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2013年6月 5日 (水)

イーッ!!【劇的☆ジャンク堂】130605

2013年06月05日 シアトリカル應典院

昨日のオゾケ・ストロベリィ・ドォルズに引き続き観劇。
(オゾケの感想:http://ksaisei.cocolog-nifty.com/blog/2013/06/post.html

むかしむかしで、はじまる話はキュートで、あほで、ちょびっと、切ない。
オゾケ同様、この言葉に偽りは無い。
でも、やはりけっこう切ない。

両作品とも観ると、切ないというか、綺麗事が通じない現実の厳しさを、残酷に提示しながらも、一人の人間の失われた心を取り戻すために、奮闘する純粋無垢な人間で無い者たちの優しい姿が浮き上がる。
チラシの言葉はよく出来ており、オゾケではキュートなドールたち、こちらではあほな怪人たち。
自分が男だからだろうか。女はそんな純粋であるわけないという人生で植え付けられた固定観念のせいだろうか。
純粋さはよりこちらの作品の男の怪人たちに感じられ、そこがとても切なく哀しい。
あほな怪人たちのおふざけで、かなりカモフラージュされているが、滲み出てくる怪人たちの悪を貫くという自分が背負った使命感、一人の少女を救うという優しき使命感が、たとえ周囲に認められなくても自分のため、そしてたった一人の相手のためにという男としてのポリシーみたいなものを強く感じさせられる。
たった一人の少女が、生きる幸せをまた取り戻してくれた。
それだけで、怪人として不遇の時を過ごし、誰からも悪と蔑まれ、そして最後に正義に殺されても、
死して悔いなし。そんな怪人たちの最後の姿が誇らしい。

子供たちを改造して怪人に変えてしまう悪の組織。
元々はそんなことをする組織では無かったのだが、いつまで経っても子供達が笑顔で過ごせない世の中なら、生まれてきたことが不幸ならば、こんな世界は一緒に破壊してしまえばいい。
そんな考えで出来上がった組織だ。
政府はそんな子供たちを幸せにできない無能さを棚にあげて、この悪の組織を叩き潰す組織を発足する。
激しい戦いの結果、政府は勝利をおさめ、悪の組織は駆逐された。

しかし、時が経ち、生き残った怪人たちが再び、活動を始めようとしていた。
そんな情報を入手した政府の佐藤という女性は、クリスマスにも関わらず、怪人たちを全滅させるべく、怪人たちのアジトと言われている屋敷に潜入する。

屋敷には5人の怪人が住んでいた。
かつては最前線で悪の限りを尽くしていた実力ある、ドラキュラみたいないでたちのドロップがリーダー。
カエルみたいなイメージの紳士姿のババロア、プードルみたいなちょっと中性的なあんころ、オレンジのつなぎを身に纏い覆面をしているトルテ、オドオドしてその姿も暗くて黒いガナッシュ。
怪人とは言うものの、みんなどこかに欠陥があって、ここに捨てられてきている。
ババロアは特殊眼鏡が無いと目が見えない、あんころは男の姿なのにちんこが無い、トルテは胸にも口があり本当のことを喋ってしまう、ガナッシュは対人恐怖症。
完璧なのはドロップぐらいか。
そして、悲しき怪人の宿命なのか、体にガタがきて、発作が起こる。
死を常に意識して、日々を過ごしている感じだ。

時はクリスマス。
何でか分からないが頑なにサンタを信じているドロップは屋敷中にはちみつを塗って、サンタをおびきよせようとしている。
そんな中、荷物に紛れて屋敷にやって来たいちごという女の子。
怪人たちにとって人間は敵。破壊の対象だ。
いちごを手に掛けようとするが、全く抵抗しない。
もうどうでもいい、死んでもいいと思っているみたい。
無表情で笑顔はもちろん、悲しい顔もしない。
感情を、心を失ったかのよう。

これでは、手に掛ける意味が無い。
幸せな奴らを不幸のどん底に陥れるからこそ、悪なのだ。
怪人たちは、何とかしていちごを笑わせようとし始める。
もっとも、もう夢を見ることなど嫌なのかサンタを否定するいちごにむきになって反抗するドロップの意地もあるみたいだが。

