ハイスクール天守物語【兵庫県立姫路工業高等学校演劇部】160105
2016年01月05日 姫路キャスパホール (70分)
泉鏡花の天守物語。
この作品を、ある学校の演劇部を舞台にして、様々なキーワードを置き換えて創られている。
ベースとなる天守物語、劇中で演劇部によって演じられる天守物語が、徐々に同調し、融合した不思議な虚構の世界を描いている面白い作品。
人の醜さや、権力に支配される歪んだ社会を背景に、そこにある人の純粋な触れ合いがじっくりと描かれている。
ダンスパフォーマンス、音響、照明の技術を駆使したエンタメ性も高い。
ラストは皆で踊る。祭りというか、祀りのような、人に降りかかる様々なことを自然のように捉え、人間たちは必死にそれを受け止めて力強く生きていこうという祈りのようなものを感じる。
時は不詳だが、封建時代。
播州姫路の白鷺城の天守に魔界の婦人、富姫とその侍女たちは、人間たちを近づけることなく棲みついている。
今宵は、猪苗代の亀姫が魔物の従者たちを率いて、春日山城主の生首を土産に遊びに来ている。
生首は巨大な獅子頭に供えられる。
皆、思い思いに踊りあかして、宴を楽しむ。
富姫は、生首のお返しに、城主播磨守の大切にしている白鷹を亀姫に渡す。
泉鏡花の天守物語の冒頭シーン。
演じるのはしらさぎ学園高校の演劇部の面々。
富姫演じる演劇部部長の瑞姫は、部員たちに厳しくダメ出しをする。
稽古を積んで、かなり高レベルの迫力あるダンスでこのシーンを描けるようになったと思っている部員たちは不満を口にする。
しかし、もっと上を目指さないといけない。
創部以来、悲願のこの天守物語を上演出来ることになった。全国大会を目指さなくてはいけない。審査委員の考えは様々だ。だからこそ、皆に理解してもらえる素晴らしい作品を求め続けないといけない。
その熱き部長の言葉、意志に部員たちは気を引き締め直す。
それに頑張らないといけない理由は他にもある。
今、学園は権堂理事長派閥の教師や生徒会の連中によって、文化からスポーツ重視の路線へと変わろうとしている。
実際、全国でも活躍していた合唱部は平部に格落ちとなった。部室は追い出され、そこは剣道部の道場へと改修中。合唱部員の不祥事が原因ではあるが、生徒会長が剣道部部長であることとの関連性は疑わざるを得ない。
とにかく、隙を見せてはいけない。だから、赤点をとってしまっている部員はしっかりと補習を受けさせる。学業との両立が出来ていない。それだけの理由で平部落ちは十分考えられる。学園の中にいる限り、部活だけ頑張っていい成績をおさめていても許されない。そんな世界で学園の生徒たちは生きている。
そんな中、とんでもないことに気付く。
先ほどの稽古で、最後に何か変な音がした。何かが破れるような。
見ると富姫が亀姫に渡した白鷹として使用していた白鷹の掛け軸が真っ二つに。
聞けば、それは茶道部から勝手に拝借したものなのだとか。
こんなことバレたら平部落ちどころか、廃部だ。
見ざる、聞かざる、言わざる。全ては闇の中に。
そのために、演劇部の稽古場を立ち入り禁止とする。
5階にある稽古場。4階に立札を置き、演劇部員以外の何者も入れないようにすることに。
大丈夫。文化部を優遇してくれていた前理事長のご加護があるはず。皆はその肖像画に公演の成功、そして演劇部の発展を誓う。
一方、生徒会は会議中。
茶道部の白鷹の掛け軸が無くなった。顧問の先生はひどくお怒り。
それもそのはず。学園として名誉な茶会が近日中に開催される。その時に、その掛け軸が無かったら格好がつかないらしい。
見つからなければ、退学もありえる。
茶道部の下河は学校中を探し回るように命令される。
大切にしていた白鷹がいなくなった播磨守は、忠臣である鷹匠の図書之助に探すように命じる。
図書之助は、これまで人間は富姫を怖れて入ることの無かった天守まで登る。
天守に入って来た人間は生かして帰すわけにはいかないのだが、富姫はそんな図書之助に恋心を抱いてしまう。そして、城主に厳しく扱われる図書之助を帰らせたくないと思う。
