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2016年6月26日 (日)

旅路の果てから ~妄想プロデュースの妄想をしてみた~【妄想プロデュース】160626

2016年06月26日 船場ユシェット座 (75分)

妙齢を迎え、人生の葛藤の渦に飲み込まれてしまい、ちょっと足踏みしないといけなくなってしまった苦しみの中にいる一人の女性が、自分自身と対峙しながら、再び歩み出すまでを描いた話かな。
女性を意識して創り上げられているようで、自分のやりたいことと同時に結婚なんかも盛り込んで、様々な葛藤への複雑な感情を、世代別の大胆なキャラを用いて描かれているようで、女性が今の社会で生きることを普遍的な観点で見せているような感もあります。

やたらキャラが立っている女性の登場人物ばかりなので、その掛け合いは、少し毒もあるブラックな面白さもあり、男は若干引き気味で、苦笑いを浮かべざるを得ないところも。
人生の中で、その時、その時のステージがあり、そこで悩みながらも、その時間を走る女性。大胆に行動できる若かりし頃もあれば、勝負をかける転換期を迎える時期も。歳をとれば、慎重にもなるだろうし、限界も知り、立ち尽くしてしまう時も。
そんな人生のどんな時でも、自分を見続けてくれていたお母さんの想いで作品は締められているようです。そのお母さんも女性。想われて走ったその先に、今度はその感謝の心を込めて、次の世代へとその想いを繋げていくことが出来る。
そんな女性ならではの、優しさ、強さを持った繋がりも感じられる作品でした。

電車。
多くの人たちが押し合い圧し合い、乗り込もうと、そして降りようとする。
じっとしていたら、どこかに押しやられてしまいそうで、自分のペースなんてあったものじゃない。
自分はこの電車に乗って、どこの駅で降りて、あそこに向かうんだと、よほど自分を強く持っていないと、今、自分が何をしているのか分からなくなって、どうしようもなくなって、立ち止まったり、彷徨ったりしてしまいそう。
一度、電車に乗って、トイレにでも行きたくなってしまったら。トイレが無い電車だったら、飛び降りるしか無い。それでどうなるかは、電車も、それに乗っている人たちも知ったことじゃ無いだろう。
そう、電車の旅が人生だというなら、人生は冒険より我慢することの方が大切だ。

そんな電車にいつからか、どの駅からかは分からないが乗っているある女性、恵弥。
座っている女性の隣が空いているので、断りを入れて自分も座る。
いつものように読書。
徐々に距離を取ろうとするから、一定の距離を保つべく、詰めると何か怪しげな目で見てくる。
この電車、二人しか乗っていないみたいなんですが。女性は、こちらが読書をしているのに、尋ねてくる。呪われているのかもと、軽く返すと、その言葉尻だけを捉えて、呪いのことばかり言及してくる。
可能性の一つをちょっと話しただけ。それを勝手に拡げたのはあなた。そして、いつの間にやら、呪いありきで喋ってくる。ねつ造の構図そのものだ。こちらを巻き込んでこられても困る。それほど喋りたくないのだから。
女性はオヤジギャグをかましながら、何とか会話をしようとしてくる。キャチボールをしなくては。言葉だけじゃなくて、相手の気持ちを推し量ることが大事。その言葉をそのまま返したい。
無視していると、フクれて違う席に座ってしまった。
それでも、どうして隣に座ったのか、何で本を読むのかとか、まだ色々と聞いてくる。そんなのしたいからに決まっているではないか。
電車はある駅に着いたようだ。

