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2016年6月 4日 (土)

翼とクチバシもください【クロムモリブデン】160603

2016年06月03日 HEP HALL (95分)

閉じた世界で日々を過ごす人たち。
それは液晶画面で外とは通じているし、ドローンとか、監視カメラの存在で外の世界をモニタリングすることも出来る、情報化社会の中で生み出されているのかもしれない。
いつしか、そんな人たちは感情を失う。
でも、本当は自分の中に眠るようになってしまった感情の沸き立ちを求めている。思いっきり泣きたいし、笑いたいし、怒りたい。自由に空を飛びたい。
薬で感情は手に入れられない。科学の力で人に物理的に作用して、感情無しに笑ったり泣いたり怒ったりは出来るのだろうが。
翼を手にして、空を飛ぶことは可能かもしれない。でも、空を飛べればそれで満足なのか。きっと違う。空へと飛び立ち、自分はここにいるんだと、その口から声をあげたいのではないか。
だったら、どうしたらいいのか。
それは、人と触れ合い、心をぶつけ合うことなのではないかと伝えているような作品だったように思います。

<以下、ネタバレしますので、公演終了まで白字にします。公演は日曜日まで>

人を殺して、その重圧に耐え切れず、アンディーという目薬の剤形をしたドラッグ中毒になった男、奥寺。彼のそばにはよく分からないポットを頭に載せた男がいる。お湯が沸くから多分、ポットなんだろう。
看守は彼を常滑川というドラッグの売人が入獄する牢屋に収監。
常滑川と一緒に脱走しろ。そして、アンディーの密造施設、及び売買ルートを突き止めろ。つまりはスパイになれという指令。連絡のための携帯や金、住むアパートの鍵などを一式を手渡される。
常滑川は看守の考えをお見通しのようだが、関係なく二人、いや、変なのも入れたら三人で脱走。
向かった先は常滑川の仲間である鉄郎が借りて店を開いているバー。
この店には少し先にあるアイドロップ社という目薬会社の警備員が出入りしている。このアイドロップ社がアンディーを密造していると考えている常滑川は、警備員から情報を聞き出し、盗もうとしているようだ。と言っても、それは全く上手くいっていない。どうすればいいか。ポットはスパイと音を発する。
そうだ、スパイだ。奥寺を警備員としてアイドロップ社に潜入させることに。
自分には感情が無い。暗い目をしている。だから就職など出来ないと拒絶する奥寺だったが、無理やり面接を受けることに。

奥寺は気味悪い、怪しげな社長に見込まれてあっさりと合格。
何でも、一緒に働くことになる二人に刺激になるからいいのだとか。
仕事をさぼることを誇りにしているような、おかしなテンションの二人組。おとなしい奥寺にとっては、出来れば一緒にいたくない人たちだ。
色々とちょっかいをかけられる。いじめみたいな感じ。二人はやたら嬉しそうにしている。社長の言う通り、確かに退屈な日常の中の刺激となっているみたい。
仕事はモニターを監視して、ある装置を守ること。何か重大なものを作る装置らしい。
常滑川から連絡が入る。奥寺はせっかく決まった就職先なので、このまま働き続けたい意志を伝える。そんな裏切りが許されるはずも無く。
そして、看守からも連絡が入る。常滑川が仲間の鉄郎と組んで、アイドロップ社にスパイを送る計画を実行していると報告。看守はそのスパイを見張れと指令。それは自分なのだが。
奥寺は普通に警備の仕事をこなす。と言っても、。モニターを見ているだけだが。
そんな奥寺からの報告が全く入らないと常滑川たちはしびれを切らして、自らアイドロップ社に潜入。
モニター監視中の奥寺は、ためらいもなく警報ボタンを押して、二人は捕まる。
モニターを見ていた。不審者がいてきちんと警報ボタンを押した。当たり前のことをしただけなのだが、凄いと皆から褒められる。
ご褒美として、奥寺は在宅勤務を許される。モニターはいつでも見れるから。

