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2014年4月15日 (火)

MORAL【劇団六風館】140415

2014年04月15日 大阪大学豊中キャンパス学生会館2階大集会室 (75分)

ふ~む、この作品を新入生歓迎公演に選ぶというのも、なかなか度胸があるなあ。
とっつきにくい作品だろうに。
でも、演じること、演劇作品を創り上げることに、どのような魅力を見出しているような劇団なのかが、非常に伝わる作品だったように思う。
これを観て、入団される方々は、きっと私の好きなタイプの役者さんになられるように感じ、今から楽しみだ。

時代としては、高度成長期からバブル全盛へと向かうような頃でしょうか。
そんな時代を生きるある家族を描きながらも、そこからその時代自体を描くといった、個人を見詰めるミクロな視点と社会を見詰めるマクロな視点を交錯させたような構成になっているみたいです。
戦時から、この作品が描かれた1980年代、そして今、現在に至るまで発展していく社会において、積み残され続ける問題を浮き上がらせ、それをモラルという観点で見詰めているような話でしょうか。
難解なテーマだとは思いますが、この劇団お得意の、丁寧な心情描写で、あらすじがほぼ無いにも関わらず、、一つ一つのシーンが非常に印象に残り、観終えて、頭の中で組み立て直しながら、作品に潜むメッセージを考えてみるという、楽しい観劇でした。

横暴な女教師により、腕が振り切れるまで体操を頑張らせられる人たち。
隊長の下、忠実に戦地で戦う軍隊。
見えざる政府の高圧的な高度経済成長戦略の圧力に囚われて必死に働く人たち。
命令を求め、それに従って動く。粗大ゴミの欠片のような人たちに、逆らう術は無い。
自分は何をしたいのか。今、自分がしていることは、何なのか。自分の意志はどこにいったのか。
自己犠牲をものともせず、どこに目的があるのか、どこにゴールがあるのか分からぬままに、どこかへ向かう。
そんなことは、今の発展の時代を迎えても、その少し前の戦争時代と変わっていないことを言及しているのだろうか。

急に会社へ行きたくなくなるサラリーマン。父であることを忘れる。子供の声が届かない。妻は気が利かないし、子供の出来も悪い。稲荷寿司を食べたい。そんな小さな欲求すら満たされない。蓄積する不満。
日々、主婦として過ごす母。肉を切ることに疑問を感じる。日常に潜む不安をアルコールと不倫で昇華しようとする。
嫌われていると思い込んで、周囲にあたる祖母。老人の孤独。嫁姑問題。死への恐れ。抱える不安や不満は、周囲への猜疑心へと繋がる。
そんな家族でも、休みの日は、デパートでお買い物に、展望レストランで食事。決して裕福でない家族に与えられた団欒の楽しい姿を見せる。
かたや、世間を騒がす一家心中。自分たちも気を付けないと。その立場に自分たちが陥らない保証はどこにもない。
裏表の世界。他人を否定することにより自己愛の欲望を満たす。

心理学と経済学。心理を突いた経済発展。子供たちはマルクスの資本主義を食べて成長する。
発展する技術の中で、捨てられていく技術。
新しい技術は必ずしも人を幸せにしない。
技術が人の労働力にとって代わり、管理する者と管理される者のような格差社会を生み出す。かつてのような人同士の交流の機会が失われ、コミュニケーション不全に陥る。

ある家族の人たちの日常に潜む不安を、この時代の社会が抱える将来への不安と同調させて描いているような感じか。
経済は発展しているし、技術もどんどん進歩している。貧乏でも、それなりの贅沢だって出来るような世の中になった。
でも、本当にこのまま進んでいっていいのだろうか。
今、自分たちはきちんと道を歩んでいるのか。どこか彷徨ってしまっているのではないか。
この時代の少し前の戦争時代と比べて、何か変わったことがあるのか。
明日、自分は死ぬのではないか。世は終わるのではないか。
明日への不安は、戦争時代と恐らくはこの作品の描かれていた数十年前の時代とは異なるだろう。
でも、自分の心から溢れてくる不満、不安を、従順に命令に従って、戦って実際に人を殺すことで消し去ることと、自分を潜めて、心の中で人を憎み殺すことで消却して自分を保つことに、違いはあるのか。
このあたりが、作品名のモラルに通じているような気がする。

そして、それは今、現在でも変わらぬ問題を抱えているように感じる。
むしろ、この頃の時代の方がまだましだったのではないか。
この頃は、未来の時代は技術と経済の発展は、きっと保証されているだろうと思っていたはずである。
でも、この後、現実に描かれる姿は経済の行き詰まり、そして技術がこの頃以上に人を幸せにはしないことを一つの事例として原発事故をとっても、明らかになった。
そして、当時から憂慮されていたコミュニケーション不全や管理社会による格差の拡大は、見事なぐらいに的中している。
私たちは、改めて、より良き社会を創り上げるために、どんなモラルを持たなくてはいけないのだろうか。
簡単にその答えが出てくるわけは無いし、この作品でも、ラストはそれでも、過去を振り返りながら、新しい時代へと進もうとする人たちの姿が描かれているだけである。
経済の発展でも無いし、技術の進歩でも無いだろう。
疎外される者、虐げられる者、救いを求める者、・・・たちへの想いを抱くことはその答えの一つに通じるように思う。
それは、同時に自分たちもそんな立場の者になった時に想われることに繋がる。
そうして生まれた想い合いが、モラルある正しき優しい社会を再構築するように感じる。

目にする飛行船は、その時の地に足が付いていない人たちの象徴だろうか。
ふわふわとどこへ向かうのか分からない宙を漂う姿に自分たちの姿をいつの時代も重ねて見るのだろうか。
それとも、過去に彷徨った人たちの姿なのだろうか。
私たちは、今、地に足を付けてしっかりと新しいこれからの時代に向かって進んでいる姿をいつの日か見せなくてはいけないのだろう。

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