« 誰だ。カレーにスイカを入れたのは【DanieLonely】150808 | トップページ | 祭里万幻花火【進劇銃題 やぎゅり場】150809 »

2015年8月 9日 (日)

一期の寝言【演劇ユニット りんごとねこ】150808

2015年08月08日 うずめ (45分)

観終えて、少し異なるところもあるが、この作品のイメージに近いだろうか。(http://ksaisei.cocolog-nifty.com/blog/2012/08/120813-c10d.html
更地という作品。
演出によってだいぶ違った空気になる作品のようだが、その地に眠る人の記憶みたいな感覚は同じように感じられる。
更地はごく普通の夫婦を描いて、命の繋がりみたいなものを描く。この作品は、私というごく普通の女性を中心に、そこから繋がる家族を通じて、たくさんの想いがその家に眠ることを伝えようとしているようである。
記憶は薄れて消えていってしまう。でも、そこにある人の想いは眠り続けて存在する。
私たちは、それを掘り起こして見詰めることで、自分の生をさらに重ねていくように思う。

<以下、ネタバレしますので、公演終了まで白字にします。公演は火曜日まで。日曜日は休演日。残席要確認>

家に帰る。
テーブルの上にあったレモンを触りながら、あの人のことを想う。
優しく頬に触れられた温かみ。
好きなのかもしれない。キスをしたら、甘酸っぱいのだろうか。
お母さんに声をかけられる。ボーっとして何を考えてたの。
本当のことなど恥ずかしくて言えやしない。晩御飯は照り焼きなんだ、嬉しいとか言って、ごまかした。
あの時の本当のことを母に言ったのは、それからしばらくしてから。
もう目を覚ますことはない、畳の上に横たわるお母さんの耳元で囁いた。

あの人を家に連れて来た。
お父さんは畳の部屋で正座をして構えている。
テーブルに座ればと言ったら、テーブルには座れないとか減らず口を叩いてくる。
娘はやれんとか、ありがちなことでもするつもりなのだろうか。
あの人も正座。私も仕方なく正座。
娘をくださいなんて、あの人までありがちなことを。
ここに一緒に住むんだから、くださいはおかしいだろうに。
安心して、お父さん。一人ぼっちにはしないから。
それから、3人の生活。お父さんと夫にいってらっしゃいをして、それから家事を。
すぐに4人になった。
娘の子育ても大変。おもらしをしてオムツ交換。
お母さんもきっと、ここで私のオムツを替えていたんだろうな。

娘も年頃。
彼氏と喧嘩して落ち込んでいる。
他の女の子とちょっといちゃついていたのが気に入らないみたい。
少し厳しいんじゃないかな。
でも、私の時もそうだったか。初めての彼氏だったから。初めてで最後になったけど。
お母さんには彼氏を会わせてあげられなかった。初デートの数ヶ月後に亡くなってしまったから。
娘がちょっと不安な顔をしているけど、私は大丈夫。元気いっぱいだから。
それよりも、おじいちゃんのお見舞いに行ってあげないと。
しばらくして、お父さんが亡くなった。
あの日、夫と挨拶したあの畳の部屋で、お母さんと同じように横たわっている。

娘が彼氏を連れて来る。
夫は少しご機嫌斜め。
仕方ないでしょ。誠実で謙虚でいい人そうじゃない。フォローを入れるが、夫はまだしっくりきていない。
できちゃった婚が気に入らないのだろう。まあ、いいとは言えないけど、私達だって結婚前にまあすることはしていたんだし。そんなことを言われては、もう夫は何も言えない。
みんなでお寿司屋さんにでも行きましょう。

唐揚げ弁当を二人で食べる。
娘夫婦は引越し。
その手伝いで、夫は少し体がきつそう。もう歳で衰えが見え始めてきたか。
まあ、無事に済んで良かった。子供は男の子らしい。
だったら何をプレゼントしたらいいのか。気が早い夫はもうそんなことを考えている様子。
今日の弁当はかさごなんとかというお店。まさか唐揚げがカサゴだなんてことはないと思うが。
よく買っていたファミリー弁当は、もうスーパーになって無くなった。おばあちゃんと娘さんで切り盛りしてた。おばあちゃんが体調を崩して店をたたんだ。
こうやって、いつかは消えていってしまうのだろう。

