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2016年3月18日 (金)

骨から星へ【プロジェクトKUTO-10】160317

2016年03月17日 ウィングフィールド (90分)

あるさびれた駅のホームにたたずむ中年男性二人を通じて、生き方を学ぶような作品だろうか。
今のどこか飢えているような、急ぎ過ぎて、みんなちょっと休憩したいのに、なぜかそれを許さないような空気が漂う社会が浮き上がる。
話はやたら現実。本当に存在しているのか、消えてしまいそうな感覚を得る儚い夢のような世界が舞台で描かれながら、現実のえげつなさが同時に見せられる。

中年男性は、このどこか歪んだ社会で自分を見失ってしまっている。幼き頃に描いた未来の姿と今の現実の乖離に気付いてしまったのかもしれない。
自分はついていけていない。
振り返ればたくさんの過ちや悔いも浮き上がる。
もちろん、自分なりに頑張ってきた。誇りだってある。
でも、そんなものが容易に崩されてしまう世の中でもある。
残ったものは、負の遺産ばかりで、自分は本当に必要だったのかと、自己否定の念が強くなってしまったかのよう。
壊れてしまった心。
そこにたくさんの想いが入り込み、骨を軋ませながらも、その想いを骨に浸み込ませる。
ゆっくりと考える時間。痛みも伴うが、自分の大切な気持ちをもう一度知るための時間。
生み出される、わずかながらの自己肯定の念。
それは自分を想う人がいて、自分もまた想う人がいることの認識。
昔、人は骨を拾い、武器にして、それを空に投げて文明にしたらしい。よく知らないが、映画の話なのだとか。
今、中年男性は、その想いが詰まった骨を空に投げて星にする。それはこれからの自分が歩む道の道標となる。
そして、それは、今、描かれる未来の姿への道標でもあるはずだ。

大丈夫。あなたは大丈夫だから。
疲れたならどこかへ逃げ込んで、生き急がずに、今の自分をたくさん見詰めてあげなさい。
過去の過ちや悔いは許しなさい。
過去の事実をすり替えるのはいけないが、そこにあった自分の想いを見詰めて、過去を変えることはきっと許される。
あなたが生きてきた物語を創り、これからのあなたの人生へと繋げなさい。
それはどんな社会だろうと関係ない。あなたの身体の骨に浸み込んだ想いに誇りを持って、あなた自身が投げ込んだ先の光に向かって歩きなさい。
そんな、ちょっと宗教的な感じもあるが、許されるとか安堵を得るといった感覚になる作品でした。

<以下、あらすじがネタバレしますので、重々ご注意願います。大阪公演は日曜日まで。次の週には東京公演もあり、公演期間が長いので、白字にはしていません>

うらぶれた駅のホームか。
白い制服を纏った駅員が時折、ホーム内を巡回する。
ベンチに、少し距離を置いて座る中年男性二人。
一人の男が口を開く。
電車に乗ることが不自然だと。
人が歩く速度に比べたらあまりにも早い速度で移動する電車。ラッシュ時の異常なほどの人と人の密接した距離。
昔、人は骨を拾い、武器を得た。空に投げた骨は文明を創った。もう一人の男が、映画好きだったのかその話を続ける。そして、骨は宇宙船になった。
電車もまた、骨から出来たその文明だと言いたいようだ。
飛躍的に発展した文明。人はそれほど進化できておらず、進む文明に追いつけないでいるのではないか。
子供だった万博の頃に描いた未来の姿。今のその姿は全然、違っている。
今、子供たちが描く未来の姿は、緑いっぱいの森だとか、自然回帰思考が強いらしい。
もう一人の男はリストラされて、電車に乗らない生活になった。それでも、つい足が駅に向かい、こうして途方にくれている。
男も同じだ。教師を辞めて、これからの自分を見失っている。

