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2016年7月 8日 (金)

ゆるりゆらり【あみゅーず・とらいあんぐる】160707

2016年07月07日 Free Space 座・九条 (95分)

リーディング公演は苦手なので、途中、寝なかったという事実だけで、けっこう楽しんだという証明になると思います。
ただの本読みではなくて、やっぱりその作品を観て聴くための、空間、空気も創られている魅力があることが、ようやく、最近分かってきたのかなあ。

4作品。
お茶目で愛らしい遊び心のある女優さん方に、それを大きな懐で受け止めるような男優さんお二人。
バックでは、美しいピアノ演奏。
なかなか、素敵な空間で、不思議な作品の魅力を味わえたような。

<以下、劇団HPで、4作品の題名を記載していないので、ネタバレになると判断し、公演終了まで白字にします。公演は日曜日まで>

・いつか、ずっと昔  江國香織

桜並木を歩く二人。
この桜が散る頃には、二人は結婚する。
満開の桜を見上げながら、女は一匹の蛇に気付く。
あなた。そう、自分は路上で干からびて死んでしまい、人間に生まれ変わったのだった。人間として生きる時間も悪くは無かったと告げると、蛇は安心した表情を浮かべる。久しぶりに桜の幹に巻きついて、共に眠りにつく。
目を覚ますと一匹の豚が声を掛けてくる。
あなた。そう、養豚場の外に出て轢かれて死んでしまい、蛇に生まれ変わったのだった。蛇として生きる時間も悪くは無かったと告げると、豚は安心した表情を浮かべる。久しぶりに昔の仲間がいる養豚場に向かう。
養豚場の前にウバガイがいる。
あなた。そう、引き潮の時に人間に捕まり、焼いて食われてしまい、豚に生まれ変わったのだった。豚として生きる時間も悪くは無かったと告げると、ウバガイは安心した表情を浮かべる。久しぶりに二人は貝を重ねて音を立てる。
男に声を掛けられ、ハッとする。どうやら、ボーっとしていたらしい。
私が昔、どんなだったとしても、好きでいてくれる。その女の言葉に男は笑って答える。昔からって、幼稚園の時から、ずっと一緒だったじゃないか。
私が梅組で、あなたが桃組。
女はかつて愛した、愛されたものに別れをそっと告げて、今、愛する、愛される人に寄り添う。

輪廻転生の記憶をたどる旅。
絵本に出てくるような微笑ましい話。
紡がれるみたいな言葉が似合う、記憶の旅の流れに身を任せ、優しい時間を過ごす。
女、水木たねさんと、男、中野聡さん。
これまでの公演で何度か拝見した男女の組み合わせで、私の中では安定した温かい空気が醸し出される。
愛されて、別れて、忘れて。男はずっと心配していて。ちょっと女の巧妙な毒ある愛を醸される水木さんと、実直、誠実さが漂う真っすぐな男の愛を醸す中野さんのコンビが心地いい。

・神様/草上の昼食   川上弘美

クマとハイキング。
何グマかも分からないし、もちろん、名前も知らないので、あなたと呼ぶ。
行き先は河原。
アスファルトで舗装された川沿いの道を歩く。車は二人を大きく避けて通過し、無邪気な子供は熊に腹パンを喰らわす。
河原に着いたら、クマは魚を捕まえてくれる。器用に魚を捌き、干物を作るために天日干し。
ランチは、クマはフランスパン、私はおむすび。
河原で昼寝。クマは、その間に上流でさらに魚を捕まえてくれたみたい。
干物を土産にお別れ。クマは何か言いたそうだがモジモジしてる。クマの願いで、抱擁でさよなら。悪くない一日だった。
久しぶりにクマと散歩。
行先は草原。
クマはしばらく里帰りしていたらしい。やっぱり、北の方らしい。
ランチは、ワインに弁当。クマは飲めないので、ワインは私だけ。
クマは故郷に帰る決意をしたと告げてくる。馴染めないことが色々とあったみたいだ。
そんな話をしていると雨。傘をきちんと用意しているクマ。
やがて、雷。怖がる私をクマは優しく抱擁してくれる。
そのうち、クマは私を離して、雷雨の中に。そして、大きな咆哮をあげる。
その夏、クマから手紙が来た。住所を書いていないので、返事は出せない。
そっと、机の奥にしまっておく。
そんな、思い出。

