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2015年10月17日 (土)

狐憑【maz】151017

2015年10月17日 京都市東山青少年活動センター (60分)

優しく切ない想いが残ります。
生きるということ。
命を長らえるということもあるし、その中で豊かに生を全うしようとすることもある。
衣食住は必要だけど、それだけだろうか。
芸術に触れることで得られる想像の世界。創り出される膨らむ想像の物語に、生きる楽しみがあるのではないか。
そんなことを、命を守ると生きるというバランスに揺れる環境の人々から、人が本当に生きることを見詰めてみるような話。
そこにある優しい人の触れ合いと同時に、甘くない厳しいさも描かれており、それが上記したような想いを心に残したように感じます。

<以下、ネタバレしますので、公演終了まで白字にします。公演は日曜日まで>

0、プロローグ
小さくおぼろげな光の玉が、ゆっくりと沈んでいく。
男は暗闇の水中を上へ向かって泳ぐ。

1、難破
男4人、女1人乗せた船が難破。船は大破したようだ。
5人はどこかの浜辺に流れ着く。
みんな、目を覚ますと、遠くに船が見える。
必死に叫ぶが気付いてはもらえない。

2、定住
島を探索。
井戸を発見。牛も捕まえた。なっている実もけっこういける。植物も栽培。火を起こす。
シチューみたいな食事をみんなで。
各々、役割分担。
先生はリーダー、デックは植物栽培、助手は牛の世話、少女は炊事洗濯、シャクは色々と雑用。
島での生活が始まる。
みんなの表情には喜びが溢れている。

3、デックの死
デックが死んだ。突然。
卒塔婆で弔い。
安らかな死だったのだろうか。
デックの悔いや悲しみが魔物となって島にいるような不安な感情も芽生える。

4、デックの霊
弔いも終わり、悲しみは決して消し去れないが、今は残された者で生きていかなくてはいけない。
シャクは、まだ気持ちの整理ができない模様。
デックがまだいる。いるはずもないデックの姿を見て、追いかけては、消えてしまう。

5、魚の話
シャクも少しずつ気持ちが落ち着く。
井戸で水汲み。魚。まさか。
そうだ。切り絵で魚を。小さな魚とチョウチンアンコウ。
少女は大はしゃぎ。
チョウチンアンコウの大きな口に食べられそうになる小さな魚。
そんな物語を頭に描きながら。

6、男と女の話
少女はすっかりシャクに懐く。
シャクは、少女の切り絵も作る。
懐き過ぎだとちょっと嫉妬する助手。
大丈夫。あなたの切り絵も作った。
男と女。悪い怪物から女を守る男。
想像は膨らむ。想像が妄想になってしまったか、助手は少女に迫って、張り倒されるという厳しい現実を味わう。
皆に笑いがまた戻ってきた。

7、嵐
食料が尽きた。
嵐も襲ってきた、
洞窟みたいなところに避難。
みんなの笑顔が再び消えた。
少女が飢えと疲労で倒れる。
楽しかった時間。少女はシャクに切り絵をせがむ。でも、その手は動かない。もう、精神が疲弊して想像できなくなってしまったのか。

8、エピローグ
小さくおぼろげな光の玉が、ゆっくりと沈んでいく。
シャクは暗闇の水中を上へ向かって泳ぐ。
みんなとの楽しい生活を思い描きながら。笑い合い、美味しい物を食べながら。
男は力尽きる。
暗闇の底へとゆっくり沈んでいく・・・