一人の女性が乗り込んでくる。
読書をしている自分を見つけたみたいだ。フクれた女は、この人、無視して酷いんですとか、悪口を言っている。
女性は、会釈をして、隣の席に座った。
本を覗き込んでくる。そして、何を読んでいるのかとかうるさい。ほっといて欲しい。読書中なのだから。
嫌そうな顔で接すると、女性は窓を開けて、いきなり本を取り上げ、それを外に捨てた。
唖然としていると、書を捨てよ、町に出ようと言い出す。
無視して、今度はスマホをいじっていたら、それも捨てられた。
こんな電車に乗って、流れに身を任せていたらどこかへ行けると思ったら大間違い。世界を見なくてはいけないと力説し出す。
スマホのネットは世界に繋がっていると歯向かうと、ビンタ。
止まってちゃダメだと、厳しく説教を受ける。
ついでに、フクれていた女性も、ビンタされ、隣に座ったら会話をしてくれるとか思って、勝手に期待し過ぎだと不条理な言葉を投げかけられている。
こんなだから、いい歳してもらい手も無く、くすぶっている。
どうせ、名前が書ければ入れるような短大を出て、そのまま流されるように生きてきたのだろうと、根本から否定され始める。
駅に降りて、世界へと出よう。妄想の力を膨らませて、その世界を輝かせるのだ。
電車はまたある駅に到着する。

降りようとする皆。
でも、何か無理やり入って来る女子高生。
いつの間にか電車は出発していた。
けっこう降りるのも難しいことが分かった。こうして、いきおくれてしまうのかも。
あなたのせいで降りられなかった。だいたい、降りる人優先なのに、礼儀がなっていない。
皆は女子高生を責める。
でも、女子高生は平然とスマホをいじりながら、車内放送をしっかり聞いていれば、降りる準備が出来たはずだと。
だいたい、自分が出来なかったことをすぐに人のせいにする、その卑屈さが年寄りだとまで言ってのける。
恵弥は女子高生に掴みかかり、スマホを取り上げ、窓の外に捨てる。
歳のことを言われたからか、卑屈になっている自分の気にしているところを突かれたからか、恵弥は女子高生の顔を潰さんばかりに握り、ここに来るまで、皆でどうするかを話していた。その紆余曲折の中で得た経験の重要さを語り、女子高生がどれほどの迷惑をかけたかを厳しく諭す。
でも、女子高生は反論する。
言っていることの主旨がはっきりしない。だいたい、本気で降りるつもりだったのか。降りようと思えば、チャンスはあったはず。
そもそも降りる目的は。誰かに会うためなら、本当にそれは会えるのか。
ここで会えないのに、降りたら会えるという考えにどうして至るのか。それほど、未来に希望は感じない。
そんな女子高生の言葉に、何も返せない皆。
女子高生は続ける。
だから、ここにいればいいのだ。待つ。ただ、待つのではない。戦略的、積極的な待つ。古来、日本はそういう待つことを美徳としていた。
日本の美。
その象徴、美しき黒髪信仰。学生時代は茶髪で男漁り。社会に出たら、黒髪のストレートに。それで男は引っかかる。なぜかというと、男はバカだからだ。
極論だといった顔をしている皆。
女子高生は、これこそがバカな男どもの黒髪信仰の証明とばかりに、NMB48の絶滅黒髪少女を踊らせる。
皆はそこそこの歳なので、一曲踊ると体がきつい。納得するまで踊らされるなら、ここは納得せざるを得ない。
どこかから、音楽が聞こえてくる。もう踊れない。いや、これは回転寿司で流れる曲だ。
気付くと皆は回転寿司のネタになって、グルグル回っていた。
回転寿司の皿にはICタグが付けられ、賞味期限が来たら、廃棄されるらしい。
私たちの賞味期限もあるのだろうか。結局、誰からも食べられずに、グルグル回った、行き着く先は廃棄なのか。
いや、人は、生きている限り、賞味可能なはず。その時、その時の味わいがあるはず。
そう、きっとそうなはず。ポジティブシンキングをしないと、このまま、廃棄されてしまう。
自分たちは人間。いつでも、美味しく食べられる魅力がある人間。
無理やりのポジティブシンキングだったが、皆は人間に戻れた。
次の駅に近づく。また、音楽が聞こえてくる。メンデルスゾーンの夏の世の夢の中の結婚行進曲。早熟の天才と呼ばれていた作曲家の有名なあの曲。
この中の誰かが、あの駅で、ゴールを迎えるのだろうか。
誰かが待っていて、違う電車に乗り換え、新たな旅立ちを迎えるのか。
電車が駅に到着する。
そこには誰もいなかった。

