惑ひ【劇団競泳水着】150711
2015年07月11日 インディペンデントシアター1st (100分)
アラフォーを迎える男が、あるきっかけにより、環境が変わり、これまでと異なる日々を過ごすようになる。
イキイキした毎日。その中で浮き上がる、自分の本性。
行き着く先には、どうしようもない自分と、それにふさわしい相応の生活が待っていた。
と、こんな感じの話でしょうか。
人によってどう映るのか分かりませんが、40歳代の私から観ると、これは悲劇です。それも、十分起こり得て、陥る可能性があるような。惑っていますから。
警鐘を促している作品にすら見えます。
<以下、あらすじがネタバレするので、公演終了まで白字にします。公演は本日、月曜日まで>
デザイナー事務所を立ち上げて、10年近く、38歳、片桐卓。
若かったためか、ケンカするように会社を辞めた後、独立。厳しい日々が続いたが、半ば意地になって必死に頑張り、今に至る。
内助の功も大きい。妻の父が会社の社長で裕福なので、資金援助をこれまでにもたびたびしてもらっている。向こうの本音は、こんな小さな事務所はたたんで、義父の会社の後継ぎをして欲しいようだが、素直に頭を縦に振ることは出来ない。確かに単価の安い小さな仕事ばかりで、家に帰らず、事務所に泊まり込みで仕事をする日も多い割には儲けは少ない。それでも、大口契約はもちろん、大きな賞だって狙いたいし、今はまだまだ頑張りたい。と同時にもういいかもぐらいの気持ちも時にはよぎっているような感じ。
そんな卓の気持ちを知ってか、妻は決して無理強いはしない。お嬢様育ちだからか、大したものは作れないみたいだが、おにぎりを差し入れしたりして、夫の体を気遣っている。ただ、今はそれよりも、自分自身の体調管理に気を使っているみたい。妻は39歳。子供を作るなら、そろそろ厳しい時期にさしかかっているから。
妻の甥は大学生。妻の兄の子供。妻にはずいぶんと可愛がってもらったらしく、とても仲良しみたい。そんな甥が、卓に相談に来ている。映画監督を目指しているのか、自主制作映画の撮影をしており、そのチラシを作って欲しいのだとか。もちろん、断る理由は無い。ほとんどサービスみたいなものだが、請け負うことにする。
あともう一つ相談事があるみたい。主演女優との恋愛。主演をはるだけあって、見た目はもちろん美人。ただ、ちょっと変わっていて、つかみ所が無い子みたい。自分の気持ちを分かっているのか、違う人と食事に出かけたりしていることを聞いて、悩み苦しむ日々を過ごしている様子。若い恋愛だからなんとも言えない。とにかく、気持ちをぶつけることだぐらいしかアドバイスは出来ない。
仕事はちょこちょこ入ってくるが、安定して依頼を受けているのが、昔、少しだけ講師をしていた頃の教え子が勤めている会社。現在、29歳。ちょうど出会った頃の卓の歳。卓は今でもそうだが、ちょっとぶっきらぼうで不器用そうなところがある。当時は、それがクールに映り、かつ内側に秘めた熱さに溢れていて、カッコよかったらしい。今の自分には絶対に出来ない。社畜と化して生きた方が生きやすいから。そんな憧れもあってか、今でも慕って、仕事を持って来てくれる。ただ、今はウェブ時代。卓のグラフィックデザインだけでは、大きな仕事を頼めない。
そのことは卓も意識している。だから、今度、新しく人を雇うつもりらしい。
面接を受けに来た女性。29歳。
大きな広告会社でウェブデザインの仕事をしていて、過労で倒れて退社。しばらく、友達の手伝い程度のことをしていたが、また本格的に働こうとしているらしい。
誕生日も近く、星座も同じ。別にそれが理由ではないが、いい人みたいだし、縁もあるのだろうと採用を決める。
その日から、デザイナー事務所は様変わりする。
女性が入って来ただけで、どこか明るくなるし、コーヒーだっておいしい。掃除が行き届くようになってトイレも綺麗だ。
働く気になり、来客にも好印象を与える空気を創り出してくれる。
それよりも、仕事の方。
