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2015年8月22日 (土)

FESTIVAL #1【プロトテアトル】150820・150821

2015年 08月20、21日 カフェ+ギャラリー can tutku
                 (A公演:80分、B公演:90分)

2日に渡って観劇。
まあ、疲れましたね。7作品、全て、こうまで違うかというぐらいに、様々な作品でした。
また、時代劇やらエンタメやら不条理やらジャンル分けされていますが、基本的に全要素が盛り込まれていて、その中で一番強めに出るジャンルを作品名としているようで、名前から想像したものとは異なり、それがまた疲れさせます。
私の中では、実際はこうじゃないかなと思うのですが。

  時代 不条理 エンタメ 音楽 コント 会話 沈黙
時代劇        
不条理劇        
エンタメ        
音楽劇        
コント        
会話劇        
沈黙劇        

これまでのプロトテアトルらしさが見えるもの、新しい魅力を開拓されたもの、やっぱり合ってないんじゃないかなと思わせるもの・・・と様々な作品を楽しませてもらいました。

<以下、あらすじがネタバレしますので、公演終了まで白字にします。公演は日曜日まで>

A公演

・時代劇

時代が時代だからか、父は戦で死んでしまったのか戻って来ず、母は病を患い死に、兄弟も色々あって死に。
天涯孤独の身の町娘。
でも、くじけず、精神的に病むこともなく、持ち前の明るさで、ある酒屋に奉公しながら生きてきた。
一度転がり落ちた人生はどこまでもいってしまうのか、せっかく働くことができた酒屋も、安倍酒造という大会社の主人の陰謀により潰されてしまう。
何でも、瓦屋を買収して、情報操作を行い、自分の働いていた酒屋を冤罪に陥れたようだ。潰れた酒屋の場所には軍事施設を建設するのだとか。
町娘は復讐を誓い、仲間を集める。
父を同じく、安倍酒造お抱えの侍に殺されて、伊賀の里で修行を積む女忍者。
家を酔っ払った安倍酒造の主人に燃やされ、家族を失った侍。兄の遺体は発見されなかったが、恐らくは燃えてしまったのだろう。
3人は芸妓に化けて、安倍酒造の主人と、彼と組んで悪巧みを繰り返す悪い侍の酒席を襲うことに。
主人と侍を襲う3人の復讐の舞。悪い侍は吹き矢で一発で仕留める。
助けを呼ぶ主人。やって来たのは、かなり腕の立つ侍。女忍者は、斬りつけられ無念の死を遂げる。弱ければ死ぬ。正しき者が勝つなど幻の世界。怪しくても、悪くても、勝ち続けることこそが正義なのかもしれない。○潤だって、いくら叩かれても、立派に新商品を出して発展し続けている。
次は微妙に芸妓姿となった侍の番。しかし、女忍者を斬りつけた侍は実の兄だった。どうして。あの日、家が燃える中、安倍酒造の主人に助けられたらしい。その男こそが放火犯だというのに。でも、兄は洗脳されてしまったのか、安倍酒造の主人を命と恩人だと信じて疑わず。悲しい兄弟の対決。結果は相討ちに終わる。
残った主人と町娘。権力はあるが、所詮、力無き主人は、町娘に容赦なく刺される。しかし、何と主人は町娘の実の父であった。感動の再会。とはならず。
今となっては、そこにいる悪を倒すのみ。めった刺しにされる主人。
こうして、町娘はこれからも強く生きていく・・・