いつか見た夢を語っているようなほのぼのした空気がありますが、どこか奥深くに、薄気味悪い警鐘を込めているような感覚の残る話。
クマは何らかのメタファーになっているのでしょう。でも、クマとしてそのまま捉えてしまえるような不思議さもあります。
クマは、普通ならば、脅威の存在であり、この話のように一緒にほのぼのした時を過ごせるようなものではないでしょう。
大人は、知識・経験や風評からクマを怖れ、子供は無知や無邪気さから、容易に近づき好奇な目を向ける。
わたしはその中間に位置するような人に映ります。
クマも自分自身の脅威を意識していたのか、色々と気遣いをしている姿が描かれています。
わたしは、そんなクマの気遣いに感謝をして、クマの持つ色々な腕前を楽しみ、その与えてくれるものを存分に味わっています。
クマはそんな付き合いを人としたかったのか、自分を受け入れてくれるわたしに抱擁を求めたりもします。
でも、クマにとって、ハイキングや散歩は決して日常では無く、わたしと過ごす一時は、唯一の幸せな時だったのかもしれません。日常では、怖いものだと無視されたり、人に害を及ぼすと忌み嫌われたり、変なでかいやつだと蔑まれ、敬いの精神なく、もてあそばれる。
やはり、馴染めなかった。
雷雨の中、クマは、自分はやはり畏怖の存在なのだといわんばかりに、野生の本能に目覚めたように咆哮をあげます。クマの無念さが伝わってくるようです。
クマは眠りにつき、人と距離をおいて、その姿を見せなくなる。一通の手紙。返事ももらえないその手紙を人に託し、確かにクマが人の世に溶け込もうとして、わたしのような人とは一緒の楽しい時を過ごしたことを忘れないで、思い出として残して欲しいと願っているようです。
クマを孤独に追いやってしまった。クマは確かに怖い。その秘めたる力は人を容易に傷つけてしまうものである。そのことを知らない子供は、ただ好奇な目を向けて、クマを分かろうとしない。知っている大人は、その一点だけに執着して排除はしないけど距離を置く。
そんな無関心であることが、クマを追い詰めてしまったように感じる。
クマは、ハイキングや散歩にわたしを誘う。自分を知ってもらおうと差し出された手に、多くの人は触れずに、無視したのだろう。
孤独を生み出すのは、無関心であり、それによって、自分たちは大切なものを失ってしまうことがある。
差し出された手に触れるための、経験であり、知識であり。無知や無関心であることの罪。それは神様を冒涜することに等しいくらいの、自分たちを不幸に陥れる大きな罪であることを示唆しているように感じる。
ちょっと天然っぽい優しい空気の笠嶋千恵美さん。少女のような純粋さもあり、妙齢女性の酸いも甘いも経験してきた大人の現実さもあり。憧れ、性愛、母性愛。そんな姿がクマを愛する様々な形を感じさせる。

