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2013年12月13日 (金)

こころ【劇団六風館】131212

2013年12月12日 大阪大学豊中キャンパス 学生会館2階大集会室

落ち着いた空気の中で描かれる夏目漱石のこころの現代版といったところか。
登場人物の心の中を見詰めながら、進行していく話。
じっくりとその心の移り変わりを感じながら、色々な想いを馳せられる。
心地いい余韻が残る作品。

あらすじは、私が覚えている限りでは基本的に原作と同じだと思う。
なんせ、今から25年も前の高校時代に読んで以来だから、記憶はほとんど残っていない。それも、率先して読んだのではなく、恐らくは現国の宿題だったのだろう。
でも、観ながら、あ~、あったなそんな話なんてと思い出せたりするところを見ると、けっこう印象には残っていたみたいだ。
当時はどんな感想を持ったんだったかな。
恐らく、叔父の裏切りや、私の裏切りなどから、人の心は利己的なものが容易に顔を覗かすことや、Kの信念が恋によって崩れることから人の脆さ、でも同時に死を持ってでも自己の精神を全うする強さみたいなことを感じたのではなかっただろうか。
今回、拝見して、あの頃とはずいぶんと作品の感覚が異なる。
下記に色々と書いて、ぐちゃぐちゃになってしまっているのだが、要はこの作品は、これからを生きていく人たちへの希望のメッセージを込めているように感じた。それも、時代によって移りゆく社会の中で生きていくこれからの人たちに対して、先人がその心構えを教えようとしているような感覚を得る。

登場人物の私と先生は、各々、脳内キャラみたいなものを存在させており、ストーリーテラーとしても機能させているみたい。先生に至っては、そのキャラが仮面をかぶっている男女も付け足され、何やら、人の心の見えない部分も描いた複雑さを表現しているようだった。
この演出が、登場人物が自己を見詰める姿を第三者的に観察するような感覚になる。人の心の中に入り込むようで、その中で話の進行とともに人の矛盾点が浮き上がってくる。

時代背景は今になっており、現代版こころといった感じだろうか。
SNSやカラオケボックスなんかも出てくる。
この設定は、非常に興味深い面白さで、あの原作のこころとは同じ言葉でも感覚の異なるイメージが生み出される。
例えば、寂しいなんて言葉も、原作では自分の精神的な向上に執着して人との付き合いを拒絶するやら、人を信用できないという不信感から孤独になるみたいなイメージ。でも、この作品では、飛び交う情報の中での、取り残されるような寂しさ。昔とは異なる、繋がっているけど、その繋がりの中で得る人同士の信頼の薄さのようなことを感じる。

原作では、私は今の人、先生は少し上世代の人、Kはその中でも堅苦しい人みたいなイメージ。
この作品でも、それは同じような感覚。ただ、これを世代として変換して観るような感じになった。
服装も平成、経済成長後の昭和後期、戦後の混乱があるが良き時代と言われていた昭和初期みたいな感じになっている。
堅苦しい昭和初期の考えから、少し狡猾さを出す余裕が出来た昭和後期。そこから、これからの未来を生きる平成の人たちに、変えなくてはいけないことや残さなくてはいけないことを伝えようとしているような感じか。
原作も明治天皇崩御とかで、一つの時代の終わりみたいな雰囲気があるから、この作品もまた、混沌の今から目指す未来を見出そうとしているように思う。
Kも、遅れて先生も、一つの時代の精神に従って死を選択した。
未来を生きる私へは、私たちの死をもって終わりとなるこれまでの時代の経験、私たちの心を吸収して生きて欲しいといった感じだろうか。
その人が過去に経験したことがその人の心を形成する。それならば、社会がその時に経験したことが時代を作るのではないだろうか。
戦争、震災・・・多くの先人たちの死。
そんな時代の想いを次の世代に託すという、輝く未来への希望を描こうとしているように感じた。

Kの心に愛が生まれたことで、自らの価値観が崩壊する。
それは、同時に先生がKに持っていた信頼をも打ち砕く結果に繋がったようだ。
結局、誰が正しかったわけでもなく、むしろ、全員、様々なところで脆い人間像が見える。
過去に得たものから、心が形成されるなら、全てを経験することなど無理なわけで、ましてや時代を超えてなどはあり得ないことで、それなら、今の個々の心を通わして、今を生きなくては仕方ないのでは思う。
残した遺書は私にとって、新しい心を生み出す。それは先生が得た経験を私に吸収させる。
それが、これからにきっと意味あることだと思って、先生は書いたのだろうか。