骨壷を抱えた老人と、付き添いの若い女性がホームにやって来る。
身寄りの無い独居老人と、契約でその世話をするNPO法人の女性みたいだ。
骨壷の中には自分の骨。老人から語られる言葉は、天国の姿を描いているらしい。
もちろん、全て老人の物語。骨ではなく砂だし、この世にそんな天国みたいな場所は無い。その物語に、女性は寄り添うことで、今の老人の生きる道標となっている。
老人は一生忘れることの出来ない、恋をしたことがあるらしい。
海辺の町に住んでいた老人。
ある日、突堤に現れた女性。死ぬ気なのでは。声をかけて、たった4日間だけ共に過ごした。彼女はいなくなってしまったが、その後、彼女はずっと自分の心の中にいる。
その話も嘘かもしれない。老人が海辺の町に住んだ履歴は無い。それでも、今の老人に物語は必要だ。
かけがえのない人生だったと最期の時を迎えるために、大切な道標となっている。
そんな老人の下に、電車に乗って、あの時の女性が会いに来る。
女性は、あの時のことを語る。
夫と娘の普通の暮らし。そんな陽だまりのような暮らしに、自分を見失う。
あなたと会って、自分が必要であることを見つめ直すことが出来た。あなたは私を全て受け入れてくれた。
でも、一緒に暮らして、骨が軋み始めた。娘を夫を家族を捨てたこと、あなたと触れ合えた時間。その痛さと同時に、その想いが骨に浸み込んだ。
その骨の軋みがこれからを生きる自分の力となり、あれから町を転々としながら、今はある町で暮らしている。
女性は老人に感謝の言葉を述べて、二人は優しく抱きしめ合う。そして、女性は電車に乗って駅のホームを出発した。
付き添いの女性は、そんな老人の姿を一切否定しない。彼にとっての道標であることが自分の役割だから。老人は付き添いの女性に連れられて、また明日を迎えるために電車に乗って去って行った。

二人の男の下に、電車に乗って様々な人たちが会いにやって来る。
男は、学校の校長先生と出会う。
学校は、勉強よりも、もっと大切なかけがえのないものを学ぶ場所、時間だ。人が人を想う力を教えてあげたい。その力が自分たちにあることを誇りに感じて、大事に育んでもらいたい。
そんな男の教育方針に、校長先生は時代の違いで論破しようとしてくる。
男が担任を受け持ったクラス。休職した前の先生のことを生徒たちはとても慕っていた。前の先生は癌だった。
経過があまりかんばしくないことを聞き、男はその先生に生徒たちからの励ましの気持ちを伝えようとした。これは、強制などしていない。その話をした時、生徒たちが自主的に決めたこと。
生徒たちは、先生への激励の言葉に、美しいものを付けて送ることを決めた。美しいものは、生きる活力となることを知っていたのだろう。
だから、男は一日、そのための時間を生徒に渡した。授業を犠牲にして。
出来上がったものは、生徒たち個々の想いがこもった、外側だけでない美しいものだった。
でも、後に残ったのは、保護者からの否定的なクレーム、そして先生からの病気のことを生徒たちに伝えないで欲しかったという言葉。
校長はその事実をもって、男を否定する。
そして、現に今、男は電車に乗れず、出勤できなくなってしまっている。
信念をもって行ったこと。あの生徒たちの姿を見て、過ちだとは思えない。
でも、その彷徨ったかのような今の自分の立場から、その抗いの言葉は弱い。
校長はそこをピンポイントで突いてくる。

気付くと、男の弟がいた。
職人さんなのか、懸命に働いている姿。
当たり前だ。生活するためには働かないと。
弟は、今、働けないでいる兄に会いに来た。
男は家族から距離を置いているみたいだ。実家には久しく戻っていない。
弟はたまに様子を見に戻っている。
父の容態が良くないから。もう墓を購入しており、覚悟をしているような段階みたい。
そんなことを何も知らない男。
弟は昔、いじめにあっていた。
男は負けるなとか、気持ちを強くなんて言葉をかけたことを覚えている。
言葉に根っこが無い。偽善。頭でだけ考えた言葉だと弟は否定し、男もそれを認める。
いじめがどうして起こるか知っているか。自然発生。ある時、急に。いじめられる側が何かの原因を持っていることは少ない。
だから、弟はあの時、聖書に救いを求めた。
自分は大事な存在なんだよ、生きていることが当たり前に許されるんだよ。そんな言葉に、厳しい環境の中、生きる活力を得ていた。
弟は、今、子供が引き籠っている。
そんな子供にどうしていいのか分からなくなって、暴力をふるってしまった。
兄と一緒のことをしてしまったのかも。
人に寄り添うことは難しい。家族ですらこうだから。でも、その想いをぶつけ続けていくしかないのだろう。
弟、そして校長は電車に乗って、去って行った。