・バルタン最期の日   加納朋子

フータという少年のしょぼい仕掛けに捕まってしまったチビザリガニ。友達からは、フータのザリガニは小さいとか言われて、でかいザリガニをけしかけられたりしている。それでも、気に入ったみたいで、バケツに入れられて、家に連れて帰られる。一緒に入れられた川の石に何度も潰されそうになりながら。
家に着いたら、フータのお父さんとお母さんがいた。
翌朝、エアー不足で瀕死状態に。
ザリガニが元気がないと騒ぎ立てるフータ。
お母さんはエアー不足であることに気付いてくれる。でも、エアーポンプを買うお金は無いみたいだ。
もはやこれまでかと思っていたら、フータがストローで自分の息を送り込んでくれる。さして、効果があるわけもなく。でも、少し元気が出た。
お母さんは姉に電話して、ザリガニを飼うための色々を百均で買って来てくれるようだ。お父さんは自分をバルタンと命名。どうやら、ここの家族として迎え入れられた様子。
お母さんが用意してくれた新しい棲家はなかなか快適。もちろん、エアーポンプもなけなしの金で安物を買ってくれたみたい。
その夜、お父さんは酔って上機嫌。でも、お母さんが風呂に入ると、自分に話しかけてくる。会社を辞めたい。まだ、川に住んでいた頃、公園のベンチで中年男性がよくこの言葉を口にしていた。辛そうな表情。この言葉の重みは何となく分かっているつもりだ。
お母さんが風呂からあがると、お父さんはまた、上機嫌の様子を見せている。
フータが友達を連れて来る。自慢しいの生意気な奴だ。フータは人がいいので、そんな自慢にいちいち反応するので、向こうも自慢のしがいがあるみたいで、どんどん調子に乗る。そうなると、最後は偉そうに悪口。ザリガニが小さいなんて、言ってくるから、ハサミで思いっきり挟んでやった。
体がムズムズする。こんなこと初めて。食欲も無い。フータも心配している。
翌朝、家族は自分の姿を見て、大声をあげる。
一回り大きくなった自分の横には、白い抜け殻。脱皮をしたらしい。
白い抜け殻はきちんと保管されるみたいだ。
もう小さいとかしょぼいなんて言わせない。いまや、バルタン星人にも負けない立派な姿だ。
そんな自分を見て、お母さんも脱皮を決意。
なぜか、おてもやん姿になり、陽気にはしゃぎ出す。オヤジギャグはちょっと余計だが。
お父さんは自分も脱皮して強くなりたいと思っているみたい。
フータは、元気いっぱいのお母さんを見て、少し安心したような笑顔を見せる。
人間ってのは複雑だ。
お父さんは会社の人間関係で悩んでいる。フータは学校でいじめられている。
でも、辛いことを口にしない。
だから、お母さんはそれを知らない。いや、知っているけど、そんな振りをしている。二人が元気で幸せな日々を過ごせるように、いつも願って、何か出来ないかと模索している。
互いに本当のことを口にしない。でも、三人は互いに支え合い、想い合い。
人間は強くない。自分みたいに無くなっても、脱皮したら、また再生する強いハサミを持っていないし。
三人は旅行に出掛けるみたいだ。
自分には理解できないこともたくさんあるが、それでいいのだろう。それは、三人の輝く笑顔がそう思わせる。
三人が出掛けた、その夜。夜中、泥棒が窓から侵入しようとしてくる。
こんな貧乏家族を狙わないでくれ。なけなしの金で旅行に出掛け、きっと帰ってきたら、かなりの節約生活が待っているような家族なのだから。
気付けば、水槽を飛び出し、割れた窓から突っ込んできた泥棒の手をハサミで思いっきり挟んでいた。
泥棒は叫び声をあげて、逃げて行った。
後先のことは考えていなかった。水槽にはもう戻れない。みんなが帰ってくる頃には、ひからびて死んでしまっていることだろう。
家に帰って来たみんなが、自分の姿を見る。
お母さんは、冷静に状況を見て、自分が泥棒を撃退して家を守ったことを悟ってくれたみたいだ。そして、ひからびた自分を手で掴んでくれる。いつもは、汚いから割りばしだったのだが。
お父さんは、何も言わずじっと、自分の亡骸を見詰めてくれている。
フータは、涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。学校でいじめられても、家では絶対に泣かなかったのに。
お父さんとフータは、庭に自分のお墓を作ってくれる。
脱皮の抜け殻も一緒に。墓石はちょうど、あの日、フータの持つバケツの中で一緒に持ち帰られた石。
ザリガニにしては、立派な墓だ。どんな奴かはよく知らないが、バルタンとして、満足して眠りにつく。

家族って、親がいて子供がいれば成立するものでは無いんだよなあって。
家族であるように、みんなが努力しないといけない。
我慢しないといけないし、逆に思いのたけを吐き出さないといけない。あなたが幸せであるように、自分が幸せになるようにしないといけない。
家族に招き入れられたザリガニが、自らの成長をみんなに見せることで、家族みんなを幸せの道に導き、自らもザリガニにしてはまあ幸せな最期を遂げた話。
とても素敵な話だった。
リーディング公演だから、より一層心に響いたのでしょうね。
脱皮前ザリガニのせせらぎよし子さん。お茶目で表情豊かな姿に笑いを誘われ。脱皮後のザリガニの上畑圭市さん。こちらも、男気あるヒーロー、バルタンのいかした姿に涙を誘われ。
お母さんの思い野未帆さんの、母強しといった愛情表現が力強くて温かく。