在宅勤務でモニターを24時間監視する奥寺。その隣ではポット男が湯を沸かす。
ある日、訪問者がやって来る。
在宅勤務の人たちの介護をしているのだとか。
何か出来ることはないかと聞いてくるので、奥寺は目薬を所望する。ずっとモニターを見ていれば目が乾くというものだ。
でも、今は目薬が高騰してとても手に入らないらしい。
涙を流せばいい。訪問者は泣ける話を始める。
自分の父親は本当の父親では無いのではないか。疑念を抱いた子供がDNA鑑定によって、その事実を知ってしまう話。泣けない。
訪問者は在宅勤務者が集まるみんなのオフィスという会社に行ってみればどうかと勧めてくる。
とりあえず、どんな会社が潜入してみたらと。スパイは得意なのだから。

みんなのオフィスには、絵本作家を名乗る女性とネットに悪口を書き込む仕事をする男がいた。
奥寺が入ってきて、オフィスらしくなったことを喜んでいる。
在宅では味わえない様々なこと。通勤ラッシュ、痴漢、帰社後の一杯、オフィスラブ。
そんな魅力を二人は語るが奥寺はさほど興味ない。
男は真人間教とかいう宗教に入っているらしく、入信の勧誘を受けたりするが、怪しすぎるので断る。
オフィスに電話が設置される。奥寺の傍にいるポット男がその役を果たす。
電話がかかってくる。
捕まっているはずの常滑川、アイドロップ社の状況はどうかと尋ねてくる看守。
自分はいったい、今、どこにいるのだろうか。

アンディー中毒患者の療養施設。
そこにハル子という女性が訪ねて来る。
奥寺に会いたい。奥寺は、自分の夫を殺したと思っているみたい。ハル子はそう語る。
実際は、事故、もしくは自殺だったのかもしれない。でも、奥寺とハル子は男女の仲になっており、それが原因だったと思っている奥寺は自分が殺したと思い、その重圧に耐えられなくなったみたいだ。そういう意味ではハル子も同罪だと思っている。
医師は、今、会ってもそれは本当の奥寺ではないと言う。
この薬を点眼すれば。奥に設置された装置。それはアンディーの効果を消すリキッドという薬の製造装置。今、奥寺はそのリキッドによって、アンディーの呪縛から解放されるべく戦っているのだと。
ハル子はそのリキッドを医師が目を離した隙に、自分の目にもさしてしまう。

ハル子は人を殺してしまった。
看守は、ハル子を常滑川と鉄郎という男が入獄する牢屋に収監。
二人と共に脱走して、彼らの行動を見張れと指令される。
脱走は成功。
鉄郎のバーへ向かう。
バーにやって来るアイドロップ社の社長と若い男。ハル子は色仕掛けで、二人に接触。
アイドロップ社に潜入するルートを確保する。
アイドロップ社では不思議な装置が守られている。
その周囲を様々な人たちが交錯し始める。
常滑川、鉄郎、警備員、みんなのオフィスの人たち、看守・・・
薬の中の幻想世界。

絵本作家は原稿が出来ずに困っている。
泣ける話を作らないといけない。締め切りに間に合わない。涙を流せる話を作って、奥寺を泣かせないと。
どうしようもなくなった時、ポット男は、ポットを外し、八神という男になる。そして、語り出す。
奥寺は警備の在宅勤務をしていた。モニターを見るだけの仕事。そんな奥寺を心配する八神だったが、本人はそれで満足しているみたいだ。
八神は少し考え、ある提案を奥寺に持ち掛ける。
その監視能力を活かして、妻、ハル子の日常を監視して欲しい。
そんなスパイみたいなことは出来ないと拒絶する奥寺だったが、八神の本気に流されてしまい、本当に監視をすることに。
その日常はごく普通だった。
家事をこなし、読書しながらうたた寝。時折、外を眺め、鳥たちが飛び交う景色に癒される。八神が帰って来て、出迎える。一緒に食事。
奥寺は気付くとハル子に接触していた。
八神に自分の妻を奪われたと嘘をついて。八神はもうあなたの下には戻らない。だから、自分と。ちょうど、八神に女がいることを匂わす手紙を受け取っていたみたいで、ハル子はその話を信じてしまう。
奥寺は八神にハル子は浮気をしていたと嘘の報告をする。八神は複雑な表情を浮かべて、その報告を受け止める。
奥寺とハル子は駆け落ちすることに。
その日、八神は死んだ。

