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2014年11月17日 (月)

姉妹たちよ【女性芸術劇場】141115

2014年11月15日 ドーンセンター7階ホール (110分)

樋口ミユさん<PlantM>さんの演出で、6人の劇作家(作品順に、林慎一郎さん<極東退屈道場>、鈴木友隆さん<ともにょ企画>、芳崎洋子さん<糾~あざない~>、岡部尚子さん<空晴>、サリngROCKさん<突劇金魚>、土橋淳志さん<A級MissingLink>)により、戦中戦後の激動の時代に活躍した7人の女性を描く企画。
大阪のシンボル、通天閣を舞台にした連作小説みたいな感じ。

連なるという感覚を意識させる舞台で、前面に向かって天井と床が斜めになって開いたような形で遠近法を効かせ、時間の流れを感じさせるようになっているみたい。ちょうど、先日、姐さん女房の裏切りで拝見した舞台と同じ形。過去を見詰める作品では定番なのだろうか。
この時は作品の話の流れから、前面で行き止まりみたいな印象だったが、こちらは一作品ごとに、描かれた女性が前に手を差し伸べ、次に描かれる女性へと繋いでいく。
当日チラシにも樋口さんが書かれているが、今の自分が、こうした様々な人たちの繋がりから生み出された存在であることを感じさせると共に、自分自身もこれからを生きる人たちに何かしらをバトンタッチするのだろうということも感じさせる。それが、
感謝やら誇りといったような感覚を得て、生まれる、生きる、死のその時まで歩み続けることの尊さに心が充足される。

・1938年 小篠綾子 25歳(ファッションデザイナー) : 「ソーリャ!」 

通天閣は吉本興業に買い取られ、大衆が楽しむ芸能文化の象徴となる。
戦争で夫を亡くし、3人の娘を洋装店で仕事をしながら育てる。
ミシンが止まる日は無い。
戦争の足音迫る暗い時代の中、女性がより輝く画期的な独自のデザインに夢を膨らます。
彼女の明るく元気な姿は、娘たちに世界の女性たちの心を躍らせる素敵なデザインへと引き継がれていく・・・

コシノ三姉妹のお母さん。こんな素敵な方だったのか。
岸和田の力強い祭りをベースに途切れないラップ調のリズムで盛り上がる楽しい舞台。
大衆と共に希望ある未来を見据える。
華やかな服作りが、これからの生活への工夫、創造に繋がっているのか。創意工夫が単なる生地を、人に勇気と喜びを与える服へと生まれて変わっていく。
彼女の高らかに夢を語る声が、みんなの力強い足音へと変わる。
祭りの楽しさと共に、失われた生を心に刻み、地に足つけて必死に頑張る決意と祈りを感じさせる。

・1941年 福永操 34歳(社会運動家) : 「あるおんな共産主義者の回想」

戦争の足音は現実ものとなる。通天閣は迷彩に塗られ、大衆の士気を高める。
軍国主義。
妻は無能。夫に従って生きる。自分では何も決められない、言葉に出来ない、行動に移せない。
夫は妻を抑圧し、妻は母として子供を抑圧する。
階級社会が引き起こす、家族すら崩壊する歪んだ人間関係。女が能力をつけることの意味の無さが漂う時代。
共産主義は違う。理想的な社会を目指して、入党する。
やがて、上層部との政略的な結婚。かつて、異を感じた母と同じ姿の自分。
三・一五事件で、共産主義者として検挙され、牢獄へ。夫はその考えを改め出獄したらしい。
牢獄で過去を振り返り、閉ざされた未来を見詰める。
仮出獄の日が来るがその先には・・・

