おぼろおぼろ【てんこもり堂】160501
2016年05月01日 KAIKA (90分)
かつて、父に捨てられるということで、辛い思いをしてきた家族。
その中で、特に自分を押し殺して、懸命に生きてきた兄を想い、妹が兄の花嫁を探すことから話は始まる。
そこから浮き上がる家族の想い。
関わることになった花嫁候補たちは、自分たちの本当の姿と向き合うことになる。
辛い中で、ただただ悲しんでいても、己の不幸を嘆いていても仕方がない。
いつかは、そこから自分を信じて出発しないといけないのだから。
だから、自分の殻に閉じこもって、辛いと言っていないで、逆に周囲の辛い人に手を差し出したり、想いを寄せてみてあげて欲しい。
そうすることで、押し殺してしまっていた本当の自分の姿が見えてくるはず。
殻を破って進み始めるのは、とても不安で厳しいことかもしれない。
でも、あなたはあなたの個性・魅力を信じて、そして、あなたが人を想ったのと同じように、必ずあなたを想ってくれる人がいることを忘れないで自分の道を進んで欲しい。
そんなことを感じさせられるような作品でした。
サトウヒナタは、机に向かい、何やらビラらしきものを作っている。出来上がったビラを貼りに外に出掛け、すぐに家に戻る。
しばらくして、隣のマエカワさんが訪ねて来る。これから、沖縄に旅行に行くらしい。ちょっといい加減そうな雰囲気で、いつも飄々としているが、自分の人生を楽しく謳歌しているような人だ。
旅行前に母に挨拶しておくと、いい旅行になるジンクスがあるらしく、訪ねて来たみたいだが、あいにく、母はスーパーの特売に買い物に出掛けている。
待ってもらう間、ヒナタは、今の悩みをマエカワさんに打ち明ける。
それは兄のことだ。
ヒナタがまだ幼い頃、父は会社を辞めた。生活は苦しかったが、父、母、兄、ヒナタと4人ではアパートも手狭で、一軒家を購入。それが、今の家。
ところが、すぐに父はまた会社を辞めて、岩手に出稼ぎに行ってしまう。
最初は生活費と一緒にリンゴが定期的に送られてきた。でも、そのうち、それも滞り、いつしか消息不明になる。
母は生活のためにパートを始める。高校生だった兄は学校を辞めて、今の勤め先でもある町工場に就職。その後、夜間高校にも通ったりして、頑張っている兄。
こんなに頼りになって、優しく律儀でいい兄なんだから、何の悩みも無さそうだが、この律儀過ぎるところが妹としては心配なのらしい。
兄は息苦しくて辛いのではないだろうか。ヒナタはそう感じている。
マエカワさんは、そんなの本人がそれでいいならいいんじゃないか、それに彼女でも出来れば変わるもんだとアドバイス。
そう、それ。彼女が出来ればいい。
だから、こんなビラを作って貼ってきたのだと。そこには兄の花嫁募集中と書かれている。
母が、叔父さんと一緒に大荷物を抱えて帰宅。
マエカワさんが、母に挨拶をしているところに、1人の女性が訪ねて来る。
このビラを見て伺いました。
名前はノムラハル。
自転車に乗って出掛けている最中にパンク。自転車を放置して、彷徨う中、このビラを見つけて運命を感じたらしい。品があってしっかりしてそうな女性。兄にも合いそうな感じだ。
でも、どうも実家でケンカをして、家出している様子。
それでは結婚は厳しいのではないかと、堅苦しい叔父さんは苦言を呈する。マエカワさんは、そんなの結婚してから仲直りすればいいんじゃないのとお気楽だ。
何はともあれ、ハルはしばらく、この家で花嫁修業なにか、試験なのか分からないが一緒に住むことに。
マエカワさんは、兄とハルの結婚がどうなるかが気になっているようだが、沖縄へと出発する。
学生らしき女性が、酔っているのか、訳の分からない寝言を言っている女性をおんぶしてやって来る。
自分は花嫁だと寝言を言っている女性はビラを持っている。
学生は、このビラの住所を頼りに訪ねてきたらしい。
忙しくて大変な自分がどうしてこんなことをしないといけないのか。
リクルートスーツを着ている。就職がなかなか決まらず、イライラしている様子。
そんな学生の言動から、母は、就職が決まらない理由を考えていないのではないかと声をかける。
