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2015年10月25日 (日)

また夜が来る【KOINU】151025

2015年10月25日 カフェスロー大阪 (80分)

一人の女性の人生が終わろうとしている。
今の女性と、過去の女性。そこにいた家族をはじめ、様々な人たち。
そんな人たちが時空の概念を超えて、皆で女性に幸せな想いを抱いて死へと導けるように祈るような話でしょうか。
下記しますが、その時空を超えた表現に、練られた配役や連続性を失わない場転が効いていて、その作りに感動します。
素晴らしい作品でした。

お婆ちゃんの本郷すず。
和室の病室で床に伏している。
ずっと熱が続いている。食事はもう口からはとれない。水は湿らせた脱脂綿かスプレーで口を潤すだけ。まだ寝たきりでは無いが、横臥位には介助が必要、枕などもかまさないといけない。
主治医は、何も言わず、定期的に訪れてはカルテを確認し、すずに触れることも無く、少しだけ見て病室を後にする。
看護士は、明るく元気な人だが、日々の業務が忙しいのだろう、定期的に訪れるもののそんなに話をする機会は無い。
容態は良いとは言えない状況のようだ。
と言っても、そう簡単に逝かせてもらえるわけもなく。そして、そう簡単に死を覚悟することも出来るわけもなく。
また夜が来る。抗うことなど出来るはずもなく、どうしようもないことだと分かっていても、不安や恐れを抱えながら、それに耐えて、残された生を全うしようとしている。

娘と孫が、毎日、見舞いに訪れる。
娘は色々と事情があるのだろう。自宅で介護をしていれば、まだ食べることが出来たかもしれないと悔いの気持ちを心のどこかに残す。それでも、しっかりとやっている。
娘の夫は不器用な人らしく、あまり姿は見せないが、毎日の見舞いに協力的な態度を示す。どうしてこの人と結婚したのだろうなんて思ったこともあるらしいが、改めて、この人で良かったんだと思えるようになったみたい。そう思えるなら良かった。すずのお母さんはそう思えなくて、お父さんの下から去ったのだから。
孫は、すずが年老いた自分が産んだ子供だと言い張るくらいに可愛がられて育てられたみたいだ。すずのお父さんの面影があるからかもしれない。
役者として賞をもらい、正念場を迎えて色々と大変な時期だが、時間が空けばすずに会いに来る。すずの容態が悪化してICUに入った時は、忙しい看護士がきちんとしてくれているのかと、一晩中、睨みをきかせたこともあるみたい。そのせいか、看護士には少し距離を置かれているようだが。
息子が自分の母親であるすずの面倒をしっかり見てくれることに、母はいつも感謝している。息子も母がすずの介護で疲れていないかと心配している。
親子三代。和室で一晩を共にする日も。どこか遠くから電車の音が聞こえてくる。

すずはまどろみの中で思い出す。
父と夜逃げしたのは、生徒代表で答辞を読むことになっていた卒業式間近だった。
琵琶湖から天保山まで。母親はいなかった。
電車の中で築地とかいう、コートにシルクハットという怪しげな男と出会った。赤い靴を履いたお嬢ちゃんなんて言いながら近づいてくるので、人さらいかと思ったけど、自称、演出家なんだとか。自己紹介が芝居ががっていて面白かった。でも、何かいっぱいいっぱいで生きているような気がして、おにぎりを一つあげた。貪り食って、その優しさが心に響いたとかで、一緒に芝居をしようとスカウトされた。女優になったら、大好きなカチューシャの唄とかも歌えるのかな。興味はあったけど、今、夜逃げ中だから。男はいつか気が向いたら会いに来てと片道の電車賃の入った封筒をくれた。
大阪に着いて、本当はすぐに働く予定だったが、大家さんがいい人で、学費を出してくれて、学校に通わせてもらった。家賃もよく滞納したりしていたのに、いいのいいのと家族のような付き合いだった。

