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2015年9月14日 (月)

ピンク地底人 開墾の番外公演【ピンク地底人】150914

2015年09月14日 ライト商會
             (聖!アラサー小学校 : 75分)
             (蝉の泣き止む、その頃に : 40分)

久しぶりのピンク地底人の公演。
今回は二本立てで、いつもの3号さんが作演の本公演とは異なり、2号さんと5号さんの作演の作品となっている。
お二人とも、役者さんとしては、これまでにも拝見しており、何となくイメージどおりの作品として出来上がっているようだった。
2号さんは、コミカルと狂気を交錯させて、厳しい現実の中にある光を毒を持って描くような感じ。
5号さんは、不器用、朴訥みたいな空気を醸しながら、そこにある優しい愛を淡く描くような感じ。
ただ、ベースには、これまでの作品と同じようなところがあるように感じられる。
一緒に生きている家族や友達。そんな人たちと共に歩む中で、厳しい現実の終着場所みたいな行き詰まりに陥る者が、出口を見つけ新しい道を導き出しているような感覚が残る。

・聖!アラサー小学校

秘密基地に集まる、ランドセルを背負ったアラサー女子たち。
過去の記憶を塗り替えでもしているのか、隙間を今になって埋めて、正当化でもしているのか。
大人がいれば、相対的な視点で自分たちの異常性に気付くのだろうが、そんな感じのおかしな人たちが5人も集まっているので、その閉じた世界で異常は打ち消されてしまっているかのようだ。
隊長は、クラスでは無視されている寂しい子だが、ここではみんなで何かでかいことをしたいと意気込んでいる。自分はこんなもんではないといきがるが、周囲の人は、自分が思っているほど自分のことを認めてくれていない。
伊藤は、四足動物の犬に想いを馳せ、新しい二足歩行の可能性を探求する。理屈っぽいところがあり、それで自分の可能性を狭めているような生き方。言いたいことをはっきり言える人に憧れを抱いているのも、そんな自分への自信の無さの表れか。
みどりは、内職で造花作り。貧乏だから。それも全て社会が悪い。必ずしも努力が実を結ぶわけではない不条理な現実を感じ取っている。先生との肉体関係もあり、いずれはここを去ることを考えている。
てぃあらは、ちんぽを生やそうと日々実るはずもない努力をし続ける、自称、天才。先生の話が長く、おもらしをしてしまったりするが、それも無かったことにするような現実逃避を繰り返している。
棒棒鶏は、いじめられっ子。同じクラスで無視される隊長に親近感を持っており、彼女に付きまとう。彼女に喜んでもらい、友達になれれば、自分の立場に変化があると思っているのか。考えること、行動が全て、誰かを通じて、自分の満足に結びつくような打算的なところが見える。

そんな分かち合えてはいないような5人だが、この閉鎖空間では、互いに相手を見て安堵を得て、自分を正当化するような関係が成立しているみたい。
そんな中、共通の敵が浮き上がる。
先生。
自分たちを抑え込む、現実を見せようとするのが、この大人であるとばかりに、殺害計画を立てる。
灯油をばらまき、火をつけようとしているところ、先生に見つかる。
てぃあらは逃げ出し、隊長と棒棒鶏は捕まる。
二人は、クラスでも浮いている存在。こういうことをする可能性は十分に考えられ、先生も疑うことなく犯人扱いして、親に通告。
隊長は、祖父と見たカニザレスのボクシングの試合を思い出す。
序盤、相手に徹底的に打ち込まれる。それでも、彼は冷静だった。
追い詰められたコーナーで、反射的に、彼の長年の蓄積してきた知性と力をもって、会心のカウンターパンチを繰り出し、勝利を得る。
隊長は気付くと、椅子を振り下ろしていた。

みどりは、学校を去ることにした。身重の体で、これまで造花作りくらいしかしていないので、まともに働けはしないけど、働くしかないようだ。
てぃあらは、慰めが、想いにまで発展したのか先生といい仲になっているみたい。
棒棒鶏は、何もなかったかのようにふるまう伊藤に嫌悪を示す。
伊藤は、これから先のことを考えると、何も出来なくなるのか、思考も動きも止めて停止している。
みどりは、そんな伊藤に造花をかぶせ、自分も箱の中の造花をかぶる。
床に散らばる大量の造花・・・

