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2015年10月 3日 (土)

Lobby【VOGA】151001

2015年10月01日 京都・マスギビル 地階特設舞台 (125分)

空間芸術というのか、どこかに連れて行かれてしまったかのような感覚を抱きながら、まるで浮遊しているような状態での観劇。
その美しい空間は、観ないと分からないでしょう。とても言葉で説明できるものではありません。
ある老婆の人生を、ビルの階層の記憶として振り返る物語。
そこに、人が生きて、残していく尊き想いが感じられるような作品かと思います。

<以下、一応ネタバレにご注意ください。公演期間が長いのと、話の内容がどうこうという作品ではないと思うので白字にはしておりません。公演は12日まで>

1929年に完成した市川ビルディング。地下1階と地上4階建。
車椅子の老婆、市川が住む。
ビルと同じ歳。ビルが自分そのものと言っていいくらいに、人生を共にしてきた。
窓枠が十字架に映る。窓を開けると世間の風。黄昏の時。
ずっと傍にいてくれる大野と一緒にその時間を過ごす。
明日は、不動産会社がやって来る。買収の件。
ひっそりと誰にも気付かれないかのように立っていた市川ビルディング。発見されたような感じが、身を隠して、世間の風に当たらなかった自分に気付く人が現れたような感覚を得る。

1F。
新入りの男が目を覚ます。大勢の人がいる。ここはビル世間。自分がなぜここにいるのか、誰なのかは分からない。でも、知らぬ間にけっこう溶け込んでいる。
これは架空世界の姿みたい。
現実は、車椅子の老婆、大野、そして不動産会社の3人組がいる。
本社のエリートらしい永井は金の対象としてのみビルを見ている。悪どい手を使ってでも契約を取る目的を果たすことが大事だと考える。
有田はその永井に馬鹿にされている。もちろん、契約を取ることが仕事なのだから大事なことではある。でも、相手のことを考えて、それに寄り添うことをついしてしまうような実直な感じ。当時が刻まれたこのビルを気に入っている。
柳原は、有田と同じく、永井から厳しくダメ出しをされている。女性という立場もあるのか、有田に好意を寄せながらも、永井の手腕も認めているような感じ。
外観だけでは分からないはず。老婆の提案で、3人はエレベーターに乗って部屋を内覧することに。

2F。
安保反対の若者たちのことを知りたいと資本論を勉強する知的な市川という女性と出会う。
3F。
師範学校に行かせてもらったというハイカラな女性。市川というらしい。大人が信頼できず、社会に出る勇気がでない様子
4F
若い女学生が出征する男を見送っている。女学生の名は市川。親から決められた許婚。でも、私を離さないでと女学生は涙を見せる。
RF
空には宇宙が拡がる。全てを生み出した源。生命の海とも言える世界。
3人は時空を超える旅へと導かれたようだ。

父、事業失敗。自らの生命保険で妻と娘を伯父に託す。伯父は社長に。
この日から、伯父は世界各国を飛び回る。娘をいつかハルピンにと約束して。
しかし、この死には、実は伯父が絡んでいたことを妻が知る。伯父は兄に邪魔されずに、自らの経営をしてみたかったようだ。
母は、人を信じるなという言葉を残して家を出る。
娘は師範学校に通わしてもらい、教員免許を。
でも、社会に出ず、だらだらと。
出会ったバイク乗り。大野という男。カミナリ族。でも、彼の優しい性格に好意を寄せる。
そして、社会に出る勇気をもらう。
安泰の生活から世間の風が当たる日々。ソーシャルノイズが吹きつけてくる。
20年の教員生活。最後の卒業生に訓示。
目覚める時。社会はあなたたちを従順でいさせようとする。幸せを追求する一人の人間であることを頭の片隅に。

命は白黒はっきりしている。
その命に無責任な社会。
忘れることは死ぬこと。ビルや老婆のように。
B1F。
過去の記憶、父の死。迫る自らの死。時を超えて、老婆は父とさよならを交わす。

老婆は過去の自分と対面。
ハルピンへ。
伯父と母が現れ、父の死の真実を今になって知る。嘘であって欲しい。しかし、この世の全ては嘘ではない。
ビル世間の人たち。
自分が何者なのかを問う男。
老婆は語る。世間の風に当たって自分が何者かになる。
大野が傍に寄り添う。他人の痛みを分かるかという質問。その答えはあなたの痛みを知れる。あなたを離さない。満面の笑みを浮かべる老婆。
戻ってきた三人。
ようこそ私のロビーへ。老婆が歓迎する。

ある老婆の生涯を、あるビルと一緒に追った話。
視点が細胞のミクロから、宇宙のマクロまで目まぐるしく変化する。
そんな物理的な空間の変化と共に、時間軸も変化する。
いつの間にか、どこを彷徨っているのか。
天井も低く、狭苦しいビルの小さな地下が、美しく彩られた、無限に拡がると思わせるような空間へと変わる。
言葉にすると大袈裟になってしまうが、本当に宇宙空間へ放り出された無限の感覚や、まるで羊水の中に浮かんでいるような懐かしい感覚、今、老婆の心の中に潜り込んでいると思わせるような不可思議で優しい感覚が得られる。

