かつての風景【ikiwonomu】150622
2015年06月22日 KAIKA (70分)
素晴らしいマイム公演でした。
主宰の黒木夏海さんの作品は、以前に拝見した時に、とても分かりやすく、ちょっとくすりとしてしまうコミカル要素も絡めて、温かく優しい空気を醸されるので、お気に入り。
観逃すわけにはいかんと、公演激戦の土日を外し、ちょっと仕事の都合は無理矢理つけて、月曜日に伺ったのですが、期待以上に素敵な時間を過ごせました。
やはり相当、鍛錬を積まれているのでしょうかね。
その役者さんの動き、表情、たまに発せられる声は、緻密で繊細で。まさに、息をのむ観劇状態になりました。
そこにある物、ひいてはそれらが創り出す風景、音、言葉などが、実際に見る、聞くを超えて伝わってくるような気がします。何だったら、何か匂いまで漂ってくるくらいです。
そして、その状況の中で、感じる登場人物たちの心情。そこにあるかけがえのない大切な想いが、何よりも美しく尊きものに感じられ、心震わされます。
ふと出会った男と女。
どこか波長が合ったのか、互いに少し意識をし始める。
そんな出会いを繰り返す中、二人の歩幅、歩調は揃い始め、同じ先、景色を見るようになる。
会えば、自然に笑顔がこみ上げて、気付けば相手を見詰めている。二人で一緒に見る風景、食べる食事、語り合う話題・・・その全てが二人に幸せな時間を与えてくれる。
でも、そんな二人にもズレが生じ始める。歩幅は微妙に異なり、歩調は狂い、同じ道を歩けなくなる。見ている先もどこか違うようで、その風景は互いに異なり、共有できなくなる。いつしか、二人は別々の道を歩み始めていた。
女はおばあちゃんを連れて、おじいちゃんの葬式に向かう。
おばあちゃんは少し前から、痴呆の症状が出始めており、葬儀に来ている人の顔どころか、おじいちゃんの遺影を見ても誰か分からないみたいだ。自分だけの閉じこもった世界。彼女にはお坊さんの厳粛な木魚の音も、ちょっとしたラップぐらいに聞こえている様子。
そんなおばあちゃんに、女は優しく笑顔で接している。
食事。おばあちゃんも美味しそうに食べる。
おいしい。自然に笑顔が湧いてくる。
おいしいねえ。そう言い合って、二人で抑えられずに笑い合った。その目の前にはいつも愛するあの人がいた。
おばあちゃんは、あの人、おじいちゃんとの時間を回想する。
男は、女との別れで傷心したのか、引越しをする。
腰を痛めて頼りにならない業者に呆れながらも、荷物は部屋に詰め込んだ。
お隣にご挨拶。おばあちゃん。おかえりなさい、ごはん食べましょうか。
おばあちゃんに言われるがままに、部屋の中に入れられ、食事。
おいしい?。はい、おいしいです。それは良かった、楽しいと笑い合う。男の笑顔はぎこちないが。
そんな繰り返しの時間の中、おばあちゃんは突然、男にあなたは誰だと言い出し、怯え始める。
仕方なく、男はヘルパーらしき人に連絡。
やって来たヘルパーは、すっかり忘れていたが、昔はくだらんことをして、一緒に遊んだ友達で、状況はすぐに理解してもらう。ヘルパーからおばあちゃんは痴呆になっていることが伝えられる。
男はヘルパーから、おばあちゃんのことを聞く。
おじいちゃんとの出会い。おじいちゃんが、一人、部屋で倒れているところ、飼い犬がお隣に住むおばあちゃんに助けを求めに。
男の一人暮らしで栄養失調気味だったのか。きっとおじいちゃんは、作家で原稿に行き詰って、だいぶ無理をしていたのだろう。全く描かれていないけど、多分。何で分かるかは、昨年のこの公演のプレみたいなものを観られた方なら分かるだろう。観てなくても、きっと12月の次回公演を観に行けば分かるはず。
おばあちゃんは料理を振る舞う。おいしそうにガツガツ食べるおじいちゃん。二人の仲は深まる。
そして、海辺でプロポーズ。結婚して、娘をもうける。そんな娘も立派に育って、家を出て行く。寂しいけど、また二人だけの生活が始まる。
おじいちゃんは相変わらず、おばあちゃんの料理をおいしそうに食べる。
おいしい。こんなおいしい物を食べたのは初めてだわ。
おばあちゃんのそんなおかしな言葉をきっかけに、いつしかおじいちゃんの顔すら分からなくなるまで、おばあちゃんの痴呆は進行した。
今、おじいちゃんは引きこもるように、部屋に閉じこもっている。食事もまともにとっていないみたいだ。
男とヘルパーは、ご近所さん、仕事として、そんな老夫婦と接しながら、二人の心に触れ合っていく。
男はおばあちゃんがある写真をとても大切にしていることを知る。その写真は、自分には分からないが、おじいちゃんに見せれば、まだ、おばあちゃんはおじいちゃんのことを愛し続けていることが分かるだろう。思ったとおり、その写真はおじいちゃんを元気付ける。
また、おばあちゃんの料理をおじいちゃんが食べる日がやって来る。男とヘルパーも同席しての、楽しく笑い合う時間。
