詠人不知のマリア(再)【劇団ほどよし】151004
2015年10月04日 芸術創造館 (100分)
知り合いの観劇仲間から、初演は絶賛と伺っており、今回もTwitterなどで同様の感想が並ぶ。
今週も公演激戦で、この作品だってそうなのだが、どうしても観ておきたい作品があり、諦めていた。
何とか観に行きたいという思いが通じたのか、当日券で駆け込めることに。
観終えた今、観ておいて本当に良かったということしかない。
何もかもが闇へと通じているとしか思えないような環境で、覚悟を持って生きる人の力強さと共に、そこにある優しい心が狂おしいほどに尊く見えてくる。
人は弱いし、醜いし、汚いし。でも、人はそれ以上に美しい存在であることを感じる作品だった。
ベテラン刑事、佐久間は、まだちょっとしっかりしていない部下の寺田を連れて、神戸へ向かってる。
東京より、大阪の方が涼しいなんて言われていたが、とてつもなく暑い夏の日。
これから、おばちゃんと呼ばれる人を訪ねる。
彼女から一本の電話があった。昔、行方不明になった石原という刑事に関して話したいことがあると。
訪ねた先に、おばちゃんはいた。かよという名前らしい。しかし、ただ、同じことを繰り返しているだけで何を言っているのか分からない。狂人という言葉を使わざるを得ない。時折、富士という言葉が出てくるが、あの富士山のことだろうか。
そして、そんな訳の分からない言葉が繰り返される中で、おばちゃんは、私、私たちが石原という刑事を殺したと発言する。
おばちゃんの身の回りの世話をしているという時子という女性の協力を仰ぎながら、その真相に迫っていく。
話は昭和23年に遡る。
戦争で父を亡くし、その後、母も病気で亡くした三姉妹は、母と親しかった静岡の男の家でお世話になる。
かよ、さき、ちずる。
三姉妹はその家を逃げだす。男の三姉妹を見る好色の目。かよは、さきとちずるを守るために、その男に体を許していた。でも、それも限界に近い。あの男の手は、いつか妹たちにまで及ぶ。
夜中、森の中を彷徨う。空も周囲も闇。もう少し、進めば列車に乗れる。それで、大阪、堺の親戚の家を頼るつもり。
夜が明ける。目の前にぼんやりと見える。闇だと思っていた空は、富士山だった。その得体の知れない恐怖に心を震わせながら、三姉妹は列車までたどり着く。
列車の中で、かよは死んだ。破傷風。妹たちを救うためにずっと黙っていたらしい。
たどり着いた親戚の家。
しかし、そこは度重なる空襲で空き家になっており、あかねという妙齢の女性と、きよとやえという同じ年頃の少女が住み着いていた。
ここは自分たちの家だという主張が通るわけもない。
さきとちずるは、このあかねという女性にお世話になる形で居候の身となる。
家には色々な男が出入りしている。
博打ばかりをしているクズ男、寛治。私利私欲を満たすために自らの利権を好きなように使う刑事、石原。
ここはそういうところだ。この時代、女が生きていくために出来ることは。
さきは職を探す。
しかし、見つかるわけもなく。たとえ見つかっても十分な給金はもらえない。
さきはかよの亡霊を目にする。ちずるを守らないといけない。
さきは、あかねに言われ、寛治に無理やり抱かれる。
刑事の石原は、ちずるを狙っている。その目を離すためにさきは、石原にも抱かれる。
また、あの時の富士山を見る日を得るために。
ちずるは、薄々、さきがしていることに気付いていたが、どうすることも出来ない。
家にいたくない。
そんな中、人探しをしている兵隊さん、中島と出会う。
その手伝いをするということで、毎日の時間を過ごす。
中島は、戦友が病気で死んでしまい、その貯めていたお金を戦友の母に渡そうと探しているらしい。自分の母は千葉にいる。でも、帰るのが怖い。死んでしまっていたら。そんな事実を知ることを恐れる。
ちずるは、千葉なら途中で富士山が見えると、私たちを連れ出して欲しいと願う。戦友のお金を自分のものにすることになる。でも、中島はちずるに好意を持っている様子。
少し、考えさせて欲しいとその場を後にする。
この家でしていることが赤線の女たちに見つかる。
赤線を仕切る女は、借金を盾に寛治を言いくるめ、あかねたちを襲う。
殴られるあかね。女たちは全て赤線で面倒を見る。ただ、この歳いったあかねは要らないと始末しようとする。
でも、その前にさきは立ちはだかる。寛治の暴力にも屈しない。
赤線を仕切る女は、さきの胸ぐらを掴んだ時、その体に酷い折檻跡があることに気付く。恐らくは男たちにやられたのだろう。
生きるため。それは自分たちも同じ。その覚悟の強さに圧倒されたのか、この場は手を引く。
それでも、もう商売は出来ない。
みんなで、富士山を見よう。女たちは涙ながら、そう決意する。
きよは妊娠しているみたい。赤ちゃんと一緒に富士山を見る。私たちは色々なものを捨てて生きてきた。でも、この授かった命のように大切なものも手に入れている。自分たちの生きる誇りを確認するかのように、女たちは自分の未来を見つめる。
そのためにはお金がいる。たくさん男を相手しないと。もはや人格が崩壊してしまったさきはうつろな目でそうつぶやく。その姿をちずるは目に焼き付け、自分がさきを守る覚悟を持つ。
ちずるは中島と会う。
中島の母から手紙が届いたらしい。今は神戸に身を寄せているらしい。
