娘たちのうたわない歌【坂本企画】130921
2013年09月21日 カフェ+ギャラリー can tutku
争わなき人たちが、争う人へと変わっていく悲劇的な過程を描きながら、本当の争いなき世界とはどういうものなのか、そのためにどうするべきなのかを問い詰めるような作品だろうか。
答えは当然、これが正解なんてものはないのだろうし、作品に込められたメッセージも奥深くに込められているようで、なかなか表面にまで浮き上がって来ない。
色々と自分の中で頭を悩ませながらの観劇。
もちろん、まとまった答えは出ない。でも、どこかこれから変わっていくのかもしれないなという希望も残した話に感じる。
<本当は月曜日まで公演があったのですが、ブログを書いている日曜日に、どうやらご出演の役者さんの急病で公演中止が決まったようです。ということで、土曜日の2回しか公演がなかったので、観た方も少ないことでしょう。それだけに、きちんと作品のことを文章で伝えてあげられればと思うのですが、坂本企画は難しいですから・・・
少しでも、イメージを膨らませていただいて、またいつの日か再演する際に足を運ぶきっかけになってくれれば幸いです>
真っ白い服を身に纏い、真っ白い旗を掲げ振り、争いを収めようとする女性たち3人。
彼女たちに故郷は無い。どんな文化やルーツもたどることが出来ない、まっさらの人たち。できる限り、プレーンなタイプ。
そして、歌をうたわない。そう教育を受けて、作られた者たち。
彼女たちは、この世から争いを終わりにしたいという人たちの願いなのか、自分たち自身のためなのか、ただひたすら疑うこともなく、自分たちの争いを収めるという任務を命を失う危険がある戦場で頑張って遂行し続ける。
そして、彼女たちは生き続ける。
ある戦場の中立地点で、いつものように停戦を叫んで、争いを辞めさせようとしていた時、ノラという猫のような獣に出会う。
ノラは争いに怯え、歌をうたう。
争いが収まっても、また、次の戦地に向かう彼女たちにどうして、ここに安住しないのかと問い掛けながらも、ずっと一緒について行く。
多くの争いを収める中で、彼女たちは徐々に変化を見せる。
彼女たちの服はもう白くなく、獣を殺して作られた匂いがする。
そして、争い合う両軍から、武器を奪い、自分たちの身を守るようになる。
そんな変化に彼女たちは気付いていないが、ノラはそのことに苦しみ続ける。
彼女たちに進言することも出来ない。
それは、彼女たちのその姿は、自分がなっていたかもしれない姿でもあり、自分がそうなることを恐れてか、はるか昔に怖くなって逃げたのだから。
そんな彼女たちも自分たちが置かれた状況に気付く日がやって来る。
争いを辞めようと停戦を叫ぶ声が、自分たちに向けられて・・・
人の弱さだろうか。愚かで安直なところだろうか。そんなところが浮き上がり、本当に争いの無い、平和な世界ってどうしたら実現するのかをきちんと考えてみたくなるような感覚を得る。
個性を無くせば、争いは無くなると思ったのか。人が対立する要素を消せば、争わなくなると思ったのか。感情を起伏させる歌を無くせば、争いに心が向かなくなると思ったのか。
何か、運動会の徒競走で順位付けをしないとか、過激な歌や漫画を見せないようにするとか、秀でたカリスマ性を持つ人を否定するような考えに仕向けるとか、今の日本のことを警鐘しているかのように感じる。
彼女たちに託された願いは、争いを無くしたいということなのだろうが、その手段に争う人を無くす、争いを知る人を無くすといったことを用いてるようである。これがそもそもの間違いなのかもしれない。願いが争いを無くすのではなく、争いを起こすような人を無くすということだけで、そこに平和の願いは感じられない。自分たちが争いに巻き込まれたくないというだけの単なるエゴが生み出した欲望のように感じる。
当日チラシの言葉だが、それなら戦争を知らない子供たちが今、大人なって生きる時代に戦争という脅威は存在しないはずである。
作品の中で、彼女たちのように争いの要素をゼロにしても、争う精神は自ずと生まれてきている。ノラは、争いの恐怖よりも、そんな絶対的な事実に怯えているようにも思える。
でも、だからといって、それに怯えて逃げていてもいけないのだろう。自分たちは争う気持ちを抱えている。でも、きっと、必ず争わなくてもいい形が何か出来るはずといった、平和な世界への一つの答えを導き出したいように感じる。
彼女たちは白くなくなる。身に纏っていた純白は、何かを傷つけて手に入れたことを示す色と匂いを醸す。白旗も赤く染まる。
でも、彼女たちは、それを簡単に洗濯して白くする、争いの事実を消去するようなことはしていない。自分たちがしたことを、受け止め、それを抱えて生きていくといった覚悟なのではないだろうか。私は、そこに人が持つ本能的な絶対的な優しさを感じる。
文化が違うから、考えが違うから争いが起こってしまう。だったら、文化も考えも無くしましょうでは無くて、その文化を、考えを持つ同じ人間の奥深くを見詰め、きちんと対峙していくことで、争いの火種は消える。人間が持つ絶望も希望も知った彼女たちがいつの日か、そんな未来を実現して、怯えるノラに安堵を与える日が来ることを想像させるようなラストで話は締められている。
ちなみに、彼女たちの名前は、千代、八千代、巌。君が代の真の意味するところはよく知らないが、長い年月の後にも、今よりも栄えた世界がいつまでも続いて欲しいという願いだけは、この話からも感じられるような気がする。
| 固定リンク
「演劇」カテゴリの記事
- 【決定】2016年 観劇作品ベスト10 その3(2016.12.31)
- 2016年度 観劇作品ベスト10 その2(2016.12.30)
- 2016年度 観劇作品ベスト10 その1(2016.12.30)
- メビウス【劇団ショウダウン】161209(2016.12.09)
- イヤホンマン【ピンク地底人】161130(2016.12.01)
この記事へのコメントは終了しました。
コメント