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2015年10月31日 (土)

槻見家の傷跡【第三劇場】151029

2015年10月29日 同志社大学 新町別館小ホール (120分)

1956年。
第二次世界大戦から11年。
日本は近代化を遂げ、高度経済成長の始まりを迎える。国際連合にも加盟。
もはや戦後ではない。この年の経済白書ではそう記述されている。
そんな時代を生きる、ある一家の姿を通じて、いくら日本があれから成長を遂げたとしても、未だ日常生活に潜む戦争の傷跡と対峙して、そして、変化する戦後日本、新しい時代を生きようとする者たちのこれからを歩む覚悟の姿を見詰めていく。

どこか、今と同調するような時代背景の中で、そこにいる人の想いの変容をしっかりと見つめ、これからの豊かな未来へと皆で繋げていきたい。単なる起こった事実ではなく、そこにあった人の想いを見せることに優れた表現物だと思われる演劇作品を通じて、そんな道筋を各々で導き出そうとするような作品でしょうか。
役を演じる役者さん個々が、そんな姿を真摯に魅せている印象が深く残る舞台だったように思います。

<以下、ネタバレしますので、公演終了まで白字にします。公演は日曜日まで>

槻見家。
父は金融の仕事を営む。めまぐるしい変化の時代に翻弄されながらも、発展する経済成長と相まって、仕事は順調。昭和の家長らしく、少々、強引なところがあるものの、それが家族だけでなく、ビジネスで関わる者たちも統率して、前へ進めていく力となっているようだ。
母は、外で働く夫を立てて、それに従いながら、家事全般に、育児、教育、躾としっかりと家の中を守る。外で何か嫌なことがあっても、家に帰れば、そこで癒され、また次の日には外で頑張ろうという気持ちになるような幸せな家庭を築き上げる、これまた昭和の母、大和撫子みたいな人。
長女は結婚している。子供はまだいない。母と同じような大和撫子であると同時に、才色兼備。忙しくてほとんど会えない夫を家庭だけでなく、仕事でもお手伝い出来るように自らを高める姿勢を忘れない。たまにかかってくる夫からの電話が楽しみ。でも、最近は距離を感じて、夫婦の愛に関して不安を覚え、夫に疑いを抱くようになってしまっている。
次女はファッションに興味を持つハイカラな女性。服装はいつも明るく、鮮やか。近代化を急速に進め、欧米の文化を取り入れる新しい時代の日本に追随できる、これからの日本で活躍する女性の代表格のような感じ。大学で文学を学ぶ男とお付き合いをしている。映画を一緒に観に行き、お茶を飲みながら感想を語り合う。彼女にとっては大切で幸せな時間。ただ、最近、彼が自分と一緒にいても楽しそうに見えない時がある。そして、同じ大学生の女性と一緒に映画を観に行ったりしていることを知り、彼への疑い、不安は大きくなっている。
三女はいつもおとなしく、表情も曇っている。それもそのはずで、戦争で婚約者を失った。あれから、11年。彼女は未だ、歩めないでいる。婚約者とは河原で和歌を詠み合う中で仲を深めていった。元々、内気で自分の気持ちを人に伝えたりすることが苦手だった自分に、和歌を通じて、その想いを引き出させてくれた彼。もはや戦後ではない。その言葉が、これまでを断ち切り、新しい時代を歩まなくてはいけないというメッセージに聞こえる。
四女。空襲で亡くなった。いつも明るく元気一杯だった彼女は家族のムードメーカーのような存在だった。そんな彼女を失った槻見家は光を失い、暗闇のどん底に突き落とされた。でも、それから11年。今、家族は彼女の死を受け止めて、再び家族として力を合わせて生きようとしている。きっと、彼女が見守ってくれているから。実は本当にその通りで、彼女は地蔵になって、皆のすぐそばにいつもいる。地蔵を彫った人が関西人だったので、その想いが籠り過ぎて、なぜかコテコテの関西弁になってしまってはいるが。
五女はまだまだ子供。戦争のことは知らない。母や姉から、言葉遣いやお行儀に関して、いつもお咎めをもらったりするが、とても賢く頭のいい子。いくら明るく振る舞っていても、心に何か抱えている姉たちを鋭く見詰め、彼女なりに姉のことをいつも想っている。歌、それも洋楽が大好きで、将来は歌を勉強する大学に進学したいと考えている。彼女もまた、次女同じく、文化の変貌に柔軟に対応して、新しい日本を築き上げる一人なのだろう。

話は、三女の見合い話をベースに、長女の距離が出来た夫婦の絆を見詰める話、次女の一人の男を巡った次女と女子大生の関係を浮き上がらせる話を絡めながら展開する。

父は、仕事の取引先の男と三女に見合いをさせることに。男は非常にいい人。三女も最初は忘れられぬ婚約者のこともあり、抵抗を感じていたが、自分も一歩踏み出す決意をする。
しかし、その戦地で亡くなったはずの婚約者が戻って来た。亡くなったのは誤報だったらしい。そして、その後、シベリアに抑留。ようやく、解放されて日本に戻って来たようだ。
そのことを三女は知らない。家族は皆、三女の決意が鈍ることを恐れ、黙っていることにした。地蔵はそのことを三女に伝えようとするが、そんなことが出来るわけも無く。
見合い。婚約者はその姿を見てしまう。そして、決意する。
婚約者の実家は空襲で崩壊していた。もう身寄りは無い。友達がよくしてくれて、大阪だけど仕事を斡旋してくれた。戦地でのこと、シベリアでのこと。もちろん、三女と結婚したら、全てを話すつもりだったが、今となってはもう彼女にとって自分は迷惑なだけだろう。全てを失った自分は大阪という新天地で頑張ればいい。
三女は、見合いの男と話をする。と言っても、それほど話は盛り上がらない。婚約者の時のように和歌が出来る人では無いから。
でも、自分を含め、家族を愛してくれるのだろうと感じた。だから、決めることにした。そのことを地蔵に伝える。
地蔵は、何とか婚約者が戻って来ていること、そして大阪に向かおうとしていることを伝えたい。ちょうど、婚約者の友達が通りかかる。地蔵は特殊な力を使って、その友達に婚約者のことを全て語らせる。
三女は婚約者が生きて戻って来ていることを知る。良かった。安心した。でも、三女は自分の決断を変えない。きっと、それは婚約者も同じ。全ては巡り合わせだったのだろう。
二人別々ではあるが、互いに各々の道を進む。