昔は天才だなんて言われていた。
でも、歳をとると出来ないこともたくさん増えてくる。
自分は何が出来るのか、何をしたいのか、どこに向かっているのか。
卑屈さが自分の中に見え隠れしてしまう。
そんなことを語り出す恵弥を皆は励ます。
気付くと恵弥は閉じこもった部屋にいる。
私の乗っている電車。その電車の中には、誰もいない。きっとウィルスもいないから、病気にもならないのかな。
電車から降りないとダメなのだろうか。このまま、乗っていたら、どこへも着かないのだろうか。
大丈夫。ゆっくりでいいんだから。
駅員、いや、お母さんが食事を運んできてくれる。
お父さんとの思い出。褒められたくて、頑張ってきた。でも、そのお父さんはもういない。
自分の電車は急に進路が分からなくなり、どこへ向かっているのか自分でも分からなくなてしまった。
お母さん。
お母さんは、いつもその電車を見ていてくれたんだ。
電車を動かすためにエネルギー。そのごはんをほうばる。
そして、いつも一緒に持って来てくれていたのだろう。運転手の帽子。
それをかぶり、自分が電車を動かす。
もう、本はいらない。書を捨てよう、そして、町に向かってみよう。
きっと、その向かう町には、自分を輝かす何かが待っている。

視点を恵弥にして書いてみたあらすじ。
実際は、どこに視点があるのか、観ている中では、4人の女性、各々に焦点を当てているような感もあります。
捉え方次第なのかな。
幼き頃は天才と呼ばれていただけに、けっこう自分に自信満々で、我が道を進めば、人は自ずと自分の下にやって来てくれるなんて思っていた学生時代。それで、少なくともバカな男に関しては余裕。男があまり近づいてこなくても、私は待っているということを美徳に出来ていた頃。恐らくは、将来のことに関しても、その道を進むことで、安泰の道が切り開かれるから、電車の進路を変えたり、降りたりする無用なリスクに必要性を感じなかったのか。
それが少し歳をとると焦りも出て来る。少なくとも、町に繰り出さないと、道が開けない、人と出会えないことが何となく分かってくる。待っていたら、何かが起こるなんていうのは、自分勝手な過剰な期待。現実をもっと見詰めるためにも、町に出ないといけない。これまでの知識、経験だって一度捨てた方がいいのかもしれない。電車にただ乗っているだけでは、流されてどこにたどり着くか分からないのだから。
でも、電車を降りても、そこは厳しい世界。自分のペースでは動けないし、他人とのコミュニケーションだって気を遣う。自分の目的地もよく分からなくなってくるし、そのためにどこへ向かえばいいのかも。いつの日か、いきおくれなんて言葉を意識するような歳になった。
自分はこれでいいの。ずっとその答えをくれていたお父さんからの返事が無くなる。
どこにも向かえず、進めず。ただ、引き籠って日々を過ごす。
そんな一人の女性が、頭の中で妄想する電車の中で、過去の自分と対峙していくような感じで捉え、その先にずっと見守ってくれているお母さんがいたことに気付けたような話とすれば、視点は恵弥になるでしょう。

