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2014年1月12日 (日)

さらば我が愛しのワナビ舎【劇団犬鍋ネットワーク】140112

2014年01月12日 インディペンデントシアター1st (110分)

ちょっと体調を崩していたので、例年より遅めの今年初観劇。
今年から、だいたいの上演時間を( )内に記すことにしました。

夢ってどうやって持つんだ、叶えるんだ。
こんなことを、色々と考えさせられるような話。
ただ、その夢という言葉の焦点が絞りにくく、作品としての話を通じてその答えがあまり浮かんでこない。テーマとしては、色々と考えることが出来るので、それでもいいのだろうが。
あと、非常にギグシャクしていて、テンポに乗りづらい。
開演前もかなりバタバタしており、それがそのまま作品にも悪い形で繋がってしまっているような印象を受ける。

ある学校。
夢を持つことが出来れば卒業できる。
生徒はどこから来たのかは知らないが、くすぶっている生活を送っている20歳代前半の若者が集まっているようだ。
女性に惚れやすく、何かあればすぐに逃避し、いじめられやすそうな感じの男。
自己中心的な考えが強く、揉め事を起こしたくないのか、他人との言葉を選んで話すような男。
リーダーっぽく振る舞っているが、自分で何かを始める勇気は無く、周りに同調して無難に過ごす男。
不良のように自分を恐く見せ、他の者たちを威嚇して距離を置いている男。
その男に常に連れ添って、不要なことは一切語らず、番長とまで呼ばれている女性。
互いに特に仲良くも無く、そうかと言って憎み合っているわけでもないような人たち。
一つ同じ屋根の下、同じ釜の飯を食うというところで、どこか仲間意識はあるのだろうが、共に励ましあってとか、喜びや悲しみを共有し合おうなんて考えはあまり感じられない。

生徒たちを卒業させるように、上から言われており、これを達成しないと自分にとって都合が悪いという背景がある先生の下で生徒たちは学校生活を過ごしている。
何か特別な教育を受けるわけではない。
食事も部屋も用意されているみたいだし、勉強もそれほど厳しいわけではなさそう。要は、食う、寝る、遊ぶと三拍子揃った生活が保証されているということだ。ただ、外界とは遮断されている。
そんな感じで生徒たちは、ここに来て早一年が経とうとしている。
もうすぐ卒業。卒業試験は、自分の夢を語り、先生に認めてもらわなくてはいけない。
そんな時、一人の女性が突然、迷い込むようにこの学校にやって来る。
女性はみんなの夢探しを手伝って、全員でここを卒業できるようにと働きかけるが、その中で各々が自分を見詰めることになり・・・

夢。この言葉のイメージが固定出来ず、なかなか話の奥深くに入り込めなかった。
卒業するために必須であるこの夢が、生きる上での現実的な目標に近いような形で描かれたり、これまでの人生を変えてしまうような心に秘めていたことを叶える道を進むことであったり、自分自身を改革する勇気を持つことであったりと、様々な形として描かれているように思われ、焦点が絞れずに混乱する。
この学校を卒業することにより、生徒たちは、夢を叶えるためにまだ無い道を創り上げるようになるのか、生きるための険しい道を舗装していける力を身に付けるのか、立ち止まっていた道をもう一度歩き出せるようになるのか。各々の答えが違っており、どうなることがベストなのかが見えにくい。まあ、人の人生だから、その異なることが当たり前であるのかもしれないが。

前半は、若い方が多かったし、時期的にも、学生生活から社会生活へと旅立つ時点での変化を描いているのかと思って観ていたが、後半になるとその整合性は崩れる。別にこの時点で無くとも、各々が経験する人生のどこかの分岐点での苦悩だろう。
まあ、元々どうして入学するのか、自分の夢のために何かをしているのかなど、一部、それを意識しているようなところはあるのかもしれないが、全体的にはもっと普遍的な人が何かに向かって生きることでの問題を描いているような感じだ。

描かれる夢は、幼き頃の夢とは少し意味合いが異なる。
宇宙飛行士になりたい、アイドルになりたいとかいったものではなく、自分の酸いも甘いも知ってしまった大人の夢みたいだ。それだけに、夢という言葉に無邪気な希望は感じられない。限界や妥協も含めた上での夢だ。それでも無くては生きてはいけないくらいの人生必須単位みたいなイメージとなっている。
今の生き方では夢を追えないから、生き方を変える。別の夢を見つける。本当に持っていた夢を再確認する。そのためにどうしたらいいのかを考えているような感じ。
歳をくっているので、夢というより、むしろ目標といった言葉がふさわしいように思う。だから、学び舎が舞台になるのかもしれない。
これからも何度も、人生のあらゆる時点で、こんな学び舎で過ごさないといけない時が来るのかもしれない。
人生の時が経過すればするほど、夢という言葉は重く響き、卒業は大変なことになることだろう。

と、思いながら帰ったのだが、突然現れた女性が何かの象徴になっているのかなと考えると、歳をとればきっとこんな学び舎で過ごす時が無くなるのかもしれないなと思った。
女性は、この学校の生徒たちを色々な意味でややこしいことに巻き込むのだが、結局、大きな実績として、この学校で過ごした全員が一つの同じ苦しみを抱えた仲間であるという繋がりを産み出しているように思う。
夢を持つ、叶えるといっても、なかなか一人で努力すればいいというものではない。周囲の環境が整わないといけないし、先人たちの豊富な経験が道しるべになることも多い。励まし合って、ようやく頑張れる時だってあるだろう。
学び舎はそんな進む道こそ違えど、同じような生きる上での悩みや苦しみを抱えた人たちとの出会いの場となっている。
みんな同じように苦しみを抱え、あがきながら、まだ見えぬ前へと歩みを進めようとしている。
そんなことを知り、互いに意思を通じ合わせ、分かり合う。こんなことが自分の人生の夢への第一歩なのかもしれない。
こんなことを経験できる学び舎は、学生生活での同級生であったり、サークルの仲間であったり、会社に入っての同期であったりとの共に過ごす時間のように思う。これは、歳をとれば、経験したくても、もう出来ないものであったりするように、自分のことを振り返ると感じる。だから、こんな一時に得た、同じ時を過ごす人たちとの繋がりが、自分の人生には大きく関与し、それが夢へと通じるように思うのだ。

この学校は、きっと、夢を見つけるために存在しているのではない。
夢探しの時間は不要。本当は各々が自分の夢を持っているから。
どこでも、持っている夢のために何かは出来る。
その何かが出来ることを知るためには、人は独りでは気付くことが出来ず、こうした仲間たちとの共に過ごす時間の中から見出すのではないかと思う。

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