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2014年3月21日 (金)

父を葬る【燈座】140321

2014年03月21日 インディペンデントシアター1st (85分)

前作同様、壮絶な迫力ある舞台だった。
http://ksaisei.cocolog-nifty.com/blog/2013/01/130117-efad.html
ズシリスシリと容赦なく、厳しく色々なことを突きつけてくる。逃げ場無し。
でも、前回よりかは、そこに親子愛が深く感じられて、それで重苦しさは緩和されていたような感もある。
何にしても、強烈な印象残る作品だ。

父と娘の絆をベースに、震災によって浮き上がった歪んだ今の世の中を描いたような作品でしょうか。
親子の切っても切り離せない想い合う心の繋がりに感動するもよし、日雇い労働者のような格差社会の最下層を生きる人たちの言葉から歪んだ社会構造を見詰め直すもよし、震災によって引き起こされた原発に代表される諸問題の実態に対峙するもよしといった感じかな。もちろん、鬼気迫る迫力ある演技に魅了されるもよしでしょう。
単独視点でも見ることが出来る上記の事項は、実は連鎖して繋がっていることに気付かされるようなラストを迎えます。
3.11が私たちにもたらしたものは何なのか。もちろん、本当に被災した人は、不条理に悲しく辛い苦しみを体感したのでしょうが、被災はしていなくとも、同じ日本で生きる者たちにも、大きなものを突きつけたように感じられてくる話です。

数十年前に自分と母を捨てた父の遺骨を引き取る娘。
父は山谷で日雇いをしながら、生活保護を受けて暮らしていたらしい。飲んで、ケンカでもしたのか怪我をしていて、ドヤで寝かしていたところ、翌日には亡くなったようだ。
父がいなくなってから、娘は家計を助けるために必死に働き、母が癌で入院してからは、看病・介護の負担までのしかかる。そんな母も亡くなり、今は男運に恵まれることもなくレジのパートをしながら、一人暮らしをしている。
普通は遺骨の受け取りも拒否しそうなものだが、娘は遺骨を引き取り、山谷の親しかった人も呼んで、最低限の納骨式を執り行う。
遺骨を引き取ったのは、父への愛もあるのだろうが、自分自身を変えたい、変えなくてはいけないくらいまで追い込まれた状況にあったこともあるみたいだ。

そんな父が、今、彼女の部屋にいる。
遺骨を引き取った日から、幽霊となって現れたのだ。
納骨式が終われば、成仏するのだろうと、最期にと思って前の晩は一緒に飲みに付き合ったりまでしたのに、未だ、平然と部屋にいて、どこから持ってきたのか、焼酎を飲みながらウダウダとしている。
話は、そんな父が成仏を迎えるまでの時を、二人の会話の中で描いている。

近隣の人の妬みで自分の父が捕まることから人生が崩れ始めた故郷での幼き頃。
都会に出てきて高度成長期の中、妻や娘よりも背負うべきものがあるかのように思った若き頃。
高度成長期の中、苦しむ労働者の同郷の強い念を感じた大規模なデモ騒動。
日雇いを始め、知り合った同郷の仲間。
命の危険にさらされる厳しい仕事。そんな仕事は、今の高速道路や橋など、発展してきた日本の礎を築いた誇り高き労働の成果であるのに、日雇いであるがために、飲んで昼間からブラブラしているところだけ見られて蔑視される悔しさ。
震災後の原発処理の仕事。最下層の人間を物のように扱い利用するだけの社会へ怒り。
知り合った一番の仲間も、頑張って頑張って働いてきたのに、いい目を見れない。厳しい仕事がたたってか、入院している。
誰が敵なのか分からず、自分の内側に溜まる怒りは、いつしか大事な仲間を傷つける言動を生み出す。その結果、仲間は自分を殴り、こうして死んでしまうことになった。残ったのは犯罪者として、さらに苦しみを背負わすことになった仲間。

父が日雇いであり、母からは父のようになると蔑まれるように言われた幼き頃。
学校でも、媚を売るかのように他の人たちと合わせることしか出来なかった。それでも、いつしか仲間外れになる孤独。
高校を卒業して、働きながら、癌に倒れる母の面倒も見る。
母が亡くなってからは、友達も恋人もいない孤独な人生。
仕事も薄給のレジのパート。店長からは、理不尽に好きなように仕事を与えられ、それを必死にこなす。そうしないと、クビになってしまうから。震災後、多くの薄給で働く外国人労働者たちが流入しており、妙齢の高卒の自分の居場所など無い現実が分かっているから。
正社員になれるチャンスが一度だけあった。その時、店長に女を魅せた。好きだったのかどうかは分からない。でも、今は変わらず単なるパート。それも、他のパートたちからは、邪魔者扱いされている。逃げ場がある人たちはいくらでも文句を言える。自分にはそれはもう無い。
5年ほど前、山谷を訪ねた。何が生活保護か、何も保護されず、腐るようにして死んでいる人を見た。そして、ゴミ箱をあさっている父の姿を見た。
震災の時、その深刻さに心を痛めた。でも、同時に全て消えてしまえばいいのにとも思った。
自分の怒りの矛先はどこなのか。店長、自分を蔑む人たち、父、幸せになった友達・・・
まだ、何かに期待している自分がいる。全てを終わりにすればいい。気づけば、100円ライターを買い込み、その火を見て安心する。その気持ちは徐々に大きくなり、もっと大きな炎で何かを焼き尽くしたい衝動に駆られ始めている。