でも、そんな時間は長く続かない。おじいちゃん、倒れる。急いで、病院に。
待合室で、ヘルパーがそわそわしている。
老夫婦には娘がいる。今、病院に駆けつけている。その娘が、ちょっといいらしい。どこがと言っても、普通としか言えないのだが。しかも、どうやら、老夫婦の家での近況を報告したりする時の感じから、娘もヘルパーをちょっといいと思っているらしく。
娘がやって来る。男の顔色が変わる。娘も同様。スレ違いで別れた男と女。
娘はとりあえず、病室に入り、おじいちゃんの様子を伺う。意識はあるようだが、大丈夫とは言えない状態みたいだ。
娘が病室から出て来て、気付く。おばあちゃんがいない。
みんなで必死に探すが、どこへ行ったのか見当もつかない。
おじいちゃんは、その様子を意識まばらに聞いていたのか、意を決して病室を飛び出す。海辺にたどり着く。そこにはおばあちゃんがいる。
おばあちゃんは、やはりおじいちゃんのことを分かっていないみたいだ。
おばあちゃんは、おじいちゃんに、私はここでプロポーズされたんですと笑顔で語る。
分かっていようといまいときっと関係ない。今、ここで二人で、あの時のように同じ暗い海の風景を見詰め、同じ波の音を聞いている。
それが二人の愛の証。おじいちゃんは、あの時と変わらず、今のこの瞬間までずっと続いたおばあちゃんとの幸せな時間を胸に、おばあちゃんの肩にもたれかかって、あの世へと旅立つ。
色々な回想を巡らせたのか、おばあちゃんは食事の席から立ち上がり、外へ駆けて行く。
あの人がいる。
たどり着いたその先には、おじいちゃんの遺影があった。
やっぱり、あの人だ。おばあちゃんは愛おしそうに、大切に大切に、自分との幸せな時間を共に育んだおじいちゃんの遺影を抱き締める。
おじいちゃんの旅立ちの最期は、あの頃の互いに愛を確かめ合えていたおばあちゃんの姿を見届けることが出来たみたいだ。
葬式も終えて、だいぶ落ち着いたのだろうか。
二人の仲睦まじい男と女の姿がある。
二人でこれから歩く道を感じながら、その先を見詰め、今の風景と音を共有し合っているみたい。
そんな姿に、言葉にならない声をあげる男がいる。友を祝福する気持ちと想い通じず悲しき気持ちが交錯する苦悩。
そんな男に、おばあちゃんは忘れなさいと、いたずらっぽく笑い、肩を叩いて励ます・・・
マイム公演いいですねえ。
何を気に入っているのかは、よく分かりませんが、きっと見えてくるのがいいんですね。舞台に景色が。
舞台上の役者さん方の動きや、今回は少し言葉と音楽でも創り出されるものであり、登場人物が見る景色ですが、同じものなのかは分かりませんが、私の心の中にも、しっかりとその景色が膨らんでいるのです。それは私だけのとても大切なものだと思うのです。そこから、登場人物たちと同じように、私の心の中にあるものに目をやろうとしているような感じがします。
想い合いが途切れるって、何で分かるのでしょうかね。
相手が自分のことを想わなくなった。それは、何をもってそう判断しているのでしょうか。相手に聞く。聞けば分かるでしょうが、聞けない場合もあるでしょう。この作品のように痴呆で明確な答えが得られないとか、別れによってもう聞けないとか、既に分かつ距離が出来てしまい聞けないとか。消えずに残っているのかもしれません。かつて、想い合っていた頃の風景を眺めてみれば、そこに答えがあるような気もします。
自分が相手を想わなくなった。本当にそうでしょうか。実は、相手が自分を想わなくなったという前提で、そうした事実を作ることもあるように思います。心の奥にはまだ想いが残っているのでは。これも自分をたどれば、そこに消えずにある想いに行き着くような気もします。
要は根底に愛し合った、想い合った事実があり、そこに共通の景色がまだ見えるなら、それは残り続けており、また繋がるのかなと感じます。
おばあちゃんとおじいちゃん、男と女の姿からそんなことを思い浮かべながら観ていました。
そして、最後に、そういった共通の風景を持たない者には、残念ながら想い合いは生まれていないという厳しい事実も描かれているようです。
優しい人を見たら、何か優しくなろうとするような気がします。頑張る人を見れば、同じように頑張ろうかなと。
この作品にはそんな力があるのではないでしょうか。
現実、もう想い合うことは出来ない人はいます。でも、そのかつての想い合っていた頃の風景まで自分から消し去る必要はありませんね。
逃げずに人を想おう。
自分の心の中にあるかつての風景の数々は、写真のように、どこかに残されているはずです。それを大切に引き出し、これから出会う数々の人たちとも、そんな素敵な景色を共有していけばいいのではないかなと思わされました。
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