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2015年7月23日 (木)

変化をめぐる習作のいくつか【HPF高校演劇祭 追手門学院高等学校】150723

2015年07月23日 メイシアター (55分)

3年ぶりに拝見。
http://ksaisei.cocolog-nifty.com/blog/2012/07/fly-againhpf120.html
ずいぶんと、雰囲気が変わった。
それもそのはずで、40年間にわたってご指導されていた演劇部顧問の先生が退職され、新しい先生が来られたらしい。
今までとは変わってしまう。で、どうするのか。どうしたのか。
4月に新体制を迎え、この作品が出来上がるまでの演劇部の姿を描きながら、変化するということから生じる悩み、葛藤を、高校生視点から見詰めたような作品。

関係者では無いので、情報が不足しているが、恐らく脚本を創られたいしいみちこさんという方がその新しい先生なのだろう。原案は演劇部が創っている。
旧顧問のSモト先生から、I先生に変わる。そのことで、これまでの普通がすっかり変わってしまった。その中で浮き上がってくる自分たちにとっての演劇部と現実の高校生活とを交錯させながら、真摯に深刻に悩み苦しみながらも、この日を迎えるまでの心の揺らぎを、ドキュメンタリー風に描く。

きっと現実に色々と複雑な事情が入り込んでいるのだろうから、安易に感想を書くのもちょっとためらいがあるが、私が最近感じていることも組み込みながら、作品を観て感じたそのままを記されていただく。
根底に対立は感じる。まだ、同調には至っていない。
だから、これは演劇部員、新先生が互いに突き付けた挑戦状を融合させたような作品として感じた。
下記の感想にも少し書いたが、今の子は非常に賢いと思う。普段、高校演劇だけでなく、普通の小演劇というジャンルをよく拝見するのだが、いわゆる若手が創る作品の中には、非常に自分たちを冷静に客観的に見詰めている作品も多い。でも、その中で、じゃあ自分たちはどう考えて、どうしていくのか、どう変えていくのかは曖昧に描かれている。これは、きっと考えが無いとか答えが無いとかではないように思っている。作品を観て考えていると、どこかにその答えが隠されているように感じるから。でも、それを露出して描かないのは、きっと、この世代特有の賢さ、いわば空気を読むという能力により、制御をかけているように思う。
じゃあ、そのとおりに、空気を読んで、変化を受け入れて、これまでを捨ててくれますか。これが新先生の挑戦状。
それに迎え撃つ演劇部員の挑戦状がこの作品を公演にまで実現させたことのように感じる。妥協もあるだろうし、正論には逆らえないこともあるだろうし、権力構造だってあるだろうし。今までとは違う練習場で、違う先生の指導の下で、きちんと自分たちの想いを込めた作品をこうして、公に発表する。対立による、逃げや反発では無く、変化を受け入れた上での、自分たちの想いの表現。演劇という、自分たちを表現する力に長けた方々だから成し得る戦い方でもあるように思う。
実際に、見ていて役者さん方の身体能力や言い回し、空気の作り方は上手い。と、まで書くとお世辞になってしまうかな。上手い方だと思う。これは、この4か月間だけで身に付いたものではないだろう。これまでの、変わる前に身に付けた自分たちの力。これも活かして、変化することに戦いを挑んだ。変化することで、削るものがあったとしても、しっかりとその経験は力となって残っている。そして、その力は変化する環境でも存分に活かすことが出来る。これを証明したように感じる。
こうして書くと、何か新先生がやって来た女帝みたいで、悪い感じになりますね。そんなことは無いと思います。
今の子は賢いですが、空気を読むのが影響しているのか素直でもあるように思っています。これは、従順という、いい言葉にも悪い言葉にも使える言葉にたどり着きます。よく分からないことでも、自分たちにはマイナスに働いているようなことにも、従ってしまう時がある。これは、今の子というよりかは、これまでの悪いことでも習慣化しているような現実を見ると、若いということからきているのかもしれません。変えるべきことを変えない。変えるといいのだけど、その過程が苦しいから。ぬるま湯の理論みたいな感じでしょうか。無理せずとも、害が無いならそのままでいいみたいな。家族のように親しみ合う演劇部に放り込まれた新先生は、この環境を変えようとしてくれる一つのきっかけみたいなものとして受け取ってもいいのかもしれません。
本当に捨ててはいけないものですか。捨てているうちに、本当に捨ててはいけないものも見えてくる。それを教えようとしているのかもしれません。
この作品の最後は、部員たち各々が、これまでの物を捨てます。物を残して、その時の思い出に浸らずとも、その物から得て身に付いている力や想いが、本当の思い出であって、それが自分たちを活かす大事なもの。Sモト先生から、それをいただいたなら、それは自分の中に残し続ければいいのでしょう。一生、大事にしないといけない大切で尊きものです。
今は感覚や考えが異である新先生と演劇部員なのかもしれませんが、同じ場で習作として創られたこの作品は、これからこの演劇部が創り上げる数々の作品の原点となるように思います。

