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2014年7月21日 (月)

かもめ【近畿大学文芸学部芸術学科舞台芸術専攻 舞台総合演習ⅠA、ⅡA 実習公演】140720

2014年07月20日 近畿大学本部キャンパス10号館8階演劇実習室 (120分)

チェーホフのかもめと聞いて、これは行っておかなくてはと足を運ぶ。
観劇が趣味ですと言う割に、こんな有名な作品のあらすじも知らないのです。私はかもめってやつだよねぐらいしか。
近大の学生さんの授業公演はこれまで何度か拝見しましたが、非常にしっかりと創り上げられるので、非常に勉強になります。
本を読んでおくのもしんどいので、ネットで軽く調べようかなとも思いましたが、43年間も生きてきて、こんな有名作品の何も知らないというのもなかなか珍しいんじゃないかと、全くの白紙で伺ってみることに。

当日チラシの人物相関図を見て、やっぱり少しは把握しておくべきだったかと後悔。
なになに。息子の彼女が母親の彼氏と結婚する。不倫している人もいるし、片想いの人も。
ビバリーヒルズばりの恋愛だらけじゃないか。となると、当然、修羅場の連続で重苦しい作品なのかと。

観終えて思うのは、大した話じゃないのに、やたら余韻が残りますね。
夢を叶えた人、叶えられなかった人、叶えようと頑張ろうとしている人、諦めた人、持たない人なんかが出てきます。
みんな、各々の生活を抱える中で、その夢と向き合ったりしますが、理想と現実の間は思っている以上に大きいといったところでしょうか。
また、恋愛なんかも絡んでいるから、その理想と現実に深みが増しているようです。
対照的な人生、性格、考えの人が交錯するので、そのズレた感覚が妙な興味を惹きつけているように感じます。
様々な人生に対する価値観。それと対峙し過ぎても苦しいし、目を背けてもそこには光は挿し込まないし。じゃあ、どう生きていけばいいんだろうかと悩ます話でした。

あらすじは、ネットで検索したら、詳細に載っているので省略。
解釈の仕方とかも、非常に分かりやすく書かれていたりして、非常に勉強になります。
以下、登場人物に触れながら、観ながら思ったことを書き連ねます。

トレープレフ、廣井爽さん。大人になれなかった少年。よく言えば、純粋であり、悪く言えば、幼稚な男の姿が浮かびます。結局、最後まで誰からも向き合ってもらえなかったのか。ニーナと通じ合えなかったことよりも、母であるアルカージナに目を向けてもらえなかったことが一番の死へ向かった原因のような気がします。常に母を意識した生き方をしているように感じました。ニーナへの嫉妬よりも、母の恋人であり、有名作家でもあるトリゴーリンへの妬みに終始さいなまれた感が強いです。最終的に、自分自身がトリゴーリンに匹敵する有名な作家になっても、母からはその作品を読んでももらえない。母は最後まで女優であり、トレープレフの母にはならなかった。感情に任せた衝動的な自殺や、かもめを撃ち殺す残虐性など、母の愛を受けられなかった子供の幼稚な反抗に見えます。そんなところが、女優の才能を認めながらも、自分の女性として占有したいという感情が滲み出てしまい、女優になることに執着していたニーナから切り捨てられたのではないでしょうか。

ニーナ、竹内桃子さん。全幕の背景となっている、この村の湖。そこにずっと住み着いて、夢を見ながら幸せに暮らすカモメ。そんなカモメをトレープレフが撃ち殺し、その死骸を見てトルゴーリンが創った作品。この作品自体が、そんな、湖にたまたまたやって来た男に人生を破滅させられるニーナの悲劇を物語った作品の劇中劇のようになっているのかな。でも、実際に悲劇を迎えたのはトレープレフで、あの撃ち殺されたカモメは、自らの未来の姿を予言して、トレープレフ自身が創った姿のようです。ニーナは、確かにトルゴーリンにより、撃ち殺されたカモメのようですが、もう女優としての未来には希望が持てずとも、まだその道でやり抜こうとしている。死んだカモメが剥製となって、まだあの生きていた輝いていた姿を世間の人に賞賛してもらうような感じです。たとえ死ぬことになっても、その輝きを放っていた生きていた時間があるなら、その時の中で立ち止まったままでも、それを糧に生き抜く。狂気的な執着を感じます。

アルカージナ、清水彩加さん。最後まで誇り高き女性、女優でした。そして、母ではありませんでした。女優ってこんな感じなんでしょうかね。常に、自分を輝かすものを追い求めている感じです。確かに息子が隣にいたら、その子を産んだ事実から、誰もが避けられない歳や老いが彼女を見る人に対して明らかになってマイナス。そうなると隣にいるのは、まだまだ女性として魅力たっぷりなんですよといった若い美少年か、女優とし魅力たっぷりなんですよといった才能ある作家がプラスを考えるなら妥当でしょう。彼女はどちらを選択肢にも出来そうですが、やはり後者を選んで、自分を女性としてより、女優として輝やかそうとしたみたいです。そこに、少しだけ息子への想いがあるようにも感じます。あなたは私がきちんと愛した人との間に生まれた子だから、もう女性として華やかになる必要は無い。だけど、私は女優だから、それを極めるためには、あなたに愛情を十分注げないのを許して欲しいみたいな。

