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2015年7月22日 (水)

贋作・罪と罰【HPF高校演劇祭 淀川工科高校】150722

2015年07月22日 シアトリカル應典院 (120分)

先週末から始まったHPF。
少し遅れて、今日から参戦。一応、今年は7高校を拝見させていただく予定です。
淀川工科高校は、4年目の観劇。
http://ksaisei.cocolog-nifty.com/blog/2014/07/85-6a4f.html
私の中では、細やかな心情表現、真摯に役を見詰めて、そこに自分の想いを入れ込まれる情熱的な演技を基盤に、メッセージ性の強い作品を創り上げる高校として印象づいています。
今年もそれは健在だったように思います。この高校、演劇部の個性的な色が強いのでしょう。

この作品は、以前に違う劇団で拝見しています。
http://ksaisei.cocolog-nifty.com/blog/2012/09/120928-938c.html
読み返してみましたが、今回感じたこととして、作品への理解は、ほぼ同じだと思います。
ただ、個々の役者さん方に、迷いのようなものが終始感じられるなあと思いながら観ていました。ちょっと語弊のある書き方で、役作りが出来ていないとか、そういうネガティブな感想ではありません。そうかといって、ポジティブな感想として書いているわけでもありません。
上手く書けませんが、全役の方々が、非常に苦しんでいるように映ります。
理想のためには犠牲やむ無しとか、金と権力の巧みな利用こそ革命の近道だとか、時代に沿ってひたすら耐えるだとか、登場人物には各々、己の思想があります。この条件をきちんと受け取った上で、今を変えていくような時代の中、各々がどう振る舞うことがその思想に忠実なのかに翻弄され、その正解が見つからないことに、もどかしさや、それこそ作品に出てくるもうええじゃないかといった自棄的なところにまで追い詰められているような感覚を得ます。
でも、ええじゃないかではいけない。だから、自分なりの思想を貫きたい。でも、どうしていいか分からないし、周囲も自分の都合よく動いてくれるわけでもないし、刻々と世は変化していることは身で感じるし。
そんなもどかしさに苦しみ、誰かに寄り添いたいという気持ちが見えてきます。同時に、自分がそうだから、相手もそうかもしれないとどこかで感じるのでしょうか。寄り添ってあげたいという気持ちが芽生えてきていることも感じさせられます。
苦しみ、先の見えない不安の中、役と共に自分に挿す光を探し求める姿。
その真摯な姿が、相手の光となり、その人が先へ進む導となっていることに気付かされたように思います。
真の革命は、揺るがない理想でも無く、金や権力に任せた知略でも無く、こんな想いが通じ合う、作品の最後の方で描かれる愛によって成されるものなのかもしれません。

緊迫感を煽る音響、じっくりと思いを馳せる時間をくれる音楽、光と闇を彷徨う心情表現を感じさせる照明、特に当日チラシで紹介されている松明は、人を温かく照らす炎と、内面に湧き上がる熱意が同調した赤で感じさせてくれて、臨場感を効果的に表現しているように感じます。

