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2014年2月15日 (土)

しき【fabricant fin】140215

2014年02月15日 カフェ+ギャラリー can tutku (70分)

生前葬を通じて、映し出される夫婦愛、仲間との絆みたいなものを浮かび上がらせるような話でしょうか。
非常に惹き込まれる作品で、色々な想いを頭に巡らせながらの観劇でした。
人の優しさって、美しいなと思えるような作品です。

<以下、ネタバレしますので、公演終了まで白字にします。公演は日曜日まで>

芳川保、36歳。看板屋を営んでいる。最近、倦怠期を迎えているようだが、看護師で病院勤めの妻と二人で暮らしている。
保は、何を思ってか、生前葬を行おうとしているみたいだ。
最近では、それほど珍しいことでは無いようで、葬儀会社の男が段取り良く式の準備を進めている。葬儀会社の男と保の間では、この生前葬の目的が打ち合わせされているみたい。
保は指示されたアルバムと挨拶の原稿を用意して、やや緊張の面持ちで、参加者を待つ。
会場は、以前、看板屋で働いていた男の家を借りる。奥さんにベタ惚れで、一緒にケーキ屋をするために、看板屋を辞めた男だ。
やたら元気のいい看板屋の社員もやって来る。場は葬式とは思えないにぎやかな空気になっている。そんな中で保だけは、依然、緊張がとけないのか、表情が暗い。
そして、そんな生前葬のことなど何も聞かされていない保の妻もやって来て、式は始まる。

葬儀屋の簡単な生前葬の説明の後、喪主となる保の挨拶、参加者各々から言葉をもらって、保の人生を振り返って、年表を作成するという作業が始まる。
1977年7月7日誕生。
かなりいい加減な名前の由来、お宮参り、田舎での暮らし、歳の離れた二人の姉に着せ替え人形みたいに弄ばれていた幼少期、ちっともなつかなかった飼っていた柴犬、幼馴染との思い出、初恋、旅行となると緊張して体調を崩してしまう繊細な一面・・・
参加者たちからの思い思いの質問に答えるような形で、保の自分でも忘れていたこと、妻にも話していなかったことなどが、どんどんと浮き上がってくる。
妻は訳の分からないまま、それを年表に書き込んでいく。
妻は保が何をしようとしているのか、未だ怪訝な様子だが、保も妻も参加者も笑顔が時折、こぼれる楽しい時間が繰り広げられる。

年表作りも一段落して、休憩に入る。
みんなで軽くお茶をした後、看板屋の社員と葬儀屋の男はタバコを吸いに外に出る。保も普段は吸うのだが、禁煙中らしい。
ケーキ屋の夫婦は後片付けをしている。
部屋に取り残された夫婦二人。
どうしてこんなことを黙っていたのか。いつも大事なことはこうやってダンマリを決め込む。妻の不満は爆発する。これに返すかのように保も、妻に隠し事をしているだろうと大きな声を出し始める。
保は妻に書類を見せる。健康診断の結果。ある数値が異常に高い。後どのくらいなのか。看護師である妻が知らないわけがない。
みんなにも聞こえてしまったみたいで、心配そうに夫婦を取り巻く。
緊迫した空気の中、妻が飽きれた顔で大笑いする。こんなの誤差範囲で、数値が高く出るなんてよくある項目。見直すべきなんて意見が出ているくらいなのに、それを心配して馬鹿じゃないのか。
拍子抜けして、一挙に緩む空気。
保は安堵と恥ずかしさの混じった複雑な表情。妻はひたすら、くだらない勘違いに付き合わされたみんなに頭を下げている。

仕切り直しで、再び年表作りを始める。
生前葬の場合、これまでの歴史を刻んだ後は、これからのことを、何の制約も考えずに好きなように書き込むらしい。
新婚旅行のやり直し。あの時も体調を崩していけなかった。場所はドイツの醸造所巡り。妻の希望だ。だったら、温泉に酒蔵巡りなんてのもありでは。
再び、楽しい時間が流れ、最後に記念撮影。そして、せっかくなので飲み会を。
その前に、一服。現金なもので、今回は保も一緒に吸いに行く。
保の妻は、まだ年表に何やら必死に書き込んでいる。
それをのぞき込むケーキ屋の奥さん。
保の妻は、奥さんに話しかける。自分はちゃんと嘘を付けていたか。嘘が苦手だから顔に出ていなかったかと。
言葉を失う奥さん。
みんなが戻ってくる。
記念撮影。みんな素敵な笑顔で。

