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2013年12月20日 (金)

わが町【近畿大学文芸学部芸術学科舞台芸術専攻23期授業公演】131219

2013年12月19日 近畿大学東大阪Eキャンパス アート館ホール

年末でちょっと忙しいのと、調べたら上演時間が長く体調がいまひとつなので厳しいかなと判断したのと、ソーントン・ワイルダーのわが町と言えば、私が知っているのは別役実さんのこの作品(http://ksaisei.cocolog-nifty.com/blog/2011/10/sst111011-9bfa.html)で難解だと感じているといった種々の理由で、今回はスルーさせてもらおうかと思っていたが、とにかく舞台美術の素晴らしさを観に行って欲しいと知り合いの舞台監督さんに言われていたので、足を運んでみる。

舞台美術は確かに素晴らしいが、それ以上に作品自体が素晴らしいですねえ。
言葉にするのが難しいですが、今、生きていることを深く噛みしめて胸の中が温かくなるような作品です。
演劇的な趣向も面白いし、人の変化と同時に町という組織が変わっていく様を見る感覚も面白いし、魅力に溢れた素晴らしき作品と出会えました。
いい作品を見せてもらって、何やら長ったらしい専攻ですが23期生方々に深く感謝です。

ちなみに上演時間は休憩をはさんで2時間10分とそれほど長くはありません。日曜日まで公演がありますので、是非。自分だけが楽しむにはもったいない作品なので、お奨めしておきます。

1階部分一面に、大掛かりに木材で組まれた舞台が出来上がっている。
客席は2階。まさに、町を見下ろすような形。
距離もあるので、舞台の上で役者さんたちが人形のように動いて、本当に創られた町を見ているかのような気分になる。と言って、別にミニチュアのジオラマみたいに精巧な町ができているわけではない。町のメインストリートなどは黒テープで貼られた区画になっているだけ。建物などは木箱を巧妙に使って表現する。
舞台監督という役がいて、この方が進行役として、時には町の外観や人物像や時間の経過を説明したりします。これによって、恐らくは固定されていない客一人一人の町が頭の中で組まれるようになっているようです。そして、これからこの町で起こる出来事も、この頭の中で出来上がった町での自分の記憶かのような錯覚の中で、まさに思い描きながら観るといった感じになります。
うまくは書けませんが、とにかく演劇作品を見せるという技に長けた作品のように感じました。これほどまでに、観ながら舞台に身を置くといった感覚を得たのは、これまで1300本以上観劇してきましたが、初めての体験でかなりの衝撃を受けたと同時に、何か観劇の経験値が上がったようで嬉しくてたまらない気持ちです。

一幕は日常生活。グローバーズコーナーという町のある一日が描かれる。
町のことや、住んでいる人のことなどを、舞台監督役の人が説明しながら、進められる。
何やら大学教授みたいな人も出てきて、地学的なことも含めて科学的な説明がなされるがさっぱり分からない。まあ、特に何ということもない平凡な所なのだろう。
田舎町で、玄関に鍵をかける習慣もないくらいにのどかな町みたい。
朝にはしっかり者の新聞配達がやって来て、ちょっとそそっかしそうな子が牛乳持って来る。
しっかりした働き者のお母さんに、医者でちょっと変わり者のお父さん、跡は継がずに農家を営みたいと考えていて農家のおじさんと仲良しの息子、やんちゃでまだまだ甘えっ子みたいな妹がいるギブズ一家。
同じくしっかりしているがちょっときつそうなお母さんに、そんな奥さんに頭が上がらないけど頼りにもしている新聞屋のお父さん、成績優秀・容姿端麗の才色兼備な娘、まだまだ生意気盛りな弟がいるウェブ一家。
夫と子供たちを送り出さなくてはいけない主婦の朝はせわしい。そんな主婦たちは、昼間は井戸端会議に花を咲かせ、夫や子供たちの苦労話をする。もちろん、大好きなゴシップネタも。
宗教はよく分からないが、聖歌隊の練習もこの町では欠かせない重要なことみたいだ。
子供たちも普通の学校生活を。ジョージ・ギブズとエミリー・ウェブは家も近くなので仲良しさんみたいだ。成績優秀なエミリーに比べて、男の方はちょっと勉強は苦手なのか、宿題のヒントを教えてくれなんて頼み込んだり。年頃なので反抗期にもなる。ジョージはちょっと自分のやりたいことがたくさんあるので、最近、あまり母親の手伝いをしていないみたいだ。お父さんにそのことをきつく叱られて涙したり。
夜になったら、お父さんも帰ってきて、一家団欒の時だ。
月の綺麗な夜。一つ同じ屋根の下で、家族たちは思い思いにその美しい夜を楽しむ。