病室にかずよさんが訪ねてくる。
近所の人。いい人なんだけど、いわゆる口の軽い人で、すずのことも触れ回っているらしい。
知ってか知らずか、もう食べることのできないすずに色々と料理を作って持って来る。そのほとんどは孫が食べることになる。けっこううまいらしい。それも分かって作っているのかもしれない。
自分の母親の時に、すずにお世話になったらしい。その時、かずよさんは仕事を辞めず、十分に接してあげられなかった。すずへの感謝と共にその時の悔いが、今のかずよさんの行動に繋がっているのだろう。かずよさんはまた何か作って来ると言って、去っていく。
娘がすずにカチューシャの唄を歌う。辛い別れ。その歌詞の部分はハミング。言葉にしてしまえば悲しいから。孫が外で聞いている。すずがこの歌を好きなことはよく知っている。そして、母の気持ちも。孫は母とすずの時間のために少しどこかで時間を潰しに。
主治医がやって来て、娘に合図。別室でかなり容態が悪いことが伝えられる。

すずは熱が下がらないが、看護士に風呂に入れてもらってスッキリする。
女学生時代。けしのちゃんという友達がいた。一緒に部活の朝練。
戦争の足音が確実に近づいている時代だった。
私たちも戦うのかな。不安で怯えるけしのちゃんに、大丈夫、今は自分たちの楽しみをしっかりやっていこう。そして、私がけしのちゃんを守ってあげるから安心してと励ました。
そんな二人も卒業。すずは就職が決まった。けしのちゃんは、看護士になる夢のために学校へ。まだまだ頼りなさを見せるが、明るく元気に、これからの自分の未来に向かって懸命に進んでいる姿は、すずの今の担当の看護師に似ている。
ちょっと贅沢して、ビールとサイダー。
家に帰って、父と一緒に簡単なお祝い。
大家さんもやって来て、皆で乾杯。少し強引なところがあり、自分本位な行動に見えてしまうことがあるが、いつも前向きで力強く、他人の心を読み取る賢さがあり、タイミング良くこうして現れる巧妙なところは、かずよさんっぽい。
すずは気付く。飲んだらダメ。自分は、今、飲み食いができない体になっているから、それをしたら、これは全て夢になってしまう。
気付くと、父は夜逃げすると言って家を出て行く。
けしのちゃんはナースコールが鳴ったからもう行かなくちゃと。
大家さんは、家族以外の面会時間はもう終わりだと去って行く。
一人ぼっちのすず。現実の不安や恐れが、夢の中で交錯したみたい。

目を覚ますと、孫が大きなリュックを背負って、やって来る。このまま授賞式に向かうようだ。
かずよさんの持ってきた食事を見て、またかと呆れながらも、食べる。
もう食べることも飲むことも出来なくなった、すずにその食べる音、一つ一つを聞かせながら。
すずは封筒を渡す。
孫は遠慮しながらもそれを受け取り、出発のため病室を後にする。
病室を出て、その封筒を開けたら、中身は四葉のクローバー。体調がかんばしくないのに、自分のために採取してくれたのだろう。孫はすずのことを大切に想っている。でも、それ以上にすずは、自分のことを大切に想ってくれている。もう一人の母だもの。
母とすれ違い、何かあったらすぐに連絡をと言い残し、走り去る。
母が病室の窓を開ける。すずは雨の音に気付く。孫は傘は大丈夫なのだろうか。
母は窓から走っている息子の姿を見る。大丈夫。傘はちゃんと持っているみたい。
母とすずの二人だけの時間。
母として、娘として。互いにたくさん悔いはあるだろう。でも、そんなことも全て、こうして親子として共に歩んできた喜びに変わる。
母は眠るすずの手を握り、すずへの想いを祈りにする。