みんな変わりたいと願っているのだろうか。
自己否定しているような人たちが集まる。自分は、今はこんなだけど、秘めているものはあるはず。それが爆発するような環境、周囲の人たちの許容があれば、きっと自分は変わり、本当の自分として羽ばたける。本当は妄想的な自己肯定に繋がっているような自己否定かもしれない。
小学生の頃はそんなのでも、まだ見ぬ輝く未来が待ち構えているという感覚だからいいのだろう。でも、アラサーになれば、それが見えなくなる。 出来る努力も限られてくる。
現実はいくらでも押し寄せて来るし、少女は大人の女性となり、性も確立する。
秘密基地にいることが許されるのは子供の時だけだ。大人は、秘密基地からは出ないといけない。
存在すれば、戻ってきてしまいそうだから、燃やして消滅させてしまおうと、破壊的な行動に移しても、それもまた現実は許さない。
あくまで、自分の足で、この閉鎖空間から踏み出して外に出ないといけないようだ。成長というのはそういうことなのだろう。
結局、自分たちはここに閉じこもり、何をしていたのか。自分たちを見詰めてくれて、応援してくれていた人はいたのだろうか。傷を舐め合うように、互いを認めるふりをして、自分自身が大丈夫だと安堵を得ていただけのように感じる。
それでも、それなりに自分たちなりに悩み苦しみながら頑張ってきた。せめてもの花向けに、造花がかけられる。
この閉じこもった秘密基地が偽りであることを皮肉に表すように、その造花は床を埋め尽くす。
半ば強制的に外に出されてしまう女性たちの姿が切なく、辛い。
それでも、ランドセルを下ろし、本当に卒業して、女性として生きていく出発の時を迎えられたということなのだろうか。

・蝉の泣き止む、その頃に

夏ももうそろそろ終わり。それでも、蝉の音はまだうるさく鳴り響く。
12歳の女の子が扇風機にへばりついてお昼寝。お母さんがやって来た音で目を覚まし、ダラダラと寝転がりながらアイスが食べたいと駄々をこねる。
お母さんには、お腹を壊すからダメ、そんな下がスパッツだけのだらしない格好しない、誰かきたらどうするの、宿題はしたのか、自由研究は進んでいるのかと口うるさく言われるが、巧くかわしている。今年の自由研究は生卵が腐敗してカビが生える様子を調べているのだとか。
お母さんは仕事。女の子は留守番。遅くなるからと夕食も用意してくれている。
お母さんが出かけ、また、ダラダラしていると、チャイムが鳴る。
お父さんが帰って来た。
安いアイスクリームとアイスキャンディー。本当はハーゲンダッツがいいのに。相変わらず、お父さんは食べ物の価値が分かっていない。
幾つになった、ちょっと太ったんじゃないかなんて失礼なことを聞いてくる。
まあ、1年ぶりだから仕方がない。自分の歳を忘れるのも、ちょっと健忘症になりかけているのだとか。
お母さんと同じように、だらしない格好してはダメとか、あくびは手で隠しなさいとか、親らしくうるさいことを言ってくるけど、やっぱり巧くかわす。
普段は背が届かないけど、今日は抱きかかえてもらって、洗濯物を干す。
宿題の漢字ドリルを手伝ってもらおうと思ったけど、これはダメだった。
植物園に行こうと誘われるけど、毎年、この夏の時期に行くのも飽きる。本当は春とか秋とかに行きたい。それに、一人で外を出歩くと、お母さんに叱られる。
仕方ないから、また昼寝。お父さんが傍にいる中でぐっすりと眠る。
寝ぼけまなこでトイレ。お父さん、まだいるよね。しつこいくらい確認する。
今日は晩御飯は食べていくでしょ。カレーが一人分。半分個すればいい。
お父さんは真面目な顔つきになって、来年は中学生だなとか言って、部屋を出て行こうとする。
いってきます。
嘘だ。そう言って、帰って来なかった。今でも覚えている。 それでも、お父さんは行かなくてはいけない。また、来年だ。
一人になった女の子。
お母さんが帰って来る。 おかえりなさい。
頼んでいたものは買ってきてくれているみたい。安売りのナス。
女の子は精霊馬を作り、窓の外を見つめる。
いってらっしゃい・・・

チクリと心が痛む、夏の淡く儚い少女の夢の時間。
1年のたった数時間だけ、少女は現実ではもう起こらないお父さんとの時間を過ごす。
現実から逃げるのではなく、その時間を大切に噛みしめ、それを成長の糧にして、大人の女性となっていくのだろうか。前の作品の女性たちとの違いがちょっと皮肉に映る。
来年は背も伸びて、洗濯物は自分で干せるようになっているかもしれない。今でもけっこう重いから、もう抱き上げるのがそもそも無理になるかもしれない。
既に健忘症の症状が見られるお父さんに、中学生の宿題を手伝ってもらうのは、今とは違う理由で無理だろう。
年頃になれば、もうアイスなんて太るから無理とか言って、一緒に食べることは無くなるかもしれない。
植物園には、連れて行ってくれる人が現れ、もうお父さんの出番は無いかもしれない。
少女の時間は進み、彼女を大人にする。同時に、時間の流れの無くなったお父さんとの距離は拡がっていくのだろう。
でも、そんなわずかな時間でも、少女の心の中にあるお父さんの想いが蓄積され、彼女を素敵な女性へと成長させてくれるのだと思う。
生卵は何か意味があるのかな。
殻から出されて、腐っていく姿。それは少女が描くお父さんの死の概念に通じているのだろうか。
それとも、彼女を守っていた殻が無くなり、剥き出しで外に出された自分のこれからの不安だろうか。
よくは分からないが、どちらにしても、腐敗する卵をきちんと見詰め、そこから新たな生命体が増殖するという自由研究は、少女がお父さんの死を受け入れて、そこから自らの成長を見出そうとする前向きな考えにたどり着くような気がする。

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