一人の権力者。その力に媚びる者と共に、世の情報網までを撹乱し、己の欲、主義主張を基にした都合のよい世を作り上げようとする。
庶民層は、犠牲となる者も生まれ、苦しき生活を強いられたりするが、全体的には経済効果も表れているのか、その力を失わない。権力のすぐ近くに身を置いていれば、安定した生活を過ごせてしまうためか、恩恵を得て、過ちを疑わぬ者も出てくる。
その力を倒すべく、世を忍び、厳しい鍛錬を積み上げ、自分自身を真摯に磨く忍者や侍。しかし、その力では不足だったり、情にほだされ、十分に力を発揮できなかったりして、倒すまでには至らない。
世のため、人のためとか、大義名分は要らない。そんなものはいくらでも後付けできる。そんなことしたら、生活が大変になるでしょ、また自分の周りの人が死んじゃったりするでしょといった、そのままの想いこそが正義であり、それを脅かす悪を倒す。そんな大衆の力を持つ町娘によって、世を変えたお話でしょうか。
町娘の檎座咲ひろみこさん(チーターに乗ってダイビング)の自由奔放で飄々とした姿が、正義も悪も関係なく、今を脅かす者を罰するという大衆の強さを感じさせます。
女忍者、西琴美さんが、どこか影のある妙にはまったお姿。

・不条理劇

ベンチに座って、缶コーヒーをすすりながら、スケッチブックに絵なのか台本なのかを描いている男。
やって来る男。くしゃみが出そうで出ないみたい。
二人は暇なのか、とりとめのない会話をし出す。
スマホブーム。ノートパソコンでいいのでは。誰もが実は思っていること。口にしてはいけない。ジョブズに口止めされている。でも、ジョブズも死んだのになぜ。くしゃみのように、人にうつったりして、真似の連鎖なのかもしれない。
やって来た男はシラミに悩まされている。地団駄を踏んで殺す。苦しそうだ。絵描き男の歌うボレロに合わせて、地団駄を踏んでみると、けっこう心地よい。
少年たちが昨日やって来たらしい。大丈夫だったのか。まあ、今、ここに五体満足で来ているので大丈夫だったのだろうが。これまでも多くの者が襲われている。あいつらは悪。でも、男は少年たちと話してみたらしい。彼らもまた、自分たちのことを恐れていて、それが攻撃として表面に出ていただけと言っていたのだとか。それでも、あいつらは敵だと絵描きの男は憎しみを露わにする。
母親がいる。自分たちのではない。ただの母親。久しぶりに見た気がする。自分たちの昔に思いを馳せる。
ホームレス。全てを失って得たものもある。
今日も待つ。向こうには来てるのかもしれない。探しに行こうか。でも、このベンチは居心地がいい。
やって来た男は、もう死んでもいいと口にする。それは、いやだ。友達だから。だったら、今、書いている台本上で死ぬことにすればいい。
男たちはボレロを歌いながら、コートをしっかり締めて出発する・・・

プロトテアトル版、ゴドーを待ちながらって感じでしょうか。
3回ほど、この手の作品を観た覚えがありますが、もちろん、待っているものが何かなどは、はっきりと答えが出てくるはずもなく。その時、その時でこんなものかなあみたいな漠然としたことを思いながら、ナンセンスな話に悩まされる。
今回は、死がテーマになっているように感じます。
ホームレスとなり、自らの意志で生きていないかのような日々を過ごしている二人の男。
世捨て人となりながらも、世の中のブームを感じ取り、社会の一員であることを漠然と認識している。
シラミは死体となったら、すぐに離れていくと聞きます。シラミに悩まされることを、生きていることの証だと感じている。
死に直結するような暴力の源を怖れる。憎しみによる攻撃や分かち合いによる平和的解決を知らぬ間に考えて、その暴力を避ける、対抗する手段を見出そうとしている。
母親を見て、自分たちが授けられた命を持っていて、そのことに安堵や誇りを感じている。
死んでしまおうか。やって来る死の前に、自ら命を絶つ願望は、台本の中で昇華させてしまう。
いつ、死がやって来て、今の人生を終えてしまえるのか。そんな死を待つ期待を口にしながらも、同時に死を恐れる、生に執着しているような姿も見せる。
もう、向こうの方には死がやって来ているのかも。
二人は、待たずにそこに向かう決断をする。
死へ向かって歩み出す。それは、死ぬということではなく、人である以上、いつか出会ってしまう死までの間を生きるという覚悟に繋がっているように感じるラストでした。
小島翔太さんと浜田渉さんの二人芝居。朴訥で生き辛さを感じさせながら、どこか思いやりのある優しい空気が漂う不思議な空間でした。小島さんの味のある姿はいつもどおり。浜田さんは先の時代劇でもそうでしたが、たたずまいが凛とした漢を魅せるような姿が印象的。