コント、一発芸、三文芝居、歌と数々のことを試みるが、いちごは一向に笑わない。
少し、期待が持てそうなのがガナッシュとの共通のファンである声優の話ぐらいか。
でも、いちごの心の中にはある変化が起こっていた。
学校でのいじめ、両親の死、面倒を見てくれる親戚たちの視線・・・
自分などいない方がいい。必要の無い存在だ。だから、もう死んでしまえばいい。
そんな生活の中で、自らの感情を消すことで、生を保っていたいちご。
怪人たちは私のために色々としてくれる。
欠陥怪人たちだが、私が元気になることで、幸せな人間を陥れるなんて使命が果たせる。
自分はもしかしたら生きていてもいいのだろうか。

クリスマスの日。
この日は、日が日だけに、怪人たちのいちごちゃん笑わせ作戦も力が入る。
屋敷に、はちみつも塗りたくったので、サンタもやって来て、いちごをびっくりさせることも出来るかもしれない。
でも、現れたのはサンタでは無く、政府の人間だった。
佐藤は怪人たちを次々に始末していく。
それを見たいちごは始めてその感情を外に出す。
止めようとするいちごに対して、佐藤は怪人は悪なので消さなくてはいけないと抑え込む。
最後まで生き残ったドロップは、自分の怪人としての悪の使命を果たすことをいちごに見せるかのように、いちごに再び手を掛けようとする。
かつては、何の抵抗もしなかったいちごだが、苦しい表情を浮かべ、殺さないでという言葉を発する。
それを聞き遂げた怪人は、佐藤によってその命を奪われる。
怪人たちは全滅した。いちごを守った。
ミッション終了である。

佐藤はいちごを救い出し、車で屋敷を後にする。
本当は嬉しくて嬉しくて仕方なかった。
ずっと心の中で笑っていた。
自分のことを想ってくれて、自分のことを変えようと必死にしてくれた、欠陥だらけの悪い怪人たち。
いちごは眠りの中で、屋敷での出来事を夢見ながら、怪人たちには見せてあげられなかった、素敵な笑顔を浮かべる。

もう一方の作品、オゾケ・ストロベリィ・ドォルズと、キャラをうまく連動させたうまい構成になっています。
純粋で自分の与えられた生に真摯に向き合っている怪人たち、オゾケではドールたちの姿が、何かと弱い人間の失ってしまった心を取り戻すというところは共通のテーマでしょう。
怪人もドールも、最後は破壊されてしまいます。
ここは現実の厳しさと言いながらも、人間のエゴとして考えなくてはいけないところかもしれません。
自分たちの今ある生は、そんな様々な自分を想ってくれた人たちによって創り上げられたもの。生かされているなんてよく言いますが、それを無視して幸せも何も無いように感じます。
想ってくれるものへの感謝の気持ち。それを知り、そんな気持ちが芽生えた時に、人は幸せを感じられるような気がします。

最後、ドロップに首を絞められて殺されそうになったいちごは佐藤によって救われるが、実はその前にドロップたちによって既に救われています。
では、何でいちごは佐藤によって救われるという形にしないといけないのか。
それは怪人は悪で、佐藤は正義で、人を救うのは正義と決まっているから。
ここが、とてももどかしく、切ないところです。
オゾケもこの作品も、一人の人間と人間で無い者たちとの触れ合いから、想い合いを浮き上がらせ、共に幸せになるという話になりそうなのに、屋敷の外の人間を一人絡めるだけで、こんな哀しい話になってしまっています。
人によって、その正義と悪が異なるからでしょうか。
いちごにとって、怪人は悪では無かったはずですが、屋敷の外にいる佐藤にとっては明確な悪です。
実際に触れ合って色々なことを知るいちごが悪で無いと思っているのに、実際は外からしか見ず、怪人たちのことを何も知らない佐藤がなぜ悪と判断できるのか。
こんなことは、実際の身の回りでもよくあることのように思え、勝手な判断で良し悪しを決めてしまっていることは多いかもしれません。
だからこそ、会い、話し、心を通わせていかないといけないように感じます。
この作品の話の設定で、切なく哀しくないラストを迎えられるような社会。
これが作品に込められた一つのメッセージのように思います。

