彼女の起源【劇団鹿殺し】150611
2015年06月11日 アイホール (110分)
圧巻。
凄まじい舞台でした。
生演奏や歌による豪快でパワフルな空気の中、生きることの苦しさや、同時に感じられる優しさが繊細に描かれたストーリーが展開される。
妬み、裏切り、憎しみに囚われて、自分を狭い閉鎖空間に追いやって、それに満足だと言い聞かせていたような父と姉。
そんなことないよ。誰もそんな時間を過ごしてなんて言っていない。せっかく何にでもなれる可能性を持っているのに、そんなことしていたら、気持ちも冷たくなって、もう何にもなれなくなってしまう。外を見てみよう。自由に飛び回って、あなたの可能性を追求できる場所が拡がっているから。
そんなことを弟が、家族への、兄弟への想いを声にして伝えたような話。
<以下、ネタバレしますので、公演終了まで白字にします。公演は日曜日まで。今週も公演激戦だけど、かなりお薦め>
キューポラのある町。
鋳物工場二代目の職人、伊砂夫は、小学校の先生の華江と結婚。
すぐに、女の子、陶子が授かる。陶子は、華江と姿形だけでなく、仕草や言動がそっくりで、伊砂夫は陶子を非常に可愛がり、好景気にも恵まれ、仕事に励む。
伊砂夫は溶かした熱い鉄から、色々なものを創り上げる。
華江はなかなか魅力的な女性で、結婚する前も議員や野球選手との恋話があった。
伊砂夫は、議員を川に突き落とし、華江を略奪。議員は水が怖くなり、まともに働けなくなったらしい。
野球選手は、アナウンサーと婚約するとのことで、華江とは会わないという一筆を書いてもらうことに。その時に、野球選手の車の前に飛び出し、車が横転。男の選手人生を奪う。
陶子が生まれた後も、工場の仕事が忙しく、陶子の面倒を見てくれている華江の同僚の先生との関係を疑う。男が猫アレルギーだったので、家に大量の猫を飼って撃退。
伊砂夫の華江への愛情は、徐々に嫉妬へと変わってしまう。
そんな中、弟の三樹夫が生まれる。
伊砂夫は、何となく自分の子じゃないかもしれないという不安を抱えている様子。
そのためか、華江は三樹夫をとても可愛がり、陶子は自分が阻害されているような想いを抱くようになる。
そんなある日、華江はバイクに轢かれて亡くなる。
この日から、陶子は2階の四畳半の部屋に監禁された生活を過ごすことになる。伊砂夫は、華江とよく似た陶子までもが失われることを恐れたみたい。
三樹夫には、陶子は虫歯菌が頭に入って死んでしまった。2階に上がると、その虫歯菌の亡霊に殺されると脅して近づけないようにする。幼い三樹夫はそれを信じるしかない。
一度だけ、三樹夫は2階に上がり、扉越しに姉と会話するが、伊砂夫にボコボコにされる。
四畳半の部屋には、母が残したたくさんの本、ラジカセ。そして、事故以来、母の姿をした鋳物しか作れなくなった伊砂夫の作品たち。
食事は、金目当て再婚した伊砂夫が通うフィリピンパブで働く女が毎日持って来てくれる。
陶子はこの閉じこもった狭い空間で、鋳物の母と外の世界を飛び回る空想をしながら、時間を過ごす。ここには、生きるための必要な物が全て揃っている。だから、満足だと言い聞かせながら。
それから7年。大きくなった三樹夫は、キューポラのある鋳物工場から、自宅の2階を覗いている。鉄の扉で覆われた、外界とは閉ざされたその部屋には、きっと姉がいる。
三樹夫は、ラジカセで、カセットテープに自分の声を吹き込み、フィリピン人の母に金を渡して、食事の時にそれを持って行ってもらうことを考える。そうすれば、姉は自分の声を聞き、カセットを巻き戻し、姉もまたそのカセットに声を吹き込んでくれるはず。
作戦は成功する。陶子と三樹夫は、声だけではあるが、初めて繋がりを持つことが出来た。
陶子は、7年にわたる監禁生活からか、自分の世界はこの四畳半で満足だと言うが、三樹夫はそれを否定する。自分は姉を救い出したい。
そんな弟の想いに、姉は本当の気持ちを溢れさせる。外の世界に出たい。そして、自分の思うままに飛び回りたい。鋳物のように、何にでもなれる自分を楽しみたい。
その日から、陶子と三樹夫のカセットでの声のやり取りを通じた脱出計画が始まる。
陶子は、気合で鉄の扉をぶち破れるのではないかなんて、無謀なことを考えて、実行してみるがやはりダメ。外にいる三樹夫に頑張ってもらうしかない。
その頃、三樹夫は中学生になり、うんこ漏らし仲間の友達と三人組のバンドを組む。
三人はアリス風のフォークソングを作って、路上ライブを繰り返す。そして、NHKのど自慢に出場することに。
何をのんびりとといったところだが、実は、三樹夫には考えがあった。
伊砂夫は、大ののど自慢好き。全国大会まで出場して、親孝行をしたいとその会場に伊砂夫を呼び出す。
当然、家は空っぽになる。三樹夫は、実際は大会には出場せず、家で待機。鍵はフィリピン人の母が預かるはず。三樹夫は若い男の体を利用して、母を誘惑。鍵を奪い取り、姉を救出。
完璧な作戦だった。しかし、開けた扉の向こうには姉ではなく、なぜか伊砂夫がいた。
時はバブル崩壊の不景気突入の時代。就職難に苦しむ二人は伊砂夫に職を斡旋してもらい、裏切っていた。
陶子は工場に連れて行かれ、そこで働くことに。
三樹夫は、陶子の監禁されていた部屋に閉じ込められる。伊砂夫は、音痴の自分から、こんな歌がうまい子は生まれない。三樹夫は、華江の過ちの子だと考えたみたい。