多分、高校時代に読んだ時は、奥さんやお嬢さんに対して、利己心みたいなものは全く感じなかったと思うのだが、どうも今回はそれがちらつく。というか、自分の中では露骨に感じられた。
これが役者さんの演じる表現から感じたのか、あの若かりし高校時代から時が経ち、女性に痛い目にあったりした経験から昔のように女性を純粋に見れなくなってしまっているのか。
しし座流星群を見に、Kとお嬢さんは二人で出掛ける。それを知った先生は、必死に二人の跡を追う。その時のシーンのお嬢さんの表情、言動がすごく巧妙さを感じた。要は先生の嫉妬を誘っていたんじゃないだろうか。先生がKの死後、変わってしまった理由が分からないと言っているが、それもそう自分の心を封じ込めただけで、本当は自分が発端になっていることがどこかで心をかすめているように思う。
奥さんは、先生がお嬢さんを下さいと言って、分かりましたと即答するシーン。この凛とした揺らぎない姿に、一瞬ゾクッとする影を感じた。Kではなく、先生。それは一つに財産という先生自身が不信感を持った叔父と同じような金への執着を見せているような気がする。
先生やKに関しては、人の醜いところや、倫理的に誤ったことへの断罪が諸所に散りばめられて描かれているようだが、実は奥さんやお嬢様においても、そんなところが描かれている作品なのだろうか。

私、まつきこうた(17)さん。脳内キャラは木和田安寿さん。
無知、幼さ、純粋をイメージさせる、この作品の私にぴったりはまっている。先生の死、これから経験する父の死、自分の生き方、それを惑わすこと・・・
先生自身、先生とKの話から、そんな時に自分はどうしたらいいのかのヒントをもらって成長するような感じかな。脳内キャラの方は、私の弱さを取り除いたような感じで、私の純粋さを感じさせながらも凛と強く自分を見詰めているような姿として映し出されている。
先生、新谷晃也さん。脳内キャラは渡部菜美さん。
結局はこの人は叔父への不信感を発端にして、最後に出会う私に至るまで誰も信じられなかったのだろうか。そんな人としての寂しい姿と葛藤し続けてきたような感じを漂わせている。気が弱いのか、そんな苦しみを声を大にして言うことも出来なかったみたいだ。脳内キャラはそんな内に秘めた声を出しつつ、かつ悔いる自分の正体を明かさんとばかりに厳しく見詰めているような感じである。
K、植木彰彦さん。
この方だけ、原作の明治のバンカラ風みたいになっている。内の精神鍛錬に執着し、外に無頓着といった武士道みたいなものを貫いている。自己崩壊の悲劇を巧みに演じる。自殺という行為はもちろん正しいとは言い難いが、それを全面否定せず、そんな心も存在する人が社会にあることを知り、共に生きる道を見つけることを考えることもこの作品の一つのテーマなのかなと思う。
お嬢さん、水野さくらさん。奥さん、佐々木志帆さん。
共に上記したように、いいおかみさん、いいお嬢さんの外観とは裏腹に潜む人の醜いところが浮き上がるような心情表現だったように感じる。男のような社会への大義ではなく、個々の幸せを得ることを自己主張しているような感じかな。戦争で多くの男たちが軍人となり、お国のためにと戦い死んでいった中で、それを支えつつも、我が夫、子が無事であれば、戦争の勝ち負けなどどうでもいいといった女の本音が、当時の原作の中に生きているのではないだろうか。
私の両親と先生の仮面を被った脳内キャラ、中村侑平さんと佐岡美咲さん。
少し息抜き的に出てくる緩いカップルなんかも演じられて、落ち着いた中にも、息苦しさを感じさせない全体的な空気を創られる。田舎町に住む毒されていない親の温かみを感じさせられる。私が先生から信用されるような人に育っていること、これからも人の想いをしっかりと受け止めながら生きていくだろう姿がこの両親の姿から想像できる。未来を創りあげるのは個々の人だが、そんな人を愛し、想ってくれる人がいるからこそ、その道を人は進めることを伝えているように感じる。

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