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2011年8月25日 (木)

父の一周忌

ALS(筋萎縮性側索硬化症)で昨年8月24日に亡くなった父の一周忌。

もう1年になりますねえ。

今年は暑いとはいえ、まだましだな。
去年は火葬を待っている間、ブラブラ散歩していましたが、すごい熱気で景色が蜃気楼みたいに見えて、フラッとなったことを覚えていますから。

父が亡くなった時の記事でALSに関してはラストと思っていましたが、まだなかなかこの病気のことを少し思うと色々と訴えたいことが出てきてしまいますね。

それにしても、私のブログ、観劇感想ブログとして立ち上げましたが、実は一番よく訪ねてきていただいている方々はこのALSで検索してたどりついているようです。
ココログはアクセス解析とかいうのが出来て、たまにどのページが一番よくアクセスされているかを見るのですが、ダントツでALS関係記事が多い。(ALSカテゴリー:http://ksaisei.cocolog-nifty.com/blog/cat21691798/index.html
特に父が亡くなる直前に書いた記事が。
皆さん、ALS患者が実際どういう死を迎えるのかを意識せざるを得ない環境で、今なお苦しまれているのだろうと思うと、私自身はもう全てが終わりましたが、やはり心が痛みます。

私の父が亡くなった後にも、ご家族がALSだと診断されたとコメントをいただいた方もいらっしゃいます。
悪い方向にしか進行しない現実を経験しているので、それから時間が経てば経つだけ、つらい思いをされているのではないでしょうか。
歩けていた人は歩けなくなっている。口から物を食べていた人は異ろうにしてる。話せていた人は話せなくなっている。・・・きっと。
ナースコールのボタンすら押すことができず、ただ意識だけはしっかりして、身動き一つせず、一言も話さない末期の姿は思い出すだけで目を背けたくなります。

改めて1年前を思い出し、あの時思った、ようやく死が迎えに来てくれてよかったねという気持ちは今でもさほど変わりません。
もちろん、生きていてくれればなあなんてことを、この1年で思ったこともあります。
やはり父ですから、男としてまだ相談したいこともあったし、ゆっくり飲みたかったなあなんて懐かしんだりもしましたが、それは普通の状態でのこと。ALSを患った時から、もうそんなことをあきらめてしまったみたいです。

飲みに行ったりして、父と同じくらいの70歳ぐらいの方と出会うと複雑な気持ちになります。
それも健康自慢を女の子とかにしてワイワイされていたりすると・・・
正直に書くと、ふざけんな、何で俺の親父だけあんな目に合わないといけないんだ、うちの親父も健康には人並み以上に気を使っていたけど最後はあの有様だよとか思ってしまいますね。
一度、何か癪にさわる偉そうな方が、周囲に迷惑をかけるから健康の自己管理をきちんとしない奴はダメ、自分は絶対誰にも迷惑をかけずに死んでいくみたいなことを話されていて、私に賛同を求めてきた時に、妙に腹が立って。
いくらそんなこと言っていても、なるときはなるんだよ、病気って奴は。それが運悪く難病に当たる人もいる。誰にも迷惑をかけないみたいなことを安易に言うのはおかしいとケンカになりかけたことがあります。
分かんないんだろうな。一度経験してみろなんて思いましたが、すぐに否定しました。
いくら腹が立っても、あんな病気を経験する人はもう一人もいて欲しくない。

今はもう母と妹だけが暮らす実家にたまに帰ります。
途中、父が入院していた病院の前を通ります。
うちは本当にラッキーで、実家近くの病院に長期入院出来たので、介護も毎日行けました。
病院の6階。ここに神経難病患者が集められます。
ナースステーションの前に食事する場所があります。
朝・昼・晩とそこに患者は集まり、食事をします。
普通の食事を出来る人はほとんどいません。
経験されている方なら分かるでしょう。ありとあらゆる食材をつぶした食事に、さらにとろみちゃんというとろみが付く魔法の粉をふりかけて食べます。
最初、わが父のその姿を見た時は悲しくて仕方がありませんでしたが、実はこれはまだましな方。
そのうち、車いすでも動けなくなるので、その場所に来ることすらできなくなります。
そして口から物が食べれなくなります。
だから、食堂でいつも会っていた方で最近見ないなあと思っていたら、それは病気が進行したということです。
不可逆な進行ですから、もう2度と食堂で会うことはありません。
そのうち、本当にどこでも会えない人になる。そんな病気です。

