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2016年2月12日 (金)

錆色の瞳、黄金の海【劇団ショウダウン】160211

2016年02月11日 船場サザンシアター (105分)

初演の感想。
http://ksaisei.cocolog-nifty.com/blog/2014/05/140524-3df7.html
<↑ あらすじがネタバレしますので、ご注意願います>

胸がカーッと熱くなる。
2年前に拝見した時、既にトップクラスの名作だったが、より深みを増して、とんでもない作品となっている。
目の前にこんなにまで美しい情景が浮かび上がってくるのは、登場人物たちの一つ一つの言動に心震わされ続けた結果でしょう。
ラストなんか最高だったなあ。
あの主人公の少年の語りから、ちょっぴり大人になった少年の冒険の日々。それを見守る母親。
どう言葉で、この作品の素晴らしさ、美しさを表現すればいいのか分かりません。
とにかく感動の一言。
私は、終演後に、ご出演の役者さん方とお話をすることはほとんどなく、サーッと劇場を後にしてしまいます。
今回は、劇場の外に出て、この作品の作・演のナツメクニオさんのお姿を拝見して、思わず素晴らしかったと声を掛けてしまいました。
何の面白味も工夫も無い感想の言葉ですが、そんな風になってしまうほどの心高ぶる状態にまでになったのでしょう。

話としての感想は上記リンク先とほぼ同じかと思います。
少年の成長物語。
分からないことを考えずに諦める大人に抗い、分からなくても必死に答えを出そうと走り続けた少年。
その先には、大切なものを想い、守るという強い信念が生まれ、少年を素敵な男、大人へと成長させたようです。
その心を胸に、少年は旅に出る。
これからも、そんな負けない想いを人の世に繋げ続けるために。

前作との違いは、細かなところはよく分かりません。
ただ、数点、感じるところがあります。
一つは、前作は少年のゴーレムとの成長物語に焦点が絞られていたように思います。今回はそれだけでなく、周囲の大人たちがたくさん、少年に絡んでいるようです。前作は役者さんが4人だけだったので、少年以外は、色々な役として入れ替わっていたのが、今回はだいぶ固定されたので、登場人物がより明確に存在しているからなのでしょうか。
大人は、少年を信じたり、否定したり、子供としてしか見なかったり、立派な大人の仲間入りとして見たり。
そんな様々な大人がいる中で、少年は時には傷つき、大人を否定したり、信頼を寄せたりしながら大切なことを学んでいく。
私たち大人の視点で、この物語を見ることで、かつての少年の頃に思いを馳せながら、今、忘れてしまっている、抑え込んでいる、失ってしまった大切なものを考えさせられるような気がします。

前作と比較すると母、カウニスの違いが一番大きかったように思います。
同じ役者さんの配役ということもあるのか、母とカウニスには同調性があると思っています。その同調性は少年にとっての父とゴーレムの対照となっているかのよう。何も言わないゴーレム、亡くなって何も言えない父。
父の代わりにはなれない母の限界。少年の心を惹きつけて止まないゴーレムの神秘的な力をホムンクルスであるカウニスは持たない。
うまく説明できませんがそんな感じかな。
母と息子は、当然、父と息子の関係にはなれない。何か普通は父がそれに寂しさを覚えることが多いようですが、母もそこに寂しさを抱いたりしているのかな。
女性である母親は、息子である少年が大人になる時に、父のように男としての愛や言葉を与えてあげられない。
言葉としてちょっとおかしい気もするが、その中で生まれる歪みみたいなものが見え隠れする。カウニスの笑顔にあれだけの強さを持ちながら、妬みや自己への満足しきれない何かを感じるし、母の笑顔には、少年という男の心に付いていけない置いてけぼりみたいな寂しさと同時に我が子への誇りみたいなものが見える。
うろ覚えだが、前作はカウニスは冷たく自分の気持ちを抑え、母はただただ優しく愛を注ぐような感じだったように思う。
どっちがいいというわけではなく、こういった母親の子供への想いがこの作品には大きく存在しているように感じます。
それは母としての守る責任、強さでもあるし、母としての子への愛なのかもしれない。
当日チラシにナツメさんが、最近、お子さんが産まれ、母の大きな愛と自分の子への想いが温かく綴られている文章を読んだ影響もあるかもしれない。

アルクペの存在。
前は役者さんが少なかったのか、このゴーレム、ホムンクルスのトップに立つ女性と少年が対峙することは無かったのでは。これもうろ覚え。
この存在に語りかける言葉で、人間とゴーレム、ホムンクルスとの違いを浮き上がらせているよう。
人間は様々なことを乗り越えて、そこで得た想いを繋げていく。長き生を受けるゴーレムは、そういった意味では、自分で何かをすることは無くとも、その繋がりを仲介し続ける大切な存在だ。人の想いはそこに封じ込められて、伝えられていく。
人間ではない。道具でもない。ゴーレムは人が成長する時に、その傍にいつもいてくれる大切な友人だったのだと思う。
そんなゴーレムがいたことを大人になったら忘れてしまうのだろうか。
ふと、思い出した時に、あの頃、まだ子供だから何も分からなくて、どうしていいのか分からずにいたけど、涙滲ませながら、必死にそれが正しいことだと走ったことに胸を熱くさせることが出来るのかもしれない。
そして、そんながむしゃらにただ走ることで、人は成長することを、今の子供たちに伝え見守ることが出来るような気がする。

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コメント

SAISEI様

とりあえず、

我が舞台観劇ここに極まれり」という舞台でした。

「小劇場ここにあり」ということを示せた舞台だったと思います。

この作品は私にとってSAISEIさんにとっての『キャンディ遊園地』になるのかなあ。

演出家などクリエイターや役者さんは除いてこれを観て何も感じない人は人間じゃないと思います(笑)

投稿: KAISEI | 2016年2月16日 (火) 13時12分

>KAISEIさん

いやあ、凄かったですよね。
初演からさらに磨きがかかってね。
このレベルの見事な作品をこれからどこまで連発させられるかが、楽しみですね。

投稿: SAISEI | 2016年2月17日 (水) 14時16分

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