成仏までの数日間、父と娘はこれまでの隔たりを埋めるかのように、互いのことを知り合うことになる。
今の日本を創ってきたと自負する父。機械にでもさせないと危険極まりないが、そこまで技術は発展していないので、父のような人がその代わりを務める。それでも、向けられる視線は、そんな最下層にいる人の軽視や蔑視。
娘も同じなのかな。レジ打ち無くして、スーパーは動かない。ちょっと考えれば、私が今、身を置く医療の世界や介護の世界だって同じかもしれない。
より下位の立場にある人たちの犠牲の下で、大きなものが動いている。それは上位の者が動かしているような錯覚を引き起こしている。
そんな歪んだ社会構造が当たり前だったのだろう。でも、震災後の原発でそれが明るみに出て、疑問を感じ始めているはず。疑いは、そのうち、その回答を得るための力を導き出し、何かが動き始めることだろう。

こんな社会において、下層で苦しむ人はその怒りをどこかにぶつけたい。
その敵がどこにいるのか。これを誤ってしまうみたいだ。
戦争で傷ついた兵士は、仲間でも敵でも無く、救護兵に憎しみを抱くようになるのだとか。
分かりやすい例えだ。
この話では父は、大事な仲間を傷つける言動をしてしまった。娘は、周囲に誰もいなかったので、自分を、もしくは全ての人をまとめて傷つけようとしているかのようである。
劇中でも出てくる被害者がいつの間にか加害者になる構図かもしれない。
これでは、結局は自爆みたいな感じで、あまりにもつらい。
どうしたらいいのか。
その答えははっきりと言及されていないが、劇中に出てきた冷蔵庫の話がその答えを示唆しているように感じる。
冷やすという機能が正常に働くなった冷蔵庫は、冷やすための大事なところが凍ってしまっていることが多いらしく、電源を抜いてしばらく置くと、溶けて、またきちんと働くようになるのだとか。
少し、休憩して、自分を休めることが必要なのだろう。
そして凍った心を溶かして、また頑張り始める。
娘は、この数日間で父からそんな時間を最後にもらったのではないだろうか。そのために、父も成仏しなかったのかもしれない。

話のラストは、父がすまないの一言を発する。
母と娘を捨てて苦労させて悪かった。そんな意味と同時に、これまでに日本の発展のためだと言って、ずっと蓄積して出来上がってしまった歪んだ社会構造、これからの長い時を背負わすことになった原発問題に対しての言葉のように思える。
娘だけでなく、今を、これからを生きる私たちに死んでいく者が、祈りを込めて残した言葉に思えて、一瞬で涙が溢れてきてしまった。
娘は、そんな父に対して、許しと自分が生きることへの力強い意志を示す。
それは、私たちがするべき、後者の謝罪に対しての答えでもあるのかもしれない。

舞台は娘の部屋。
真っ黒い床の真ん中に小さな丸テーブル。
奥に押し入れかなあ。手前は小さな窓。
テーブルや窓枠、ゴミ箱など全ての物が透明になっている。父が飲む酒瓶や、つまみの入った器や箸まで。
3.11の震災後、原発問題を中心に、この国の歪んだ社会構造が分かってきた。何か、震災によって生み出されたような感覚があるのだが、これは違うだろう。元からあったのだ。それも、この作品のように、高度成長期を迎えるような頃からずっと根付いて。
そんな真の姿が、震災によって一挙に見えてしまった。だから、混乱している。そして、その混乱もようやくおさまりつつあり、さて、この見えてしまった歪んだものをどうしていけばいいのかを考えるような時期にきているのかもしれない。
舞台セットの透明の意味合いはそんな見えてしまったことをイメージをさせるものだろうか。
そして、真っ黒な床には丸型の照明、丸いテーブルと日本を見せているといった感じだろうか。赤いライターやその火、梅干しなどが話の中で出てきて、この丸を赤で塗りつぶしているような感もある。直接的に日雇い労働者の飯である日の丸弁当なども出てくる。
本来ならば白地に赤だけど、床は真っ黒。これが今の日本なのかな。娘の心も表しているのかもしれない。これが本来の日本である白に戻せばといった願いを込めた舞台か。
話の最後は、この黒色はそのうち白に変わっていくだろうな。少なくともこの娘の心はみたいな感覚を得るようになっている。

アフタートークは、この作品の脚本の石原燃さんとひとやすみプロジェクトという活動をされている宇野田陽子さん。
釜ヶ崎のデイケア施設の現場を経験し、今、震災後の日本で保養や医療支援をされている方らしい。
現場の声を率直にそのまま伝え、悩んでいる、分からないことがたくさんあることも含めて、今を事例を交えて、語っていらっしゃった。
その考えは、多くがこの作品に通じ、作品の理解に非常に役立つ素晴らしい言葉をたくさん聞くことが出来た。

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コメント

お久しぶりです。

震災も関連した舞台でしたか。

あるゲーム内で被災された方から話しを聞きましたが、精神的にキツいものがあるようでした。この場で詳細をお話しする訳にもいかないので、機会があればその時に。

投稿: まこと | 2014年3月22日 (土) 11時35分

>まことさん

ご無沙汰です。
元気かな。

3.11以来、こういった震災を扱った演劇作品は非常に多くなりました。
被災者を想うというのもありますが、この震災で浮き上がった日本の現状を描きたくなるんでしょうね。
色々な形で向き合おうとしているみたいです。

また、ゆっくりと飲めればいいんだけどね・・・
まあ、いつの日か。
それまで、お互い頑張りましょう(゚▽゚*)

投稿: SAISEI | 2014年3月23日 (日) 10時40分

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