役者さんにコメントしながら、感想を少し追記します。

英、高村夏樹さん。上記した感想は、この方を観ていて感じた影響が強いと思います。揺るがない理想を抱く凛とした姿では無く、崩れそうになる理想に葛藤し、その理想に追い詰められて苦しむ緊迫感に溢れる演技でした。成し遂げなくてはいけない。でも、何を、いつ、どうやって。その答えが導かれる前に、変わりゆく時代のスピードに翻弄されるように、理想が先走ってしまい、必死に追い求める。そこで最後に掴んだものが、自分を想う者の気持ち、自分が人を想える気持ち。きっと愛なのでしょう。弱き自分も認め、その中で掲げる理想を達成すべく、強がりや正当化ではなく、真の強さを持つことが出来た女性像が浮き上がります
才谷、柴田純さん。人を掌握するオーラを放つ存在感が出ていました。金や権力に囚われるのではなく、それを手段として、自らの理想を追求する。自分がという考えから、思想が生まれる。思想は他人と分かつ始まりとなる。ここから戦いをが始まる。どちらが勝って、負けてでの決着をつける革命は成功とは言えない。人に寄り添い、相手を想う気持ちが伝わり合い、その認識の下で調整点が導き出される。他人のことを自分のことのように考えることも出来る気持ちを生み出す。こうして出来た社会は、きっと愛に溢れた、より良き道に私たちを導いてくれる。坂本龍馬でもあるこの方の掲げる信念はこんな感じなのかなあ。才谷が坂本龍馬ということで、最後は歴史どおり暗殺されます。でも、才谷は本当に坂本龍馬なのでしょうか。歴史に名を刻む坂本龍馬は才谷として記されるのでしょうが、実際は違うような感じがします。英の言う彼方の岸辺を見詰め、そこに射し込む光を求めて、己の思想を持って明日を生きようとした人たち。数々の抗いの中で人を想い、愛することに行き着いた人たちの一人一人が世を変えた象徴としての坂本龍馬のように映ります。
都、片山直樹さん。前半は大らかで、物分かりも良さそうな好印象。途中ちょっと笑いを組み入れたりして、楽しいキャラ付けをするが、このあたりから狡猾さを滲ませる。後半へと話が進むにつれて、人を追い詰めるきつい役へと変化する。徐々に滲み出る本性。話口調も、どこか強迫感が出ており、逃げ場がない緊張状態を作り出されている。切迫する舞台と同調したかのようなキャラになっているのだろうか。
目付、小田浩輔さん。都の部下になるのかな。こちらは、終始変わらず。神経質そうな雰囲気を醸し、常に上から目線。そして、その根底に正義感というものがあるみたい。あそび幅が無い、窮屈なキャラ。
溜水、岩田光風さん。金も地位も権力もある。だから余裕がある。でも、最後は余裕を失い、目を背けたくなるような哀れな行動をとる。きっと、余裕は始めから無い人だったのだろうな。金、地位、権力に目がいきがちだが、実は想われているとか、想っているということで、人と寄り添っているという安心感から、余裕は生み出されるものなのでしょう。寂しい人。志があるわけでもなく、あるとすれば、自分が愛する人、愛してくれる人を得たい。ただそれだけのことが叶わず、世に悲観していたのかもしれません。愉快犯のように、ええじゃないか思想を奮起させ、世を破滅へと導く。行き着く先は、自分自身の破滅でした。内に秘めていた苦しみ、悲しみが狂気となって、最後に溢れだしてくる姿、その狂気が全て解放されて抜け殻のようになってしまう悲しき姿が印象的です。
おみつ、聞太、松尾駿亮さん。殺される老婆と英の父親。聞太は、おちゃらけており、軽率で、いい加減で、ダメ人間です。でも、これも世に生きる人の一つの姿。世を変えるとかいう大義が飛び交う中で、そこから外れるように、こうして必死に生きている者もいます。これを全否定してしまう視点は理想を持つ者の奢りのように感じます。妻や娘に認められたかったのでしょうか。世を変える志士であることよりも、そんな絆を手に入れて、幸せを掴みたかったのか。でも、現実は、その革命の中に引きづり込まれて悲運な最期を遂げます。理想を実現するために犠牲やむ無し。きっとこれは、戦いで命を失う人のことや、死んで当然の悪いことをしている人のことだけを言っているように思います。でも、実際はこうした人も犠牲になります。英にとっては、たとえダメ親父であったとしても、自分を想ってくれている人。英の老婆殺しと、間接的に父を追い込むことの罪の大きさはどのくらい違うのか。
清、浜田崇史さん。大きな体を活かした、懐大きいお母さん役。最初は打算的で、浅はかな考えで娘と接しているような感がありましたが、最後は娘を無償に想う母の愛を見せていました。カーテンコールのお辞儀が女性としてのたたずまいで、役に入っているなあと。
智、田澤萌奈さん。英の妹。時代の流れに逆らわず、無理はしない。家族や周囲のためになら、自分が犠牲になることも厭わない。自分の理想を貫くために、他人の犠牲やむ無しという姉の英とは真逆のように描かれる。しかし、これは、そんな自分に酔っているといった形となっている。途中、老婆殺しの犯人扱いされる左官屋が入信していた宗教が語られている。何でも、苦しみを受け入れることを良しとする。だから人の罪でも自分の罪として被ることを厭わないといった考えらしい。智の行動はこれに近いように感じます。従順に生きる。この姿に自分への想いを感じ取ってしまった溜水。でも、彼女は最後は心を許すことなく、それが偽物であることを言及します。そのことで溜水は悲運の死を遂げます。いかにも波風立たないような平和主義といった考えですが、結局は非常に残酷な結末を導いており、流れに身を任せていても、そこから逃れる時に大きな犠牲が生まれることを示唆しているように感じます。
女主人とか、色々と女性役、三河達哉さん。なかなかいかした女形でしょうか。笑顔の内に潜む、女性のあざとさが浮き上がるような独特の女性キャラを生み出されています。
左官屋、古賀圭祐さん。ぶっきらぼうで多くを語らず、変な宗教に入信していることもあって、全てを受け入れてしまうといった不器用さを見せます。相手の苦しみを受け入れたいという、そのことで人を想える。人の痛みを知るということなのかな。とっている行動は自棄的ですが、ええじゃないかとは異なる。これで誰かが救われ、それが何かに繋がっていくといった精神なのでしょうか。
あと、志士たちや、その他色々な役を演じた6人の方々がいらっしゃるのですが、申し訳ないことに、ちょっと個々で観ておらず。改革への執着からくる情熱と共に、集団心理的な狂気に近い至上主義の姿が見え隠れしており、革命の世の臨場感ある空気を醸されていたように思います。