もう一人の男の下に、二人の女性が電車に乗ってやって来る。
妻と娘。性格には元ではあるが。
仕事で忙しく、家庭を振り返ることが無かった。
妻はそのことを、もう悪意でしか見れなくなっている。
男に向ける言葉には全て悪意がこもる。
男はそのことを受け入れている。過ちは過ちだ。
娘は何も語らない。
養育費はきちんと払ってください。
妻が男に言いたいことはそれだけ。
男はそれが出来ない。だって、リストラされたのだから。
二人は電車に乗って去ろうとする。
別れ際、娘が始めて口を開く。
彼氏が出来た。自分のことを大切に想ってくれる。人の気持ちが分かる人。私もそうして誠実に生きるつもりだと。
妻は男の顔も見ずに電車に乗り込む。娘はチラッと男を見る。その仕草に、男は手をふって別れの挨拶をしようとするが、すぐに娘は目を逸らし、電車は出発する。
男は駅員に自分のやるせない気持ちを語る。
駅員は、ただ肯定の相槌しかしない。
そのことが、男にどれほどの安堵の気持ちを与えるか。

二人の男は、また駅のホームに二人っきりに。
タイムマシン。もし、あってもやり直したいとは思えない。
ここはどこなのだろうか。
駅員はアジールと答える。避難所みたいなものだろう。そして、駅員はその背景の一つに過ぎないと言う。
電車はやはり不自然だ。
ひしめく人たちの中で、息をひそめ、自分を押し込めて。
人の進化は、文明に勝てなかった。
リストラされた男は、それでも電車に乗ってみると言う。
色々な過ちを犯した。いわれもない酷いことに会いもした。そして、今、自分を見失い、彷徨うようにここに逃げ込んできた。
間違っているとは思わない。
でも、出発してみようかと思う。
気付くと、ホームにはたくさんの人たちでいっぱい。
自分を肯定する。全てを許す。その時、電車はやって来る。
男はその電車に皆と一緒に乗り込む。
教師だった男はそれを見送る。

見張り合う。監視し合う。まるで、悪意の連鎖のような社会。
その場に身を投じ、どうにもならなくなってしまった。
電車の中でひしめく人たち。みんなが必死に何かを押し殺そうとして生きているようだ。
でも、そんな雑踏の中に、自分を想う人がいる。自分が想う人もいる。
そのことを信じて、考え続ける。
人が人を想う気持ちを、これからもずっと考え続け、見つめ続けて、生きていきたい。
駅員は光を照らして、いつでも電車がここにやって来れるようにしている。
男は、今、この場所で過ごす時間も大切な人生の一時であると、自分の過去、今をゆっくりと見詰め、いつかはこれからに向かって力強い一歩を踏み出せるのだろう。

確かにどこかおかしな生き辛い社会になったよなあとは思う。
自分も45歳なので、登場人物の中年男性とは同調するところも多々ある。
幼い頃に描いた未来の姿はもっと素晴らしかった。
それは、手塚治虫の漫画のような世界で、技術発展により、素晴らしい文明の発展を遂げた世の中だったのだろう。
今の社会は、本当に人の欲求に基づいた進展だったのだろうか。
今の発展は特に、今ある技術を活かして何が出来るかを考えてばかりのように感じる。
企業で言えば、シーズ先行、ニーズ無視といった感じだ。
医療の世界にいるので、語弊があるかもしれないが、本当に長生きするための様々な開発は必要だろうか。
人々の豊かな生活のために必要なエネルギーを得るためには、どれぐらいのリスクを犠牲にしていいのだろうか。
情報化社会は、これ以上の発展を遂げる必要があるのだろうか。
人の知的欲求は計り知れないところがあって、凄いものをとにかく創ることに間違いは無いみたいな正論があるように思う。
それに身を任せて、本当に人が求めているものはどこかに押しやられてしまっているような気もする。
ニーズを無視した企業が上手くいかないことは、また正論だ。
今の子供たちが描く未来の姿に向かって、技術は活かされているのだろうか。