・エンタメ

どこでもない空間。
何者か分からない男にプロポーズされる38歳女性。
男は人の言うことを聞かない。怖くなるくらいに、ひたすら、結婚してくださいと言い続けている。
そのうち会話が出来るように。
ちょっと魔がさしたのだろうか。
こんな異空間で、現実の自分を考え、結婚もありなのかもと、男の手を取りそうになる。
すると、また、違う男が現れる。
テニスサークルに所属するチャラチャラした男、ランニングを着た裸の大将みたいな男。
ひたすら繰り返される結婚してくださいの言葉に、自らの結婚観を見詰め直す。
妙齢ってこともあるのか、結婚を人生のピリオドみたいに捉えてしまっている自分。
逃げていたのだろうか。ここから始まる自分に。
愛してもらう。これから先ずっと・・・

作・演がFOペレイラ宏一朗さん。
観終えて思うのは、どうして、こんな作品を20代男性が創れるのでしょうかね。
妙齢女性の結婚への焦りや、理想と現実などが交錯して、妥協、その反発が生まれ、混乱する心の内は何となくは分かりますが。
そう言われれば確かにそうだなと思うのは、別にアラフォーだからって、結婚を一つのゴール、そしてピリオドとしてしまう必要はありませんよね。そこから始まる二人の時間でもあるのですから。どうも、20代とかと違って、結婚をゴールとして、そこに至ってお終いみたいに考えてしまいがちですが、それは別に20代と同じように、新しい人生の出発点なのでしょう。
何か、女性の気持ちが分かるかなと、38歳女性、結婚でググってみましたが、まあめちゃくちゃにヒットしますね。そして、結婚したいなら、こういう男は避けるべきという項目もけっこう多く記されています。その内容が、ほぼ私のことを書かれているようで辛くなりました。だから、もう、この作品については考えるの辞めようと思います。
妙齢女性役の中山明菜さん(しろみそ企画)。ほぼ一人芝居状態。男三人のキャラの個性が濃い中、状況説明、心情変化と全部、お一人で舞台の空気を作り上げられるという神業。実際のお歳は知りませんが、女性のこんがらがった心の内が見えてくるような素敵な姿でした。

B公演

・音楽劇

宇宙飛行士の兄を持つ宙。
兄とは恐らく、もう会うことができない。
宇宙と地球では時間の流れが違って、戻って来る頃には、自分は寿命を全うしているはずだから。
兄はこの宇宙実験のモルモットにされた。もちろん、無理矢理ではなく兄が望んだこと。兄が宇宙飛行士として採用された時、母子家庭だったので、莫大な保険金をもらえて、母は喜んでいた。
兄の命、人の命なんかそんなものかと悲しくなったけど、そのおかげで何の苦労もなく高校生活を過ごしていることも現実だ。
彼氏は兄と同じ名前だったことがきっかけで付き合い始めた。どんな時でもポジティブシンキング。ミュージシャン志望で、バンプのパクりだけど、自分への愛を綴った自作の歌を創ってくれる。大切に想ってくれている。
自分も彼のことが大好きだ。二人は愛を育んでいく。
兄の航行は順調で、アンドロメダ星雲も越えたみたい。人類初の凄いことだと学校で先生が皆に伝える。直に地球は見えなくなるのだろう。あの空の青さも。
兄から送られる通信は、彼氏の自作の愛の歌と共に大切にiPodに保管している。
高校を卒業する頃、彼から結婚の話を持ちかけられた。突然だったので、パニクってしまいすぐに返事できなかった。彼氏は、自分が兄の影を見続けていることには気付いているようだ。だから、すぐに返事をしなかったことを、愛していないと捉えてしまったみたい。LINEも繋がらなくなった。私たち付き合ってるよね。そんなメールにも返事は無かった。
しばらくして、兄からの通信も途絶える。機器の異常ということらしい。でも、それは違う。兄もはるか宇宙かなたで絶望に打ちひしがれている。結局、宇宙飛行士になることで逃げたのかもしれない。その結果が、自分を一番大切に想ってくれていた妹との永遠の別れ。兄もまた繋がりを断つ。
宙は、兄にも彼氏にも逃げられた。自分の想いを知り、それを受け止めてくれていたのに、自分の前から遠く離れてしまった。 結ばれていた糸を勝手に切られてしまった。
数年後、大学生の宙は路上で彼氏と再会する。ストリートミュージシャン。こうしていれば、またいつか会えるかもと思っていたらしい。そして、彼氏は再び、結婚を口にする。音楽は続けるけど、二人が暮らしていけるように働く。そのための準備もしっかりとしてきた。彼氏は久しぶりに、宙への想いを込めた歌を歌う。
同じ頃、兄は宇宙から久しぶりに通信を送る。ちょうど折り返し地点。地球のみんなはどうしているのだろうか。そして、妹は元気だろうか。
また、逃げていた自分に気付く。 自分の宙への想いも、また宙の自分への想いも決して消えたりはしない。そのことに向き合うことが、この暗闇の宇宙の中でできた。
また会おう。兄はそう思いながら、残りの航行に挑む。
地球では、宙の止まっていた時間が流れ出す・・・

