2012年02月04日 シアトリカル應典院
臓器移植をベースに作られた作品である。
12年前の再演ということであるから、当時は今でも続けられているが臓器移植に関する問題の議論が盛んだった頃かもしれない。
仕事がら、再生医療に関する治療現場に携わっているので、臓器移植というキーワードは無縁ではない。
人の死を待つ医療、他人の犠牲の下で成り立つ医療、不公平性、宗教的な問題など、様々な反論の中から、人工臓器や再生医療という研究の必要性が大いに認められ進められてきたわけだが、現実的に今でもそれで全てがカバーされている訳ではない。むしろ、実際の治療現場にはまだまだ普及していないのが現実だ。
臓器移植によって生への可能性があるのならば、様々な問題がありながらも生かしたいという欲求をそれに求めることは否めないところである。
まあ、ここでそんな臓器移植の是非を議論しても仕方が無い。作品のテーマとして用いられたというだけだ。
作品自体はその是非を問うている話にはなっていない。
ただ、このテーマは非常に繊細でシビアだ。
万人受けするテーマではない。
各人による考えの幅は大きく、設定自体に善意的な感情も、悪意的な感情も入り込む。
そんな難しいテーマをわざわざ用いて、伝えたいことは何なのかということになる。
単純に話を追っているだけでは、死者との決別、生きる者の再出発を感じさせるが、そこに至るまでに嫉妬、理不尽、エゴなどの負の要素が強く出過ぎてしまっている感がある。逆に言うと、そのあたりの役者さんの演技が真に迫っていたとも言えるのだが。
話を重苦しくするだけになるのを避けたのか、問題の渦中にいる人たちの周囲の人が特徴的なキャラを持ち過ぎているところも焦点がぼけた気がする。
死んだ者、残された者、生きていく者、その人たちと関わる者、当事者とは距離がある者など、震災をテーマにした作品などでは、同じ位置づけの設定があるが、テーマを変えるとこうも違和感があるのかに少し驚いた。
少なくとも、震災をテーマにした作品でよく感じられる最後に希望を持つような捉え方は出来なかった。話は終始、問題の中に巻き込まれ、最後もその問題は残ったままでいるという印象である。それでも、当の本人たちは生きていく。う~ん、こう書くと震災とかと同じ感じか。
何か違うんだよな。うまく書けない・・・
(以下、ネタバレしますのでご注意ください。ただ、どう考えても観始めてすぐに下記に記載した事実は分かると思うので白字にはしません。公演は、本日、日曜日に2回あります)