主治医が訪ねて来る。
いつものように何も言わずに去ろうとするところにすずは声を掛ける。
先生は私から何かを奪う人、それとも何かを与えてくれる人。意地悪な質問をちょっとだけしたくなったみたい。ずっと話をすることが無かったから。
主治医は、真剣にその質問に答える。
何も出来ないことを知っているから。話してしまったり、触れてしてしまえば、何かをしてあげたくなる。でも、何も出来ない。だから、ずっと耐えている。
その真摯な回答に、すずは安堵を得たようだ。自分もずっと耐えているから。苦しいし怖いし恐ろしい日々。賢くいるように、不安を表に出さないように。
ずっと耐えて隠していた自分の本当の気持ちを言葉にさせてくれた。
先生は演出家みたいだ。あの夜逃げの時に出会った築地さん。偶然にも先生の名前も同じだ。

すずは先生にみんなを呼んで欲しいと伝える。そして、あのコートとシルクハットの姿を見せて、面白かった自己紹介をしてとせがむ。
孫が急いで戻って来る。賞状をもらってきた。見て欲しい。手にしたらそれは卒業証書だ。お父さん、卒業できたよ。
看護士が入ってくる。赤い靴。けしのちゃんが持ってきてくれた。ちゃんと看護士になったんだね。お気に入りだったあの靴を履く。
娘が綺麗な着物を持って部屋に入って来る。卒業式のための正装かな。お母さん、ようやく会えた。着物を受け取り、すずはそれを纏う。
かずよさんもやって来た。今度は何を持ってきてくれたのか。色々とお世話になった大家さん。ありがとう。
主治医は、コートとシルクハットを纏った築地さんとなり、更なる演出を用意してくれている。
着物の袖の中には、あの時もらった築地さんからの封筒。中身は答辞。あの日、読めなかった答辞。すずはこれまでのことを想いながら、そして、これからのことを想いながら、その答辞を読み上げる。
これでようやく、もう夜は来ないだろう。
すずは、人生を卒業する・・・

すずのお父さんと孫、すずのお母さんと娘、築地さんと主治医、けしのちゃんと看護士、大家さんとかずよさんを、各々、同一の役者さんが演じています。
当日チラシには、きちんと相関図も書かれていて、混乱しないように配慮されているようです。
これにより、すずの現実と夢の世界、つまりは現在と過去が、暗転とかは数回あるものの、切り分けて見せるのではなく、巧妙な場転と役の変換により、癒合したような感じで連続的に流れて、すずの人生そのもの、走馬灯の世界に入り込んだような感覚が得られます。
この仕組みがまあ凄くて。
うまく説明できませんが、とにかく感動です。こういうのが、演劇ならではの魅せる力なんでしょうね。

すずの両親、すず、娘、孫という四代の家系の中で、父は孫となり、母は娘となり、また大切な者たちと出会い続けるという感覚。こちらは血筋といった血の感覚もありますが、すずが幼き頃の過去に関わった築地さん、けしのちゃん、大家さんが、恐らくはもう亡くなってしまっているのでしょうが、再び、今、すずと関わる主治医、看護師、かずよさんという大切な人たちと同じようにまた関係を作り上げるという感覚が、想いがいつまでも繋がり続ける人の人生みたいなものを想像させ、そこには生きること、死ぬことへの安堵の念が生まれてくるように感じます。
そんな過去、現在関係なく、一人の女性、すずが死という最大の恐怖の中にいる時に、彼女の中でずっと心残りになっていたのであろう卒業式を皆で演じるという形で、実現させる。そこには人の優しい思いやる気持ち以外は見えず、彼女への感謝、そして幸せだったと思って、生を全うして欲しいという哀しいけれども、真摯で温かい祈りが込められているように思います。
そして、そんな皆の優しさを生み出したのは、すずが出会った皆の想いを受け止め、自分も皆のことを想い続けていたという、想い合うということがなされていたからなのではないでしょうか。