グダグダ書きましたが、途中、この子たち、本当に立派だなとちょっと背筋を正して見ないといけないような思いにさせられました。
本気で皆さんを尊敬します。これが一番の感想かもしれません。
こんなことは、けっこうこれからもあると思います。
会社に入っても、新しい上司が来れば、その部署の空気は変わります。上司を新先生、部署の社員たちを演劇部員とすれば同じ構造でしょう。もちろん、高校生は高校生として背負うものがあり、大人は大人で背負うものがあり、その設定に差はあるでしょうが。
私は、その両方を経験したことがあります。
部署の社員だった時。感覚や考えが違う上司。このままでは会社がダメになる。そんな大義の下、上司を吊し上げて、どこかに飛ばしました。
上司として転職した時、自分の感覚や考えは異となるものだったらしく、数か月で会社を辞めたことがあります。
結局、無駄な対立から単純に勝った負けたということに執着したり、逃げたりしたのです。
これまでのことを捨てるよりも、きっと大きなものを失ったような気がします。
一緒に、こんな習作を創ってみれば良かったなと思います。
この演劇部だって、簡単な話、じゃあ演劇は続けられません。作品は出来ませんとしてしまえば、今日の公演には至らず、それで終わらせてもしまえるわけです。
でも、こうして観ましたから。これからを見せる始まりの作品を。
終わらせなかった。だから、最後には何も捨てずに、守ったことになります。
今の若い人たちのポリシーでしょうか。それとも、演劇が人を魅せる力でしょうか。どうにせよ、自分のやりたいことを捨てることなく、困難の場を乗り越え、実現への糸口を見出した素晴らしき若い方々の姿がただただまぶしく感じます。

追手門学院高校演劇部、通称、追演。
森口部長の下、今日は倉庫整理。溜まり過ぎて、今や6つに別れた倉庫を手分けして、いらないもの、無駄なものを捨てる。きっと、オモロイものもいっぱい出てくるだろう。各々、それを持ち寄り、集合。

舞台中央スペースの両側に学校の椅子。校庭から聞こえてくる部活動の声など、学校の雰囲気は、役者さん方の声で表現する。
舞台セットは組んでいない。演技部を表現する機器類など、必要なものもまた、役者さん方自身の身体を使う。
所々の止まった演技。鍛錬されているのか、全員がピタっと美しく止まって、非常に気持ちいい。これが、シーン中、唯一動く役者さんの動き、語りに集中させるのに活きているように思う。また、同時に、この身体能力の高さが、自身の体で創り上げる舞台セットのクオリティーや空気の絶妙な醸し方に効果的に働いているように感じる。

家族のような追演。
お姉ちゃんのような人がいて、気のいいおっさんみたいな人もいて、可愛いペットみたいな人もいて・・・
みんな、ここが好き。
でも、そんな追演は今、変化の時を迎えている。
これまでお世話になった顧問の先生が去り、新しい顧問の先生を迎えることになる。
さっそく、色々とこれまでと違うことを突き付けられる。
新歓公演。
候補台本はあったが、削られて劇中劇部分だけにしようと提案される。
新入生に2時間は長い。確かに正論。
公演場所も変わる。これまでは体育館の舞台。これからは、新顧問の先生の支配下にある演習室を使うという。
従う。正しいから。妥協。もっともでもあるから。反論材料がないから。
そんな部長に、一部の部員は反発する。

