも大事なことなのだろう。
少女は現実から逃避して、トイレにやって来て、おかしな擬人化したトイレ関係のものたちと触れ合うという虚構の時間を過ごすが、その中で、もう一度、自分自身と、その現実とに向き合っている。
そこで得た数々の言葉は、みんな、悩みや苦しみを抱えながらも、自分を信じて肯定し、そして、その周囲の人たちを信じて寄り添いながら頑張って生きているということ。
悩んでいる自分は、みんなから救われる。そして、この演劇が、一時のこうした現実逃避の時間を与えてくれて、そこで、自分を見詰め直す時間を作ってくれる。
演劇をする少女は、救われた自分を心に留めて、今度は自分が、苦しみの中にいる人たちを救えるようになりたいと、前へと歩み出す。

トイレ関係のものを擬人化するという、奇抜な発想から、シュールでコミカルな微笑ましい作品。
逃げ込んだ小さな空間が、自分を否定せざるを得なくなって苦しむ人を、もう一度、前へと歩ませる大事な空間となっている。
この作品の少女にとっては、その一つが演劇であるような形で描かれているようだ。
少し、現実から離れ、しっかりと自分を見詰め直してみる。そんな空間を、人ならば誰しもが行かなくてはいけないトイレにしている。逃げるのではなく、そこで今までの自分を流し去り、すっきりした自分となることは、生きる上で必要なことであるという感覚が得られ、よく考えられた巧妙な話だと思う。

短時間作品なので、ラストへと向かうのが少し早急に感じるところや、もう少し話を盛り込んでも、楽しい作品なので全然、大丈夫だけどなあといった物足りない感は残るが、すっきりと綺麗にまとめあげられたいい作品だと思う。
キャラも微笑ましく、普段、観劇してる作品を料理だとするなら、これはお菓子のような、どこか甘酸っぱく、夢のある幸せな気持ちを導いてくれるような感じ。メインの話の進行の裏で、ちょこっとした小細工も多々、盛り込んでいるようで、話の筋や設定を理解した上で、もう一度観てみたくなるような、癖のある作品となっている。
全体的には、個性的なキャラがぶつかり合うわりには、非常に整然とした、バランスの良さを感じる。個々が他を乱さぬ、自分のリズムを持っている感じだろうか。
脚本、演出共に、創意工夫が顕著に感じられる魅力的な作品でした。

トイレに駆け込み、鍵をかけ、便器に座って落ち込む少女。
演劇部の少女。
本番も近い大事な稽古で大きなミスをしでかしてしまったようだ。
とっさに逃げ出して、ここに駆け込んでしまった。荷物を置いてきたので、家に帰ることも出来ない。
あ~、帰りたいけど、帰れない。私は芝居に向いていないんだ。
そんな独り言を言っていると、どこかから男の声がする。
自分がドジなのは百も承知だが、まさか男子トイレに入ってしまったのか。
よく聞くと声は便器から聞こえてくる。便器じゃない、洋式トイレ様だと言っている。
便器を覗き込むが、当たり前だが、人はいない。
半信半疑の中、洋式トイレは、水を流してみろと言うので、言われた通りにする。

気付くと目の前に、真っ白なスーツに、白いカウボーイハット、胸には赤い薔薇という、ちょっと痛いがイケメン男がいる。
白いドレスに身を包んだ可愛らしい女の子も二人。
洋式トイレと、トイレットペーパー、替えのトイレットペーパーが擬人化して現れたようだ。
ここに逃げ込んで来た人を、こうしていつも助けているのだとか。
少女は、自分の失敗を告白。
もう、どうしていいのか分からないと泣き出してしまう。
洋式トイレは、自分が泣かしてしまったとあたふた。トイレットペーパーは、自分自身で涙を拭かせる。使い過ぎて、厳しく叱られる少女。使い切られるまでの短い命だから。
演劇ならば、少しは自分も協力できると三文芝居を見せる洋式トイレ。
人の姿になって現れることは出来ないが、いつも、このトイレの最適なBGMを奏でてくれる音姫様の選曲により、トイレットペーパーたちは踊りを披露。
少女もトイレットペーパーの芯をマイクに歌を披露。自覚は無いようだが、かなりの音痴みたいだ。

