お犬騒動【劇団明朗会計】160717
2016年07月17日 TORII HALL (100分)
なかなかに熱の籠った、迫力ある舞台でした。
人間の弱さや醜さが、純粋な想いで繋がった絆を断ち切ってしまう悲劇。
決して悪意だけが渦巻く中で起こったことではなく、そこには、厳しい世の中で幸せに楽して暮らしたいというエゴを、みんなのためだという大義にすり替えて正当化してしまうような過ちがあったようです。
エゴにただ忠実に生きることは獣のようなものなのかもしれません。人は、そのエゴを巧妙に隠しながら、欲望の赴くままに生きることが出来るようです。でも、それは汚いとされる、獣以下の醜い生き方のようにも思います。
現実的な問題は多々あるものの、人が幸せに生きることってどういうことなのかを考え、自分が求めているものが、ただ自分の欲望を満たすことなのか、周囲の人も幸せに導くことなのかを見詰め直さなければいけないようなことを感じさせます。
エリカは、ハチという犬といつも一緒。
犬の言葉が分かるエリカは、ハチに芸をさせて、身銭を稼ぐ。
両親はいない。
10年前。かつての村の飢饉。
年貢米を溜め込む庄屋を襲う計画が村人たちによって立てられる。エリカの両親は、そんなことをして、命を落とすことになってはいけないと別の計画を考える。
庄屋も村人たちによる暴動が起こることを危惧している。起これば、お上から咎めを受けて大変なことになるから。だから、それを盾に少しの米でいいからもらうことが出来るはず。そう考えて、両親は庄屋に直訴。しかし、庄屋は娘を差し出す代わりに米を渡すと言う。
村人たちはみんなのためだと娘を渡すように両親に言う。拒絶すると、自分勝手だと罵られる。やがて、どうしようもなくなった両親は、母は庄屋に自分を差し出すと直訴し、父は一人で庄屋を襲い、共に死んだ。
残されたエリカとハチ。エリカは死のうとするが、ハチ、そして、君香という庄屋の息子、弥太郎と親しい間柄の女性に救われる。
それから、村人たちにエリカは八分にされている。
君香は、今でもエリカのことを気にかけてくれている。
弥太郎は、君香を捨てて、エリカにつきまとう。しかし、女が股を開くことだけにしか興味が無いような獣に興味は無い。
庄屋が、お上からの新しい法令を発表する。
生類憐みの令。
あらゆる生き物を殺してはいけない、肉を食べてはいけない。特に犬は、お犬様と丁重に接しなければいけない。
これを聞き、弥太郎は新しい時代の風を感じる。
奉行にお犬様の面倒を見るための施設を村に作ることを願い出る。
しかし、そんな願いは方々であるようで、首を縦に振らない。
弥太郎は、エリカのことを話す。犬と話し、しかも、まぐあう女がいる。奉行は興味を示し、一度、エリカを見ることとなる。
弥太郎は弟分の男に、ある計画を話す。それは、今の庄屋を裏切るようなこと。煮え切らない男だったが、強気な奥さんがそれを了承。
エリカとハチがいつものように、芸をして稼いでいると、通達が。
お犬様に芸をさせてはいけないと。
エリカは庄屋のところへ向かい、調べを受けることに。
しかし、エリカは、芸をさせないという庄屋の命令を拒絶する。それだったら、この村を出て行くと。
そこに弥太郎が登場。
父である庄屋に忠告。
エリカは、犬の言葉が分かり、犬とまぐあうもの。人では無く、獣。犬だ。その犬を村から放り出せば、逆に咎めを受けることになると。
それよりも、お犬様を住まわせる屋敷を作り、村を発展させるべきだと。古い考えの庄屋は猛反対。
しかし、弥太郎は奉行を呼ぶ。
エリカに言って、ハチの芸を見せる。
奉行は犬屋敷の建設を許可する。
もう、汗水流して、米作りをすることはない。肉は食べられなくとも、飢えることは無い。人がこの村に集まって来る。好きな店を開いて金儲けをすればいい。
弥太郎は村人から崇められる。
弥太郎は、弟分にエリカが村から出て行かぬように見張りを命じる。
そして、もう一つ。
弥太郎は君香の家へ向かう。自分に未練があることを知っている弥太郎は、君香の女心を利用して、あることを依頼する。
エリカは村を出て行くことにする。
そこに、君香が訪ねて来る。今までお世話になったと感謝の気持ちを述べるエリカ。
君香は、最後にハチと散歩をしたいと言って、ハチと一緒に外に出る。
弥太郎が訪ねて来る。
ハチは帰ってこない。エリカが檻へと連れていったから。