これがデキる。ユーザーのニーズをしっかり汲み取り、きめ細やかな仕事っぷり。
教え子もすっかり気に入る。仕事もそうだが、女性としても。
営業能力も高いらしく、大口契約も決まり、かつてのように、小さな仕事は控えるようにした。
でかい賞を狙えるだけの大きな仕事をする。
卓はやりがいに溢れている。
そして、いつしか女性への社員としての感謝の気持ちは、愛情へと変わっていき、気付けば一線を越えていた。
二人だけの旅行。
教え子は、そんな遊びで付き合うなんてひどいと激怒。でも、卓は真剣だと反論する。
女性はこのままでいい。無理をしないでと言っている。でも、自分は真剣だ。二人で新たな生活を始める決心だってある。
そんなことを頭に巡らせていたら、かつての彼女が脳裏をかすめる。そんな勇気があるのか。いつもそうやって言うだけ。私の時もそうだった。
違う。自分の下を勝手に離れていったのはお前だ。卓は、かつての彼女の姿を振り払う。
ある日、卓は妻に呼び出される。
子供が出来たらしい。
そのことが、女性に知れる。
翌日から来なくなる。
仕事のこともあり、何度も連絡をして、ようやく出勤。
妻とのことを謝るが、女性は受け入れようとしない。
それで、卓は教え子から聞いていたことを言う。女性が前の会社を不倫が原因で辞めたことを。
だから、許せということなのか。そんなことを言っても何も変わらない。
それでも、まだ互いに想いは残っている。拭い去ることなど到底できないどうしようもない好きという気持ちが。
二人は抱き合い、一緒の時間を過ごそうとするが、卓は妻に呼ばれて帰宅する。今夜だけは一緒にいてくれという女性の言葉を背にして。
翌日から、女性は全く連絡がつかなくなる。
仕事も滞っている。
何も手に付かない卓。
妻が事務所に来て、またおにぎりを差し入れをしてくれる。お腹も順調のようだ。
甥がやって来て、映画制作が中止になったことを伝えに来る。それよりも、今は正式につき合うようになった主演女優との日々が楽しいみたい。自分の人生を見詰めるために旅に出るとか言っている。それを正社員になった方が絶対いいからと彼女にたしなめられている。
教え子がやって来る。
仕事の依頼では無い。女性の代理人として、卓に大きく2点を伝えに。
女性は新しい事務所を立ち上げた。今月いっぱいでこの卓の事務所と契約を辞めるつもりであるということ。
そして、教え子の会社もそちらに今後は依頼することになったと。
何もかも失った。卓に残ったものは・・・、
とても実直で誠実。だから、教え子にも未だに好かれているし、妻のような優しい人とも結婚できたのだろう。応援してくれる教え子や、色々と気遣いをしてくれる妻へのありがとうも忘れない。
仕事への責任感が高く、大きな夢を持っている。小さな仕事でも嫌がらずに請け負い、そんな仕事を通じて力を付けて、いつか大きな賞を目指している。
10年間も事務所を何とか頑張って続けてきた。苦しくとも、かつての会社に負けてなるものかと男気を見せて。
作品の最初の方を観て、卓のことを記せと言われると、だいたいこんな感じだろう。
でも、自信をもって書き切れないところがある。どこか違うなといった感覚。
これが、作品の後半でどんどん浮き彫りになる。
実直、誠実なんてとんでもない。そんな人が不倫をして、かつ妻とも子作りをしての生活を思い悩むことなく過ごせるわけがありません。卓は、女性と不倫をしていた頃、仕事も順調で、非常にイキイキとしていました。思い悩むと言えば、かつての彼女が頭によぎって、責められた時です。罪悪感はあるのでしょう。でも、それも全部、自分を正当化して頭から消してしまっている。
責任感が強いのではなく、自分で断ることが出来ない優柔不断なのでしょう。女性から言われて後押しされれば、あっという間に小さな仕事を切ってしまいます。大きな賞の話も、大手会社との契約が取れて、自分の足りない才能に下駄を履かせてもらったような環境を得たからのようです。