昔、読んだ漫画で、藤子不二雄だったかな、手塚治虫だったかな、これと似たような設定で、恋人が宇宙の果てを見出すプロジェクトに参加して、永遠の別れを地球でするなんて話があったように思います。これのラストは、何やら分かりませんが、宇宙の果ては、始まりのビッグバンと同一で、そこに着くと膨張する宇宙が収縮し始めて、やがて元の時に戻るみたいなオチだったかな。要は、二人は別れた地球の同じ場所、同じ時間にまた再会するみたいな。
感覚的には、こんなイメージでしょうか。
違う時間の流れに乗って進む人たちでも、そこの源で同じ原点があるならば、そこにいつかは戻るような。その場所を示す道標が、確かにその空間、その時間で想いを育んだことで二人の間に出来た大きな力のように思います。人は振り返る、またはこれからを見据えることで、流れゆく時間の中でも、そんな大切な力のある場所へと自然に向かって進めるのかもしれません。
宙は彼氏と再会する。まあ、同じ地球、それもご近所さんだったのでしょうから、また出会う確率はある一定の数値で示されるでしょう。でも、それを実現したのは、彼氏の変わらぬ宙への想い、それを受け止めたいと願っていた宙が、流れる時間の彷徨いの中で作り上げた一つの奇跡だったように感じます。遠い遥か宇宙の規模になって、その確率が幾ら低くなろうと、奇跡が起こる確率は0にはならないのでしょう。また、出会いたい。今は逃げ出して失ってしまったあの頃のような想い合いの時間を取り戻せればという願いがそこにあるなら、それは大きな力となって、二人に奇跡を呼び起こす。そんな、離れた人たちの、消えない結びつきから、また始まる時間への祈りを願うような厳粛な印象が残ります。
彼氏、北角矩久さん(劇的☆ジャンク堂)。おバカで、でもまっすぐひたすらの愛を見せる男のような役柄は、以前にもどこかで拝見したことがありますが、とてもその真摯な姿が映えます。空間や時間を超えて、そこにある想いが何かをきっと生み出す。そんな奇跡とも思える希望を感じさせる優しい空気を漂わせていました。