図書之助もまた、富姫に心惹かれ想いを寄せることになる。富姫の気持ちを受け止めるが、やはり帰らなくてはいけない。
天守を降りる決断をした図書之助に富姫は、白鷹の代わりに家宝の兜を与える。
天守物語、続きのシーン。
瑞姫はさらに厳しいダメ出し。図書之助演じるトオルに対して。そして、侍女の薄に対しても当たり散らすように苛立ちをぶつける。
絶対に人を好きになることなど無かった富姫が恋する図書之助。その魅力をどう引き出していいのかトオルには分からない。
弱音を吐くトオルに、厳しい言葉をさらにぶつける瑞姫。この態度に部員たちも瑞姫を責める。
いくらなんでも言い過ぎだ。仲良しこよしじゃダメ。演出はあくまで自分だから従えと。売り言葉に買い言葉のような状態になり、部員と瑞姫の間に亀裂が走る。
辞めると言い出す部員まで出てきて、瑞姫は外に飛び出す。
瑞姫には分かっていた。自分も悪いことを。
ずっといじめられていた。不登校。これを克服するために、出来る唯一の手段。教室では石のようにじっとしておく。誰とも喋らずに。
でも、演劇部に入って変わった。部活をしている時、演劇の時間を過ごしている間は人と話せる。
でも、やっぱり心の中にトラウマが残る。自分をいじめた男。男が怖い。好きになどなれるはずがない。
もう死にたい。小道具の刀でリストカットをしようとする。
後を追ってきた男、幸介が止める。
彼となら話せる。ずっと見守ってくれていた人だから。彼の想いなら受け止められるのだろうか。
力で抑えるのではなく、心と心を通わせる。
気に入っている富姫の言葉。
瑞姫は、その言葉を実践し、演劇部員たちに謝罪する。
図書之助は幸介がふさわしい。トオルも納得している。薄は少し微妙な表情だ。自分が見ている人が自分を見ているとは限らない。それでも、今はこの作品をより良くすることを考えて。
瑞姫と幸介のコンビは、やはりなかなか良かったようだ。
順調に稽古が進み始める。
この後は、家宝の兜を与えられて戻った図書之助は、白鷹を逃がした上に、家宝を盗んだと泥棒扱いされ殺されそうに。
天守に逃げ込む図書之助。獅子頭の中に隠れるが、天守まで登って来た追手に見つかる。追手たちと富姫たちは戦いを繰り広げるが、獅子頭の目を傷つけられ、皆、目が見えなくなる。ところが、生首に驚いた追手たちは退散する。
そこに近江之丞桃六という男が現れ、皆の目を治す。
ラストに向けて稽古を進める中、一人の男が立ち入り禁止のはずの稽古場に現れる。
茶道部の下河。
諸事情で退学の危機にあるらしい。
顧問の先生にその取り消しをチラツカされ、白鷹の掛け軸を探しにやって来た。
ここに来てはいけない。
瑞姫と白河のやり取りは、いつしか富姫と図書之助の会話と同調する。
一度は諦めて帰る白河。しかし、途中、懐中電灯が切れて引き返す。
引き返した理由はそれだけではない。お互いに芽生える心のざわめき。それが何なのかを確認したい想いもあったようだ。
白鷹の掛け軸はもう無い。
どちらにせよ、あなたは顧問の先生に罰せられる。だから、帰したくない。
でも、帰らないといけない。
ならば、掛け軸の代わりに茶釜を持って帰り、少しでもいいように取り計らってもらいなさい。
瑞姫は、本当の富姫となる。そして、その愛する図書之助は幸介ではなく、下河だったようだ。
戻った下河は生徒会の連中に盗人扱い。
権力を盾に下河を追い込む。
下河は演劇部稽古場に逃げ込む。
獅子頭の中に隠れた下河。
そこに、追手の生徒会の連中が・・・
学校をベースに汚い権力構造、大人の事情を見せながら、器用に生きられない若者の純粋な人が惹かれ合う姿を描く。
堅苦しくて遊び幅が無かったり、いじめによって勇気を失ってしまったり、人付き合いが苦手だけど孤独を恐れたり、思った人に見てもらえなかったり、赤点によって学業と好きなこととの両立が難しかったり。
そんな日常の様々な不安の中で、真っ直ぐに人を想う心が浮き上がってくる。
ある意味、これも青春か。
人の汚さ、醜さ、浅ましさが見え隠れする中で、不条理な権力構造による上下社会と隔離して生きる天守の魔界の者たち。