それを聞き、エリカは弥太郎を獣だと責める。
お前のため、村のためだと言い、弥太郎はエリカを檻へと連行する。もう、止めることは出来ない。
エリカは檻で感情を失くす。
弥太郎が毎日、様子を見に来ても、何も言わず、表情を変えない。
村は発展した。後は、エリカの笑顔だけなのにと苛立つ弥太郎。そんな弥太郎を見て、悲しむ君香。
エリカはハチに殺してくれと懇願する。
その言葉を聞き、ハチは覚悟をする。
エリカは犬じゃない。人だ。人として、生きて幸せになればいい。
ハチは暴れ出し、皆を威嚇する。弥太郎は刀を出して制しようとするが、ハチはその刀に跳びかかり刺されて死ぬ。これでエリカは自由になれる。
しかし、エリカは犬になる。獣として生きる。その方が汚らしき人として生きるよりましだから。
そんなエリカの姿を見て、弥太郎は絶望する。
弥太郎が犬を殺した。これで村も終わりだ。村人たちは一斉に弥太郎を恨み、そっぽを向く。君香を除いて。騙されていたことは分かっていた。それでも、弥太郎への想いは捨てられなかった。
許されることもない。犬となってしまったエリカ。自分が出来ることはただこれだけと、弥太郎はエリカを刀で刺す。
狂ってしまった弥太郎。
君香は弥太郎を楽にするために、刃を向ける。
どうしてこうなってしまったのか。泥にまみれてでもいい。ただ一緒にいたかったのに。
君香は自らの胸に刀を向けて・・・
村のため、人のためという大義に隠れた、自分のためになるというエゴ。
みんなのためは、結局、自分のためというエゴを言及している。
それに人は気付かない。気付かないふりをして、自分を正当化しているのか。
そもそも、この生類憐みの令自体がそんなものではないのだろうか。
お上の優しさ、正義を盾に、人を苦しめる。そこには、誰かが利権を得る仕組みがある。生きるものみんなが幸せになんか決してならない。
それだったら、エゴを剥き出しにして、行動する方がよっぽど美しく見える。目の前の肉を、己が生きるがためだけに喰らう獣のように。
そして、ただどんな環境でも、どんなに辛くても一緒にいたいという想いを、心のままに相手にぶつける姿のように。
エリカがハチを想う、ハチがエリカを想う気持ち。そして、何も無くなってしまっても、ただ共に一緒にいたかったと願う君香の弥太郎への想い。
そこには、ただただ純粋に、己の人を想う欲望に忠実な心が現れており、愛おしく感じる。
自分のエゴから目を背け、それを不明瞭な大義にすり替えたり、多数の支配する言動に乗っかってうやむやにしたりする人間。
そんな人間が、自ら導いた悲劇。それも、その背けた人では無く、純粋に生きた人を巻き込んでしまった。
人間の弱さ、醜さもある。でも、それを露出させないと生きていけない世の中もある。もちろん、その世の中を作るのも人間であるわけだが。
そんな、悲しい矛盾の中で、純粋な想いが見捨てられて、かき消されてしまった。その罪深さを受け止めなくては、いつまで経っても、世は汚いままなのだろう。
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コメント
SAISEI様
劇団アシデマトイ『遭難、』でマドンナ先生を好演された萩原さんや本若に出演されている永さん、2014年nyanセレクトに出演されてたのは前に書いたと思います。
面白かったと思います。萩原さん、永さん良かったし。ただ泣けなかったな。。
参加できませんでしたが終演後の役者さんとの面会タイムが設けられているのは良いですね。
投稿: KAISEI | 2016年8月14日 (日) 23時15分
>KAISEIさん
両名とも把握していませんでしたが、皆さん、安定した力があるようで、観やすかったようには思います。
泣けるというかは、人間のどうしようもない歪み、脆さに悲しみを覚える感じですかね。
トリイホールは、会場の外が狭いですからね。物販もあればエレベーター前がぐちゃぐちゃ。役者さんとの面会を割り切って、時間を設けるシステムは結構なことではないでしょうか。
投稿: SAISEI | 2016年8月23日 (火) 14時39分
SAISEI様
2014年にnyan selectに出演されていたのは「大和田さん」です。コメントに落ちてました。。
投稿: KAISEI | 2016年8月23日 (火) 23時01分