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2013年1月29日 (火)

木菟と岩礁【伏兵コード】130126

2013年01月26日 インディペンデントシアター1st

震災をベースにして、人同士の向き合いを描いている話のように思う。
人の脆さや弱さが嫌な感じで描写されているが、等身大の人間を思わせることで、数々の困難もきっと乗り越えていけるのではないのかと、一筋の光を感じさせる。
作品自体は、非常に重苦しくて暗いが、その中で、希望となんて言えないくらいの小さな小さな光が祈りのように見えてくる。

舞台は愛媛の海沿いの町。
南海地震が起これば、あの東日本大震災と同じ悲劇に直面する可能性は十分あり得る。
そんな町に発足した地震に備えるという会。
数回の開催後に、発起人の諸事情で中止となる。
発起人の言葉に感銘を受けた女性は、この会を復活させようと考えている。

女性は親の介護で疲れている。
家に帰っても、鈴の音が聞こえれば、親が呼んでいる。疲れた体を振り絞って、介護を行う。
部屋に戻れば、東日本大震災の津波の映像を見る。
自分は経験しなかったこと。経験してないから何も言えない。
でも、そこには家族を助けてあげれなかった人たちが映し出されている。
経験し合ったことが無いとその人とは向き合えないのかもしれない。
してない自分が言えること、出来ることは無い。
自分がそう思ってるから、相手もそうだと思ってるのだろうか。
自分と向き合ってくれる人は、不幸な経験をした人でなくてはいけない。
会を通じて、そんな自分に救いを求めるような感じ。

発起人は山の中腹の寺の下にある家に住んでいる。
生活には困っていないみたい。
津波で父を亡くしている。その現場を目の当たりにした。
その経験談を語ることで、地震に備えるという考えをみんなに持ってもらいたい。
そんな使命感から会を発足した。
でも、実際はその悲劇を語るだけ。
不幸自慢。そんな捉われ方をみんなにされて、会の参加者との人間関係に亀裂が入ったみたい。
しかも、実際は現場にはいてなかったらしい。
母からずっとその話を聞かされてきた。嫌われたくないから、おとなしくずっと聞いていた。
そんなことのひずみなのか、母と同じことをしてしまっている。
自分がしてきたように、あなたも私の話をおとなしく聞いて、大変だったね、つらかったねと思って欲しい。いや、思わなければいけない。自分を拒絶する人の理由は、自分には無く、その人の環境、生き方にあることにして、自分の心の平静を保つ。
負の連鎖的なことを感じてしまう行動を見せる。

見晴らしのいい山に一人の妙齢の女性。
言いたいことははっきりと言う。
一人よがりの人は嫌い。だから、発起人のような女性は嫌い。
海を毎日眺めている。
津波がやって来ないかを見張っているという。
両親はもう亡くなった。一人だけの孤独な生活。
海には何かとんでもないものが潜んでいる。
自分を捨てた男が言っていた。
海を見ていれば、また男が戻って来るような錯覚に陥っている。

町の名士の娘。
ミカン畑を営み、生活は裕福。
女性に対して親密に相談にのる。
でも、隠していることがたくさんある。
町を裏切っていると思えるような行為もしているみたいだ。
性的な倒錯もほのめかす。
自分がすること、言うことには全て何らかの代償が付属してないといけない。
人と付き合うことは、自分にとって何が得られるのかみたいなことを、暗に考えてしまっているような感じである。
余裕の中に潜んでいる孤独感。
人には相入れてもらえにくい環境に自分があることに漠然と気付いているのか、それだったら、自分はコントロールする側のスタンスで常に人と接しようとする。

山の上にある孤児院で育った女性。
今は、厳しい生活の中で一人で暮らす。
家に帰れば食事が用意されている。親が待っている。
そんな当たり前のことを、どれだけの人が意識しているのだろうか。
当たり前をそのまま当たり前と思い、何も感じない裕福な人は拒絶する。
自分と同じことを感じられる苦労してきた人とは同調し合う。
強く生きる中で見せる妬み。
自信からくる強さではなく、その痛みを知る人にしか自分の傷は見せないように虚勢を必死に張っているような感じ。

この中で一番嫌いな人は誰ですか。
答えによって、あなたの心理状態が分かります。
といったぐらいに、闇を抱える嫌な人が出てきます。
それはとても現実的であり、虚構を観ているからといったことで逃がしませんよという感じでこちらの心をえぐるような攻撃的な形で話は展開します。

こんな5人が会の再開と共に、また会話をするようになる。必然と向き合うことになる。同時に自分を見つめ直すことにもなっていく。
共通点は幾らでもあるような気がする。
みんな孤独と闘っている。精一杯生きている。
でも、ズレている。価値観だとか、自分のポリシー、大義名分みたいなものか。
そのズレは、人だから仕方ないものに映る。育ってきた環境、出会ってきた人たち、経験したことがみんなそれぞれ違うのだから。距離と言えば、そんなものかもしれない。
でも、一人では生きていけないので、互いに接し合わないといけない。距離があるからといって、離れたままでいることはきっと出来ない。避け続けることはできない。
そんな気持ちが、会を中止してはいけないと女性に思わせたのだろうか。会を再開して、そのズレを見つめるべきだと思ったのか。

向き合う中で、蓄積していくズレは、大きな歪みとなる。今にも爆発しそうである。
これが、いつ起こるか分からない震災や津波のようなものと同じように感じられる。
静かに人を不安や恐怖に陥れようと身を潜めて待ち構えているような感じだ。
でも、これを無視することはもう出来ない。それがいずれ起こることを知ってしまっているから。
このあたりが、舞台を終始重苦しく感じさせ続けているようなところかと思う。

作品の最後は再開した会で、5人の蓄積したズレが最大にまで高まり、互いにぶつかり合う。
そのことが引き起こしたかのように、地震が起きる。
揺れは互いにぶつかり合う衝撃、伴って起こる津波は押し寄せる感情の波のように5人に襲いかかる。
震災と同じように一度起こった爆発は、余震や第二波のように何回も5人を苦しめるようにも思える。
そんな状況に置かれた5人は、これまでに振りかざしていた各々の自分を見失うかのように右往左往する。
会で共通認識とした備えも何も無い。
自分が正しいと思うことを行動し始める。
自然災害の脅威よりも、人の脆さを感じさせられ、愕然とする。

備える会。
この作品は決して震災だけを描いているように思えない。
震災をベースに、人との距離。距離が離れた、価値観の異なる、経験も違う人同士が向き合うことを描いているように感じる。
そんな人同士が、互いに違うからといって接し合わないような社会ではダメだろう。
だから、いつでも接し合えるようにするにはどうしたいいのか。人とのズレた距離をどう見つめておけばいいのか。そんなことに備えようとする意志を忘れてはいけないといった感じのものではないだろうか。
それでも、人同士のこと。この作品のように、自然災害と同じように避けられない衝撃を互いに受けてしまうこともあるだろう。
だからと言って、あきらめてはいけない。
震災から多くの人が、復興しようとしているように、人との距離も、そのズレを埋めることがきっと出来るのではないか。何回崩れても、また積み上げていく。人はきっとそう出来る力も秘めているはず。
そんな問いかけをされているように感じた。

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