佐藤、藤田香多枝さん。あまり登場されなかったからなあ。最後、拳銃とかで怪人をやっつけるかと思いきや、なぜか体術一本でバシバシ倒していきます。なかなか決まっていてかっこよかった。オゾケの佐藤は、イチゴと同じく、心に変化を最後もたらします。こちらは、そこが感じられなかったが、そういう設定なのかな。怪人は悪です。そこに固執して、一切のブレを許さない。そんな冷徹な雰囲気が、何となく怖くなります。
ドロップ、五味たろうさん。ドロップの欠陥をあらすじで書き忘れていますね。悪いこと出来ないという怪人として最大の欠陥を持っているみたいです。それでも、悪に徹しようとする。この自分への真摯な向き合いが、いちごの自分の対するネガティブな考えを大きく変えたように思います。
ガナッシュ、山下裕矢さん。上記していませんが、このキャラの本部への日々の報告として綴られた日記を読むことで、いちごが屋敷に来てから、悲劇のクリスマスを迎えるまでの時を描いています。淡々としていますが、ところどころにくすりと笑えるようなネタが交えられていて面白いです。ちなみに、怪人たちの数々のネタで唯一、この方のネタは笑えました。あとは、苦笑いと愛想笑いね。
トルテ、北角矩久さん。もう一つの胸の口から発せられる本当の言葉をうまく活かして、ボソっと笑いを取られます。元ネタ知らないけど、何かのキャラみたいですね。お顔が全然見えませんでしたが。
いちご、小津もころさん。オゾケのイチゴも意地悪そうなキャラ全開でしたが、こちらはふてくされまくった女の子。最近、本当にこんな感じの子いますよね。やっぱり、そうなってしまうような、今の世の中は何かおかしいところがあるのかな。不器用さを醸しているのがいいです。笑顔もぎごちない。失った感情を徐々に取り戻して欲しいなという想いが沸いてきます。
ババロア、Magumaさん。怪人って感じのいいキャラ。どんな改造を受けたのか気になります。オゾケの対応する役、ムースもそうですが、屋敷の外と唯一接触しています。自分たちを外から見ることも出来る視点を持っているわけです。外での人間の生活。別に普通にみんな生きている。いちごがこんなにまで苦しまなくてはいけないのか。単なる優しさや同情ではなく、冷静にいちごを見詰めているところが何となく感じられました。
あんころ、黒澤誠さん。中性的な役どころ。みんなをまとめるような真面目さを持っている印象の役で覚えているので、ちょっと意外だったかな。けっこうはまっていたけど。オゾケでも対応する役の大福がタルトを好きだったりするのですが、こちらでもトルテに。大福はあんまりそんな姿を見せず、最後、死ぬ時になって始めて暴露するのですが、こちらはけっこう前半からほのめかす。同じ中性でも、男が演じる、女が演じるで、男女のどちらかに偏るのかな。やっぱり、性の絶対的なものってのはあるのだろうなと思いながら観ていました。

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コメント

SAISEIさん

『オゾケ・ストロベリィ・ドォルズ』
『イーッ!!』
両方の作品にお越しいただき
まことにありがとうございました。

丁寧な作品説明や感想、
じっくりと読まさせていただきました。
そして役者一人一人への丁寧な感想、
本当に嬉しいかぎりです。

本当にありがとうございました。

投稿: 黒澤誠 | 2013年6月 6日 (木) 21時40分

>黒澤誠さん

コメントありがとうございます。
お疲れ様でした。

黒澤さんはパパを尋ねず散々にのイメージが強いからなあ。
中性キャラが目立ってしまって違和感があったけど、今回も、どこか秘めた相手への大切な想いを持つといった感じでは似ているか。
あんころは切ないですねえ。
最後の最後まで純粋な姿に心が痛くなりました。

また、次回公演を楽しみにしております。

投稿: SAISEI | 2013年6月 7日 (金) 09時50分

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