・コント

名探偵、アケチン。いかがわしい。自意識過剰。
その助手、コバヤシ。幼い。お調子者。
今回の依頼は、美女フローラの主人失踪事件。
フローラから、聞き取りを行う。少し、天然なのか、今ひとつ、 状況が把握できないが、モリリンという有能な男に主人がさらわれたことは間違いなさそう。
そんな中、なぜかフローラ毒殺。
モリリンも部屋に入り込んできて、聞きもしないことを勝手にベラベラ喋るものだから、事件に隠された真相を知ることになってしまうアケチン。
ここまで知られては消すしかないと、銃をアケチンに向けるモリリン。発砲。
コバヤシが飛び込んできて、アケチンをかばう。撃たれて倒れるコバヤシ。
次こそはお前の番だと、モリリンはアケチンの頭に銃を突きつけ・・・

これ、よく分かりません。
この後、暗転。明るくなると、冒頭のようにアケチンが一人舞台に立ち、みんなを助けたようなことを語ります。
普通に登場するコバヤシ。
フローラも助けたみたいで、そのお礼にアケチンは屋敷に呼ばれる。
そこで、また、上記と同じようなことが起こります。
オチ無し。
繰り返し。コントをする芝居というようなメタ的な構造になっているのでしょうか。
まあ、観ながら、観終えて、正直に思ったことを書くと、コント創るの下手だなあと。

・会話劇

10回クイズやだるまさんが転んだなど、昔ながらの遊びをしながら、作業の休憩時間を潰す3人。
時折、隣で寝ている現場監督の男にうるさいと叱られる。
もう、こんな時間も明日からは無くなる。
法律が改正されたのか、自分たちのような者たちが、ここで働くことは出来なくなったらしい。
放射能汚染施設の解体、新規開拓。
その作業に従事する犯罪を犯した者たち。
世間に戻されたとしても、彼らの体内に蓄積した汚染物質は、彼らを蝕んでいる・・・

人が犯罪を犯す。その罰を与える。その罰は、本来は彼らに違う道の未来を用意するため。この前提を覆すような、彼らの未来に不安を与え、その終わりを意識させるような環境に放り込む。人の尊厳を無視するような設定。
でも、こんなことが現実にも近い形で行われてしまったりしている。
人はいつから、人として生きていることに対して、誇りを見出しにくくなってしまったのだろうか。
ずっとここで働いていた2人。罪状は強盗とか詐欺。最近、やって来た1人。罪状は殺人。業務上過失致死ではあるが。
ずっと働くことで、蓄積した汚染物質は確実にその人を死へと近づける。自分たちにやがて死が迎えに来ることを意識しているような発言をする。
最近、来たばかりの者は、まあまだそれほどではないだろう。でも、彼は人の死を自らの手で経験している。その死に対する意識は、どうも深刻さが無く、幼稚に映る。
この死への距離感が不気味だ。
死を意識する環境の中で、人は人の死を始めてきちんと見詰められるようになるのだろうか。
自分に迫りくる死を意識すれば、人の死、同時に生きていることに尊重の念を抱くことが出来るのか。
今の日本の社会における、私たちに忍び寄る数々の死に通じるリスクに怯え、それに反意を示すだけでなく、その死を意識して、皆が生きている現実を尊く捉える姿が、私たちが願う未来を創り上げるような感覚を得る。
コントはよく分からなかったが、こういった会話劇は本公演でも拝見しており、お得意なのか安定感がある。
最近やって来た男、豊島祐貴さんの、この施設に対する無知、生死への薄い認識、普通に訪れるであろう明日という安易さは、振り回される大衆の愚かさの象徴のように映る。しかしながら、同時に、自分たちはもうダメだけど、この人を未来の希望へと繋げようと漠然と考えているかのような2人や、一番、状況を把握している現場監督の全ての犠牲となる覚悟のようなものが見え隠れして、あきらめない、まだ終えないという抗いも感じさせられる。

A・B公演

・沈黙劇

舞台に椅子が並べられる。葬式の参列みたいに。
一つだけ空白の椅子。
そこに座るはずだった椅子の男が、参列者に嬉しかったこと、絶望したこと、
頑張っていること、恋愛、母、命、生きることについて質問していく。
やがて、椅子の周りをみんなで歩き出す。
それぞれの想いを抱きながら。時折、立ち止まりながらも、一歩一歩踏みしめて。
着席。
この公演で行われた数々の作品のセリフの音声が流される。
それを聞きながら、人生を振り返る・・・

