熱海殺人事件 売春捜査官【HPF高校演劇祭 北摂つばさ高等学校】160727
2016年07月27日 ウィングフィールド (100分)
熱海殺人事件は、これまでオリジナル、モンテカルロイリュージョン、ザ・ロンゲスト・スプリングバージョンを拝見している。
(http://ksaisei.cocolog-nifty.com/blog/2014/06/140601-c1a2.html)
この作品は、オリジナルにほぼ忠実な感じかな。
女性を軽視した男優先社会をメインに、同性愛、在日朝鮮人問題なども絡めて、当たり前の感覚で見失ってしまっているのか、それとも見ないふりをしているのか、差別社会を言及しているようです。
その中で、差別される者が、どれほど踏ん張って、辛い思いをしながら生き抜こうとしているのかを見せて、それを軽んじる周囲の誤りを導き出そうとしているようです。
基本は4人だけで、舞台も取調室から動くわけでもなく、シンプルな場で、心情を蓄積していく熱い芝居を見せないといけない、恐らくは役者さんは挑戦してみたい作品なのではないでしょうか。
正直なところ、最初の30分ぐらいは、全体的なぎごちなさ、個のレベルでは、熱意とセリフの噛み合わなさなどが目立ち、まあ、はっきり書いてしまえば稚拙なところが多々あるなあと感じていました。
伝兵衛のキャラが目立ち過ぎて、独断場のようになっており、他のキャラが若干弱い。その勢いに飲まれて、ぶつかり合いの状況になっていないので、個々がただバタバタしているように見えてしまう。
セリフの噛みはまあ特に気にはならないのだが、言い澱みみたいなものは、その心の気持ちがストレートに吐き出されない何かがあるのかと思い、やや冷めてしまうところがある。
話の展開のテンポは悪くはないように思うが、どうも、キャラの特殊な個性を押し出すの精一杯で、心情が伴わない熱さや気迫だけがうごめく舞台に感じられた。
そこから後半、ラストに向けて、じわりじわりと良くなっていく。
一通り、登場人物のキャラ把握も出来て、劇中劇の中での、繊細な、かつ情熱に溢れる心情表現に注力できるようになったからだろうか。
ラストの方の、各々の独白は、人生の悲哀を浮き上がらせ、そこにある情念を狂おしいほどに表現して、心を震わせる巧みな演技も見られる。
故郷というか、親への愛情。ひいては、生まれてきたことに、尊さを抱いているような感覚が残ります。
このことは、どんな人でも同じ。
今、ある自分がどうであろうと、生まれて生きてきた尊さを否定することは、自分も他人も出来ることではありません。
差別や格差ある社会が、人を歪ませ、そんな尊さを否定し、傷つけ合わせようとするなら、原点に立ち返って、自分たちが本来、抱いている優しい想いに目を向けてみようというメッセージが感じ取られます。
女部長刑事、伝兵衛。
その美貌から言い寄ってくる刑事も多い。何でも、警視総監からも目をつけられているのだとか。
今日は調子の良さそうな若い川田刑事が、その体を求めて奮闘するもののあえなく粉砕。
そんな伝兵衛の下に東京からやって来たエリート刑事、熊田。
イケメンなので、猛烈にアタックする伝兵衛。
そのうち、熊田が思い出す。かつての想い人。
10年前のセーラー服姿の伝兵衛が、いくら待っても現れず、その目に溢れる涙を流させた男が熊田。
死ぬほど好きだった。シークレットブーツを未だに履いて、チビの苦労と共に生きてきた熊田は言う。
特技は大根を頭で割るというような、あれから一人で強く生きていく道を歩む伝兵衛。
自分には無理だと思った。それが、あの日、行かなかった理由。
今はユキエという妻がいる。誰とでも寝る、公衆便所だった女。
ホモでハゲの伝兵衛の部下、戸田がやって来る。伝兵衛はいつものように、彼をやり過ぎなくらいに迫害する。