部長決めは3月だった。この期には、カリスマ性が無いのか、これぞという人がいない。
先生の好かれ具合。バランスの良さが求められる。積極過ぎることなく、消極的でもなく。無難さを求める。リスク回避か。
選ばれたのは森口。
色々なことを取りまとめていた、積極的な池田は、もどかしい悔しさを感じる。

小阪は、受験、学業とクラブの両立に悩む。
時間が無い。部活を辞める者も多い。
休憩時間も、課題に費やす。勉強する時間を創り出すために。
削るしか無い。部活も、友達とのおしゃべりも。
未来にやりたいことは削れない。だから、今、やりたいことを削る。

練習場所も変わった。
これまでの練習場は体育館の舞台。他のクラブの騒がしい声の中、緞帳を閉めて活動。夏は暑く、冬は寒い。
先輩たちの残したよく分からない扇風機。照明器具はちょっと温かい。最新のLED照明は旧顧問の先生の置いていったもの。音響機器は自分たちと同い年ぐらい。捨てるなと言われていたパネルは、倍近い歳だ。
東はここでの朝練を思い出す。一年生は掃除。先輩となっても、新入生たちに交じって、一緒にやったりした。
辞めていく部員たちもいた。
3年生を迎え、自分これからはどうするのか。

演習室での練習。今までの舞台での練習を捨てて。わがままを言うのもどうかと思うから。
スタイリッシュで、暑くもなくなる。いつの間にか当たり前になる。
規律は変わる。お揃いのTシャツも無くなる。みんなで揃ってなんか軍隊みたいだからだって。
それは、知らぬ間に当たり前になって受け入れられていく。

旧顧問の先生とのお別れ。ドラマのワンシーンかのような。
そんな心に深く刻まれた思い出もかすんでいく。
今に馴染んでしまう。今の普通。かつての思い出は薄くなる。
部長となった森口は、この部の変化の時に今、立ち会っている。
伝統と変化。今は、変化に傾く方向に進んでいる。伝統を片手に持ち、変化を手繰り寄せながら自分たちの中に取り込もうとしている。やがて、その掴んでいた伝統は放してしまうのか。

各々が見つけてくる品々。
記念撮影。
そして、それらを燃やしに行く。

役がそのまま役者さんなので、個々の特定が難しく。
下記した名前の方も違っているかも。
名前の前に特徴を記しておいたので、もし違ったら指摘してもらえるとありがたい。
赤シャツが部長の森口珠美さん。リーダーとしての揺れ動く様、苦労をそのまま表情で表現。舞台での立ち姿は貫禄があります。これは、元からなのか。回想から推察すると、きっとこの姿は周囲の人たちから得た信頼や友情からの自信なのかなと思います。
黄シャツで髪を一つでくくられているたのが池田きくのさんかな。ちょっときつめで、言いたいことを言ってしまうような感じ。自分で回りながら出来る子だからもどかしいのかな。でも、こういう子にリーダーはすごく信頼を置いけることで、安心して挑戦出来たりするんだと思いますが。
ピンクシャツのロングヘアー、小阪美咲さん。将来の夢、今やりたいこと。学業とクラブの両立って突き詰めるとそこに行き着くのかな。今、やりたいことをやって、それが将来の夢に繋がるのだったらいいけど、それは現実じゃないですね。削る、捨てるという手段しか無いのも現実だけど、創るなんて概念だって大変だけどあるようには思います。
紫シャツで、天パっぽい感じの東祐作さん。これまでの演劇部を回想で語る言い回し、雰囲気の作り方が絶妙でした。なんかちょっとお調子者っぽいような可愛らしい空気も持たれており、深刻化することなく、ごくフラットに、でも想いを込めての語りがとても素敵でした。
他もたくさんいらっしゃるのですが、観劇中にしていたメモからでは、ちょっと特定できずで申し訳ない。

掛け合いは自然で、それはまとまりがあることを示唆しているのでしょう。
これもまた、これまでの皆さんが創り上げてきた大切な演劇部の力でしょう。
これをどう活かして、繋げていくのか。
これまでとはまた違った形になるのかもしれませんが、新しい成長した姿として、演劇部が変化し、輝いていく。
そんなスタート地点を、苦しみの中で見つけ出したという、誇りに溢れた笑顔で締められるラストがとても輝きを放っていて素敵な作品でした。

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