・演奏 : 闇色鍵盤

作品中の音楽をピアノで奏でられる闇色鍵盤さんの数分の演奏。
確か、4年前くらいに神戸で拝見した覚えがある。お顔は失礼ながら、覚えていないが、名前は記憶に。
その時は、エログロソングとか歌われていて、そのイメージが強いのだが。色で言えば黒の人。でも、今回は美しい音楽で、このリーディングにあった、ほのかなピンクが感じられるような白って感じかなあ。
いい空間、時間だったなあといった感想の要因の大きな一つであることは間違いありません。

・トロフィーワイフ   西加奈子

ひさ江は、主人が亡くなった後、残してくれた家で、孫の枝里子と一緒に暮らしている。
庭には楡の木が植わった立派な家。特に苦労なく、悠々自適な日々。
枝里子のことは、まごちゃんと呼んでいる。まごちゃんは、自分のことをばあさんと呼ぶ。
まごちゃんとは、今どきの若い子のファッションとか、言葉を教えてもらったりして、楽しく会話。
アクセントをつけると、パンツは下着。つけないと、スボン。
男が遊びに行くクラブ。どんなところか知らないがみんなで踊って遊ぶクラブ。
面白いものだ。
~みたいなって言葉使いは、どうも理解できないが。じょうろみたいなやつで水をやる。みたいなではなく、それは間違いなくじょうろだろうに。
まごちゃんは、容姿が綺麗なので、何人もの男から言い寄られるみたいだ。郵便屋もその虜になって、配達も無いのに、花束を届けに来たりする。気まぐれで少し、頬に唇をつけたら、こうなったらしいが。
自由に生きる。
ばあさんはずっと頑張ってきたんだから、好きなように生きればいいんだよ。まごちゃんはそんなことを言ってくれる。
好きなように。
主人からは、綺麗でいること、可愛くいることをずっと求められた。だから、そうあることだけを意識して生きてきた。
自分はトロフィーワイフだから。歳をとった先妻と別れ、若い自分と結婚した主人。
一度、挨拶に来た先妻。自分に向けて、お辞儀するその姿は美しかった。それは、綺麗とか、可愛いとかではなく、人としての美しさ。
主人が大切にしていた美しい毛並みの馬。
もし、主人が彼女と離婚していなかったら、その美しい馬は、売ることもなく、ずっと手元に置いていたのではないだろうか。
そんな生き方で良かったのだろうか。
まごちゃんは、それが女だという。綺麗だ、可愛いと言われながら、愛され甘やかされるのが女。飼い猫みたいなものだ。女はノラ猫では無い。
でも、生まれ変わるなら、貧乏でいいので、今とは違う人生を歩みたい。
生きたい。そう、あの日、主人と結婚して、トロフィーワイフの座におさまった自分は死んでしまい、その日から、生きているみたいなものだったのではないか。
ただ、綺麗でいることだけを考えて過ごした時間。
深い眠りの中で、ひさ江はそんな自分の人生を、その美しい姿で思い続ける。

生きているみたいだったと言っているが、その言葉の奥には、トロフィーワイフとして生き、人生をきちんと全うしたという誇りも感じられる。
だからこその、次の人生を語り、繋がる生となる孫に、その生き様を自然の会話の中で伝えていたのか。
美しくいることを意識して生きる中で、美しさをきちんと理解したみたいな。
孫の美しさは、まさに自分が結婚当初に持っていた美しさの概念と同じだったのか。それに苦しみを抱くこともあるが、そのことを否定せずに、あなたの美しさを常に追い求めればいい。今世を、生を与えられた時にある自分を活かし続けて、その時間を悔いなく過ごす。
飼い猫が、次に飼い猫でいたいと思う猫もいるだろうし、野良猫となって自由を楽しみたいと願う猫もいるだろう。
次にどういう人生を歩みたいか。その答えを出すことが、一つの人生を全うする最期にあるみたいな感覚を覚える。
ひさ江の条あけみさんを拝見していて、何となく、3年前に拝見した人の香りという燈座の作品を思い出す。自分の背負うものを見詰めながら、その見詰め方は決して楽観的なものではないのだが、どこか常にその視線は前を向いているような強い女性。
あの時は鬼気迫る演技だったが、今回はあくまで美しくスマートに、でも奥に何か燃えているような炎を感じさせる力強さがある。

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