今回の熱海殺人事件。
容疑者は大山金太郎。五島出身の幼馴染、アイコを熱海の砂浜で絞殺する。
アイコは売春婦だった。それも、コケと呼ばれる最下層の売春婦。普通の相場が2、3万円なら、アイコは1000円もあれば十分。
売春婦の元締めはリタイゼンという男。同じく、五島出身の在日朝鮮人。この男は、謎の自殺を遂げている。
事件の真相を、伝兵衛は厳しく、金太郎をに13階段を登らせるために追求していく。
オリジナルバージョンも確かそうだったが、ここから劇中劇となる。
始まって30分。ここでナレーターと共に、役者紹介を兼ねたオープニングを堂々とするメタ的な演出。
事件を再現して、検証しながら行われる取り調べでは、伝兵衛が女であることを、所々で意識させる。例えば、生理になったりと。
これまでの伝兵衛が経験してきた今の社会の中での女。女のプライド。ずっと踏ん張らないといけない。
この事件の背景には、売春組織の存在がある。その元締めが、アイコと同郷のリタイゼン。しかし、リタイゼンも好きでしているわけではなく、在日朝鮮人である自分たち家族が故郷の村の一員として認めてもらうためにしている。つまりは故郷が望んでしていること。故郷の花、アリランを目印に、上京してきた女の子と出会い、売春婦にする。
うぶな子を狙っている。恐らくは初めての東京で不安に打ち震えている女を狙った。こういったところに汚さを見出し、伝兵衛は追求していく。
その売春の実態を知り、アイコと会う金太郎。ブランド品を身につけ、コケでありながら、必死に虚勢を張っているアイコに、共に故郷に戻ることをほのめかす。といって、明確なプロポーズをするわけではない。どこか、自分がアイコを求めたのではなく、アイコが自分を求めた既成事実を作ろうとしているかのよう。
アイコは金で買える女。金太郎は金を財布から取り出そうとする。
リタイゼンが、アイコを迎えにやって来る。
金太郎は、リタイゼンのしていることを責め、家族も故郷から追い出したことを告げる。リタイゼンの口から、この売春組織の真実が語られ、それでも、その責任を死んで償うから、家族は故郷に戻してもらえるように懇願。ようやく、見つけ出した自分たちの居場所。そこを追い出されたら、これからどうやって生きていけばいいのか。そう言って、リタイゼンは海へと向かう。
アイコは、金太郎の手にする1000円札を見て、自分をそんな下に見ているのかと悲しみを露わにする。自分はこのままでなんか終わらない。絶対にのし上がってやると強い意志を示す。
アイコは変わった。このままでは辛い思いをするだけ。殺してあげなくてはいけない。そう言って、金太郎は腰ひもを手にする。
これが事件の真相。
伝兵衛は、警視庁の中でも嫌われ者だ。疎んじられている。でも、ずっと踏ん張ってきた。そして、その踏ん張りを捨てずに、どこまでも駆け上がってやると強い意志でこれまでを生きてきた。
だから、アイコの心に寄り添える。
金太郎が本当にアイコに手を差し伸べて、共に生きようとしたなら、どうして手にしたお金が1000円だったのか。持っているお金を全て、何十万でも。それが、本当のアイコへの愛であったのではないのか。
リタイゼンは、アイコに売春をさせていた。させていたというところもあるが、欲に溺れて、自分から股を開いたところも確かにあっただろう。でも、そのアイコの笑顔に、リタイゼンは、自分の故郷の幸せを見出そうとしていた。
この事件の検証をする劇中劇で、アイコ役は伝兵衛がする。
恐らくは、彼女がこれまで生きてきたことで経験したこと。女である自分、自分を求める男たち、女が一人で生きるこの社会を同調させているのだと思う。
男のプライド、どうしても滲み出てしまう女を蔑視していることを匂わす言動。
それは、きっと女だけではない。この国はマイノリティーの集合に入れてしまった存在を当たり前のように差別する。