常滑川は八神という男を知っていた。
八神はアンディーを求めてやって来た。
そのアンディーを乱用して、死のうとしていた八神。
それは、八神が奥寺におかしな提案を持ち掛けるもっと前の話。
自分の死期を悟っていた八神。この頃、八神は奥さんに匿名で八神が浮気をしていることをほのめかす手紙も書いている。
リキッド。
奥寺はそれをささなくてはいけない。
自分を呪縛しているポットを壊さないと。そして、今のこの世界を消してしまわないといけない。
奥寺の手にはリキッドが握られている。

目を覚ましたハル子。
医師は、勝手にリキッドを使用したことを咎めながらも、何事も無くてよかったと安堵している。
夫の気持ちは何となく分かっていた。奥寺の接触もそれに絡んでいるのだろうと。
もちろん、本当に夫が浮気をしているのではないかと疑ったこともあったが。
流れに沿って生きてきたハル子。そのまま、身を任せて今に流れ着いた。
奥寺が目を覚ましたら、二人でこれからを生きるつもりだ。
奥寺が目を覚ます。
現実だったのか、幻影だったのか曖昧な、不思議な夢から醒めて、ボーっとしている中、ハル子と話す。
あくびをする二人。
その目からは涙が出ている。
妊娠を告げるハル子。自分の子なのかと問う奥寺に、ハル子はDNA鑑定は嫌いだと答える。
二人はようやく、現実の世界を歩み始める。
でも、まだその禁断症状が終わったわけではない。
二人の周りには、まだ数々の幻影たち、そして八神の姿が現れている・・・

奥寺のモニターを見るだけの閉鎖的な生活。
警備員とかも狭い世界で仕事をして日々を過ごす。
他の皆も在宅やら宗教やらネットやらで外の世界と壁を作ったかのような感じ。
ハル子も家庭に閉じ込められた籠の中の鳥のようだ。
そんな時間を過ごしていると、感情を失ってしまうのだろうか。例えば、空を見上げただけで、何か泣けてくるみたいな、純粋な感情がどこかに押し込められてしまうかのよう。
涙も忘れる。無理に聞く泣ける話でその存在を確かめるような、涙を生み出すための感情を無視して、物理的な機能だけに言及する本末転倒な行動をしているようにも映る。
そんな人たちにとって、外の刺激は魅惑的みたい。
奥寺はごく普通の生活に幸せを感じたのか、ハル子に想いを寄せる。ハル子も退屈な日常の中に現れたそんな刺激に身を任せている。
警備員とか、在宅勤務の集まりとかでも、外の世界を知る者が入り込むことで、これまでの日常が変わって、その感情に変化が生まれているようだ。
ただ、現実は、これまでの日常を変えてしまうことにはリスクもつきまとう。そもそも、それを恐れて閉じたところもあるのだろうから、そのリスクが自分の目の前に現れた時に逃げ出してしまうように薬に手を出すのは当たり前かもしれない。
それでも、それが生きることなのだから、怖れて閉じたらダメだし、逃げ出してもダメだと言っているのだろうか。死を意識せざるを得なくなった八神が、自分の身近にいる友人と妻に、自分の今の日常を変えるきっかけを作って死んでいったことに、生への執着、今ある生を当たり前と思わず、大切にして欲しいと願う気持ちが浮き上がる。

作品名はよく分からないが、何も要らないと無感情になってしまっている人間。それはモニター越しに人と触れ合え、ドローンなんかによって外の世界も見ることが出来る社会から生み出されているのか。
飛び出したい。外の世界を自由に飛び回りたい。
そうしたい気持ちが奥に眠るなら、鳥になるのだともっと貪欲に求めればいい。感情を露わに、自分は鳥になりたいんだと泣き叫べばいい。そして、翼も、そのクチバシすらも願い、必死にがむしゃらに手に入れようとすればいい。
変に空気を読んで、黙っているのではなく、自分の思いのままに、声をあげ、行動して、成功して喜び、失敗して嘆き、その時その時の自分の生を楽しもう。
すぐには変えられないだろう。閉じて無感情に死んだように生きていた時の幻影は、長く襲い掛かって来るかもしれない。でも、そんな人たちが共に歩む中で、本当の自分の生は手に入れられる。
そんなことを感じさせる作品だったように思います。

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