ノックがする。
少女の強烈な歌でやって来たらしい。
着物姿の艶やかな品のある女性。和式トイレ。
ライバル関係なのか。洋式トイレは、何かいちゃもんをつけて食いかかっている。
和式トイレは、トイレットペーパーを連れて来ていない。
人気が無い和式トイレ。当然、トイレットペーパーもあまり使われず、それを洋式トイレのトイレットペーパーと比較されるのが嫌で、付いて来なかったらしい。
寿命が短くなるので、和式トイレの方が良さそうだが、やはり人の役に立つという誇りにはかなわないようだ。でも、和式トイレの方がいいかも。だって、洋式トイレよりも、素敵な和式トイレと時間を過ごせるから。
そんな酷い言葉に、洋式トイレは少し拗ね気味。

皆は少女に何かして欲しいことはないのかと尋ねる。
少女は考える。
今、自分は、現実逃避をしている。また、現実に戻らないといけないと思うと、何をしていいいのか分からないと。
再び、ノックの音が。
トイレブラシ。用務員みたいな格好で年期が入っているおばあちゃん。お茶目な冗談をぶつけてくるが、ちょっとボケているところがあるみたいだ。
でも、洋式トイレ、和式トイレ共に、トイレブラシには頭が上がらない。自分たちを輝かせてくれる大切なものだから。
皆は、とにかく少女が、ここから気をとり直して出て行けるように手伝うと言っている。

少女は自分を見つめ直す。
本番前なのに気が緩んでいたのかも。
高校受験を失敗し、希望じゃない高校に入学することになった。それも、名前を書き忘れるというミスが原因で。
落ち込んでいたが、友達と観に行った演劇が楽しくて、ふっきることが出来た。
演劇部に入部して、自分もあんな風に人の心を動かしたいと思った。
でも、待っていた現実は、才能が無い、ドジな自分。
努力はしたつもり。だから、今回、ようやく初舞台の座を掴んだ。でも、その稽古で大きなミス。
やっぱり、自分はダメなんだ。

トイレブラシは、自分のことを語り出す。
自分の仕事が嫌でしょうがない時があった。だって、汚いし、臭いし。でも、自分がすること、できることが、トイレたちに感謝されることだと知った。役に立つ自分を自覚。自分認めることが出来るようになったのだと。
和式トイレも、口を開く。
ドジだから苦労する。でも、それは、あなただけじゃない。みんな苦労しているもの。
洋式トイレはたった一つだけだけど、和式トイレは幾つもある。自分はその中の一つに過ぎない。そんな僻みを持ったこともあったが、それでも、自分が出来る、人の役に立つことをしていこうと思っている。口で言うのは簡単だけど、でも、僻まないで頑張って。
トイレットペーパーは、苦労する間も無く、使われて、役割を全うする。それでも、みんなに役に立つことが嬉しい。それに、こんな人の姿にまでなれて、楽しい時間を過ごせるのだから。替えのトイレットペーパーは、まだ、未使用だけど、その前にこんな楽しい経験をしている。現役のトイレットペーパーに早く流れてもらって、次に活躍するのは私だと。
洋式トイレは言う。
現実逃避はしてもいいんだと思う。ずっとし続けたらダメだけど。
演劇って、ある意味、現実逃避の場を与える仕事なんじゃないのか。たくさんの人の心を救ってあげたらいいんじゃないか。

少女はみんなからたくさんの言葉をもらって、自分はドジだけど、ダメなんかじゃないことが分かったようだ。
自分だけがミスして、苦しいわけじゃない。みんな、苦しみながらも頑張ろうとしている。その頑張りは、みんなからありがとうと感謝されるようなことをしているんだと思えば、いくらでも、楽しく努力できるのかもしれない。
そんなに強くないから辛くなったら ちょっと逃げる。でも、そこには必ず自分に声をかけて、手を差し伸べてくれる人がいるんだ。だったら、自分もそんな人になってみたい。自分が演劇に救われたように、今度は自分がする演劇で辛く苦しみの中にいる人の心に少しでも
寄り添ってあげられたら。
そんなことを思っている間に、いつの間にか、みんな消えていた。ここはそんな逃げてきた人の心を救う場としてずっとあったんだ。
少女は、胸を張って、トイレを出て行き、みんなが待つ演劇部へと向かう。