生まれて、人生の時を過ごすに連れて、自分のビルの階が積み上がっていき、やがては天に召される。
そのイメージとは逆に、宇宙を全ての始まり、生命の海のような感覚で捉えるのか、天から授かる命が一つ一つのビルに降り立つような感じ。
そこで世間の風にさらされながら、自らのビルの中身を作り上げていく。外観は生まれた当時の時代が刻み込まれる。塗り替えなどがあっても、誕生した時の壁は層の始まりとして残る。
この考えだと、ビルの高さや大きさなどは初めから決まっているということになる。これは、仏教だったか、人の人生は色々な選択肢の繰り返しで進むようだが、実はどういう選択をしてどうなるかという未来は決まっているといった考えに繋がるように感じる。だから、適当に生きていいのではなく、だからこそ、今を懸命に生き、その結果がどうであることを気にやむ必要は無いという安堵を得るような考えだと理解しているが、この作品の老婆の人生、このビルからもどこかそんな優しい安心感が得られる。

そして、こうして命を得たという責任だろうか。自らであるビルのオーナーであるように。
容易く人に委ねてしまってはいけないし、更地にするのは生を全うしてからの話。
孤独で人は生きていけない。それはビルも同じか。
善人、悪人、時には真の姿とは逆の顔をした人と出会ったりするだろうが、それも、自分に、ビルに気付いて接してくれる、自分の人生を彩る大切な存在だという善意的な考えも見えてくる。
その中でも、老婆の傍にずっと共にいた大野の存在が、最期の生きた証として残っているようだ。
善人な顔をした悪人 永井。伯父。
悪人の顔を時にはしないといけない実直な有田。父。
生きる中で、表の顔と裏の顔の存在を知り、生きるためにそれを受け止める柳原。母。
老婆が人生初期で関わる人たちと、今、最期の時が近づき出会う不動産会社の人たちが同調するように描かれており、そんな様々な人たちから受けた風が自分をビルを成長させたことを思わせる。

ビル世間の人たちは何なんだろうか。今の若者の象徴だろうか。コロスという役名が与えられているが、老婆をはじめ登場人物たちと関わり合う世間の人々の象徴か。
ここはどこか、自分は何者かと彷徨う中で、その答えは関わりの中で見出していく。抽象的な存在であった彼らが、この作品の終わりに、一つの何者かにまで育ったような印象を受けるのは、こうして人は何者かになるということをメタみたいな形で見せているのか。
自分の生き方を若い者たちに伝え教えているような感じもある。
繋げていく生。失ってはいけない、安易に捨ててはいけない生。
失うことは死でしかないので、守り続けないといけない。
自分の幸せ、人を迎え入れられる素敵なビルであるために。
老婆が死に、このビルが更地になっても、そこに新たに生み出される命とビルは、その想いを抱き続ける。
その繋がり、繰り返しが今の社会、世間を創り上げていることを考えさせられるような感覚が残る。

あとは、作品の中に、赤いドレスを纏った美しい3人組の女性が登場して、舞台空間をそのまま美しく彩っている。
口をポカーンと開けて見惚れるくらいにその姿は本当に神秘的なまでに美しさを醸す。
百目女という役名が与えられているが、結局、何かはよく分からない。
老婆の心の中を描写してはいるが、それだけにおさまらない。
途中、何となく、幼くして亡くなった童のような者の化身が、生を歩む私たちにその尊さを、死の悲しみを感じさせるような存在かと見ていたが、これもまたそんな考えの枠を超えた何かを感じさせられる。

色々と分からない表現部分は多いが、それらの全てが美しい目の前の空間というものに覆われてしまい、そのまま感覚的に観て楽しめるような作りになっているみたい。
終わって元に戻ってしまった狭い地下の空間。
観た私だけにまだ見えるここにあった風景。それがきっと人の生きた証というものの残存する想いを意識できているのだと感じる。

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コメント

時間違いでしたか(笑)美しい空間を作られてましたね。空調が悪いのが難点でしたが(笑)スタッフの応対も良かったです。

本筋は簡単な話なのですが附属の話がよくわからないこともありました。脚本の方が膨大な知識量をお持ちとのこと。旧約聖書のヨブなんて普通の日本人知らないですよ(笑)

投稿: KAISEI | 2015年10月 4日 (日) 13時17分

>KAISEIさん

あれだけの空間を創り上げる力は本当に感動的だと思います。

もう一度観に伺うつもりです。
旧約聖書ヨブは、実はよぶという作品を昨年拝見しており、生きるということの考えがどこか通じているような気がしており、今度はそんなところも頭に置きながら美しい空間に身を委ねてみようかなと。

投稿: SAISEI | 2015年10月 6日 (火) 14時46分

SAISEI様

そうですね。映像的なものはあれくらいがちょうど良くて演技を邪魔せずより良く魅せていたと思います。舞台美術にも工夫が見られ映像・舞台美術・演技が見事に融合していました。

今回は維新派の『トワイライト』でしたっけ? は行かれなかったんですね。

投稿: KAISEI | 2015年10月 7日 (水) 00時06分

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