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2013年10月20日 (日)

俺だけ人間【山尾企画】131019

2013年10月19日 芸術創造館

ここは旗揚げ公演を拝見しており、その時は、少々描きたいことの焦点が掴めず、悩まされたところ。(http://ksaisei.cocolog-nifty.com/blog/2012/07/120715-0f79.html
今回は第三回公演。二回目は何で観に行かなかったのだろうか。興味を持った劇団だったなので、優先的に観劇しているはずなのだが・・・

で、今回の作品だが、非常に分かりやすく、惹き付けられる。
ゾンビという存在を、今の厭世観漂う無気力な人たちの象徴のように描いており、そんなんじゃダメだ、頑張れではなく、つらく悲しく、ままならないことがたくさんあって、壁にぶち当たったり、逃げたりしながらもそれでいいじゃないか、そんな色々な物に翻弄されながらも人間、楽しもうやといった背中を叩かれるような痛快な作品に仕上がっているように思う。
100分強の時間、どうなってしまうのかというスリル感を味わいながら、弱いながらも必死に生を全うしようとする人間のたくましさに心を揺らしながらの、楽しい観劇だった。

<以下、ネタバレしますので、公演終了まで白字にします。公演は本日、日曜日まで>

永躰研究所。まあ、要するにゾンビを研究しているところ。
博士と、その博士を崇拝する熱血派の助手と、冷静沈着な助手が、日々、その研究を営んでいる。
そこにやって来た4人の治験者。
バイトの一貫として小遣い稼ぎに来たのか、ちょっとお調子者の男と、しっかり者の妹。
人生がうまくいかず、ゾンビになってしまい、苦しみから逃れたいと思っている女性。
同じく、仕事もうまくいかず、親ともうまくいかずで、彷徨うように足を運んだ男、斉木。
そして、その斉木と、昔、同級生で今は金貸しをしている男。この研究所の博士の借金取り立てにたまたま来ている。

  

そんな8名が、実験トラブルで、斉木一人を除いて、ゾンビになる薬剤ガスを過剰に摂取してしまう。
斉木以外は全員、ゾンビに。
ゾンビと言っても、映画のように腐敗するわけでも無く、攻撃的になったりするわけでも無い。
ナイフで刺しても、死なない。
永遠の命が手に入ったのか。それなら、実験は最高の成果を上げたのではないか。

  

でも、事態はそんな安易なものではなかった。
頭を叩き潰しても、死なない。痛みを感じないということはそういうことだ。
肉体に負担はかかる。
現に、熱いコーヒーをゾンビになった人たちは平気で飲むし、甘さも苦みも感じなくなっている。
そして、時間が経つにつれて、恐ろしい副作用が現れ始めた。
記憶が無くなっていく。
自分のことや、仲間のこと。全部、忘れていってしまう。

  

博士はその異変に気付く。
体内にゾンビ粒子とやらが過剰増殖して、人を完全にゾンビ化してしまうらしい。
痛みも感じない、味も分からない、苦しいことも嬉しいことも感じない。何も無い状態になる。それがゾンビの正体らしい。
これを防ぐ方法はただ一つ。
正常な人間の血液と、幾つかの薬剤を調合してワクチンを作らなければいけない。
しかも、薬剤ガスを浴びてから24時間以内に。

  

博士は早速、そのワクチンを調合し始めるが、博士自身にも記憶が無くなる症状が現れ始める。
こうなったら、頼みの綱は斉木しかいない。
でも、自分に何が出来る。
別にゾンビでいいじゃないか。何もいいことが無かった人生。誰かが自分が苦しい時に助けてくれたか。今までみたいに逃げればいいじゃないか。斉木の中に潜む、もう一人の自分がささやく。
さらには、このゾンビ化を歓迎する女性も。何もうまくいかない人生。全てを忘れて、私はゾンビになりたい。願ったり叶ったりで、そんなワクチンなんかを作らせはしないと影で工作する女性。
助けて欲しい。そんな、みんなの願いを斉木は受け止めて、無事にみんなをゾンビ化から救うことが出来るのか・・・

  

開始50分ぐらいには、みんなにゾンビの症状が現れ始め、時間との戦いといった状態になる。
このゾンビになるという漠然とした不安の煽り方がうまい。徐々に、人間として当たり前だった大切な感覚が失われていっていることがうまく表現されている。
そこからは、手に汗を握るような、ドキドキする展開に。
進行する症状、焦り。自暴自棄になったり、必死に何とかしようとする人たちの姿が描かれる。
そんな緊迫した空気がとても巧妙で、本当に目を離せない状態になる。
喜びも悲しみも拒絶しようとするゾンビのような人間と、そんな感情を、自分のこれまでの人生がたとえどうであっても失いたくないとあくまで人間でいようとするソンビになった人との対比が面白いのだが、その平衡が絶妙でなかなか興奮する作品だった。

  

今、苦しくて仕方が無く、もう人間辞めたい、ゾンビみたいに何も考えず、感じずに生きたい。その感覚は、少し死にたいとは異にしているようであり、まだ、存在はしていたいみたいである。
ゾンビという言葉のとおり、生きる屍になりたいといったところだろうか。
おかしな話だが、何となくその感覚には共感できるような気もする。ゾンビとして生きる。
この作品は、色々な壁にぶち当たってゾンビになろうとしている人間と、人間として生きたいのにゾンビになってしまう人間を対立させながら、互いにその想いを同調し合っていく24時間が描かれているようである。
そこには、兄弟愛、家族愛、師弟愛、友情が絡んでおり、自分を見詰めれば、そこには自分が想う人もいるし、想ってくれる人もいるということに気付かされたことが、ゾンビ化を最終的に防いだみたいだ。
男女愛を描いていないのは、計算しているのだろうか。これが絡むと、恋愛観といったまた別の焦点が生まれるので、これを薄れさせているのは、非常に作品の芯を見せるのに効果的だったように思うのだが。

  

苦しみがあるから喜びも。
苦しみだけの人生もそりゃあ嫌だろうが、喜びだけの人生だって、また味気ない。
起伏の中で、翻弄されながらも懸命に生きる人間の魅力は、何も無いただフラットに存在し続けるゾンビの魅力とは雲泥の差であろう。
人間って魅力的で素敵だと、ほんの少しでも感じた時に、小さな生きる突破口が開ける。
そんなことを、人の優しさ、温かさ、真の強さを押し出しながら、痛快に描いたいい作品だったように思う。

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