どうしても、今年1月に亡くなった母のことが頭に思い浮かんで、舞台をあまり直視しないような観劇だったように思います。下手側に座っていたので、どうもその下手側の風景が頭に残っており、考える時はそこを観て、たまに中央に目を移すみたいな感じだったのかな。よく分かりませんが、こんなよく分からない観方をしたのは、通算1850本ぐらいになりますが、初めてだと思います。
私にとっては、まだ死ということに直面したくなく、避けたいのかもしれません。
いい機会だったかもしれません。こういう作品を観て、こうしてブログに感想を書けば、自分がまだ何かに囚われていることが何となく分かってきますから。
人が死ぬ時の涙。
私の経験上、母が死ぬ時、その目は潤んでいました。乳がんで、左胸に赤ちゃんの頭ぐらいの腫瘍が出来て、痛くて大変だったのをずっと我慢して数か月を過ごしていたので、ただただ可哀想で、こんなこと今までしたことないですが、ずっと頭をなでていました。
父の時は間に合わなかったので、分かりませんが、妹から聞けば、泣いていたとのことです。泣くのだって筋肉を使います。父はALSだったので、指先1mmも動かせない状態だったのに、最期に泣くことは出来るんだと驚きというか、この病気に対して怒りが込み上げてきたことを覚えています。
まだ死にたくない、怖い夜でもいいから、また明日も朝を迎えたいという苦しみや恐れ。
どうして、死んでしまうのか、まだ自分自身も何かしたいし、家族や友人に何かをしてあげたいのにごめんねという悔しさ。
もうしんどいし、苦しい。もう早く、逝かせて欲しいという心の底から吐き出される覚悟の感情。
色々な感情が複雑に絡んでいるのだとは思います。
でも、死ぬという恐ろしい時間に、最期、色々とあったけど、心残りもまだあるけど、幸せで楽しい人生でしたと思っていて欲しいと願います。

私が流した涙は、ありがとうとごめんなさいの気持ちが高ぶって出てしまったものだったと思っています。共に過ごした時間。家族といえども色々とありますから、本気で殺すぞぐらいのことを思ったことだってありますが、とても大切な幸せな時間でした。たくさん、自分のことを想ってくれてありがとう。それが自分が生きることの大きな力となっているはずです。本当はまだ、怖い夜でもいいから一緒に過ごしたかった。自分がもっと物理的に何かをして、精神的にも絶対的な愛情を注いでいれば、まだ生きようとしてくれたのかな。それが出来なかったことがごめんなさいなのでしょう。
父も母も流した涙が、そんなありがとうとごめんなさいだったらいいのにと思います。私も含めて、人生で出会った人たちと一緒に過ごせた時間が幸せで楽しかったと思ってくれて、謝らなくてもいいけど、やっぱり残された者は辛いんだから、勘弁してねと一言をね。
この作品のすずとその周囲の人たちは、最期にそんな関係を作り上げているように思えるところが、死の切なさや悲しみよりも、そこにある優しい温かみを強く感じさせているように思います。
頭の中の夢の世界を覗けるなら、覗いてみたいものです。私は、人生で出会った誰かと同調していたのかな。ずっと繋がり続けて、最期、息子として、この死の時間にいるんだと思ってくれていたら。
死の悲しみ、苦しみ、恐ろしさを、生の喜び、楽しさで包み込むことがきっと出来る。死の瞬間、亡くなる者にそんな想いを抱かせてあげられるようにできればと思います。

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コメント

ご来場ありがとうございました。
本当に優しく、愛情あふれた作品でした。
ほんとに本当に。
ありがとうございました。

投稿: 秋津ねを | 2015年10月26日 (月) 00時47分

>秋津ねをさん

いつもコメントありがとうございます。

元々、好きな役者さんの一人なのですが、橋本健司さん、やっぱりイメージどおり、優しさを持つ人なんだろうなって思うような作品でした。
ねをさんの役は、やかましい表面の内に潜む、人に見せない優しさが見え隠れして良かったですね。

また、どこかの劇場、舞台で。

投稿: SAISEI | 2015年10月26日 (月) 19時34分

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