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2015年6月28日 (日)

零度の掌【May】150627

2015年06月27日 シアトリカル應典院 (140分)

在日が、親類と会うために、祖国、北朝鮮を訪ねる話。
日本を出発する時から、北朝鮮で親類と会って、また、日本に帰って来る姿を描く、それだけです。
それだけの中に、北朝鮮の現実、そこで生きる人、在日として生きる人の姿を浮き上がらせています。
心揺さぶられるのか、何なのかはよく分かりません。心が熱くなって、涙が込み上げてきます。
再会する感動、苦しみの中で必死に生きる辛さ、弱者に付けこむ汚さへの怒り、・・・
涙に繋がる要素は多々ありますが、感覚的なのでうまく書けませんが、そんな一つ一つに涙するのではなく、この作品そのものに涙が溢れてくるような感じです。
作品を観て、人の痛みを知るからでしょうか。それとも、その痛みを見せることは、自身を見詰め、その痛みを思い起こすことになるのに、それでも、見せようと真摯に描こうとされているからでしょうか。
ほんまもんを見た。だから、そこにいるほんまもんの人たちの姿に心を打たれた。多分、そういう作品だったように思います。

日本で在日として暮らすキム・ソンファ。
家族は、父、妻と娘。
ソンファが、24年ぶりに祖国、北朝鮮へと向かう。
小4、中2、高2と訪ねて以来。
行先は、伯父の家がある、工業都市である清津。
といっても、もう伯父は亡くなっている。恐らくは労働環境もそれほど良くなく、事故が原因だったらしい。
それだけではない。幼き頃に、共に遊んだ従兄弟を含めて、あの時会った親類の多くも亡くなり、今では伯母と二人の従姉妹夫婦がいるだけ。
従兄弟は、伯父が亡くなってから、苦労が絶えず、酒に溺れるような生活で身を滅ぼしたみたいだ。北朝鮮では、決して稀なことではない。
従姉妹の一人には、息子がいる。夫は軍に配属されて、長期間、家を空けている。そんな甥っ子が、幼き頃に出会った従兄弟と同じぐらいの歳である。

父は、これまでずっと、自分の身を削って、伯父に多大な援助をしてきた。
本当は、父も一緒に行きたかったが、旅費の問題もある。
その費用を、伯母たちに渡した方が喜ばれるだろうということで、断腸の思いで諦める。
物資不足なので、荷物もたくさん。ダウンジャケットや、ビタミン剤、本当に喜ばれるのか、100均で購入したレベルの老眼鏡。23kgまでという規制など、すぐにオーバーしてしまう。
始まりはそんな出発の時を描いて、ソンファは、昔は長い船旅だったが、今では北京空港を経て、平壌へと降り立つ。

旅中、ソンファは、親戚や友人たちに会いにやって来たコテコテのおばちゃん、母の病状がかんばしくなく、その最期までの短い時を会いに来た年配の女性と出会う。
ソンファのように若い人が、祖国を訪ねることは珍しいようだ。
向こうでは案内員と呼ばれる人たちが出迎えてくれる。国家からの指示の下、入国する在日を含め、外国人の身の周りの世話を担当する。
さらに、私戚責任部と呼ばれる人が、在日がその親戚と面会するための段取りを整える。

日本で通常、情報が入ってくるように金元帥を崇拝する姿はあるものの、写真撮影は自由だし、拘束されることもなく比較的自由。
外国の文化も普通に入って来ている。一部の上層階級に限られるものの、カフェでカプチーノを一杯なんて洒落た時間を過ごすことも出来る。
厳しい規制が敷かれているといっても、その隙間を抜いて、様々な海外の情報は入ってくる。時代は確実に流れていることが感じられる。
長い時を経ているので、町の風景は変わっているが、それ以上に中国資本が入っていることがよく分かる。電化製品なども、すべて中国経由で流れてくるからだろうか。
たとえば、食事も中国産の物が流通している。その結果、添加剤の問題などもあるのか、子供たちの発育に影響を与えているみたいだ。以前に比べて幼い感じの子供が増えている。

そんな北朝鮮の、時代の移り変わりを経た現実の姿を描きながら、闇の部分も描かれる。私戚責任部の人は、自分を介してしか親類と会えないことを利用して、ろくな仕事もしていないのに、賄賂を要求してくる。断って、祖国に住む親類に被害があると困るので、弱みにつけこまれ強くはでれない。祖国に来る在日をもてなすのは国家指令。そこに利権を得ようとする者がいる。
貧富の格差は依然、大きい。在日が親族にいれば、ソンファの伯父のように援助を受けることが出来る。それで物を買える。買えるから値が高めで固定される。在日は経済を狂わせる一因であるようだ。
ソンファは、親類に会って、土産とお金を渡す。お金の配分で揉める。ギリギリの生活。望み始めたらキリがない。ソンファが来たことは、近所の人たちも皆、知っている。妬みは大きい。近所にも金を配ってあげないとそれはおさまらないだろう。

ソンファは、悩む。在日が祖国を訪ねるということを。
祖国なのに、国家によってもてなしを受けるように扱われる。経済をおかしくし、そこで生活をする者たち妬みを抱かせ、関係をおかしくさせる。
自分たちは一体、何者なのか。訪ねるべきではないのか。
そんな疑心を抱き始めるが、そこに血を感じる。 いくら、お金で揉めようとも、ソンファとの再会を心から喜ぶ親類たち、そして、甥っ子という次世代に繋がる血の歴史。
血を感じるのは、向こうも同じで、案内員は、身近に祖国の闇を感じながらも、希望の光も決して失わない。祖国に失望しないで欲しい。それは、同じ血を持つ同胞への、これからを誓う言葉のように聞こえる。

ソンファは日本に戻る。
数か月の時が経ち、娘が朝鮮学校へと入学する。今日は入学式。
同時に、清津から、数か月の時をかけて手紙が届く。凍てつく寒さが体に響いたのか、伯母が亡くなったらしい。
綺麗な民族衣装を身に纏い、元気な姿、輝く笑顔で入学式を迎える娘。数々の苦難の中、祖国でその命を終えた伯母をはじめ、多くの親類たち。
娘はこの日本という地で、これからを生きていくだろう。甥っ子は、祖国で力強く生きるだろう。二人が会う日が来るかもしれない。
血は近くて遠いこの国同士で、繋がり、流れ続ける。
決して終わりではない。たくさんの悲しみと失望の中に、必ず喜びと希望が隠されている。
その光が、私たちの始まりをきっと告げている・・・

沈黙。国と人。
そんな言葉が頭に残ります。
沈黙する国。この言葉だと、どこか、もう入り込めないような印象を受けます。
沈黙する人。この言葉なら、語りかけることが出来るような気もします。それはきっと血が流れる人同士だから。
そこに始まりは生まれるのかもしれないような気がします。
作品名の零度。零度は冷たいイメージしか持てませんが、そこに掌がつけば、温かみが生まれるような気がします。そんな出発点の零度が、暗闇から光が生まれ、やがてそれが拡がるようなイメージと同調します。

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