気分を害した学生は怒って立ち去ってしまう。
目を覚ました女性。名前はフルタコナツ。
いきなり台所に入り込み、勝手に焼きそばを作って食べるという厚かましい態度。かなり自分勝手な人みたい。
そんな中、兄が帰宅。急いで部屋に戻り、何やらプレゼントらしき物を持って、またすぐに出て行ってしまう。
スレ違いに家に帰って来たのが、さっきの学生。
名前はイケヤマアキナ。
自分も花嫁に応募するのだと。
兄の花嫁募集は、女3人が火花を散らす闘いへと発展してしまうことに。
母は、こんな状況でも動じず、部屋の整理。
リンゴ売りが訪ねてきた。あまりいい思い出が無いリンゴ。でも、何となく食べたくなったのか、あれからリンゴを食べなくなった息子と娘に食べさせたくなったのか、購入することに。
台所にそれを置いて、叔父さんとヒナタを連れて、また特売に。なんせ、家族が一時的に増えてしまったから。
叔父さんはアキナに、自分のしてきた仕事を語りながら、仕事に対する考え方を伝えようとするが、なかなか若い者とは感覚が違うみたいだ。
アキナは自分勝手なコナツとも性が合わない様子。コナツはコナツで、うまく母に取り入ろうとしているハルに苛立っているみたい。
3人が言い争い、ケンカをする中、マエカワさんがやって来る。やはり、兄の結婚のことが気になって旅行は中止にしたらしい。相変わらず、自由気ままだ。
いつの間にか花嫁候補が3人に増えているので少し驚いているみたい。
続いて、母たちも大荷物を抱えて帰宅。
アキナは、すぐに面接をして、誰かに決めて欲しいと直訴。
でも、面接で決めるのはおかしいと言うヒナタ。
こんなものは、就職と同じ。会社に従うか、男に従うかだけの話だと反論するアキナに、ヒナタは、夢や希望が無いと言い返す。
そんな会話を聞きながら、マエカワさんは、自分は夢や希望なんて持ったこと無いけど、今、こうして楽しく過ごしているけどなあとつぶやいている。
母がリンゴを探している。いつの間にかなくなってしまったみたいだ。
アキナは、コナツが勝手に食べていたとチクる。
母は、家族で食べようと思っていた大切なリンゴを奪われてショックを受ける。
人の気持ちを考えないで、自分勝手な行動を繰り返すコナツ。
母は、ここから出て行って欲しいと厳しい口調でコナツに告げて、コナツはその迫力に押されて立ち去る。兄の日記を残して。日記まで盗み見していたようだ。
ハルの兄と名乗る者がやって来る。
決められた婚約者がいる、いいところのお嬢様だったらしい。
自転車もパンクとかではなく、自分でゴミ箱に捨てて、逃げ出して来たみたい。
そんなハルに、母は一度、家に戻った方がいいと告げる。
逃げている間は、きっと何もうまくいかない。
ハルは、少し考え、家に戻る決心をする。
ライバルがいなくなったアキナ。
母に改めて面接を迫るが、母はあらゆることを人や環境のせいにして日々を過ごすアキナにもここから出て行くように告げる。
出来ないことをいつもいつも言い訳していたら、いつまで経ってもうまくいかないし、前にも進めない。
母はマエカワさんに、沖縄旅行はどうしたのかと尋ねる。
やっぱり、結婚話が気になってと答えるマエカワさん。
キャンセルしてしまったが、いつだって行こうと思ったら行ける。
そう、今からだった行けばいい。
どうやら結婚話は全て破談になってしまったようなので、ここにいる必要も無い。
マエカワさんは、今からまた出発すると言い出す。
アキナは、それに付いて行くと。
2人は仲良く旅立って行く。
残されたヒナタと母。
料理を作る必要も無くなってしまった。
ヒナタは自分で焼きそばを作ることにする。料理下手なのでそれぐらいしかできない。母は母で勝手に何かを食べるつもりだ。
ヒナタは、兄の日記をいけないことだと思いながらも読み出す。
そこには、意外にも饒舌な兄がいた。
自分の個性を大切に、自分の思う道を進もうと強い意志が感じられる文章が綴られている。
しかも、想いを寄せているらしき人も。
ついに、明日、あの人と2人っきりで会えることになった。
