ら抜きの殺意【近畿大学文芸学部芸術学科舞台芸術専攻23期授業公演】121222
2012年12月22日 近畿大学10号館8階演劇実習室
気になって文章が書きにくい。
現にこのブログの少し前の記事を見直したら、当たり前のようにら抜き言葉を使っている。
この作品はそれだけでは無い。
「・・・て言うか」など、これまでを否定するような言葉の多用の弊害や、まわりくどく意味の分からない文章表現などにも言及している。
この点でも、「・・・と言うか」、「・・・、いや」などをよく使うのは自分でも気付いている。
殺意は芽生えないにしても、やはりイラっとされる方もいらっしゃるのだろうか。
される方がいらっしゃる・・・この書き方も、おかしいのではないか。
不安がどんどん溢れてくる怖い作品である。
ただ、非常に面白い。
ちなみに、「ただ、・・・」とか「まあ、・・・」もよく使う。
心理学的には、自分はこう考えていますなんて、他人の異なる意見を受け入れるような表現だが、実はバリアを張って自分の意見は曲げない意志が働いているとか聞いたことがあるが・・・
六場から成る作品。
ら抜き言葉が招いた二人の男の確執を軸にしながら、各々の場で言葉に関する様々な問題をテーマにして、話を繰り広げている。
24時間営業の健康食品の通販会社に中年男性のバイトが入ってくる。
訳ありで昼間はどこかで仕事、夜だけここで働くことを希望している。
先輩社員は女性を希望しており、人手が足りなく採用しようとする社長と一悶着があるが、結局は採用となる。
先輩社員は、気に入らないらしく、この中年男性にぞんざいな態度を示す。
バイトは食事休憩は無いので、途中で外には出れないからね。
出れない。意味が分かりません。そんな言葉は存在しませんから。
出られない。
ら抜き言葉で、早速バトル状態に。
こうなると、先輩社員も意地でわざとら抜き言葉を乱用する。
社長はギャル語を使って、日本語はめちゃくちゃ。それでいながら、英会話スクールに通っていたりする。
総務の女性社員の電話対応もめちゃくちゃ。自分や物への敬語を平気で使ったりする。
それにイライラするバイト。
バイトと先輩社員は相変わらず冷戦状態。
互いにイライラの日々を過ごしている。
社長の奥さんは副社長兼、掃除婦兼、経理。
性別に関する言葉の使い方にうるさい。夫婦は婦夫。男女は女男。
これでも、昔はいわゆる美しい日本語が素敵で社長も結婚したらしいのだが、今は何でなのか、こんな状態に。
先輩社員に想いを寄せている女性。取引先の女性社員。
でも、先輩社員は少し距離を置きたがっているみたいだ。
「・・・ていうか」という言葉で会話をつなげていく。本人はより詳細に付け加える意味合いで使っているのだが、どうもイラっとさせられるようだ。
それに、尊敬語と丁寧語を混ぜてしまう過剰な敬語の使い方も原因になっているみたいだ。
バイトと先輩社員のバトルは一触即発状態に。
先輩社員は考える。
何でこんなに腹立つのだろう。
上から話してくる感じ。これが癇にさわる。
これに対して、自分も上から目線の失礼な言い方じゃないかと反論するバイト。
でも、先輩社員はバイトをいじめようとしているから失礼になっているだけで、それは言葉の内容を変えれば失礼では無くなる。
バイトの場合は、言い方自体が失礼だと感じる。
要は、言葉に宿る心情が根本的に偉そうだということらしい。
そんな中、来客が現れる。
日系三世らしく、片言の日本語しか話せない。
購入した枕を返品したいので、金を返せと言ってくる。
困った先輩社員。実は、小遣い稼ぎで、売りつけた枕は破損したことにして、お金は自分の懐に入れている。つまり横領だ。
それを知ったバイト。
社長にちくりますよ。
それが嫌なら・・・
口止め料なんていらない。
ら抜き言葉の禁止を命じる。
急に力を付け始めたバイト。
電話対応にうるさく言われる総務の女性社員はバイトを避けている。
先輩社員も何かあれば、すぐにら抜き言葉を指摘され、もううまく言葉が使えないくらいにまで追い込まれている。
社内のコミュニケーションはもはや断絶されている。
会社に健康食品を運び込む男。
彼は、話をうまくまとめることが出来ずに、何を言っているのか分からない。
起承転結がぐちゃぐちゃなので、もう聞くのが面倒くさいので結の部分だけ話せと言われてそれで話を終えられてしまう。
そして、ことわざの使い方もめちゃくちゃ。
犬も歩けば棒に当たるはラッキーなことに出会うことだと思っている。実際は、災難に出会うことを意味しているのに。濡れ手で粟も、泡だと思っている。
今度は「どうせ」や「しょせん」といった言葉の使い方に言及される。この言葉は、後に続く文章が後ろ向きになる。ためしに「せめて」にしてみる。こちらは希望につながる。
そんなことを言いながら、色々としている中、今度はある電話から、バイトの正体が明かされる。
