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2016年3月 6日 (日)

BALL【東洋企画】160305

2016年03月05日 アトリエS-pace (95分)

ようやく、観ることが出来ました。
第1回公演以来、注目しているから観に伺うと言っておきながら、なぜか、いつも日程調整が困難だったり、体調を崩したりして。
今回も、結婚式の二次会にぶつかり、ちょっと風邪気味。
これでまた、観に伺うのを辞めたら負の連鎖が続くだろうと強行しました。

正直、話はよく分からないところがたくさんあり、下記の感想も絞り出すのに苦労しましたが、人生の様々な段階で見詰めるべきことを考えさせられるような作品かと思います。
前日に拝見した夜光殺陣に負けない美しい舞台。こちらはその美しさを人間の身体で表現したような感じです。
夢のような世界にいながら、時折、戻って来る現実。その世界の切り替えが、役者さんの身体表現でとても綺麗に描かれていることが印象に残ります。

<以下、許容範囲と言うか、よく分からないのでネタバレはしないと判断して、白字にはしていませんので、ご注意願います。公演は、本日、日曜日まで 2016.03.06訂正 : 公演、月曜日までです。月曜日17:00がラスト

少年は、生まれる時に、めふぃすと・ふぇれすと出会う。
何かを与えると言うめふぃすとに、少年は反抗する。与えられる喜びを得るために、人は裸で生まれるようだが、自分は違う。五体不満足。腕や骨を盗んで手に入れてきた。全て盗んで、自分のものとする。
少年は舞を仕事とする父の下に生まれる。名前は市川団十四朗。父は、団十四朗に舞を与えない。代わりにボールを与える。
団十四朗は、監督の下、野球を始める。しかし、自分の力の無さで試合はコールド負け。監督から見放される。

皆で行った小学校の修学旅行。そこでのボート事故。クラスの皆は無事だった。でも、よそのクラスの中には行方が分からなくなった者も。
その友達がめふぃすなのか。

団十四朗は、諏訪ネジコという女性と出会う。
どこか自分と同じ境遇で育ってきたことを感じる。彼女はバイオリンを始める。
現れるめふぃすと。団十四朗は言葉をもらう契約を結び、ダンボールの箱船で出航する。
小説家となった団十四朗。多くの小説家が自殺をする。彼に言葉を盗まれたためだ。めふぃすとは悪魔なのか。
野球仲間であったマリヤはキューバでプロを目指して旅立つ。マリヤは結婚をしたらしく、義妹であるかぐや姫を紹介してもらう。
団十四朗はかぐや姫をめとり、彼女を女優として、今度は映画監督となる。
成功をおさめ、今度は指揮者に。

しかし、ある日、団十四朗は気付く。
自分のあばら骨が無くなっていることに。
彼もまた、誰かに盗まれていた。
小学校の時に行方不明になった友達の遺体が見つかった。
それは、海の底で腐ることなく、綺麗なままであった。
団十四郎はそれを盗んだ甲子園の真紅の優勝旗で包む。

かぐや姫が出産する。
団十四朗は、父、メフィスト・フェレスと対峙する。
団十四郎は、もう子供ではいられない。少年は大人になる。
そして、その子供に、自分の生きる景色を見せなくてはいけない・・・

残したメモを掘り起こして書いてみましたが、これで精一杯ですね。
のんの、あんあん、きゃんきゃんのちょっと面白いくだりも、書いていますが、この話にどう組み込んでいいのか分からず、そのまま無かったこととして葬りました。

少年が、旅立ち、船出を経て、何かしらの大人になるための旅に出る夢のような世界の中で、いつの間にか失くしてしまい、どこかに埋めて葬ってしまったものを掘り返そうとするような姿が感じられます。
ここで言う何かしらの大人は、漠然としていますが、少年のような未知の塊では無く、サラリーマンだとか、建築家だとか、音楽家だとか、何かしらの肩書を自分に与えるような感覚です。
プロ野球選手となったマリヤは夢を叶えたようですが、同時にそれに囚われ、もう違う道は全部ふさがれたような感じがします。
それに抗い、盗むことで、色々な大人へと変化し続ける団十四朗。その中で、最後に自分に欠けていることに気付いて見出したものが、ボールだったようで、それは父から与えられた唯一のもので、それをどこかに沈めてしまい、忘れたものとしていたことを思い出したかのようです。

めふぃすとは、それに気付かせるための象徴なのかな。小悪魔のように、あざとさを醸しながらの可愛らしい姿は、少年が抱いていた夢や希望のように映ります。時折、現れては、思い出して欲しいとこれみよがしな態度を取る。それはいつまでも腐ることなく、美しい姿で眠っている。そして、そのまま探さなければ死んでしまう。あの事故の時、自分が大切な友人だと飛び込んで探していれば。長い時が経ち、大人になった少年の目には、綺麗なままでもう息絶えてしまった悲しい夢のように映るのかもしれません。そんな夢は、もう叶わないので、せめて盗んだあの頃の夢の象徴である優勝旗で包んで葬ったのでしょうか。
メフィストは、少年の生き方をずっと見守る父の愛情、想いの象徴として映し出されているような感じです。サタンを思わせるような厳格でつけ入る隙が無いけど、どこか温かい愛に溢れているような姿からは、全てを与えるのではなく、元々持っているものを信じて止まない息子への愛情を思わされます。それを証明するかのように、父は自分の舞を舞う。少年には少年の舞があり、その種を渡しただけ。そこからどんな花を咲かすのかは、自分もそうだったように、分かるはずもないので、ただ見守り、信じるしかない。そんな父が息子へと抱く愛情を強く感じさせられるようでした。

結局、分からないところだらけではありますが、生まれ、いい意味でも悪い意味でも親の背中を見て育ち、そこから、その背中を追い抜いていく。そして、いつしか、自分の背中を見る者が新たな生として宿るのかもしれない。そんな人生の過程において、自分が見ていた景色はどのようなものだったのかを探ってみようといった作品なのかなと感じます。

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