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2011年8月25日 (木)

夜にだって月はあるから【May】110824

2011年08月24日 シアトリカル應典院

独特の魅力を持つ劇団を見つけました。
過去公演のチラシを何回か見たことありますが、観に行く気にまではなりませんでした。
もったいないことをしていました。

観終えて、思ったのは楽しかったなということ。
実はすぐにTwitterでつぶやこうとしたのですが、よくよく考えるとこの作品はつらい朝鮮の歴史を扱った話。楽しいと感じたと書くのはまずくないかと、少し悩みました。結局、気持ちは変わらずそのままつぶやきましたが、このブログを書いている今でも気持ちは変わりません。

話自体は本当に朝鮮の重い歴史に翻弄されながら生きてきた男の人生を描いたもの。たくさんのつらさ、悲しみがあるという事実の中で、その中にあるほんの少しの笑顔に焦点を当てているような気がしています。

これまで観てきた演劇作品の中には歴史、戦争、病気・・・などの悲しい題材を盛り込んだ話がたくさんあります。作品の話を進めるために、ちょうどいい題材だとばかりに安易に盛り込んでると考えられるものもありますし、そこから伝えたいことを感じ取って欲しいから盛り込んでいるなと思わせるものもあります。
大事に扱われた悲しい事実は、それを単につらいことだと思うだけでなく、その事実とともに存在した人の感情までもきちんと受け止めたいと思った次第です。

話は老人の下に、若い青年が訪ねてくるところから始まります。
老人が昔お世話になった人の息子さん。久しぶりの再会。
老人は数多くの苦労をしてきたことがにじみ出ています。奥さんも共に苦労されてきたのか、今ではすっかり認知症になってしまったようで何も語らずじっとされています。
息子さんは劇団をやっているようです。

老人は思い出します。
少年だった頃、故郷、朝鮮を離れ日本へ希望を抱いて海を渡った時のことを。
お世話になった小さな工場での楽しく希望にあふれた日々。
でも、第二次世界大戦がそんな日を続かさせず、出会った人とも余儀なく別れを経験します。
日本の発展、戦争、そして敗戦とともに人生を過ごします。

戦後、知り合ったある小さな劇団。
故郷の済州島から日本にやってきた人が集まった楽しい劇団。
そこで演出家として協力しながら、看板女優に恋心を抱きます。
そんな楽しい生活、二人の淡い恋も歴史がそれを引き裂きます。
故郷、朝鮮では共産主義と資本主義の思想が対立する朝鮮戦争が勃発。
済州島では多くの民が弾圧され、命を失う大きな事件が起こっていました。

故郷を離れて生きることを決意する男、故郷に戻る、つまり死に場所として故郷を選ぶ劇団の人たち。
最後に上演した作品を最後に永遠の別れが訪れます。

テーマは重いのですが、流れの中ではあまりそれを感じさせません。
いつも観てるのと少し雰囲気が異なる美しい照明や民族衣装・楽器に彩られる華やかな舞台。
戦争での人との別れやちょっとした淡い恋の破局など、泣けるところは幾つもあるのですが、老人のちょっととぼけた出来事として、どちらかというとコミカルに演じられている。
実際、たくさん笑いが起きていました。
笑いの中で感じる悲しみ。

歴史を深く考えさせることは間違いありませんが、これをストーリーで伝えようとしていないような印象を持ちました。あくまで、それは漠然として常にイメージさせておいて、ストーリー自体は普通に笑って泣けての分かりやすい話にしている。
その漠然としたものが、急に頭に明確に入り込んでくることがあります。
言葉です。
日本が戦争に向かっていく時の「かっこよかった日本がかっこ悪くなっていく」、思想の違いから起こる対立において「真ん中を歩くことはもうできない」、戦後、解放された朝鮮を「やっと朝鮮人になれた。自分の目で世界を見てなかった朝鮮」などなど。
独特の言葉回しがすごく印象に残っています。

ラストは書きませんが、みんなびっくりするようなオチでした。
伝えたいことを伝えきった後の照れ隠しみたいな感じ。
個人的には、この作品には非常にふさわしいラストだなあと感じます。

10月に道頓堀で行われる日韓演劇祭に参加されるみたいです。
行ければ足を運んでみようかと。

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