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2010年9月 9日 (木)

姫路にて父を思う

先月、ALS(筋萎縮性側索硬化症)で亡くなった父。

約40年間勤めた会社を退職後、顧問として働いていた会社は2年前にALSと診断され、完全に寝たきりになった後も社籍を外さず、最後まで父のプライドを守ってくれた会社。
生前、まだ喋れた頃に、死んだら挨拶に行ってくれと頼まれており、その会社に伺いました。

姫路駅からタクシーで5分ほど。
タクシーに社名を言うだけで通じる。着いたら、結構大きい会社。
受付で父の名前を言って、その息子ですと伝えます。

社長さんと秘書の方。取締役の男性。

お名前はよく父から聞いていた人達がお忙しいところ、お時間を割いてくださいました。

父の最期の状況をお話しして、40分ほど、父の話を社長からしていただけました。

はっきりと理解できたことは、この会社できちんと父は活躍しており、少なくとも同席いただいた方からは顧問として絶大な信頼を得ていただろうということ。
もちろん、父を亡くしたばかりの息子の前で父のダメ出しをするわけはありませんし、いいことをかいつまんで話してくれていることは想像できます。でも、そうは言っても、私もバカじゃないですから、ある程度は本音で父のことをどう思っていたかぐらいは分かります。
何をしていたのかはよく分かりませんが、きっと頑張っており、それに対して、この会社は感謝してくれていることは確かだと思います。

顧問として人事的に組織を見直すことを社長に提言する役割。出来ない専務やその他の一部の方をすぐにやめさせろと提言していたみたい。すぐには無理だとか、若い子は教育してもいいようなことを社長が言ったそうですが、出来ない奴は元々出来ないからダメ、会社の方向を向かない人はいつまでたっても向かない、そういう人は自分の方ばかり向いている、違う環境を探させた方がいい、みたいなことを言い返したそうです。
結局、その方達は、今、会社を去っているそうです。すぐにはやめさせなかったのですが、最終的には社長を悩ます種になる人となって、社長が自ら決断したそうです。
そういうところはなぜか直感的に指摘をしていたみたいです。

会社の新年会などは100人を超える会社なので大規模に旅館とかでします。
みんなとバスには乗らず、必ず先に現地に行って、そのあたりをブラブラして、バスを出迎えるということをしていたそうです。
宴会場・浴場とかも先に下見したりしているので、みんなを案内するようなこともしていたみたい。

食事会を嫌い、無駄な接待のような飲みはすぐ拒絶していたそうです。
社長と父が打ち合わせをする時も、飯を食いながら、飲みながらはもったいないし無駄だから不要と。
それでも、どこかで軽くぐらいは行きましょうと社長が言うと、それだったら、5回打ち合わせするなら、そのうち1回だけ食事をしましょう。その代わり、その時はいいところに連れて行ってくれと。おいしいものを食べた経験をしたいと言っていたそうです。

朝は一番に会社に入る。そして、一番に帰る。少々遠いので、前日に宿泊してもらっていいと言われても、絶対にしなかった。遅くなった時に泊まってくださいと言っても絶対に帰ると言っていたそうです。

私が医学博士を取得した時は、朝一番に社長はじめ、みんなのところに自慢しに回ったそうです。

何でこんなことを書き連ねているかと言うと、自分も考えている、しそうなことだから。
別に父に仕事の指導を受けた覚えなど全くありません。勤め始めてからは、家を出ているので、年に1回会えばいい方でした。
なのに、全て、どういう考えでやったこと、言ったことなのかが分かる。
そして、その行動・言動は少なくともこの会社で信頼という形でしっかり実績を残している。
そのことがすごく嬉しかった。

ご挨拶をすませて、タクシーで姫路駅へ。
タクシーチケットで。そういえば、父は顧問料をもらっているので、交通費は一切いらないからと言って、タクシーチケットは受け取らず全て自腹だったと母が怒っていました。私は・・・。
ごめんね。親父と違って、俺はそんなにお金無いんだよ。チケットもらっちゃった。

姫路駅に着いてから、20分ほど歩いて姫路城へ行きます。
少し歩きたかった。そして、そこで泣こうと思ったから。
こんな風にいちいち構えないと感情を表現できないのも、実は父譲り。

まだまだ暑い中、歩くと姫路城が見えてきます。

Dscn0854

天守閣が工事中なので、風情はありません。
平日なのですいています。
売店横のタバコを吸えるスペースで休憩しながら、一人で思います。

ここにはきっと父も来たと思う。
別に歴史好きでも何でもない。でも、こういう城を見学することで、歴史を勉強したという満足感を得に来たはずだ。かっこつけだからね。
父が考えていた、していたことが私と似ているように、私がする行動も多分、父がしていたに違いない。

バカが。わけの分からない病気になりやがって。
お互い似た性格で、基本的に人との接し方が不器用なんだから、親子とはいえ、ほとんど腹割って話せてないじゃないか。
私も社会人経験がある程度積めたので、ビジネス的な話も対応できるようになりつつあったんだよ。少し余裕のある生活も出来るようになったから、山登ったりとかも一緒にできたかもしれない。
そうしたら、共通項が出来るから、ようやく話が出来たんじゃないのかな。そうしないと、お互い遠慮しながらしか話せない関係だったものね。
後5年。どうにかならなかったか。

涙は相変わらずでない。出るのは汗だけ。無理に出す必要も無いし、私は悲しんでいるようでも、どこか冷めた薄情なところがある。
だいたい構えた時点で、本当の悲しみは心の中には無い。

売店に向かう。
これから、京都に観劇、夜は北新地で飲み。そのお土産を買うため。
父が死んでも、普通に暮らしている。先の不安は大きくても、不自由はなく生きている。
死んだらどこにいくのか知らないが、自分の子供が今そうであることは誇りに思って欲しい。

Dscn0856

結局、購入したパンの缶詰。宇宙飛行士、若田光一さんが宇宙に持っていたものらしい。
姫路のゆるキャラ。しろまるひめ・・・。
一つだけ言えることは、ゆるキャラに人の死を癒すほどの力は無い。

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コメント

自慢の息子なんですよ


人にはそれぞれ立場があり 苦言する者と最終的に決断する者とでは…特に人事に関してはね


しかし以前にもコメントしましたが社籍を残してもらえてたんだから やっぱりお父様の存在は大きかったのでしょう


もうすぐ姫路城は見えなくなりますね

投稿: まこと | 2010年9月 9日 (木) 12時48分

>まことさん
まあ、色々と父のことが知れて良かった気はしています。
姫路城はもうだいぶ覆いかぶさってきてますね。

投稿: SAISEI | 2010年9月12日 (日) 11時00分

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