観ながら、ちょっとズレているところはあるのですが、ずっと心理学のジョハリの窓のことを思い出していました。
昔、大学のレポートで出した頃から、面白いなあと思っている事です。と言って、細かなことは分かりませんが、自分を4つの窓に分けるみたいです。
自分も他人も知っている窓:開放の窓
自分は知っているけど、他人は知らない窓:秘密の窓
自分は知らないけど、他人は知っている窓:盲点の窓
自分も他人も知らない窓:未知の窓

年表作りにおいて、保は自分のこれまでを見詰め直し、それを妻も含めみんなに伝えることで、秘密の窓が他人も知ることになり、開放の窓になるわけです。
中には既に開放の窓だったこともあるでしょうが、大半はそんなこと知らなかったと妻でも言うくらいのエピソードがたくさん出てきます。
さらには、こうした会話の中で、そう思ってたのかなんてことも出てきて、盲点の窓も、保が気付くことで開放の窓になります。
保の窓がどんどんと開いていく。これは同時に互いの窓も開くことであり、個々のコミュニケーションが深まっていることを示すでしょう。
だから、ちょっと楽しそうに、団欒の時が得られていたようです。
これは生前葬ならでは出来ることではないでしょうか。本当の葬式では、張本人がおりませんから、秘密の窓は秘密のままだし、盲点の窓も、盲点になったままです。
開放されたところだけを、懐かしく掘り起こしていくことしか出来ないように思います。
これが、もうコミュニケーションを深めることが出来ないということで、人の死なのかな。

今回は、保が自分の死が近いという認識を、妻も実は知っているのではないかということから、始まったことでした。
開放の窓なのに、二人の間では開放されていない。それに保は耐え切れなくなったように感じます。
対称的に描かれる何でも二人で共有し合っているケーキ屋の夫婦の姿を見れば、倦怠期を迎えているような不安もあったのか、苛立ちを持つのは理解できるような気はします。

でも、実際は秘密の窓だったようです。そして、本来ならば、保の告白を妻がそのまま受け入れることにより、その事実は開放の窓となります。
ところが、それを妻はしていません。完全に立場を逆転させた盲点の窓に事実を封じ込めています。
すごく理屈っぽいですが、知的な優しさだなあと思いました。
そして、その事実が開放されるのは、保の本当の葬式になるのでしょう。

と、こんなことを本当にずっと考えていたので、恐らくは作品の重大なテーマである生死に関しては、あまり頭を巡らせていません。
保は人生を振り返り、妻をはじめ仲間たちと生きていることを強く感じ、これからの人生を見つめることが出来たでしょう。
でも、作品中にも出てきますが、葬式は生きている人のため、生きていく人のための式なのでしょう。
この生前葬も、悲しいこととはいえ、直に死を迎える保のためのものではなく、残されて生きていく妻のためのものとなったという悲しみが浮き上がります。
でも、悲しいだけでなく、残された時間を妻は保への想いを正直に見せて、大切な時間を過ごすことが出来るようになったことは大きな救いというか、貴重なことになったように思います。

上記したジョハリの窓は、秘密や盲点の窓を開放の窓へと変えていくことで、人のコミュニケーションは円滑になるようなものだったと記憶しています。
別に楯突く気はありませんが、本当にそうでしょうか。
私は、この作品において、秘密を開放にせず、盲点に持っていくという妻が取った行動は優しく、尊く、誰よりも保とのコミュニケーションを深めたものだと思うのです。開放して分かり合えばいいというものでは無いのでしょう。ケーキ屋夫婦のように外観で分かりやすい愛の形もあるでしょうが、保と妻のような愛の形もあると思うのです。

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