牢獄でも、その思想を貫くために、勉強を続ける操。
かつてのまだ共産主義に触れていなかった頃の自分と対峙し、自分を見詰め直す。
数多くの同じ思想の者が、時代の流れにのって、その考えを捨てていった。
それでも、自分はこの道を進んでいく。
彼女の心に秘めた恐ろしいまでの真っ直ぐな姿が葛藤ともに描かれる。
今の時代で当たり前のことが、かつては当たり前ではなかった。それを当たり前にするために、未来を見据えて真摯に活動を続けた人がいた。
そんな信念の強さが一人の女性の静かな佇まいから浮き上がる。

・1943年 三森孔子 15歳(助産師) : 「ホオズキ鳴らし」

通天閣は燃えてしまった。形あるものはいつかは滅びる。
15歳で産婆の手伝い。うるさい婆ちゃんから無理やりやらされたようなものだが。
戦争で夫を亡くして、産婆として働く女性からは、根気強いから向いているようなことを言われるが、どうなのやら。少なくとも、ホオズキ笛を作るのは得意で、お姉ちゃんよりはセンスがあるのかも。
でも、出産に立ち会った正直な感想は恐い。
みんな同じように生まれてくる。でも、戦争で死んでしまう者もいる。死ぬために生まれるなら、生まれない方がいいんじゃないの。
お姉ちゃんは言霊で本当になるから、そんなこと言ってはダメだと言う。
たとえ、死ぬと分かっていても、生きてきたことが大事。そう思わないとやってられない。亡くなった夫だって、短い一生、そして、一緒に過ごしたわずかな時を、生きていてよかったと思って死んだと思わないと辛いやら悔しいやら。
そういえば、ホオズキ笛を教えてくれたのは、お姉ちゃんの旦那さんだった。私の中に受け継がれるお兄ちゃんの命。ブっとほおずき笛が鳴る。
お姉ちゃんは鳴らし方も不器用でヒーって。ヒーヒーフー・・・

有名なラマーズ法を日本に広めた人らしい。
死を間近で見詰めた人だから、新たな生命の誕生のため、より良く出来ることに取り組めたのだろうか。
人は死ぬ。悲しいことだ。それも、戦争なんかで自分たちでその死の道にわざわざ導こうとしたりする。
でも、人は生まれる。絶対的に喜ばしいことだろう。生まれて、この世で過ごす時間。それはどうであろうと素晴らしきもので、その素晴らしさを一つでも多くの命に味あわせてあげたいという祈りだろうか。

・1944年 林芙美子 41歳(作家) : 「その続き」

故郷を持たない放浪者。
数々の男との遍歴もある女性。
その中の一人の男は、画家を捨て、彼女と共に生きることを決意する。子供も引き取り世話をする。
全ては、彼女の作品のため。
通天閣は鉄くずになって、国に献上された。
戦争は形だけでなく、その魂まで奪った。
戦争で筆を置いた彼女が再び筆を持つその日まで。

失礼ながら、全く知らない人だったので、なんでこんな話になるのかがよく分からずで、今になってwikiで調べる。
確かにずっと放浪していたような人だったみたいだ。
家が貧乏で庶民派と唄われながらも、金銭に余裕が出来ればパリにポーンっと行ったり、軍国主義のプロパガンダ小説として非難されたり、思想を疑われたりと評判はあまり良くなかった模様。それでも、庶民のことを想った作品が数多く残されて評価されているみたい。それは、全て、戦後、自由にものを書ける時代になってからの作品のようだが。
きっと、色々と世間から言われていた時も、ずっと庶民の立場に立って物事を考えていたのだろう。ただ、あまりにも自由奔放で当時は行動的過ぎるところや、戦争という時代に、そんな彼女の真の魂が消し去られたような感じだろうか。
形を失ったばかりか、そのクズまで戦争に使われて魂まで奪われた通天閣。そんな通天閣でも、いつの日かきっと人々の想いが再び魂を作り出し、立派な形を取り戻すという当時の人たちの願いを彼女の人生、作品たちと同調させているのか。