なんか、これもよく分かりません。
A、B公演、両方とも観ると、この作品だけ2回観ることになるので、2回目には何か感じ取れるかなと思っていましたが、最初の印象が頭に残ってしまい。
亡き人に捧げるレクイエムみたいな感じ。
FOペレイラ宏一朗さん、死んだんですかね。
生前葬をして、今している演劇、日常の中で訪れる数々の嬉しいこと、辛いこと、生きるということ、母のこと、恋愛にと思いを馳せてみようとしたのでしょうか。
いい人生だった。いい公演が出来た。皆と一緒に。
そんな想いがあるのなら、送り出す言葉は、そんな一緒に創り上げた者たちが発してくれた、自分が記した数々の言葉なのかもしれません。

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コメント

プロトテアトルは今年1月に『ノクターン』を拝見したときに匿名劇壇にも通じる劇団員の方のキャラの濃さ(笑)と作品をしっかり作られてる感があって注目している劇団。


今回は思ってたイメージと違いましたね。あえてジャンル分けする必要があったのかどうか(笑)


私も沈黙劇の位置付けはわからないです。


音楽劇もミクマクみたいな感じかな?と思ったのですが音楽劇か?と(笑)


オモシロイものもあり?というものあり、という感じですかね。


好きな順はAはエンタメ→時代劇→不条理劇→沈黙劇。Bは音楽劇→会話劇→コント→沈黙劇。


中山明菜さんは昨年11月の公演では長女役だったんですよね。こんなできる人やと思ってませんでした(笑)今回の公演ではその美貌とともに一番印象に残った役者さんかなあ。


音楽劇は話が懐かしい感じで好きやった。SAISEIさんも手塚治虫の『火の鳥』を挙げられてたのかな。手塚治虫だけでなく70年代~80年代くらいのSF漫画のニオイを感じましたわ。


会話劇も中々ブラック〔ユーモア〕な感じで面白かったですし。


不条理劇はやはり小島さん。声がいい。私はこの劇団は小島さんがキーだと思ってまして2VS2の岩橋さんみたいな役回りを担わはるのではと思っています。


ここは必ず売れますよ(笑)『ノクターン』を観に行った時に最初に思ったのが美人が2人(西さん・小山さん。小山さんは当時客演。今は劇団員だが仕事が忙しいんでしょうね)いる、と(笑)


※個人的な好みを言うと西さんは『フェスティバル』の時の髪型より『ノクターン』の時の髪型の方が好き(笑)


次に作品が丁寧に作られてるなと。豊島さん・ペレイラさんは正統派な確かな演技をされますし。


あと少し抜けるために何かが足りない感はありますが応援したい若手劇団ナンバー1です。


『ノクターン』の時のリズムテンポの良さが匿名劇壇にも通じてましたがgate # 13ではやや揺らいでいましたしね。その理由も劇団員の方から伺ったりもして(笑)


10月のKAIKAの『gate#14』にも出演されるみたいでそれも楽しみです。

投稿: KAISEI | 2015年9月10日 (木) 10時51分

>KAISEIさん

ここは、近大の頃から、ペレイラさんとお話しさせていただいたこともあり、何かするだろうなと私も思います。
ただ、今は、名前のとおり、本当に模索しているような感じで、確かに突き抜けていないように感じます。
でも、その中で、ご自分方のお得意のスタイルを基に、そこから拡げる力を溜めているような感じですね。
花開く、その時まで観れたらいいなと思います。

あと、何か役者さんや劇団に昭和色を感じるんですよね。
いい意味でチャラチャラせず、ひたむきな味がある。悪いのかどうかは分かりませんが、同年代の方々に比べると若さが無く、弾けたようなシーンでも落ち着いているなあと感じます。
そこが好きなのかもしれませんが、少し空気を明るくするためにも、客演さんの存在は大きいような気がします。

投稿: SAISEI | 2015年9月16日 (水) 20時27分

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