ただ、観ていると、女性の社会での生き方を世代別に見せるといった普遍的な描き方もされているような感覚があります。この場合は、4人の女性が各々の世代の代表であり、若さゆえの大胆さ、無謀さ、根拠なき自信や、人生転換期の不安な中での勝負魂、これまでの自分への疑念、心の葛藤、少し守りに入る頃の現実の酸いも甘いも経験したことからのリスク回避や安全志向の念が浮き上がってくるように感じます。
その先に、どうしようもなくてくじけてしまう時もあるでしょう。
やりたいからやる。その当たり前がなぜか出来なくなってしまう。それは、一人で生きているのではなく、今や世界に通じた社会の中の一員として生きている限り、自分のペースを守って、歩むことが出来ることは非常に難しいことだと思います。
電車をこのまま走らせていいのか。でも、それはどこに着くのか自分でもよく分からなくなっている。じゃあ、降りるのか。降りてどうする。そこに何かがあるとは限らない。
ある程度、人生経験したからこその、様々な葛藤が自分の中を渦巻くのだと思います。さらに、女性の場合は、結婚というものも一つの大きな転換となり、それが劇中の話にも組み込まれているようです。

結局、答えなど明確に持って、電車を走らせている人はきっとほとんどいないのでしょう。不安や葛藤が渦巻く中で、どうなるのかと思いながら、立ち止まったり、彷徨ったりしながらも走る。
でも、その走るためのエネルギーは、決して自分で生み出しているのではありません。自らがエネルギーを生み出し、走り、その中で生まれたエネルギーでまた走る。これは、きっと永久機関の原理なのでしょうが、物理的にも実現不可能とされているはずです。
きっと人生の電車も同じで、そのエネルギーはどこかからもらっているのです。それが、自分をいつも見続けてくれている人の想いなのかと感じます。
それを受け取り、ありがとうの気持ちを持って、自分の電車を走らせる。電車の中は、一人っきりなのかもしれません。でも、決してそれは孤独で走っているわけではない。
そのことに気付けただけで、電車がどこに向かおうと、その電車を乗り換えないといけなかろうと、人は走ることが出来るように思います。

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コメント

ご来場ありがとうございました!!
いつも丁寧な感想ありがとうございます。
今回も投稿されるのを楽しみに待っていました!
前列でSAISEIさんのお顔が見えて嬉しい気持ちになりました!!

投稿: 劇的☆ジャンク堂山田百合香 | 2016年6月27日 (月) 07時05分

>劇的☆ジャンク堂山田百合香さん

コメントありがとうございます。

抜群の存在感でした。
公演前からの、今日の山田シリーズをはじめ、今回の公演は山田尽くしでしたね。
楽しみました。

また、どこかの公演で。

投稿: SAISEI | 2016年6月27日 (月) 12時24分

SAISEI様

山田さんとたにがわさんが出演されているので観に行きたかったんですけどね。。

スアシ倶楽部で行ってあまり行きたい劇場とならず。

やはりハシゴ観劇をするとなると快適な劇場中心になってしまいます。。

カフェよりも劇場、パイプ椅子よりもソファ。隣の席との距離。

どうしても観たい公演や他公演がない場合なら行きますが。。

投稿: KAISEI | 2016年6月27日 (月) 14時02分

ご来場、本当にありがとうございました。
今回初演出だったのですが、こんなにあらすじや感想を頂けるなんて、やはりとっても嬉しいですね。
楽しい旅になったのであれば、嬉しいです。
ありがとうございました!

投稿: あまのあきこ | 2016年6月27日 (月) 16時38分

>あまのあきこさん

コメントありがとうございます。

初演出、お疲れ様でした。
個性的な女性役者さんの力も大きいと思いますが、女性ならではの面白味のある演出の魅力も感じられたような気がします。
楽しい旅でした。
そのたどり着いた先が、厳しい現実だったとしても、とても温かい場所だったので。

投稿: SAISEI | 2016年6月28日 (火) 10時32分

>KAISEIさん

よく分かります。
けっこうキツイ環境ですよね、この劇場・・・
隣の客との距離とか特に。

ただ、無理してでも行った方が良かったかもしれないなあ。
山田さん、たにがわさん、非常に魅力的でした。

投稿: SAISEI | 2016年6月28日 (火) 10時35分

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