中島はちずるに一緒になって欲しいと言う。
ちずるは、それを了承し、女にして欲しいと、家に連れて行く。
そこで、皆が中島を襲う。お金のため。
息絶えた中島。
そこに石原が現れる。
隠そうとする女たちに暴力を振るい、中島の死体を見つける。きよはその暴力で流産した様子。泣きながら横たわっている。
この人が暴れたから、抑えようとしたらこうなったと言い訳しても、石原は、目をつむってくれない。
家畜なんだから、暴れても我慢すればいい。家畜どもの鬼畜な行為。
この言葉に、やえは石原を金づちで殴りつける。叫び逃げ惑う石原。あかねはトドメを刺すと奥の部屋に。さきとちずるに必ず富士山を見ろと言葉を残して。
さきとちずるはその場を必死に逃げる。でも、なぜか警察が配備されており、列車に乗ることはできなかった。
その後、お金は底を尽き、戸籍上では、さきは病死したとなっている。
刑事たちと、おばちゃんと時子が新幹線に乗っている。
東京の本署で事情を聞くため。
大阪、堺の今は荒れ果てたその家で、確かに白骨死体が発見された。
おばちゃんは富士山が見たいとただ繰り返している。時子は天気が良ければきっと見れると答える。
佐久間はしばらく黙っていたが口を開く。
時子に向かって。あなたの本当を教えて欲しい。おばちゃんが警察に連絡するとは思えない。
時子は答える。富士山をおばちゃんに見せたかったから。
だったら、あなたが連れて行けば良かったはず。
時子は全てに疲れたことを話す。ずっと、ずっと逃げて、心に闇を抱え続けること。そして、お姉ちゃんの面倒をみることにも。
新幹線は東京へ向かって走っている。天気は良好。
きっと、富士山がもうすぐ姿を現すだろう・・・
少女たちの生きる姿は、本当に残酷だ。先に希望の光など何も見えない。少し見えても、それは周囲によってすぐにかき消される。救いようの無い辛さだ。
その中で、人の弱さ、醜さ、汚さが浮き上がる。でも、同時に狂おしいまでの人としての優しさも見えてくる。
生きるために、大切な人のために、身を削って何かを捨てた人たち。
そんな人たちが手に入れたのは何だったのだろうか。
金でも自由でもなく、ただ、人を想う気持ちがそこにあることだけだったように感じる。
人は一人の力で生きていくことなど出来ない弱い存在なのでしょう。だからこそ、人を求め、人に求められる。そこに想い合いが生まれる。
それは尊きことであるが、そうして生きる覚悟はあまりにも悲しい。
あの静岡から逃げた時から、ずっと闇の中にいたのだろうか。
闇ではなく、澄んだ心で富士を見たかったのか。
見せてあげたいと心から願う。
もう闇を抱えないですむ、落ち着いた清澄な心、澄み切った空の下で。
私たちは彼女たちを罰せられるのだろうか。罪なきマリアたちに、罪を与えられるのか。
大切な人を想い、自らを犠牲にする愛の精神を持つ人間。本来、人が持つこの清らかな尊さを汚すものは何なのか。
それが人が同時に持つ醜き精神ならば、それを露出させる必然性を生み出す環境を作る私たち自身こそ罪深きものなのかと感じる。
生に覚悟を持って向き合う人たちに、自分が言える言葉は少ない。彼女たちの犯した罪から、背を向けることなく、そこにあった人への想いを汲み取ることが、豊かに生きるための原点になるのではないか。
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コメント
SALEIさん、ご来場いただき
ありがとうございました!
投稿: 村上琴美 | 2015年10月 5日 (月) 19時32分
SAISEI様
昨日はまさかのABCでどうも(笑)
ほどよし公演良かったですね。普段観ないタイプの公演ということもあったのかわかりませんが観に行って良かった、と感じました。
投稿: KAISEI | 2015年10月 6日 (火) 01時47分
すみません!打刻ミスで
SAISEIがLになってしまってます
失礼いたしました。
投稿: 村上琴美 | 2015年10月 6日 (火) 10時55分
>村上琴美さん
コメントありがとうございます。
お疲れ様でした。
作品に向き合う役者さん方はじめ、関わる方々は心削られるような厳しい作品だったでしょうね。
生きること。その厳しさへの覚悟は救いようが無いくらいに闇ですが、同時に見える人の持つ優しさを光にしたいという祈りを感じます。
当日券でしたが、知り合いの役者さんを尋ねられたので、まだ一度も直接お話ししていませんが、村上さんの名前を挙げました。
また、どこかでご挨拶させていただきます。
今後も益々ご活躍ください。
投稿: SAISEI | 2015年10月 6日 (火) 14時31分
>KAISEIさん
まだ、ほどよし合衆国と名乗っている頃から、ちょこちょこ拝見していますが、様々なジャンルの作品を公演される中で、一つ一つ皆さんが成長していることを強く感じさせる劇団だと思います。
これからも、じっくり見守っていきたいですね。
投稿: SAISEI | 2015年10月 6日 (火) 14時33分
SAISEIさんだったんですね!
村上チケットが1枚増えてて
この方はどなただろうと思っていたんです。
ありがとうございました!!
次回お話できるのを
楽しみにしています!!
投稿: 村上琴美 | 2015年10月 6日 (火) 15時47分