トイレ関係のものを特徴的に擬人化して、どこかシュールなコミカルさを醸す微笑ましい作品となっている。
自由に捉えていいのならば、単純にそんな奇抜な擬人化を楽しめるのと同時に、少女の周囲、演劇部の仲間たちを投影したキャラにもなっているように感じる。
私のイメージでは、洋式トイレ(趙美恵さん)は、やはり洋式だけあって、少し従来の和風とは異にしたような印象。常に新しいことを目指して生きているような感じだろうか。なぜか分からないけど、逃げ込む人をずっと助けていると言っているように、例えば部長、顧問の先生のように皆の面倒を見ることが出来る人のようだ。少々、お調子者で、頼りなかったりするので、偉そうになりきれないおとぼけキャラとなっている。みんなから尊敬されるみたいな感じではないが、同じ目線で一緒になって悩みを解決しようと考えてくれる実直さをみんな信頼して、うっとおしいみたいな感じで接せられているが、実はいつも頼りにされているみたいだ。
和式トイレ(澤田果歩さん)は、最上級生、看板女優って感じだろうか。貫禄があり、ただ立っているだけで存在感をみせる。洋式トイレのように、飾らなくても、内から滲み出てくるオーラで勝負しているかのよう。きっと、同級生や後輩から憧れる存在なのだろう。でも、そんな和式トイレも元々は、数ある中の一つにすぎなかった。それに腐らず、自分は自分が出来ることをと、地道に努力した結果に、今の姿があるようだ。
トイレットペーパー(入谷帆南さん)は、どこまでも前向きで、今の自分をとことんまで楽しむことが出来る後輩みたいなイメージか。きっと、ムードメーカー的な存在で、皆が落ち込み、暗い空気になっても、その明るさで周囲を照らし、毒を持って元気づける。あまり使うと、無くなってしまい死んでしまうから節約するみたいなこともしない。今を楽しめるなら自分の力を全力で注ぎこむ。
替えのトイレットペーパー(樋口穂乃佳さん)は、新入部員ってところだろう。すぐ上の先輩みたいなトイレットペーパーとじゃれあって遊んだりしながら、これからの自分の活躍を夢見ている。下級生だから、従順でおとなしくみたいなことはなく、先輩たちを怖れぬきつい言葉で裏表を見せたりするあざとさを既に発揮している。
トイレブラシ(富田さくらさん)は、スタッフだろうか。汗まみれになって、きつく苦しい仕事を任せられる。華やかな舞台に憧れの念を抱くこともあるのだろうが、それ以上に、そこで輝いてもらえることを良しとする職人。マニアックになってしまうのか。少々、ボケたようなおかしな空気を醸すようになってしまうみたいだ。

そんな少女の仲間たちが、落ち込んで苦しい中にいる少女に見せた幻影。
とにかく、苦しみから救ってあげたいと思う優しい洋式トイレ、自分の経験を語ることで苦しいのはみんなそうだと伝える和式トイレ、苦しむ間も無いくらいに、明るく楽しいことを見つけ出して前へと駆け出そうと励ますトイレットペーパーたち、自分の成すべきことを見詰めて、自分のことを肯定して頑張ろうと声をかけるトイレブラシ。
少女は、皆の言葉を受け止める。
自虐的に、自分は何も出来ない、人より劣るなんて、負の感情に囚われて、身動きできなくなってしまっていた少女。
一人で、こんなところに閉じこもっていてはいけない。
みんながきっと待ってくれている。
トイレから出る少女は、まだ不安を残しながらも、自分自身を肯定し、そうさせてくれるたくさんの仲間たちの下へ向かう。
まだ幼く、揺れ動く感情の中で、またすぐに落ち込んでしまいそうだが、それでも、今は自分を、みんなを信じる。そして、自分の好きな演劇で、いつか、今日のような私みたいになっている人を救ってあげられれば。
そんな不安を抱えながらも、勇気をもって、前へ踏み出そうとする、誇りある成長した少女(中田夢乃さん)の素敵な姿で話は締められる。

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