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コメント

淀川工科高等学校『贋作・罪と罰』@シアトリカル應典院7月22日13時~観劇。


HPF観劇参戦3校目。高校演劇は2007年に京都の堀川高校文化祭に於て演劇部の公演を観て以来になります。18日に精華高等学校・19日に桃谷高等学校と愉快な仲間たちを観てきました。後は8/2の清風南海高等学校を観る予定。


淀工レベル高いですね。吃驚しました。たぶん今のところ高校演劇ではNo.1かなあ。あれだけの人数で安定感のある演技。凄いと思いました。『贋作・罪と罰』は昨年黄金週間に猛き流星が公演されていて観に行きかけた作品で興味ありました。ドストエフスキーの『罪と罰』も読んでないですし野田秀樹の作品も観たことあるのかなあ? あまり記憶なく物語についての批評はさておいて印象に残ったのは魅力的な役者陣。


一押しは松尾さん。金貸しの老婆役の時から上手いなあ、と思っていましたが英の父親役でより魅力的に。高校演劇レベルでこれだけの役者さんを観れるとは… 観客を惹きつける才のある役者さんだと思いました。観てて厭きなかったですもん。私が演出家なら『西遊記』の孫悟空なんかで使いたいかな(笑)


二押しは都役の片山さん。ホンマに高校生か? という貫禄ある舞台さばきでした。台詞回しもそれなりの劇団の劇団員さんな感じでした。風貌から〔痩せてた頃の〕壱劇屋の竹村さんを想起しましたw

三押しは溜水役の岩田さん。その風貌・雰囲気から本若の二宮さんが思い浮かびましたw どこの小劇場に出てても違和感ない感じでした。


以上お三方が1番印象に残りましたが智役の田澤さんの佇まいも好きでしたし英役の高村さんも入部半年ならレベルが高い。出だしの歌は良かった。その後の台詞の声がしばらく通らなかったのが残念。目付役の小田さんは後半良いと思った。清役の浜田さんも好演でした。その風貌からジャイアンもしくはジャイアンのママなんかしてほしい役者さんw


舞台のセットも素晴らしかったし音響はかなり良かったと思います。今まで観てきたなかでも私の肌に合ってました。タイミングや音の強弱大小などしっかりされていたと感じました。


最後のキャスト紹介は過去最高級ですね。叫ぶように言わはったりして何言ってるのかわからないこと多いんですが落ち着いた紹介で好感をもちました。客出しも良かったし。脚本は高校生には難しいんですかね? SAISEIさんのニュアンスとは違うかもしれませんが

投稿: KAISEI | 2015年7月22日 (水) 23時54分

良いとは感じたものの完全には役を掴んではいないかな、完全には場の一体感が無かったかなとは感じました。そこが観てる途中飽きたり他のことを考えたりした理由かもしれません。とは言え高校演劇でこれだけのもの観れたら充分ですわ。

投稿: KAISEI | 2015年7月22日 (水) 23時56分

>KAISEIさん

淀川工科高校は、年々、向上しているように思います。
ここに限らず、本当に高校生かと疑うほどの化け物は、他高校の公演でもけっこうよく潜んでいるように思います。
挙げられたお三方は、確かに目を惹くご活躍でした。

役を掴んでいないというのは、私も厳しく書くとそこに行き着くと思います。
ただ、この作品はそれでいいんじゃないかと思っています。
特に多感な高校生が演じる場合は。
じゃあ、どうしたらいいのかねえと悩みながらも、前へ進んでみる。そんな姿に若さと頼もしさを感じるような気がします。

投稿: SAISEI | 2015年7月24日 (金) 09時19分

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