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2012年2月 6日 (月)

<DVD>渡り鳥の信号待ち【世田谷シルク】

いやあ、観て唖然・・・

昨日、生で観たばかりの作品。
しかし、残念なことに正直、全貌を掴むには至らず。
でも、とてもいい作品だったので、せめて、2010年の初演DVDでもう少し理解を深めて、この作品の観劇を終わらせようと早速鑑賞しましたが、全然話が違う。
改訂とかのレベルではない。
さすがに昨日、観たばかり。寝た覚えもないし、いくらなんでもある程度は覚えている。
それがほとんど当てはまらない。
本当にここまで違うのか。昨日、実はボケ~っと観て全然把握してないのではないか。
まさか、ここまで私は頭悪いのかと不安になっています。

昨日観た話では女の子と仲良しの同級生の男の子、老婆と少女を行き来する学級委員長。女の子の父親とその面倒を見ている従妹とその村役場で働く恋人。謎の鍾乳洞の管理人と頼りない弟。村に旅行に来た女性3人組。光速列車のパイロットとその姉。
だいたい、こんな人達の物語が時空を超えて紡がれていたはず。
同級生と管理人は時間軸がずれた同一人物。女の子と女性3人組の1人は母と娘の関係。・・・のはず。

この初演では、女の子と仲良し同級生。女の子の父親と一緒のサークルに所属していた男2人と女。大学生と老人を行き来するカップル。村に旅行に来た女性3人組。
ここでは同級生は同級生で、誰にも当たりません。女の子の父親は若く、同じサークルの他の3人を鍾乳洞で亡くしており、生き残った1人という設定になっています。
う~ん、そうなると女性3人組と1人が女の子の母親でというところが年齢的にちょっとつじつまが合わない気がするんだが・・・
何かよく分かんなくなりました。

全容がやはり理解できないままではあるのですが、初演と今回観た作品(以下、再演)では随分と感じ方が異なります。以下、比較したような文章表現になっていますが、初演、再演ともに見落としが多いだろうことから、事実とは異なるかもしれません。そんな中で私が感じたことを記していると思ってください。
まず、再演は物語が断片的であまりつながりが感じられなかったのですが、初演は牛乳、リンゴ、リングなどの物の伏線がしっかり描かれており、時空を超えてもそのつながりが感じ取れます。
あまり悲しみなどの感情を押し出しさず淡々と感じられた再演に比べ、初演はちょっと悲しい気持ちになります。それは母親と娘の関係がより色濃く描かれており、現世で会えず、こんな渡り鳥になった光速列車の中で出会っている事実が悲しみを誘うのです。再演では互いに母娘を認識し合うようなシーンがありますが、初演ではそのようなシーンは無く、ただ事実がそうであることだけが明らかになっています。
再演は死というものが漠然としており、生との境界があやふやな雰囲気でしたが、初演ではそれが強めに感じられます。セリフも生きていれば、死ななかったらみたいに、死をはっきりと認識させてしまうような言葉も多く含まれていたように思います。
また、お盆という死者が戻ってくるという日を映像で焼き付けてくるので、この光速列車が死者の魂を乗せた悲しい列車であることをはっきりと感じてしまうのです。

話の意図のようなものは初演の方が分かりやすく感じ取りやすい印象ですが、どうも設定をうまく噛み砕くことができない。この点は今回の再演の方が格段と理解しやすいです。
その代わり、死への悲しみ、母親と娘の愛情、生という幸せの形は初演では、分かりやすく話の中に浮き上がってきており、深く考えることなく直感的にそれを心に刻むことが出来るような感じでしょうか。

作品を改訂したというより、進化したような感じなのでしょうか。
生と死、家族、幸せ・・・、こんなものをより深く感じさせられる話にこれからも進化していくならば、この作品をずっと観続けたい気がします。

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