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2011年9月20日 (火)

under-ground【空の驛舎】110919

2011年 09月19日 ウィングフィールド

頭フル回転で臨みました。
それでもやはり難しいのが正直なところ。こういう表現方法を受け取るのに慣れていないところがあるのかなと。

でも、今回は演劇が震災とどう会話していくのか、そして被災しなかった人が被災を受けた人とどう向き合えばいいのかを考えて創られた作品ということを始めから打ち出しています。
そのため、そういう目で、どんなことを考えてこういうシーンがあるのだろうとかを想像しながら観ることができました。
劇団太陽族の岩崎正裕さんとのアフタートークもそんな作り手の考えを伺えるチャンスであり、作品を理解するのにかなり役立ちました。

何かよく分からないんだけど、震災があったから、それを題材に作品を作っているのではなく、自然に沸き上がって作られているという気持ちが理解できた。
だから、震災での悲しい別れとか、出会いとか、悲惨な状況とか、感動話のエピソードが作品になっているのではなく、不条理な現実を描くような作品が生まれているような感じかな。
物語が出来上がっているわけではないというか。作り手が感じたことを一つの作品にしているような。
そのあたりが、普段読む本とか、観る芝居と感覚が異なり、理解しにくかったという感想になるのかもしれない。
話を理解するのではなく、作り手の気持ちを理解したなら、それはきちんと観劇できていると考えていいような気がする。

震災後の地下室の中での人達の話なのかな。
舞台セットも奇妙。すべてのセットにビニールがかぶせられ、養生されている。
多分、地下に流れ込む津波の水とかをイメージすればいいのだと思っているが。

白衣を着た人と普通の人。
その二人のカウンセリングのような会話から話はスタートする。
最初は虐待の話から始まる。
ここから、後はカウンセリングを受けていた者が白衣を着て、次の役者が出てきて普通の人になるみたいな、役が固定しない奇妙な演出で進んでいく。
後半はそれも崩れていくのだが。
アフタートークでここは、この劇団流の演出だと言われていた。役を固定しないでも違和感が無いようにするために、この手段を用いているみたい。

話の中では、アフタートークで語られた不条理の言葉が嫌がおうにも浮き上がってくる。
男二人が泣いたり、怒ったり、踊ったりする。芝居をする。男が叫ぶ、そんなことしても仕方がない。それに対する答えは分かっている。
知恵遅れの子に逆の言葉を教える。海を山と、山を海と。嬉しいを悲しいと、悲しいを嬉しいと。偽りから生まれた世界はどうなったのかと質問される。答えは変わらない。悲しいは嬉しいに決してならない。
星座にまつわる神話の世界。その神話の中ですでに大津波が発生している。そしてそれは世界を破滅に導く。いけにえによりそれは止まるが、その話に何の意味があるというのか。

各々が地下室を出て、各々の道へ進んでいくというシーンの後、最後は冒頭のシーンに戻る。
虐待がここで断ち切れるような形であり、負の連鎖の終結を意味しているのだろうか。

最後の方はよく分からない。
アフタートークでも語られたが、ここで終わりかなと思ったシーンで終わらず、かなりしつこく重ねてくるので集中が切れた。
これもどこで終わらすかは役者さんの中でも色々な意見があったところらしい。

まあ色々と思い出しながら書いているのだが、やっぱり言葉では難しい。
ただ、こういう作品はこういう話でしたということが分かってもあまり意味がなさそう。
話の理解は漠然だけど、作られた意味合いが少しでも分かればそれでいいかなと。
それよりも、こういう作品を観劇するということを通じて、作り手ではなく、私のような受け手側は何をするのかを考える方が大事かもな。

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