二人の生活は逆転したが、カセットを通じた交流を続ける。
今度は、陶子が三樹夫を救い出す番だ。
伊砂夫は、華江の事故の犯人を捜し続けている。陶子もそれに協力する。
犯人が捕まり、その恨みが解消されれば、きっと三樹夫も出してもらえる。
ところが、陶子は外の世界を楽しみ始めてしまう。
長年の閉鎖空間から解放された陶子にとって、外の世界は何もかもが魅力的に映る。
捜査も進みはするが、数年たって、ようやく3人に絞れただけ。
その間に三樹夫の心は病み始める。そして、時代の流れで、CDが販売開始され、もうカセットは販売終了となってしまう。部屋のラジカセも、もうほとんど動かなくなってしまっているみたい。
1999年7月。ノストラダムスの大予言で空から大魔王がやって来ると言われた時。町に大型の台風が接近する。
その暴風は、部屋の鉄の覆いを吹き飛ばす。そして、その2階の部屋から三樹夫は飛び降りて帰らぬ人となる。
その日から、監禁生活から解放され、陶子の動き出した時計の針は、再び止まってしまう。
工場は不景気で、経営難に陥る。
華江の恋した議員、野球選手、同僚の先生が、なぜか雇われている。3人の犯人候補は、結局、この人たちになったみたいだ。
借金取りもやって来る。かつて、伊砂夫が就職斡旋した三樹夫の友達たち。
陶子はテレクラのさくらのバイトをして家計を助ける。
そこで、ある女性と出会うことで再び、時計の針が進み始める。
野球選手とアナウンサーの娘。彼女から、陶子は華江の事故の真相を聞き出す。
工場は閉鎖することに。
最後のお別れパーティー。
明日からはフィリピンでやり直すのだとか。
あの四畳半の部屋も、フィリピン人の母が金目当てでだいぶ片づけたらしい。
そこで、見つかったカセットテープ。陶子はそれを奪い取る。
このパーティーには、大きな目的があった。
そこで、伊砂夫は、華江を轢いた犯人を殺害するつもり。犯人は野球選手。
華江の姿に化けた陶子にびびったところを、狙い打つ。
ところが、野球選手は華江を轢いたことは認めるが、事故の時のことを語り出す。
小さな男の子が飛び出してきた。その子を追って華江も飛び出してきたので間に合わなかった。
そして、その小さな子は、誰かに背中を押されて飛び出した。背中を押したのは、女の子。
陶子の頭の中に、封印していた過去が蘇る。
四畳半の部屋に閉じこもり、鋳物の母と会話する。
全ては自分の嫉妬からだった。それを、この部屋で無かったことにしていた。
そして、三樹夫が監禁された時も、救出すると約束しながら、外の世界を楽しみ、忘れてしまっていた。
自分は自分のことだけ考え、三樹夫を殺してしまっていた。外の世界に出ても、何も飛び回れていない。
カセットを聞く。
そこには、あの台風の日の三樹夫の声が残っていた。
犯人が捕まったら、伊砂夫はそいつを殺す。そして、自分も死ぬつもり。その時、絶対に陶子も一緒に殺される。だから、自分は陶子を助ける。
台風で部屋の扉が開いた。
外の電線に掴まれば、外に出れる。自分は必ず、陶子に会いに行く。
その後、音声は途切れる。地面に頭をぶつけてしまったから。
三樹夫は、自殺などしていなかった。最後まで、陶子に会いに、外の世界に出るという強い意志を持ってくれていた。
陶子は、あの日の三樹夫に呼びかけるように、カセットに声を吹き込む。三樹夫の声が聞こえてくる。
そして、あの日、実現できなかった二人が手を取り合う姿を頭の中で思い浮かべる。
ふと気付くと、そこには一人の陶子と、作業をする伊砂夫。
伊砂夫は、母の鋳物を全て鉄に戻すつもり。
何にでもなれる熱く溶けた鉄。その煙はキューポラから、この町の空を漂う。
陶子も、まだまだ何にでもなれる可能性を秘めて、この決して狭くない町へ、そして拡がる外の世界へと再び歩み出す。
圧巻の舞台でしたね。
音楽を駆使した力強さと同時に、繊細で優しく、かつ、ちょっと不条理なコミカルさも漂わせて繰り広げられる話。
演劇と音楽の融合なんて、言葉にしたら簡単過ぎますかね。
これは、確かに称されているとおり、音楽劇ですね。ミュージカルでもない、演劇舞台に音楽を取り込んだのでもなく、鹿殺しだけの音楽劇なのだと感じます。
そんな一つの表現世界を切り開いたといったところでしょうか。
嫉妬。伊砂夫も陶子も、結局はこれに囚われてしまって、狭い空間に自分を追いつめてしまったみたいです。
三樹夫は陶子に背中を押されたことを知っていたのでしょうか。何か知っていたような気がしますが、そんなことはどうでもよかったのでしょう。
三樹夫は、拡がる外の世界で羽ばたいて、自分の可能性を様々な形で得ていく。そんな自分への愛が、妬み、憎しみ、悲しみといった負の感情を打破してしまうことを信じていたように思います。
自分の都合の悪いことや、悲しく苦しいことを単に忘れてしまったり、封印してしまったり、正当化するために時間を費やすなら、自分を高め、輝かせるためにどうするかを考え、動き出すための時間にしようと言っているようです。
そして、それが、今、出来ることをひたすらやって、生きていくのだということに繋がっているように感じます。
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