ホモ、在日朝鮮人、田舎育ち、島出身、やんちゃな生い立ち・・・
金太郎はいわば、そんな社会の象徴みたいなものかもしれない。
アイコはそれに、立ち向かう姿勢を見せて、殺された。リタイゼンは、自分を犠牲に、家族とこれからの子孫に希望を託そうとして自殺した。
この劇中劇をホモである戸田や、女房がブスで公衆便所だった熊田が見ている。
弱者であるマイノリティーが、強く生きていくためにどうすればいいのか。社会は本当に変わらないのか。
いや、自分たちが踏ん張って生きていけば、それはきっと変わる。現に、この事件で金太郎は、この伝兵衛の手によって、死刑台へと送り込むことが出来たのだから。
事件は解決。
熊田も戸田も、強引な伝兵衛の取り調べを非難する。
本当に好きだった。でも、やはり、伝兵衛にはついていけない。自分には、今の女房、ユキエがふさわしいのだと分かった。それは、一緒にいて、何も気兼ねしないでいい二人だから。それがきっと自分たちの幸せなのだと思う。子供が生まれる。女房は伝兵衛に敬意を持っている。だから、名前をいただくかも。
熊田は、そう残して東京へと戻って行く。
戸田はもう、我慢の限界だから、辞めると言う。
伝兵衛に憎い、死ねばいいと思っていることを伝える。
誇りを持って、家族の元へ帰る決心ができた。
心を開いた自分をきっと親は喜んでくれると思えるようになった。
伝兵衛はプレゼントを渡す。
実は戸田の親からずっと相談を受けていた。
勇気の印、アリランの花を戸田の胸ポケットにつけて送り出す。
これで、全て解決。肩の荷が下りた。
自分は特技の大根を頭で割る気合いで生きていく。
そして、伝兵衛は警視総監に電話。
お願い二つ。
戸田の旅立ち、空港への道を確保。彼は最高の部下だったから。
リタイゼンの墓を五島に。彼は誰よりも美しき島を愛した日本人だったから。
代償は、自分の操。その後は、売春組織に潜入する。だから、以後はお金を払ってもらうことになる。
今、義理と人情は、女がやっております・・・
差別ある社会の中で、傷つけ合いながらも、強く生きる人たちへの幸せな未来に祈りを捧げるような、優しい想いに溢れている話かと思います。
性別や生まれ、身分など、様々な違いから、差別が生まれ、そこから歪んだ考えが生み出されてしまう。
それによって傷つけられてしまう差別される者たち。
それでも、踏ん張って生きる。その生き様の果てに、必ず、そんな差別を許す社会が罰を受ける日がやって来る。そんな未来への希望を信じ、そのために誇りある、大切な義理と人情を持った生き方をしていこう。
そんな考え方が浮き上がってくるような話でした。
伝兵衛、小山桃佳さん。
基本的に周囲を寄せ付けないくらいに、ビシっとしたオーラを発し、時折、それは暴力の形を見せながら、驚異的な存在。その反面、誰かに寄り添いたいという姿をおちゃらけて冗談めいて見せたりする。最初は壊れてしまっている人に見ていたが、なるほど、これが、この人の生き様であり、そうして生きてこなくてはならなかった、強がりともいえる、強さなのだと。
差別される、追いやられる弱者と呼ばれる人たちの心に寄り添い、そこにある本当の気持ちを知ろうとする。そして、その弱者の敵である者、社会には毅然とした態度で立ち向かう。
多くを語らず、熊田や戸田の中に潜む、差別されることの痛みや、そのことの不安を理解し、より良き道へと導く。
このキャラは、映画やドラマでよく描かれる寡黙で不器用だけど、人に寄り添うかっこいい男だ。そうか、今は、これを男が演じられない世になっているのか。本当にかっこいい男というか、人が今、いなくなっているんじゃないのか。人の気持ちをきちんと理解し、それをあだにする奴を許さない義理と人情に生きる人が。そんな貧相な社会への警鐘もあるのかもしれません。