事務所の経営は、妻の実家頼り。不器用そうに見えて、実は非常に器用に立ち回っている。
どんどん、あかんなあ、この人となってくる。
じゃあ、周囲の人たちはそれに比べて、ちゃんとしているのかというとそうでもない。
女性は魔性とも思える妖艶さを武器に、世の中を上手く立ち回っている。意識はしていないのかもしれないし、それにより辛い目にも合ってきたのかもしれないが、結局は前の大手の会社、この卓の事務所と全て、ステップアップのための踏み台としたような感じだ。それも、そこにいた男を犠牲にして。
教え子は偉そうなことを言っていても、結局は安定の道を選んだ。正しい選択ではあるだろうが、それにより、最終的に義理やら人情は捨てる。
甥は未熟過ぎる。ノウハウ本を実践するならまだしも、実践しようとすることだけで、安堵を得ているような感じだ。映画だって、最後まで身の振り構わず貫くことはしなかった。
妻は、全てを知って受け入れているのか、それとも疑いを知らずに生きてきたのか。どちらにせよ、裕福な家を基盤に、自分の生きる道の安定を固めていくような感じで、その固める材料となる夫や周囲の人たちのことを本当に分かって信頼しているとは思えない。
主演女優はいまどきの典型的な賢い若い子に映る。自分のことを非常に客観的に捉え、自分に何があって何が無いのかをよく理解している。無いものは無いまま、あるものを何とか活かしてという効率の良さはあるだろうが、どこか寂しい気がするのも事実。そして、その考えは他人である甥にまで、恋人となったことで及んでいる連鎖が気になる。
結局、みんな、色々なことから、勝負せずに、逃げているのだろうなと感じる。
妻の兄だって、あと継がずにきっと逃げているんでしょう。卓の元カノだって、結局は向き合うことを辞めて、逃げたのでしょうから。
全てが完璧に揃って、場が整わないと勝負できない。これは、自分も40歳代なので、よく分かります。勝負しないことを逃げだと言われると、認める反面、ちょっと違うとも言いたくなりますね。勝負してダメだった経験を持っていますから。そのうち、配られているカードで何とか勝負する狡猾さを身に付けるわけです。
若い頃は恐れずに勝負しなさいよとも思いません。勝負してダメだった時は辛いですし、その悲しき姿はこの作品の卓のラストに現れていますから。ただ、過小評価をしていたらもったいないですね。正確な自分の評価をするためにも、どんなことに挑戦したら、えらいことになるのかを知るのはいいのかもしれません。
この作品も、アラフォー男が、恋愛にも仕事にも挑戦する、してしまう悲劇でしょう。何も無ければ、援助を受けながら、小さな仕事をやり続け、頑張る自分をある程度は認められていたのですから。
それが、援助はもう無くなり、会社を継ぐような話へとなるでしょう。一度失った信頼はなかなか取り戻せません。小さな仕事ですらきっとあまり入らなくなることでしょう。もう、頑張る気力も無くなっているのではないでしょうか。頑張っているということは、自分自身の支えにもなっていたはずですが、恋愛にうつつを抜かしてしまうと、そんな頑張りだって本物では無かったんだということを知ってしまいましたから。漠然とは分かっていたのであろう、才能の限界も明らかに現実として突き付けられてしまいました。
挑戦して失敗した時の姿です。失うものばかり。いや、次のステップのための何かを得ているんだ。なんてことを言われる場合もありますが、私は得るものは実はほぼ無いような気がします。強いて言えば、その経験だけ。まあ、その経験こそが大きな大切な財産だとも言えますが。それだけ挑戦はリスクが高いものだと思います。
卓は何か得たのでしょうか。私にはそれが見えません。妻と新しく授かった子供。いや、それは得たのではなく、残ったものです。
アラフォーの挑戦の失敗の姿は、あまりにも悲しいです。
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