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2015年4月30日 (木)

ゲシュタルトの肌【meyou】150429

2015年04月29日 コモンカフェ (65分)

リーディングとコンテンポラリーが融合したみたいな作品。
正直、難しい。
ゲシュタルトぐらいは一応調べて観に伺った。
何となくは分かるが・・・
今、ここにある自分に気付く。人間をバラバラの個ではなく、一つのまとまった全体像として認識する。ゲシュタルト心理学の概念らしい。
すべてはあるがままにみたいな感じなのかな。何かの個に対して、自分が存在しているのではなく、自分は自分でこの世界に存在している。
何か、宇宙の中の運動し続ける粒子みたいな感じか。ぶつかり合う粒子もあるだろうし、永遠にぶつかることの無い粒子もあるだろう。ぶつかって融合したり、弾け合ったりも。でも、そんな粒子たちが宇宙を創造しているみたいな感覚。
そんな感覚をイメージすると、どこか心が軽くなる気もする。
自分の心の中の声。それを身体に、肌に聞いてみる。意外に自分のことは自分では気づいていないのかもしれない。悲しみや喜びの心の声を、今いる自分の周囲の人たちと一緒に絡み合いながら耳を傾けているみたいな作品だろうか。

姉妹なのか、友達なのか、家族なのか。舞台で動く5人の女性は一つのコミュニティーの中に存在しているかのよう。
個々が自由に動く、語る。同調はしない。でも、語る一つの本が社会のように、あるコミュニティーの一員であることを認識させる。
最初の段階では漠然としているが、どうも、いつも、そばにいた人が亡くなったのか、そんなシーンでは、個々が一つの仲間、姉妹のような集団として具体的に見えてくる。
喪服姿。
出会った4人。引き合わせてくれた人。
別れたからこそ、出会ったことを想える。大切な出会いを想い、別れを慈しむ。
遺品なのか、服をたたんで、自分の心を整理する。

役者さんは服装が色分けされている。何か缶バッチみたいなものも付けている。文字が書かれていて、何か意味があるのかと読み取ろうとしたが、クネクネと柔らかい動きをされるので、見えない。一瞬の隙をみて、「ぱ」と「い」は分かったが、これでは意味付けまでは難しい。
彼女たちは色みたいなイメージだろうか。その色はきっと自分色。
そこから一つの絵が出来上がる。それもまた自分。一つの絵の中に存在する自分。
水死体なんていう言葉も出てくるが、水に溶け込む自分みたいなイメージか。

視線。何かある。そこから始まる何かを見詰めている。
過去の問題を消し去るのもゲシュタルト心理学の一つの考えみたいだから、振り返ることですら、見詰める視線はその先になっているのだろうか。
語られる本の内容は過去にあったことのようだが、それはこれから起こることのようにも聞こえてくる。
その夢のような内容から、自分がその夢を経験した一人かのように深く潜り込み、その夢の意味合い、自分の心の声へとたどり着く。

よくあるコンテンポラリーダンスと異なり、表情を完全に消していないので、どこか感情が滲み出ていて、普通の一人の人間として観れるところは観やすさか。ただ、同時に上記したように、色だとか粒子みたいに記号化をイメージさせるところもある。
客席側から舞台に向かって斜め上に伸びるひも。それが舞台の天井から垂直にぶら下がる。床には、自分を包み込んでいるかのような布が広げられる。
じわじわと自分を見詰め、ある段階から、自分の心深くまで入り込むようなイメージか。垂直入眠のようなものとも同調しているかのよう。でも、その垂直に落としこまれた舞台上にこそ、自分が思いのままに動き語る場がある。

最後は、役者さんの服が変わって、冒頭の繰り返しのようなシーンとなる。
元の場所、時間。でも、それは過去ではなく、また、出会い、これから始まる場所のように映る。

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