長女と夫の距離は拡がっていく。
夫の仕事は忙しい。電話で話をするぐらいしか出来ないし、それもあまり盛り上がって話をすることが出来ない。
たまたま、家に寄った時、長女がたまたま不在。待つことも無く、すぐに仕事に戻る。その途中、長女と会った。でも、ほとんど話すことなく、別れた。
長女は不安を強く抱いている。夫に疑いの心も持ってしまっている。でも、私は決めている。夫と共にこれからの日本を生きる。彼の仕事を少しでも支え、変化の波に翻弄されながらも一緒に前へ進むのだと覚悟を抱く。

次女は、自分以外の同級生の女子大生と映画を観に行く男の楽しそうな姿を見て、身を引く決意をする。英文学とかの話で盛り上がっている。自分には出来ないことだ。
しかし、男は次女に対して本当の想いを告げる。
一緒にいて、自分の次女に対する想いをどう言葉にしていいのか分からないくらいに、大きな想いを抱いていることを。文学を勉強する自分なのに、それが出来ない。それくらいに次女のことを愛しているのだと。
卒業したら、フランスに留学する。2年間。その後、結婚して欲しいとプロポーズの言葉をもらう。それを聞いた女子大生は何も言わずに、立ち去る。
後日、槻見家に女中が雇われる。
それは偶然にもその女子大生だった。父が戦争で亡くなる。母も病を患う。学費を稼ぐために。天は私には何も与えてくれなかった。愛する男も、裕福な家庭のお嬢様に。
それでも、これからを私は生きる。彼女は次女の頭を下げて、女中としてよろしくお願いすることを頼む。

電車のホームでたたずむ男が二人。
次女の婚約者、長女の夫。二人は面識は無い。
電車をわざと乗り過ごした男と、間に合わず乗れなかった男だが、結果は電車に乗れていないということで同じだ。
長女の夫は、電話をしていて間に合わなかったという。妻に。
仕事が忙しいから、電話ぐらいしか出来ない。でも、仕事は頑張るしかない。戦争。あの頃、明日がどうなるか分からなかった。今でも、そんな不安にかられる。今は、日本を立て直すことで精一杯。だからと言って、妻を愛していない訳ではない。だから、電話を切るのが怖い。もう話せなくなるのではないかと。
夫は、家に戻る。妻に会って来る気持ちになったみたいだ。
婚約者は、次の電車に乗った。大阪で頑張る。一瞬揺らいだ決意だったが、やはり自分の道を進むしかない。
次女がホームにやって来る。婚約者の姿は無い。
でも、そこに今の婚約者の姿があった。
どこまで話を知っているのか分からない。でも、賢い人だから、自分の目がまだ向いていないことには気付いているはず。
彼は、全てを含めてあなたと一緒になる覚悟が自分にはあると言う。
雪がちらつき、本格的に降る中、二人はこれからを共に生きる決意を互いに抱き合うことで、想いを通じ合わせる・・・

戦後の日本。11年という歳月の中で必死に復興を果たし、これからの発展に繋げていく。
この後、1964年には東京オリンピック。
震災が起こり、その復興の兆しが少しずつ見え始めた今。経済をはじめ、様々なことで停滞していたような日本は、再び歩み始めなくてはいけない。2020年には東京オリンピック。
どこか、過去をたどることで、今のこれからの日本の在り方、進め方に導きを見出そうとしているような時代の同調が感じられる。
戦争も震災も、現実に起こった過去の出来事であるが、戦後や震災後といった明確な基準は無く、今でも、まだその事実は続いているのだろう。
変わらざるを得なかった道や失われてしまった命は、今でも残されて生きる者たちの心に刻まれたままなのでしょう。私たちは、そんな中で、これからを生きるという覚悟を抱かなければいけないのだと思います。
変化の時代。変わるからといって、これまでを捨ててしまうわけではありません。失われたしまった命を含め、あったはずの壊されてしまった未来も抱きかかえて、私たちはその変化を受け止めていかなくてはいけない。そして、生き残る者として、これからを豊かな未来へと導かなければいけない。
単なる映像や写真は、その事実を見せているだけ。もちろん、その映像や写真から起こった事実を受けとめ、これからの変革に繋げていくことはしなければいけないでしょう。
でも、このような演劇作品は、その事実と共に、そこにあった人の想いを一緒に見せてくれます。その想いが、起こった事実によってどのように変化し、変わっていく時代の中で、大切に各々の心に刻まれていったのか。
そのことに想いを馳せずに、これからに繋げる変革は無いように感じます。
傷跡は治ってしまえば、もう見えない。でも、怪我をして辛い思いをしたということまで治ってしまうわけではありません。私たちは、治ってしまって見えないその傷跡に込められている本当のその人の痛みを知り、そこから、もう傷を負ったりしないような未来を共に目指していこうという考えを持てたらいいのだろうと感じるような作品でした。

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