孫は5歳。テニスボールを投げてきたりして、やんちゃ盛り。
よく遊びに来てくれる。
大好物のハンバーグ弁当を用意してある。あったか弁当で買った。もう、かさごなんとかも無くなってしまったから。

孫は演劇部に入ったらしい。
スポーツをするのかと思っていたが、運動音痴の血が引き継がれてしまったか。
でも、作家をしているのだとか。凄いことだ。
もちろん観に行くつもり。
二人で。とはいかなかった。夫の体調はかなり悪い。
男子新体操部の熱き青春ものだった。

孫から電話がかかってくる。今度は一人芝居らしい。
観に行けるだろうか。
こんな日々の記憶も私がいなくなれば、全て終わってしまうのだろうか。
この家に残る空間の記憶も消えてしまうのかな。あの弁当屋のように。
私が消えれば、きっと、たくさんの想いがここに集まってくるのだろう。
静かに眠りにつく・・・

ここで、一旦終わり。
制作さんが出て来て、アンケートのお願いと次回公演の宣伝。一人芝居を自分がするらしい。孫役ってことか。
そして、DVDが眠る私の傍に置かれる。
あれは一人芝居をした孫の姿を撮影したものってことなのかな。
おばあちゃんは、一人芝居を観には行けなかった。
だから、おばあちゃんの想いが残るこの空間、この家に、孫の想いの証である作品DVDが置かれる。
ここに想いが集まる。おばあちゃんの最期の寝言は実現したようなラスト。

恋を知り、大人となった女性が、その生を終えるまでの時間を描く。
幼少期に関しては、その娘を通じて、母の視点として描かれる。
娘が成長してからは、母を失った頃の自分と娘を同調。
娘の結婚、孫誕生からは、母に体験させてあげられなかったことを、自分が体験する形となる。
家族という形を通じて繋がっていく命、想いの連鎖が浮き上がる。
単純に女性の一生を描くのではなく、そこに母や娘、孫と繋がる命を同調して感じさせるようにしながら、展開する話に巧さを感じる。
特筆すべきはシーン転換の巧さだろうか。
先日まで観ていたHPFで、技術的なことはよく分からないのだが、どうしても気になったので苦言を呈したところが一校だけあり、それがこのシーン転換。
家という同一空間、時間軸だけが人の一生を進ますという設定。シーンごとに暗転でもされた日にはめまぐるしくて仕方が無い。今まで、観劇した作品で、実にスムーズに転換させるものを観た経験があり、そんなものに倣えみたいなことを書いたのだが、まさに、今回のような転換のことを言いたかった。
少し、着替えにもたついたりしたところもあったかな。間が空き過ぎのところもあったが、スムーズにシーンを切らすことなく、時間軸を進めている。演出に観劇して多くの作品を受け入れている経験力がよく活かされているようだ。
役者さんは、恐らく話を混乱させる大きなミスをしたように思うのだが、そこは目をつむり、実に丁寧な演技をされているように感じる。
私を演じ、当然一人芝居なので、その他の人はそこに見えないまま存在する。視線の配り方や、動きでそれを見えるようにするのだろうが、浮き上がって見えるとまでは書かないが、そこにいる人への想いのこもった口調や表情は印象的だった。

私は、最期の時まで、あの時触れられた頬に、男の想いが温かく残っている。
きっとそれは、娘に、その子供へと何かしらの形で伝わっているはず。
私の母や父、夫も同じように彼女から得た想いが、どこかに残っていただろう。
たった一人になった私が消えれば、その記憶は誰に伝えられることも無く、消えてしまう。
記憶は伝わらずとも、その想いはどこかに宿っていて、残された者が感じ取れるのではないか。
生の空間、生の人で創られる演劇は、その想いを掘り起こすことが出来る一つの手段であるように感じる。
そんな演劇という魅力を引き立たせる力、可能性を感じる作品だった。

|

« 誰だ。カレーにスイカを入れたのは【DanieLonely】150808 | トップページ | 祭里万幻花火【進劇銃題 やぎゅり場】150809 »

演劇」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 一期の寝言【演劇ユニット りんごとねこ】150808:

« 誰だ。カレーにスイカを入れたのは【DanieLonely】150808 | トップページ | 祭里万幻花火【進劇銃題 やぎゅり場】150809 »