難破した男の最期に見た一時の夢か。それとも、島で皆との楽しい生活の末に最期に見た夢か。
舞台は両側にちょっとした草木のセットが組まれているが、ほとんど平坦な素舞台。
舞台奥は、白い帯幕が数本。舞台の黒と相まって、葬式の時の鯨幕みたいになって、後ろを役者さんが歩くと白い帯幕には影、黒い闇の中に一瞬、姿を現わすような、光と影の関係をイメージさせるような面白い作り。
プロジェクターの光を用いて、そんな舞台奥に影絵を映し出すシーンもたくさん。切り絵と役者さん自身の身体の一部も利用して、迫力ある、映像が見られる。
映し出されるプロジェクターの光の角度や、小道具の棒の傾きに合わせた役者さんの動き。
これが舞台を拡げたり、縮めたり、傾けたりと、錯覚のような多様な視覚効果を生み出しているよう。
舞台奥の白黒効果もあるのだろうか。
ずっと舞台自体が動いているような感覚で、ちょっと酔った感覚が観終えて残っている。

中島敦の狐憑は読んだこともなく、今、簡単にネットで調べた程度の知識しかない。
憑りつかれたように物語を創る詩人が、周囲の人間を楽しませて人気者となる。でも、それが出来なくなると、彼は皆から排斥されるようになり、やがて、皆が生きていくための犠牲となってしまうみたいな話でいいのかな。
人が生きるために必要なこと。基本的には衣食住と言われるものでしょうか。
無人島で5人の生活なので、皆が生きるために色々なことをこなしていかなくてはいけません。
その中で、シャクはいまひとつ活躍の場に欠けていたようです。
不慮の死で1人がいなくなります。この人は植物栽培をメインとしてしたので、食という点でマイナスとなったことでしょう。
でも、そのマイナスはまだ何となる範囲で、むしろ死を目の当たりにした皆にとって、シャクの楽しい切り絵をはじめ、振る舞いはここで生きるための大きな勇気となったはずです。
衣食住が物理的に確保されていた時、シャクの芸術は皆から歓迎されるものだったようです。
でも、無人島の生活はそれほど甘くない。食はじわじわと脅かされ、いつしか飢えといった形で見えるようになってしまいます。
そして、最後には嵐。住も脅かされる。
そんな中でも、あの楽しかった切り絵をもう一度と迫る少女。
少女に対して、何も出来なくなってしまったシャク。
狐憑と同じように排斥の対象となってしまう。
生きるという中での芸術の存在について考えさせられるような話でしょうか。特に、狐憑の詩人のように語りという文字などの形としては残されないものと、今回の公演のようにDVDとかはあるにしても、マイムをはじめ、その時の記憶だけである演劇のような芸術が、人に忘れ去られることなく、不変的に心に残ることがどういうことなのかに想いを馳せているような気がします。

食べ物や衣服、住居は生きるために必要なこと。
これはきっと、生命を維持するという物理的な意味合いですね。
生きるため、豊かに生きるためには、まだ何かがいるでしょう。
それは、この作品を観て感じたことですが、想像する楽しみを得ることのように思います。
芸術は、もちろん食べ物のように観ても腹は膨れませんし、生命維持や生活という点では不要という判断なのかもしれません。そんな考えをする人で有名な人いますね。
でも、芸術に触れることで、私たちはそこから想像を膨らませ、様々な感情を得る。時には悲しみ、時には喜び、時には怒りと。
これが生きるってことの楽しみにも繋がっているように感じます。
想像出来なくなったら死ぬ。
少女がシャクからもらった切り絵から、物語を空想する。この瞬間、少女は生活をする日々から、生きる日々へと変わったように思います。
そんな姿を見て、周囲も色々な想像をはじめ、生活だけに囚われず、豊かに生きる楽しみを見出した。
でも、この作品の厳しさは、だからといって、生活するということは、命を持つ以上、捨て去ることが出来ないことも突き付けています。その生活が脅かされれば、生きることも出来なくなることを。
命を営むことに必死になり、もう皆は想像できなくなります。
シャクが最期に創った物語。皆で楽しく笑顔で過ごせる時間。それが消え去ったのと同時に、彼の命も消滅したという切なさが残ります。

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コメント

SAISEI様

ここはホームページがスマホからうまく観られず切りました。明日は四方香菜プロデュースに行きます。

投稿: KAISEI | 2015年10月17日 (土) 23時23分

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