自分の想いを込めたプレゼントを渡し、告白する決意が書かれている。
嬉しさと緊張でどうしようもなくなっている兄の姿が浮かび上がる。
日付は昨日。
今日は残業で帰りが遅いと言っていたが、このことだったのか。
兄が帰って来た。
随分と早いご帰宅。
手にはプレゼント。その表情は暗い。
どうやら・・・
何か作ってくれ。
そんな兄に苦手な料理を振舞おうとヒナタは台所へ向かう。
大切な人とのお別れの悲しみや恨みが消えない人。忘れられずに、どこかでその人に囚われてしまい、自分の本当の姿を隠し、目的もはっきりせず、楽しめない道をただ無難にぼんやり歩く。
自分の思った通りに事が進まず、それが周囲の人や環境、自分自身の限界のためだと自分勝手な理由付けをして、進もうとしない人。
作品中には、かつて辛い経験をして、今もそれが頭のどこかにあって、思いのまま生きられない人、今、辛い中にいて、どうしていいのか分からず、彷徨ってしまっているような人が登場する。
逆に、お気楽なのか、何か達観したのか、自分の思いのままに、自分を信じて、楽しんで生きようとしている人もいたりする。
この対比が、自分の本当の姿を色々な理由で出せなかったり、押し込めてしまっているときっと息苦しく辛いのだろうなということを感じさせているみたい。
結局、そんな息苦しさを一番心配されていた兄が、自分の道をきちんと切り開いて、歩んでいたみたい。
この兄をどうにかしようとしたことがきっかけになって、関わった色々な人に刺激が与えられる。これからどうなるかは、もちろん分からないが、少なくとも今の自分が何かに囚われていることで、本当の姿が奥に引っ込んでしまっていることとは向き合えたのではないだろうか。
兄には想ってくれる人、家族がいる。
だから、父を失ってからの辛い日々も、家族を想い、かつ自分自身の力も信じて、ここまで生きてきたのだろう。
そして、そんな兄の姿が実は、母や妹の辛さを徐々に消し去って、今に至ってるのではないか。
最後は、無骨な外面とは逆に、きちんと自分の魅力を信じて、自分の道を強く生きようとしていた兄に辛い出来事が起こる。
でも、きっと彼はまた頑張って歩み始めるだろう。
今度は兄の辛さを母や妹、周囲の人が消えるように力になってくれるはずだ。
一人じゃない。
自分の周囲には必ず想いを与えてくれる人がいる。それは人を想ってきちんと生きてきたからこそ。
自分のことだけを考え、周囲を見ない人は、生きる中での困難に立ち向かうことが出来ないのだと思う。花嫁候補の女性たちのように。
待つんじゃなく掴みに行く。そうすると何かを得られる。
想われる、手を差し伸べてもらう前に、自分が想い、手を差し伸べる。その時、自分の真の姿が浮き上がるのかなと感じさせられる。
リンゴは何か意味があるのかな。
演劇で出てくるリンゴの多くは創世記や宇宙のメタファーとなっている場合が多いと聞くが。
母はリンゴを食べる気になった。父のことに囚われ、リンゴを避けていた兄や妹もきっと食べることになるだろう。
父のことを、心の中で昇華してしまうということはきっと楽なことではないはず。
もしかしたら、原罪を背負うかのように、これからの生きる道の厳しさを示唆することになるのかも。それでも、それを受け入れて、新しい自分の道を創り上げる。
そんな悲しみを背負う人の新たな創世の時を何となく思わせる。
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コメント
SAISEI様
若手からベテランまで広い年代の役者さんがうまく絡んだ公演と感じました。
前半は会話の感じが青年団にも似た自然な漢字でしたかね。
ソノノチの藤原さんも若いけどいい役者ですね。
投稿: KAISEI | 2016年5月 2日 (月) 10時24分
>KAISEIさん
青年団ってまだ観たことがないのですが、イメージは確かにこんな自然な感じですね。
皆さん、安定しているので、落ち着いて穏やかに話に入り込めました。
投稿: SAISEI | 2016年5月 6日 (金) 13時24分