夏の魔球 AGAIN【劇団ほどよし】140526
2014年05月26日 TORII HALL (130分)
いつもながらの心を打つ素敵な作品でした。
こんな男のように、自分の人生に色をつけていきたいなと感じます。
とっても、素敵でかっこいい戦う男がいます。そんな男の姿に同調して、戦いを見守り続け、そして、いつしか自分も同じように戦おうとする周囲の人たちがいます。
それだけで、何か、とっても素敵で、頑張ろうと心が震わされるのです。
関西の小さなスポーツ新聞社に記者として勤める妙齢の女性、ミノル。
担当するのはプロ野球、阪神タイガース。いわゆる、トラ番だ。
ルーズでドン臭くて頼りなく・・・、でも、野球を愛する、とりわけ阪神を愛する熱い気持ちは誰にも負けない。
と言うのが、いつもの言い訳だ。
もう入社11年にもなるのに、未だ、レポートレベルの記事しか書けていない。
仕事柄、いつもイライラして血圧が上がる一方の女性編集者からは、気持ちが足りない、記事にあなたの物語を込めろと厳しく叱られる。
今年、入社したばかりの新人は相当のやり手で、シャキシャキと段取りよく仕事をこなす。
このままでは、自分の記事枠も彼女に奪われてしまう。
近づく、6月25日、阪神にとっては巨人とのその後の進む道を明確に分けられた辛い日。
編集者は、一人の男を通じて、天覧試合の特集の取材をミノルに命じる。
向かった先は甲子園。
ここには、ミノルの父、フジムラエイジがいる。
グラウンドキーパーとして、長年、土を、球場を、阪神を、野球を愛し続ける男だ。
母は亡くなっている。母のスケッチのモデルを父にしてもらったのが付き合いのきっかけだったのだとか。
妹がいるが、幼き頃は父と一緒に野球をやってプロになるなんて言っていたが、いつしか母の才能を受け継いでいたのか、画家を目指して父と大ゲンカをしてアメリカに旅立った。
新人記者は、動きが早く、既に父に取材をしてきたのだとか。
面白くて、話を作るのがお上手な人だと言われる。
きっと、いつものあの作り話をしたのだろう。
野球の天才児として生まれ、リトルリーグではエースに。そこで、あの長嶋茂雄と出会う。
結果は完敗。もう一度、彼と勝負がしたい。その願いは、なかなか叶わない。
高校野球では、自分の高校は無事に甲子園出場決定。でも、まさかの彼の高校が予選決勝で敗退。
プロ野球でと思ったら、自分は阪神タイガースに入団するが、彼は大学に。
時は経ち、自分はいつしか試合には出ないが、阪神タイガースの秘密兵器となる。
来たる天覧試合。読売ジャイアンツに入団していた、あの長嶋茂雄が打席に立った時、阪神タイガースは、村山実ではなく、フジムラエイジをマウンドに送った・・・
ユーモアのある面白い人だ。
でも、とても残念。新人記者は父に対して、非難の目を向ける。
同じ、球場を管理する仲間たちと一緒に、何やらグラウンドに細工をしたりして、試合を阪神タイガースに優位に進めようと卑屈な行動をしていることを知ったのだとか。
そんな非難の目を向ける新人記者に対して、父は何も言い返さない。
父と長年の付き合いである同僚も、何かを言いたげだが、父に口止めされているのか、悔しい表情だけを浮かべて黙っている。
事実がどうだかは知らないが、こんな父を取材して、本当にいい記事が書けるのか。
ミノルのイライラは募る。
そんな中、妹から、亡き母が残したスケッチブックがミノルの下に届く。
そこには、母がずっと見守り続けてきた父の戦う姿が描かれていた。
そして、父の仲間たちからは、その戦いは未だ終わっていないという真実を明かされる。
何度落ちても、受け続けた阪神タイガースのプロテスト、長嶋茂雄への憧れとライバル心、甲子園を守る真摯な想い、野球への情熱・・・
父の作り話から、浮き上がる父の本当の姿。
そこには、ミノルがこれまでの記事に込めることの出来なかった、自分の熱い想いと、その事実から生み出される物語が・・・
ミノルが筆をとり、描いた記事は、これまでの単なる事実を記したレポートでは無く、自分の色がそこに付けられた、人の心を揺り動かすものであった。
開始早々、ハイテンションでドタバタ。テンポがいいというか、猛スピードで飛ばしていく。
ただ、不思議なことに、数十分で、きちんと一人一人のキャラが頭の中にしっかりと入り込んでくるので、以後も話にのめりこみやすい。
作り話の部分などは、コミカルなシーンをどんどんと切り貼りしていくような感じで、面白おかしく展開する。
後半は、一人語りのシーンが多くなります。
じっくりと丁寧に、そして熱く。その秘めた情熱が伝わってきて、圧倒される舞台でした。
男のロマンなんて書き方すると、逆に浅くなってしまうかな。
情熱を持ち続け、自分を信じ続け、そして、周囲の人もそんな姿に影響されて。
どんな状況であろうと、戦おうとしている人が、確かにそこにはいて、それを冷めて見るのではなく、一緒に戦ってみよう、自分も自分の戦いをしてみようなんて思っているような人もいて。
舞台から立ち上がる空気が、自然と自分の心を奮い立たせてくれるような作品だったように思います。
母のスケッチブック。単なる、父の姿を忠実にスケッチしただけの下書きのようなものでは、きっとミノルをはじめ、多くの人の心は動かなかったでしょう。
恐らく、ミノルが編集者にお叱りを受けていた単なる事実を連ねた記事のように。
そこに、父がこれから進む人生を物語る母の色が付いていたように思います。
ただ、その物語は母の願いや愛から生まれたものであり、本当は、さらにに父と一緒に色を付けていき、一枚一枚を本当の絵として完成させていければ良かったのでしょうが、この作品では母は事故で亡くなってしまっています。
でも、父は、一人になった後でも、母の描いたスケッチを絵として完成させられるように、頑張り続けていたように感じます。それが、この不器用そうな野球バカの愛の表現だったのではないでしょうか。
現実は、何もうまくいかず、きっと、その絵はあまり華やかさも無く、平凡な色合いになっているのでしょう。でも、その絵にこもった想いは、色などの視覚化出来ない人の心を動かす要素として機能し、多くの人を感動させるはずです。
そういうのが、芸術だったりするのかとも感じます。
表現物の形態は異なりますが、この父と母から生まれた娘二人は、文章、絵として、そこに自分の想いをしっかりと刻んだ素敵な作品を創り続けるのだと思います。そして、それこそが、自分の人生をもって、自分の色を持つ素敵な男という作品に仕上がった父が、後世に残す素晴らしいことであるように思います。
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