・1945年 増井光子 7歳(獣医師)、米沢冨美子 8歳(理論物理学者) : 「アフリカの森」

動物が大好きな少女。図鑑を抱え、見る者全てが動物に見えるみたいだ。
友達も、友達のお母さんも、おじさんも、先生も、お母さんも。
この時代では見たことも無いウォークマンで音楽を聴きながら、リズムを刻んで歩く男。ゴリラじゃないか。
私たちにとっては当たり前のことにいつも疑問を感じて理屈付けしようとする変わった友達は、日本にはゴリラはいないと言う。そんな、なぜ晴れた日は洗濯物が乾くのかなんか調べていないで、一緒にゴリラを探してくれたらいいのに。
お母さんに動物園に連れて行ってもらう。
たくさんの動物たち。ゴリラはいない。アフリカに行ったら、会えるらしい。
行っていいの。そんな少女の声にお母さんはもちろんと答える。
いつか出会えるその日を夢見て、少女は期待を膨らます。

終戦。通天閣あたり一帯は焼け野原だったらしい。
なんか、そんな絶望を感じさせる中でも、希望だったのは当時も子供たちのこんな夢いっぱいの会話だったのではないだろうか。
大人たちには見えない子供が描く未来の姿。大人たちは、今を何とかしないといけないのも現実だから。
この時代にはまだ発明されていないウォークマンで音楽を聴きながらノリノリの男の姿が、この時代の人たちはまだ実物を見たこともないゴリラとして見える。将来、獣医師として、物理学者として活躍する女の子たちだからこそ、大人には見えないものが目に映っていたのだろうか。
夢溢れる未来を思い描く痛快な話に感じる。
共に研究者というジャンルなのだろうが、生物と物理という興味の違いが子供の頃からあったのか、二人のズレた会話が微笑ましくくすりと笑いを呼ぶ。

・戦後 湯浅芳子 50代半ば(翻訳家)

通天閣が再築。新しい時代の幕開けだろうか。
明日、百合子に会いに行く。今度は本当に悪いらしい。もう長くないのかもしれない。
弟子からは、明日は朝早いので、早く寝るように言われるが、なかなか寝付けない。弟子は、明日、百合子に会いに行くのには反対みたいだ。自分のことを小説の中でさんざん悪く書いた彼女を憎んでいるのだろう。仕方が無いことかもしれないが、彼女とは色々なことがあり過ぎた。
ふと、気付くと、女は列車に乗っている。百合子も一緒だ。
シベリア鉄道。あの日だろうか。モスクワへ共に旅立った日。
夫と離婚した百合子との共同生活。それは、同性愛という新たな形式であった。
やがて、百合子が再婚、共産主義へと傾倒し、作家としての活動も盛んになり、二人に別れが訪れる。
列車の中で、百合子は未来の自分のことを聞いてくる。あなたは作家として成功し、いつの日か、自分とは別れる。そして、その命は短い。そう答える芳子に、百合子はあなたの幸せを祈るように返し・・・

目が覚めて、芳子に待っていたのは百合子の訃報。
共に文学の世界での活躍を全うするべき生き方が二人を別れさせたのだろうか。
本当は、一緒に手を繋いで、一緒にいたかったと想いを吐き出す芳子の姿が切ないのだが、彼女は決して崩れない。 この姿をみて、孤高なんて言葉を頭に思い描いたのだが、wikiで調べたら瀬戸内寂聴が孤高の人という作品で彼女を描いているらしい。
戦後、大衆は文学を楽しみにしていたのだろう。作家としての百合子はもちろん、ロシア文学に触れたい多くの人たちの願いは芳子の翻訳家としての活動に大いなる期待を背負わせたのかもしれない。
自由に生きられる時代になりながらも、本当の自分の想いとはまた別の道で人生が進む。
それでも、その自分がこれからの日本、人々のために活かせる力を最後の最後まで貫いた誇り高き精神が、その人生を心震わされるものとしているように感じる。

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