そのかっこよさを、女優ならではの優しく、荒々しい素振りながらも繊細さで魅せていたように思います。
熊田、浅井涼雅さん。
最初は、苦虫を噛み潰したような、全てを否定的に、悪意で見て生きているかのような姿で登場。
この見方は、まあ間違いでもなかったようで、この人は、自分がこれからを生きていく中で、伴侶という存在に疑問を抱いているかのようです。男だから、女を求める。そして、結婚して共に暮らす。でも、その女は自分を幸せに導いてくれるのか、逆に導けるのだろうか。そんな不安をかつての想い人、伝兵衛の姿から消し去ることが出来た。多分、伝兵衛も、もしかしたらこの人に救われたい気持なんかもあったのかもしれません。でも、そんな姿は見せません。滲んでしまうけど、決して。それがかっこいい女だから。
そんな切ない二人の男女の姿も浮き上がります。そして、何か、男はずるいなといった感覚も。
戸田、岡大和さん。
前半はホモキャラを押し過ぎで、ただ気持ち悪い存在に。本当の力の見せ場は後半になってからか。
つか作品で感じられる、男女や生まれなど、自分ではどうしようもないものに、囚われて生きなくてはいけない悲哀を滲ませます。そして、それを乗り越えて、自分で掴んだ新しい人生。その表情は、これからの希望を感じさせるものでした。
この人にとって、伝兵衛はきっと、自分の真の姿を見せられる人だったのでしょう。だから、殴られる暴力一つも、それは本当の自分にぶつかってきてくれているものと捉えられていたのだと思います。
気兼ねをしない、自分の居場所。これがどれだけ幸せなことかということは、熊田が女房を見詰め直す、リタイゼンの言葉からも導き出されることです。
金太郎、上床流石さん。
上記したように、熱海殺人事件は、今回で4作品目の観劇。
何となくですが、この人が容疑者であり、そして伝兵衛の手によって犯人に仕立て上げられるという構成が理解できたような気がします。
今までは、この人もまた社会的弱者といったイメージが強かったですが、ある意味はそうでしょうが、やはりこの人は犯人ですね。
自らの真理にだけ従って物事を捉える。それだけでなく、人の心までをその基準で見ようとする。自分が神にでもなったつもりなのかという、ずいぶんと横暴な話です。
売春はいいことだとはもちろん思えません。だからと言って、売春は悪、関わる者は全て悪、排除せねばという結論に至るのはあまりにも安直な気がします。
そこにある真実、関わる人たちの心情に目を向けずに、悪いと叫ぶのは、単なる売春という言葉を悪いと言っているだけに過ぎず、その人まで否定するものでは無いように感じます。
それでも、現実の社会はそういう考えで物事を、人を捉える人がたくさんいる。そんな人たちを自分たちの手で、誤っていることを示すまで戦う。そんな姿が、この作品では描かれているようです。
可哀想で悲しくなる言動の中に、きちんと浅はかで愚かな姿を映し出されている。これが、この人自身も悲しい社会的な弱者であるが、同時にそんな弱者を傷つける強者となり得る容疑者であったことを示唆しているようです。
川田刑事、北野裕暉さん。ナレーター、長命美希さん。
多分、原作には出てこないのだと思いますが、冒頭に伝兵衛のキャラを植え付ける役として、劇中劇の始まりを示すような役として各々登場。
川田刑事は、まあ前説風にちょっと空気を柔らかくして去って行く。
ナレーターはうまい具合に考えられたもので、確かにあのタイミングから、この作品の本当の始まりだなあと。
うまく機能したのかどうかは、何とも言えませんが、こうした工夫を作品の中で凝らして、自分たちの作品に創り上げるということは大事なことでしょう。
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