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2015年10月24日 (土)

カミナズム【彗星マジック】151023

2015年10月23日 シアトリカル應典院 (100分)

難解で神経質な、神仏やら宗教やら天皇やらがテーマに盛り込まれた話。
人と神仏はどのような関係であり、それが今、どうなっているのか。
神仏に対して敬愛、崇拝、畏怖の念が薄れ、もはや存在を否定するような私たちに、神仏はどのような言葉を投げかけられるのか。
そこに、自己本位では無く、互いに想いを尊重し合って、共に豊かな成長を遂げていこうとする人と神仏の在り方が見い出せるような感じだろうか。
圧迫される重さがあるものの、熱の籠った、真摯な姿を魅せる役者さん方の熱演が、逆に軽快で、重苦しさを受け止め、素直に人間、神仏の言葉に耳を傾けようという気持ちになる。

<以下、ネタバレしますので、公演終了まで白字にします。公演は日曜日まで>

第二次世界大戦後、神であった裕仁親王は人間となり、昭和の激動の時代を迎える。その昭和は、今も続き、天皇陛下が昏睡状態に陥られたことにより、昭和の終わりを迎えようとしている架空の日本。

神祀省の大臣、大国は、部下である青沼の報告を受けてイラだっている。
ある村で神隠しが起こった。
放置すると、自分の立場が危ぶまれることを恐れ、大国は対応に乗り出す。
何か良からぬことが起こると人はすぐに、神や仏の仕業だと畏れる。時代が違う。神を敬い、畏れてきた私たちに、神や仏は何かをしてくれたか。見えぬものに、もう人は囚われない。
神祀省の考えは、神を祀ることではなく、もはや神や仏を人間の生活から遠ざけようとしているようだ。
大国は、管轄する出雲大社で不思議な女絵師、大黒とその弟子である小山上と出会う。地下にある神仏の絵を描いているところを捕まえた。
しかし、大黒の描いた絵に不思議な力があることを知り、これを利用するべく、神隠しの対応に連れて行くことに。
大黒の描いた絵を破ると、その本体にも影響するらしい。
大黒は人に見えないものが見える。彼女にはずっと名無しという自分が何者なのかが分からぬ男が憑りついている。

神隠しの村にやって来ると、一人の女、桜川が神に会わせて欲しいと椿という女性に迫っている。
椿は神隠しにあい、10年の時を経て、記憶を失いながらも、この世に戻って来たという女性。桜川は、子供が神にさらわれたので、神の世界に連れて行ってくれとせがんでいる様子。
桜川は大国に説明する。奇妙な歌が聞こえてきて、いつの間にか子供が消えていたと。
しかし、桜川の子供の神隠しは嘘だったようだ。
戻って来たら、村は廃村。あの氧氣命がいた祠も潰れている。帰る場所を失った氧氣命は今でもこの世を彷徨い歩いている。氧氣命に会いたい。その想いが彼女に嘘をつかせたようだ。
桜川は、この村の地蔵尊、氧氣命と幼き頃から話していた。互いに見えていた。通じていた。
桃をお供えして、色々な相談をした。やがて、都会から遊びに来ていた彼氏が出来て、妊娠。子供を産むことを決意するものの、親に厳しく反対。氧氣命の導きで村を去り、都会に出ることに。
大国は桜川と氧氣命が通じ合っていたことを否定する。人と神仏は繋がり合えない。都会に出たのも自分の意志。都合よく、神仏のおかげのようにしているだけだと。
しかし、桜川と氧氣命は互いに姿が見えぬものの、その姿を見出し、互いに抱き締め合う。確かに通じ合ってなどいなかったのかもしれない。ただ、互いの孤独を分かち合う存在だったのかもしれない。それでも、私たちは常に一緒にいた。
大黒は、そんな二人の姿を見る。そして、二人を描く。その描かれた絵の姿を互いに見て、二人は見え合う存在となった。
大国は、その絵を破り捨て、氧氣命を亡き者とし、全ての神隠しの罪を背負わせる。