父は4人部屋でした。
そのうちの1人の方は何という神経難病かは知りませんが、体が固まったように動かない方でした。
ふざけた書き方しますが、魔法でもかけられたかのようにおかしな格好で固まってしまっている。
こんな病気治ると思いますか。本当に魔法でも使わないと元には戻らないでしょう。
ただ、その方はうちと同じく家族が毎日介護に来られていました。
かなりお上品な家庭みたいで、海外に行った時の話などを聞いているのか何なのか分からないご主人に話しかける奥様と娘さんの姿をよく拝見していました。
あれから1年、先日ばったり病院のまえでその奥様の姿を拝見しました。
失礼だけど、まだなんだと思いました。
どうなんだろう。生きていて欲しいのでしょうかね。いったい誰が悪いんでしょうか。

書きたいことを考えずに書きなぐっていたら、長くなってしまいました。
今、なお私がALSに不幸にも関わることになってしまった方に伝えたいことは、以前に書いた記事そのままです(http://ksaisei.cocolog-nifty.com/blog/2010/08/3als-57c2.html
この病気、治りません(医師ではありませんが、一応、医学的な研究に従事しているので、ほぼ断言に近い言葉で今は言っています)。しかも進行し続けます。最後の最後まで。
だから、この病気の最悪の状態は死の直前です。
逆に今、その時は最良とも言えるので、そう思ってその時できることをしてあげて欲しいと思います。

あとは、少しだけ父が亡くなった後に起こることでALSと関係しそうなことだけ記しておきます。
もし、何かの参考になればと。
ALSの進行はあまりにも悲劇的で、身内以外には知られたくない、見られたくないという理由で病気を隠したり、見舞いを完全に拒絶している方が多いのではないでしょうか。うちの父はそうでした。
死後、そういう方に一応亡くなった連絡をすると、切れてくるバカがいます。なぜ、連絡しなかったのかと。きっとそんな親戚・友人一人ぐらいはいるんじゃないですか。うちだけじゃないと信じているんだけど。
そんな人は適当にあしらいましょうね。故人のことを本当に思う人であれば、絶対できる行動ではないのですから、縁が切れても別に構わないはずです。
うちは父の友人が母をきつく責めて、一時、母がそれでノイローゼみたいになりました。
会ってぶっ飛ばしてやろうかと思いましたが、ほっておくことにしました。そういう人は自ら不幸に勝手に陥ってくれるはずです。
そんなことにならないように、連絡先は死を冷静に受け止めれるような人に集中させておくようにするべきだと思います。
うちの場合だったら、私の携帯とかに。防波堤みたいな人を用意しておかないとおかしなことでつぶされるということです。

あと、ALSに限らないのでしょうが、介護からの解放で異常なくらいの拒絶感を味わうようです。
母と妹は毎日介護していたので、そうなりました。
何をすればいいのかは分かりませんが、場合によっては異常行動を起こします。
うちも詳しくはあまりにも恥話なので書けませんが、とんでもないことを経験しています。
これも、やはりクッションとなる人がいると思います。

何にせよ、たいがいは祖父母、父母を亡くされる方が多いと思いますので、子供が残された者を守ってあげないといけないわけです。
あらかじめ覚悟だけはしておいて方がいいように思います。

一周忌ということで、当時を思い出しながら、思ったことを書きました。
まだ苦しまれている方を不安にさせる気もないし、安易に元気づける気もありませんが、どうか少しでも穏やかな生活を送って欲しいと切に願います。
この言葉が負担になってしまうので、簡単に使ってはいけないとよく言われますが、私はこの言葉しかかけられません。
どうか、頑張ってください。

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