二幕は恋愛と結婚。3年後のある一日が描かれる。
この日はジョージとエミリーの結婚式らしい。
と言って、町の日常が大きく変わる訳ではない。3年前と同じく新聞配達、牛乳配達の元気な姿から始まる朝。
ジョージのお母さんは、何も出来ない息子の面倒をちゃんと嫁が見てくれるのかなんていらない心配をしている。そんなお母さんをなだめるように家族が揃う最後の朝食の時間を過ごすお父さん。
新郎のジョージは何で焦っているのか、わざわざ新婦のエミリーの家に行ったりする。結婚式当日は式まで会ってはいけないのが常識なのに。案の定、エミリーのお母さんにちょっときつめに諭される。だから、ジョージは新婦のお父さんから、夫婦生活の心得なんかを聞いて過ごす。あまり女には聞かせられない内容だ。
舞台監督が現れて、誰もが心の中で思っているだろう、二人が仲良かったのは分かってるけど、何でけっこう若いのにもう結婚なのという疑問に答えてくれる。
時を少し巻き戻し、回想シーンが始まる。
特に衝撃的な事件があったわけではない。進路のことや友人たちと過ごす時間など、ジョージの頭の中は自分のことでいっぱいいっぱいになっていたみたい。そんな彼の姿に対して、正面からおかしいと物申したのがエミリーだった。ジョージは別に怒るわけでもなく、自分でも気付かなかったことに目を向けてくれていたエミリーに感謝する。エミリーは、そんなズケズケと物を言うのではなかったと後悔している。ずっと好きだったジョージだっただけに、何かイライラするような感受性に任せて言ってしまったのだろうか。
別にケンカになった訳ではないが、二人は仲直りがてら喫茶店に行く。ジョージのおごりで、ちょっと張り込んでイチゴクリームソーダを飲む二人。
卒業後は農大に進学する予定のジョージ。でも、すぐに農業を始めた方がいいと言う人もいる。大学で学ぶ知識よりも、経験という考えだろうか。仲良しの農家のおじさんも任せてもいいと言ってくれている。それに、この町には自分の大切な友人たちがいる。そして、何よりも自分のことを見てくれて、共に時間を共有していきたいと思えるエミリーがいる。ジョージは進学を辞めて、エミリーと二人でこの町で共に暮らす決心をする。
互いに大切に想い合っていることに気付き、本音で向き合える関係となる覚悟をしたといったところだろうか。
結婚式が始まる。
いざ、結婚となると不安が襲ってくるものなのだろうか。新郎も新婦も結婚を辞めたいなんて言い出したりするが、新郎は母親が、新婦は父親が親子ならではの心を通わせた言葉を掛け合い、二人は神父の下へと向かう。
若い人たちが幸せへと向かう素敵な結婚式。近所のおばちゃんも盛大な祝福で二人の門出を見送る。

三幕は死。9年後。
場所は町の丘。町の人たちが眠るところ。
今、ギブズの母はここにいる。不幸続きで飲んだくれて自殺してしまった聖歌隊のリーダーもいる。
この日は、ここに新しい人がやって来る。エミリー。
お産で不幸が起こったらしい。
あれから農家としても順調で、子供も一人もうけたようで、ジョージの悲しみは計り知れない。
町の人たちによって運ばれた棺がおさめられる。
エミリーは久しぶりに再会したお義母さんや町の人たちと会話する。
悲観的な会話は一切無い。先が見えている死者にとって、するべきことは過去を忘れることだけみたいだ。何か死と生の概念が逆になっているような感じだが、確かにそんな気もする。
それでも、エミリーはやはり自分の過去を振り返りたいみたいで、12歳の誕生日の頃に戻してもらう。そんなことが出来るシステムになっているらしい。
そこには、若かりし両親の姿がある。事故で亡くなってしまった弟もまだ健在だ。
自分はこんなに大きくなった。そして、こうして命を失ってしまう。そんなことは、ここにいる人たちは全く知らない。そんな感覚に耐えれなくなったのか、エミリーは元の世界に戻ってくる。これまでも、ほとんどの人がこうして戻って来たらしい。
エミリーは自分の死を見詰め、他の町の人たちと共に墓におさまる。
墓前には、そんなエミリーを慈しみ、悲しみの中でへたりこむジョージの姿がある。

本当に平凡な町の平凡な人たちのことが描かれているだけである。
一幕のラストの月夜を各々が眺める美しいシーン。その家族という存在に感化されたのだろうか。穏やかに流れる時に幸せを感じて涙が自然に浮かぶ。
二幕は二人の幸せを一緒に祝福して、嬉し涙を誘われる。
三幕は死によって失うということの覚悟を突きつけられると同時に、生きていることの尊さを感じて、その厳しさと共に存在する素晴らしさに気付かされる。
舞台監督は観客の視点でこの町を見るという役割なのだと思うが、これは私たちは今を生きている人であるということを認識させているのだろうか。
この町は時が経ってもそれほど大きく変化はしない。でも、着実に楽しいこと、悲しいことを含めて、変化は起こっている。それがいつ起こるのか、どうなっていくのかは分からない。先は生きている私たちには見えない。
だからこそ、その時その時に訪れる出来事を噛みしめて、その平凡な生活の中にある幸せを見出さなくてはいけない。それが生きるということだと言っているような気がする。
三幕の死による喪失を知ることで、一幕や二幕の平凡な町の生きている人たちが輝くように浮かび上がり直す感覚が、生の素晴らしさを語っているのではないだろうか。

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