そんな不確かな社会で生きていると、やっぱり不安を覚えることも多くなる。
未来に自分は必要なのか。その道を歩む資格があるのかみたいな。
そんな時に、その不安を押し殺して、進み続けるとどこかでパンクしてしまうのかも。
あんなラッシュの電車はおかしいです。
その一言は暗黙の了解で言ったらダメみたいな風潮、もしくは、もはや当たり前にしか思えないような中で、おかしいことに気付いてしまったら。
この駅のホームに彷徨ってやって来た中年男性のことを否定は出来ないように感じる。
もちろん、今の社会を元に戻すことは無理だろう。別に昔が必ずしも良かったとも限らない訳だし。
でも、そこでゆっくりと考えてみる。
自分が何を不安に感じて、どうしてこれからが見えなくなってしまったのかを。
そこに過去の自分への否定があるなら、それは許せばいい。
過去の事実は変わらない。でも、自分の中での過去は変えられるはず。
悪かったことを、いいように解釈するのではなく、そこに本当にどんな想いを自分が持っていたのか、相手がどんな想いでいたのかに寄り添ってみる。
そこで、これからのための過去を創り上げる。
それが、これからの人生の道標になるかのような感覚を得る。
楽な話ではない。かなり痛い思いもするだろうが、そのままでは、ずっと傷つき痛い体で歩かないといけないことになる。そんな人生は辛いだけだ。
そして、そんな自分を見詰めて得たことの、多くの人の蓄積が、これからの社会の道標へときっと発展するのだろう。

作品を観ていると、電車に乗る人も、少し休む人も、みんな素敵だ。
受け入れ難い考えや気持ちもたくさん出てくる。
これは単純に世代や自分のこれまでに培ってきたポリシー、自分が今、置かれている環境などに依存するだろう。
でも、多かれ少なかれ、みんな人のために、人を想う根本的な精神がある。
人に必ずある、本能的なのか、文明がどう発展しようとある想う気持ちを私たちは見詰めて生きていけるのだと思う。
そんな強い信念を抱く。
自分たちは人間。進化しても、絶対に消し去ることの出来ないものがあるから、その進化の速度は遅く、限界がある。
骨が軋んで、進化しない。でも、それは凄く大事なことなんじゃないのか。
だからといって、未来に絶望することもない。
その骨に浸み込んだ想いは、人が人として大切に生きていくための大事な道標であり、それを人は自分で生み出せるのだから。

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コメント

違う回(18日19:30)ですが見てきました。

アンケート用紙の感想欄には
「気楽な性分なので駅に行くことも電車に乗ること
も無いですね」と書きました。(笑)

「こんな未来を夢見たが現実は~」と
「自分でやりたいことがわからなかった、夢を見なかった」
(別に深刻な話じゃない。現在44歳)の違いかも知れない。

投稿: アサ | 2016年3月21日 (月) 01時34分

>アサさん

コメントありがとうございます。

私は、けっこうすぐに駅に足が向かっていることが多いかも。そこで、電車が来るのを待つでもなく、乗るでもなく。
置かれた状況とか、バイオリズムで作品への感覚はかなり変わってきそうです。
今は、まあ私も安泰の状況なので、ちょっと斜に構えて見れる余裕がありますが、辛い時に、あの駅の中の中年たちの心に深く入り込んでしまうと、安堵よりも息苦しいきつい気持ちの方が強くなるかもしれません。
色々な人が観て、色々に考えられ、感じられる不思議な作品でもあったように感じます。

投稿: SAISEI | 2016年3月22日 (火) 13時35分

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