自分の絵に疑心を抱き始めた大黒。
自分の飼っていた猫が死んだ時。彼女は、猫が生きている時と変わらぬ姿でいることを、絵に描いてくれた。自分には見えないものを見て、それを愛を持って描く彼女に憧れて弟子入りした小山内。
名無しと小山上はその力を信じ、愛が込められたその絵は素敵だと断言する。
テレビでは、神祀省の管轄で、番組が組まれている。
神の使いである奉天明王が、悪しき心で汚れた者を浄化する様子を映し出す。これで神を敬おうという意図は無い。単なるバラエティーの一つのような存在であり、敬い畏れる対象では無いことを世に知らしめようとしているみたい。
青沼は、椿に自分が神隠しにあった時のことを語らせる。鹿の面をつけたような神の監視下で小さな部屋に監禁。隣では、同じように監禁された者の叫び声。死にたくない。必死に願い、自らの血で鳥居の絵を壁に描いて、そこにぶつかるように抜け出ようとして、気付くと記憶を無くしてこの世に戻って来た。神祀省の方々のおかげで、その記憶を蘇らせることができたのだと。
これにより、神は人を家畜のように扱う存在だと大国は提言する。
神仏は人のためにならず。奉天明王を殺害することで、世に神仏は不在であることを世に知らしめる。

椿が語った内容は、実は青沼の過去の経験。
青沼こそ、本当に神隠しにあって、人生の数年を神に囚われていた。
大国は椿の神隠しに何らかの秘密があることを疑う。
その事実は、椿は変質者により暴行を受け、その男を殺害していた。
男が歌っていた歌。桜川が子供をさらわれたと言っていた時の歌と同じ。
名前は命。
私たち人間が言葉を持ち、その見えぬ神に名前をつけて、見える存在にした。大国は、国民から神の名前を募る。
そして、それを破き捨てる。
青沼は、自分が囚われていた時の神を殺す。
神殺しが始まる。
しかし、奉天明王は復活する。自己としての存在。他から想われることでの存在。人間が消したのは後者であり、神はそこにずっといるということだろうか。
悪しき心で穢れた神祀省の者たちに罰を与える。

名無しは、その人間たちの姿にひどく悲しむ。
そして、自らの存在に気付く。
そして、全てのものたちに語りかける。
神であり、人間となった自分。神であると宣言はしなかった。でも、否定もしなかった。
人間も、自分たちのためだけに神を祀り上げた。
人間になり、人々は何に心の拠り処を求めたのか。
人間も神も、孤独や悲しみを分かち合い、互いに存在できる、共存の道を・・・

難しい話です。
思想や宗教も絡んでいて。天皇とか繊細な問題もあるし。
深刻な話ですが、終始、軽快なバックミュージック、時折、組み込まれる笑い、役者さんの真摯な熱演の影響か、漠然とした不安感を煽られるものの、舞台で起こる話を素直に受け入れて、心の重みが軽減されたかのように話は展開します。

日本には、自然に八百万の神や、宗教関係なく、身近に仏様がいて、生活を共に過ごしていたような感覚があると思います。
科学の発展により、自然が損なわれてきたからでしょうか、確かに神仏はどこか遠い存在になっているような気はします。
神仏を祀る祭りとかでも、神ありきなのか、祭りありきなのか分からないようなことも多い。
とにかく、自分たちの都合がよくなるために、存在しておいてくれないと困るみたいな感じでしょうか。その最たる例が、天皇を神として、日本の国を一つの考えに集約して、誤った道へと進んだ日本の経験があるのかもしれません。

信じるものが無くなった世界。
見えない。見えないから、存在しないと否定する。本当は、そこにあるかもしれないと肯定することも出来るのに、まず否定から入ることが多くなったような気がします。
それが、抽象的な存在の神仏を敬ったり、畏れたりすることが無くなり、さらにはその存在を疎むようになったことに原因の一つがあるのなら、私たちは神であり、人でもある名無しの男のこれからの日本の在り方、皆の生き方を語る言葉に耳を傾ける必要があるように感じます。
神仏は私たちを守護するのではなく、その慈悲の姿から、多くを学び、人間が生きるという修行の中で豊かな成長を遂げるためにそこにいる。それは、いつしか、人間を神へと変え、新たな人たちの教えとなるような循環する共存共栄の希望あるような人と神の在り方みたいなことを考えさせられる話だったように思います。

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