彼は国語の高校教師だったみたいだ。
お金に困っているのか。
どちらにしても形勢逆転。
先輩社員は、学校にちくらない代わりに、あるものを要求する。
もちろん、バイトから奪う。らを。
ら抜き言葉を強制する。
言語の違いによる言葉の扱われ方が言及される。
どうせといった言葉は英語には存在しない。
微妙なニュアンスの言葉を生み出すのは日本語特有みたいだ。
男らしくあきらめるなんて言葉も。海外では男は最後まで戦うのが通常らしい。
武士の切腹とかの名残だろうか。
男女で言葉が異なるのも先進国では珍しい。
映画の字幕とかでは、女性の言葉は、女性らしく置き換えられているが、実際は海外の感覚ならば、恐らく男女の区別は存在しない。
日本の女言葉はお願いするような意味合いが含まれており、人に命令するような立場の人間にとっては使いにくくなる。はっきりと物が言えないので、本音が出せない。
そんなことを、会社の社長、課長、そして恋心を抱くこの会社の先輩社員に対して携帯電話を使い分ける取引先の女性社員の言葉の違いから描かれている。
そして、枕を売りつけられた日系三世が再び返金を求めてやって来る。
ひょんなことから、実は方言丸出しの田舎出身であることがばれてしまう。
それが恥ずかしくて、片言の日本語で話すという仮面をかぶっていたみたいだ。
ばれたのが恥ずかしくて逃げ出してしまう。
もう完全に形勢が逆転している先輩社員とバイト。
バイトはもうここを辞めると言って、出て行こうとする。
去り際に、お金に困っている理由を腹を割って話す。
何かしら通じ合うものが生まれたみたい。
先輩社員は、ここでまだ働けと促す。
本音を出せる言葉って何だろう。気持ちが通じ合う言葉ってものは。
ら抜きは確かに間違った日本語だが、犬も歩けば棒に当たるなんてことわざも、実は今では健康食品を運び込む男が言っていた解釈も正しいとされているらしい。
日系三世もどきがまたやって来る。
その人に、同じように方言で話かける先輩社員。
彼もまた、同郷の山形出身だったようだ。
メリークリスマスと言って去っていく田舎出身の日系三世もどき。
残された二人にかつての確執は感じられない。
言葉に関するテーマが色々と出てくるが、結局はコミュニケーション不全の解消が描かれているのだろうか。
ら抜き言葉はコミュニケーション不全を生み出す一つの象徴であり、その言葉自体が多様な人間を表現しているように感じる。
男女、国、世代、都会と地方などの言葉の違いもそのまま、その人間の多様性と一致するような気がする。
自分が使う言葉だけを正しいとする至上主義は、まさに自分本位で人と会話することに等しく、これではコミュニケーションは成立しない。
相手の言葉も認めながら、その中から理解を深めていく。
言葉は本来そんなものであるのだろう。だからと言って、ルール無しで用いられることはダメであろうが。
最後、ら抜き言葉を嫌っていたバイトはら抜き言葉でしゃべり、またギャル語なんかも組み込んで先輩社員と会話する。先輩社員は隠していた方言を語り、今ではちょっとうまくなった「ら」をきちんと使った言葉で話す。
今まで、互いにこだわっていたものから脱却して出てきた言葉こそ、本音であり、それが互いの気持ちを通じ合わせている。
正しい言葉では無くても、本当の言葉ではある。
コミュニケーションはそこから生まれる。
今の社会でたびたび問題となるコミュニケーション不全。互いに言葉で語り合おうともしないことが大きな原因ではないのか。言葉が違うから分かり合えない。互いに拒絶から入ったら、もう先へは進めない。多様な人間が生きているのだから、言葉づかいは様々だろう。しゃべり方一つにしても生理的に気に入らないなんてこともあるのだろうが、そんなところばかりに目をいかせないで、もっとその発せられた言葉の真意を深く理解するようにしたいものである。
登場人物は9人。役者さんは15人。
一つの役を複数の役者さんが演じたりします。男女関係無しに。
舞台は普通のオフィスなので、ダンボールが積み重なった所や扉が複数あります。ダンボールの後ろや扉の向こうに役者さんが出ていき、戻ってきた時には違う人に変わっているパターンや、パラレルワールドみたいに同時に同じ役の複数の役者さんが登場して話したりもします。
これは混乱するだろうなと思っていましたが、それが全然ありませんでした。名札を必ず付けていたからでしょうか。
当日チラシにも書かれていますが、この演出が本当の自分って何みたいなところにつながっており、自我も混乱するほど言葉の力が強いことを感じさせられます。
とても興味深い作品でした。
そして、それを不思議な演出で楽しく魅せているように思います。
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