その姿は幽玄の美を思わせるような不可思議で妖しげな感覚を得る。
富姫、瑞姫は、そんな世界に身を置こうとしていたみたいだ。
その世界に侵入者がやって来る。
それは真摯に自分自身を貫こうとしている図書之助、下河。
その出会いは、互いに見えているけど、見ようとせずに逃げてきた世界を見せ合ったかのように感じる。
相手のことを知り合いたい、分かち合いたい。そんな感情が互いの惹かれ合いへと繋がったように思う。
にしても、幸介の瑞姫への想い、薄の幸介への想いは、純粋で真っ直ぐで控え目で。もどかしいくらいの切なさがあるが、その真摯さも、一瞬の出会いによる心の惹かれには叶わないようだ。出会った時、どうなるか分からないという運命的な恋の未知なる魅力もあるが、それは同時に残酷さでもあるだろう。
かと言って、想ってしまうものはどうしようもない。報われぬ恋だからと、鼻から想うのを辞めることはきっと出来ない。そこに想う相手がいる限り、想ってしまう。
でも、それが人の強さでもあるのではないかと思う。
人の根底にある代償無しに人を想える気持ち。これが優しさであり、良心であり、何かを成し遂げるために必要な力なのかなと感じる。
演劇ってそんなものなのだろうか。創り手の方々は。
演劇に、作品に、観る者に心を寄せる。その想いが報われるかどうかは分からずに。全ての人にはもちろん無理かもしれない。それでも、その想いが通じるように作品を、自分自身を磨く。
そんなことを今回拝見した作品から感じる。
また、姫工の公演、観てみたいな。そう思っている自分は姫工の演劇部の方々に惹かれたことは間違いないだろう。
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コメント
SAISEI様
守備範囲広いですね。姫路ですか?(笑)
何か御縁でも?
投稿: KAISEI | 2016年1月 6日 (水) 10時08分
>KAISEIさん
あ~、かなたさんが絶賛されていたので。
ちょっと時間も空いたし、ドライブがてらちょっと。
亡き父がALSを発病した後も、死ぬまで顧問として名を残してくれていた恩義のある会社も姫路にあって、亡くなった後、挨拶に伺ったりしたので、懐かしくもなって。
はやぶさ物語に近い、熱い気持ちをしっかり舞台に残したいい作品でしたよ。
投稿: SAISEI | 2016年1月 7日 (木) 22時19分
SAISEI様へ
ご観劇いただきまことにありがとうございました。「ハイスクール天守物語」の翻案と演出を担当いたしましたokamotoでございます。SAISEI様の観劇感想を拝見し、衝撃と感動を覚えました。原作「天守物語」へのご造詣もまた感心をいたしました。本作品の説明としてこれほど的確で、要を得たものは、私自身にも著せません。7日に「ハイスクール天守物語」の納会を演劇部で行ったのですが、そのおりこの文を部員に配り、かつ音読をさせていただきました。自分たちが取り組んだ作品世界はどのようなものであったか…あらためて深く知り得ることができました。
このブログを演劇部のツイッター、ブログにてご紹介させていただきたく存じます。不都合であればお知らせください。感謝と敬意を込めて、ありがとうございました。
投稿: 姫工高 演劇部 okamoto | 2016年1月 9日 (土) 17時06分
>姫工高 演劇部 okamotoさん
コメントありがとうございます。
身に余るお言葉に、私の方こそ感激しております。
熱い想いや全力でやり切るという自信が舞台に溢れており、楽しくと同時に、皆様のご活躍に感動して観劇しておりました。
高校生が生きる世界が、不思議なくらいに天守物語の世界と同調し、その中で湧き上がる想いと共に自分を見出そうとひたすらに頑張る人の姿が見えたように感じます。
心に残る素晴らしい作品でした。
今度はいつ拝見できるかは分かりませんが、ご卒業される方々と共に、姫路工業高校演劇部の今後のご活躍を祈っております。
投稿: SAISEI | 2016年1月10日 (日) 01時53分