トリゴーリン、三谷進介さん。見ててイライラする。本当にこの人は才能があるのでしょうか。むしろ、名女優アルカージナを隣に置くことで、自分を作家として輝かしているだけのように見えます。トレープレフの妬みも、彼にとっては、自分の地位や才能を世間に知らしめるいい機会になって心地よかったことでしょう。でも、その妬みは、ニーナへの嫉妬や母親への固執が交錯したものであり、うまく誘導させられてしまったもののように感じます。この巧妙な計算高さを持ち、どこかみみっちく、勢いが無いこのキャラには嫌悪が残ります。

ソーリン、中村友郁さん。夢を叶えられなかった人。そして直に死を迎えるであろう人。湖のほとりにずっと住み、そこで生涯を閉じる普通のかもめのイメージでしょうか。どこか遠くへ冒険もしなかったし、撃ち殺されることも無かった。静かに落ち着いて、その時を迎えるといったどこか物寂しげな雰囲気が漂います。多分、だいたいの人はこんな感じだからでしょうか。最後の方は、気を使われているようで、ほとんど無視されているような状態であり、人生ってこうやって終わってしまうんだなといったわびしさを感じます。

ドールン、藤本茂寿さん。この作品の登場人物は、大きく分けるとトレープレフを中心にするグループと、村の農地管理人夫婦とその娘のグループに分かれるように思います。両グループは、村に久しぶりに戻ってきたアルカージナたちが農地管理人夫婦のところに宿泊するぐらいでしか接していないのですが、その架け橋的な役割になっているのかな。どちらにせよ、両グループともに、第三者的な視点で冷静に見詰めている感じです。農地管理人夫婦の妻と不倫関係にあるみたいですが、それも愛情は感じられず、村で安定した生活を送るための手段のようです。何かあっても医者だからどこへでも行けるといった、かもめとは別の渡り鳥のような人生を得た人みたいに映ります。

シャムラーエフ、松本裕史さん。何も無い薄っぺらい人。このキャラがどういう生い立ちなのかは分かりませんが、恐らくは代々伝わる農地の管理をする家なのでしょう。放っておいても得られる安定。夢など持つ必要性が無い人生なのかもしれません。くだらないなあ。かっこよくないなあ。でも、ちょっと羨ましいかもといった感覚もあるかな。

ポリーナ、細田茉由さん。この女性がいまひとつ、よく分からない。あんなくだらない男と結婚するくらいだから、恐らくは安定な生活と引き換えだったのでしょうが、それなのに、かなりリスクの高い医者との不倫。その医者も、ここから自分を連れ去ってくれるような熱のある人ではない。安定でいたいけど、危険も味わいたい。分からないでもないが、どうも全てにおいて中途半端な気がします。娘の強さが効いているだけに、非常に人間的な弱さが感じられます。

マーシャ、松原由芽さん。一番、目を惹いたキャラかな。悟りきった冷たい視線、諦めの上に何かを得たような勝ち誇った表情、敗北を受け入れて生きるという凛とした覚悟の姿。どれをとっても、魅力的でした。喪服を身に纏い、絶望的な世の中を弔っているのか、死んだも同然の生きた自分に死を植え付けているのか。その生きることへの絶望感は、あらゆることへの全否定に繋がっているようです。自分の中で生まれてくる夢をことごとく打ち砕いていく。破滅的な行動なのに、向かう先は確かに安定した生活が待つ。その代わり、何かが建設されることも無い。現状維持とはまた違い、道をどんどん狭めて進んで行く。いつかは詰まって、そこで息絶えるみたいな感じでしょうか。人生を出港する船に例えるなら、自分で開拓する進路には素晴らしい景色が待ち構えているかもしれないが、沈没してしまう危険もある。それならば、決められた安定の進路を進み、平凡な退屈な景色を見ながら、船を長らえさせる。どうせ、素晴らしいと言っても、それほどのものでは無いのだろうからといった厭世観漂う、哀れで切ないですが、強い覚悟も必要な生き方の一つのように思えます。湖の中で生涯を終えるかもめにも例えられるかもしれません。

メドヴェージェンコ、桃谷明寛さん。金と地位の不満ばかり。それ相応のことしかしていないのだから仕方ないはずなのですが、不満だけは一人前に語る。まあ、ちっちゃくて面白味の無い男でした。マーシャ同じく、湖の中で生涯を終えるかもめみたいですが、マーシャは意識して、そうであるのに対し、こちらは無意識なのでたちが悪い。撃たれでもすれば何か変わるのでしょうが、こういう人はきっと、初めから撃たれるような場所には行かないので、安泰な暮らしをするのでしょう。

本当に想い合っている人が全然、出てきませんね。結局は、自分のことしか考えられない人の、噛み合わないスレ違いの会話から、はかなき人生を感じるような作品なのでしょうか。
その土地に根付くかもめのように、自分に自由に生きろといったことかな。この村の湖の景色が美しいように、自分たちもその景色に溶け込んで、何事にも抗わずに、素直に懸命に生きることが最良だと伝えているのでしょうか。
よくは分かりませんが、この作品の登場人物たちは全て否定されていて、かもめを見てみろと言っているような気がしました。

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